石橋一弥の発言 (地方行政委員会)
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○石橋(一)委員 御質問を許していただいて、委員長初め、ありがとうございます。また大臣、ひとつよろしくお願い申し上げます。
私の質問は、主として地方分権問題でありますが、日本国というものをどうすべきかということがきちっとしていって初めて地方分権であろう、こう考えております。
そこで、先般の大東亜戦争、私たちはそう呼びました、太平洋戦争。一つの国としての理想を持って、その理想でアジア全体を統御をしたいという考え方、それがあったことは間違いありません。結果は、二百万人もの人を殺してしまった。そして、何もできないで敗退をしていった。そして、それに見合うたくさんの物資を消費してしまった。
戦後、私自身も農民でありますけれども、自分のうちでつくったお米も食べられない。等しからざるを憂うということで、食べられない。そして、麦のふすまを焼いて食べていたのが農民の生活です。そんなふうになってしまったのですね。私は、国家というもの、これは一体何をすべきであるかということを大変疑問に思っております。
そこで、私個人はすべての考え方を、キリストが生まれたころが二億五千万人くらい、これは平成五十年になりますと、世界人口約百億と言われております。統計の上からそんなふうになっているようであります。大きな国が、権力を持って、そしていろいろなことをやるということが果たして正しいだろうか。また戦いになってやしないかということを、自分が軍隊に行っただけに、痛切に感じております。
その意味において、憲法九条、これは直すべきところも私はあると存じますけれども、やはり平和というものをどこまでも人類がやっていくということの、これはすばらしい憲法であろう、こう私は思っております。
そんな中において、私の考えは、国というものは小さい方がいい。もっと言えば、分権の話をするときには、やはり国以外のところに権力を分散するという考え方ですね。もっとずばりと言えば、国は緩やかな連合組織ていいだろう。そして、憲法と相反しますが、いわゆる道州制の問題あるいは市町村の問題、これをどの程度のものにしていったらいいかということ。
長くなって恐縮でありますが、幕藩体制、徳川時代ですね。これは、我が国日本の過去の各文化を比較してみた中で、やはり幕藩体制ぐらいきちっとした地方分権をやったことはなかったと思いますよ。例えば、江戸にある各藩の、今でいえば出張所、これは治外法権だったのですからね。徳川幕府といえども、そのところは治外法権にしたというくらい、全く強い地方分権をやったのですね。そんなことを私は基本に思っております。
大臣、大臣ということを抜いて白川さん御本人ということで、そっちの方を私は希望いたしますが、憲法などは守らねばならないと言っていますから、答弁は難しいと思いますが、そんな気持ちでひとつ御答弁をいただきたいと思います。
まず、国とはどんなことをするのが本当なのか、この辺のところをお伺いを申し上げたいと思います。