二見伸明の発言 (日米安全保障条約の実施に伴う土地使用等に関する特別委員会)

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○二見委員 私は、沖縄の基地の問題で、今日こういう状況に追い込まれたことについて、若干過去にさかのぼって検証しながら述べたいと思います。
 村山総理大臣が使用認定をしたのは平成七年五月九日だったと思います。日時に間違いがありましたら失礼いたしますけれども。防衛施設局長が直ちに裁決申請の書類作成に入りました。平成七年六月三日、四日に、所有者等の立ち会い、署名押印が行われた。平成七年六月十二日から七月七日にかけて、一都市町村長による署名押印が行われた。
 ところが、九月四日にあの極めて不幸な事件が起きた。アメリカ軍兵士による野獣のようなあの蛮行、今でも思い出すたびにはらわたが煮えくり返るような、血が逆流するような思いが今でも私はいたします。
 新進党は、この事態に対して、直ちにこの部分に関する地位協定の見直しを要求しました。これは私と鹿野道彦さん、二人で官邸に行ったんです。よく覚えています。そのときの村山内閣の反応は、非常に鈍いというか、冷たいものを感じました。
 当然、沖縄県も直ちに上京して、この問題についての厳しい申し入れをされました。私は後日沖縄の関係者から聞いたんですけれども、そのときの内閣の対応は、これが同じ仲間の日本人かと思うほど冷たいものだった、こう言っておりました。これが、本来ならば順調に作業が進められたかもしれないけれども、沖縄の県民感情に火をつけたというか、今日の事態に追い込まれた最大の原因はこの日の政府の対応にあった、これは否定できません。
 九月二十九日、大田知事が署名押印を拒否した。しかも、条件闘争ではないと大田知事は言い切った。その瞬間、政府のやるべきことは何か。村山さんにとっては、つらいことだろうけれども、総理大臣勧告など法の定める手続を着々と進める以外になかったんだと私は思う。もちろん大田知事やあるいは沖縄の方々と話し合うことは、これは大事なことです。だけれども、事務手続は着々とやるべきだったんだろうと私は思います。
 ところが、村山さんは、何もやらないだけではなくて、絶対に代理署名はしない、政府の命運をかけて話し合う、こう言った。これでは間に合いませんよ、むしろ法の手続に従って着々と作業を進めてくださいと忠告をした政府高官を十月十九日、おまえの言うことは政府の方針と違う、やめろと事実上首にしたんです。
 そして、首にしてから三十五日後の十一月二十二日に、やめろ、昔でいえば切腹だ、切腹を命じた人が、切腹させられた人の忠告をそのとおりやらざるを得なくなった。十一月二十二日、村山総理大臣は大田知事に勧告を出さざるを得なくなった。
 政権の、政府の命運をかけて話し合う、最後までそれをずっと履行すればいい、それが政治家でしょう。変えるなら変えて構わない、首にした人はどうするんです。あなたの言うとおりだった、申しわけなかった、大臣として入ってくれと言うならわかるよ。首をたたっ切っておいて、おれは知らぬ、こんなばかな政治をやっているから日本は笑われる。これでは、正しいことを言って、忠言耳に逆らって切腹をさせられた人は浮かばれませんわ、これは。
 私は、こういう無責任なことが今日の事態に至っているんだし、それはまた、別のところで三つの点からやはり大きな問題を投げかけていると思う。
 命運をかけて話し合うという言葉を信じた沖縄県民、これは失望以外の何物でもない。
 アメリカの立場からすれば、超法規ではなくて、法律で定められた手続をたんたんとやれない日本とはどういう国なのか、こういう不信を与えることになる。
 もう一つ。国民に法律を守ってもらう最高責任者、それが総理大臣だ。法律で総理に課せられた行政手続という職務を、一部の反発をおそれ、つらいことだからといってやろうとしないことは、これはどういうことなんだ。結局、法律でどういうことを決めても、口当たりのいいことはやるけれども、口当たりの悪い、人気の悪いことはやらぬ、そういうことになるじゃありませんか。
 この一連の事件はまだ総理も御記憶に新しいと思います。だれかれを責める、言いにくいでしょうけれども、これが今日の事態を招いた大きな原因の一つだと私は思いますけれども、総理の御見解を承りたい。

発言情報

speech_id: 114004960X00219970407_008

発言者: 二見伸明

speaker_id: 6042

日付: 1997-04-07

院: 衆議院

会議名: 日米安全保障条約の実施に伴う土地使用等に関する特別委員会