1997-04-09
衆議院
森本敏
日米安全保障条約の実施に伴う土地使用等に関する特別委員会
森本敏の発言 (日米安全保障条約の実施に伴う土地使用等に関する特別委員会)
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○森本参考人 御質問の第一点目については冒頭にやや御説明申し上げたと思いますが、現在の特別措置法改正案に問題があるというより、むしろ現在の特別措置法そのものの持っている固有の問題であるという観点で二点を説明申し上げた次第です。
一つ目は、現在の手続によれば、いわば県の収用委員会の裁決で現在の駐留軍用地の契約の期間あるいは条件等を決めるということであり、それは、その県に所在する軍用地であるので、その県の特有の性格というものを十分に反映して県の収用委員会で御審議いただくということは必要なのかもしれませんが、しかし、その裁決をもって国家全体の安全保障を依存させてしまう、決定してしまうという形の現在の法律のあり方はいかがなものかということを申し上げた次第です。
しかも、その際、裁決の期間が極端に短い、例えば一年あるいは二年といった裁決が出た場合、その都度、すなわち毎年半年から一年にわたるこの膨大かつ複雑な手続を踏むことになり、それによって基地を長期的にかつ安定的に提供するということがかなわなくなる、そのことが現在の特別措置法そのものが持っておる問題なのではないかという点です。
もう一つの点は、先ほど申し上げましたように、現在の手続そのものが非常に煩雑でございますが、その手続の中で、裁決申請書の作成や裁決申請書の公告縦覧等の手続において、県知事においてこの手続が拒否された場合のいわば迂回路といいますか、救済措置というのが必ずしも明確でなく、極めて煩雑な手続によって裁判所にまで持ち込まれるということになっている現在の特別措置法の手続そのものに欠陥があるのではないかと申し上げた次第です。
このような問題は私が単に考えるだけであり、現在の特別措置法にはそれ以外に、細部にわたって検討をした場合、やはりいろいろな問題があると考えられます。これらを改善するためには、やはり国が、いわゆる駐留軍用地あるいは自衛隊の施設等防衛の用に供する施設の使用に関して、国家全体の立場から処理できるようにするという観点で新しい法律の枠組みを検討することは必要なのではないか、これが先ほど申し上げた私の趣旨でございます。
第二の御質問の点につきましては、そもそも特別措置法の改正あるいは特別措置法というものは、先生先ほど田久保先生への御質問の中で、この契約が切れた場合どういうことになるのかとのお尋ねがございましたが、現在の安保条約の枠組みというものは、我が国の施設が他国から武力攻撃を受けた場合、この条約の加盟国はそれぞれの憲法及び法律上の手続に従って行動すると安保条約の五条に明記してありますが、このことの意味は、この条約の加盟国たる米国は、米国の憲法並びにその法律上の手続に従って個別的自衛権及び集団的自衛権を行使して日本を防衛する、他方我が国は、憲法及び法律上の手続に従って個別的自衛権のみを行使して我が国の防衛を全うする。このことは、この安保条約の五条によって、米国のみが日本の防衛を一方的にといいますか、片務的に守るという、いわば防衛義務の片務性というものを持っているわけです。そのことは、安保条約という同盟国同士の条約の仕組みからいえば、やや不公平な面がある。この不公平さというものを安保条約第六条によって、我が国を含む極東の平和と安全のために米国、合衆国が我が国の施設・区域を使用することができるという、いわば相互補完してこの条約ができ上がっているわけです。
この安保条約第六条の義務を、田久保先生が御指摘になったように、今回の特別措置法を改正できずに空白状態ができてしまって、いわばある種の不法使用という状態になった場合、この補完すべき第六条の義務を我が国が果たすことができないということになるわけですから、そのことは安保条約の五条にはね返ってきて、我が国が他国から武力攻撃を受けた場合、米国の防衛義務というものにもはね返る、極めて深刻な事態になるということだろうと思います。
このような条約上の義務というものに基づいて我が国が施設・区域を安定的に供給させるということと、つまり六条の義務ということと、それから米国が米国の国益を守るためにアジア・太平洋にどのような米軍のプレゼンスを置くかということは、これは一にかかって米国の専管事項でありまして、米国がどのようなことを政策上考えるかということは米国の政府がみずから判断できる問題であって、このことと我が国が条約上の義務として基地を安定的に提供すべきだということとは、そもそも次元の違う話なのではないかという趣旨を申し上げた次第です。
以上でございます。