日米安全保障条約の実施に伴う土地使用等に関する特別委員会
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会
会議録情報#0
平成九年四月九日(水曜日)
午前十時開議
出席委員
委員長 野中 広務君
理事 甘利 明君 理事 杉浦 正健君
理事 鈴木 宗男君 理事 中谷 元君
理事 高木 義明君 理事 二見 伸明君
理事 村井 仁君 理事 前原 誠司君
理事 穀田 恵二君
石崎 岳君 稲葉 大和君
臼井日出男君 遠藤 利明君
小此木八郎君 大野 松茂君
嘉数 知賢君 河井 克行君
瓦 力君 栗原 裕康君
河野 太郎君 阪上 善秀君
桜田 義孝君 下地 幹郎君
砂田 圭佑君 滝 実君
玉沢徳一郎君 浜田 靖一君
林 幹雄君 目片 信君
山本 公一君 吉田六左ヱ門君
青木 宏之君 東 祥三君
一川 保夫君 神田 厚君
佐藤 茂樹君 島 聡君
達増 拓也君 永井 英慈君
西田 猛君 西野 陽君
西村 眞悟君 平田 米男君
山中 燁子君 北村 哲男君
玄葉光一郎君 近藤 昭一君
山元 勉君 木島日出夫君
東中 光雄君 古堅 実吉君
上原 康助君 前島 秀行君
粟屋 敏信君 新井 将敬君
出席政府委員
防衛施設庁総務
部長 伊藤 康成君
委員外の出席者
参 考 人
(杏林大学社会
科学部教授) 田久保忠衛君
参 考 人
(中央大学総合
政策学部客員教
授) 森本 敏君
参 考 人
(沖縄県軍用地
等地主会連合会
副会長) 金城 重正君
参 考 人
(沖縄大学法経
学部教授) 新崎 盛暉君
参 考 人
(東京国際大学
国際関係学部教
授) 前田 哲男君
参 考 人
(財団法人沖縄
協会理事) 末次 一郎君
安全保障委員会
調査室長 平川 日月君
─────────────
委員の異動
四月九日
辞任 補欠選任
小此木八郎君 目片 信君
栗原 裕康君 山本 公一君
吉田六左ェ門君 阪上 善秀君
青木 宏之君 島 聡君
平田 米男君 山中 燁子君
東中 光雄君 木島日出夫君
同日
辞任 補欠選任
阪上 善秀君 吉田六左ヱ門君
目片 信君 小此木八郎君
山本 公一君 栗原 裕康君
島 聡君 青木 宏之君
山中 燁子君 平田 米男君
─────────────
四月九日
駐留軍用地特別措置法の改定反対に関する請願
(穀田恵二君紹介)(第二〇九六号)
米軍用地特別措置法改悪反対に関する請願(古
堅実吉君紹介)(第二〇九七号)
は本委員会に付託された。
─────────────
本日の会議に付した案件
日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び
安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並び
に日本国における合衆国軍隊の地位に関する協
定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措
置法の一部を改正する法律案(内閣提出第八一
号)
────◇─────
この発言だけを見る →午前十時開議
出席委員
委員長 野中 広務君
理事 甘利 明君 理事 杉浦 正健君
理事 鈴木 宗男君 理事 中谷 元君
理事 高木 義明君 理事 二見 伸明君
理事 村井 仁君 理事 前原 誠司君
理事 穀田 恵二君
石崎 岳君 稲葉 大和君
臼井日出男君 遠藤 利明君
小此木八郎君 大野 松茂君
嘉数 知賢君 河井 克行君
瓦 力君 栗原 裕康君
河野 太郎君 阪上 善秀君
桜田 義孝君 下地 幹郎君
砂田 圭佑君 滝 実君
玉沢徳一郎君 浜田 靖一君
林 幹雄君 目片 信君
山本 公一君 吉田六左ヱ門君
青木 宏之君 東 祥三君
一川 保夫君 神田 厚君
佐藤 茂樹君 島 聡君
達増 拓也君 永井 英慈君
西田 猛君 西野 陽君
西村 眞悟君 平田 米男君
山中 燁子君 北村 哲男君
玄葉光一郎君 近藤 昭一君
山元 勉君 木島日出夫君
東中 光雄君 古堅 実吉君
上原 康助君 前島 秀行君
粟屋 敏信君 新井 将敬君
出席政府委員
防衛施設庁総務
部長 伊藤 康成君
委員外の出席者
参 考 人
(杏林大学社会
科学部教授) 田久保忠衛君
参 考 人
(中央大学総合
政策学部客員教
授) 森本 敏君
参 考 人
(沖縄県軍用地
等地主会連合会
副会長) 金城 重正君
参 考 人
(沖縄大学法経
学部教授) 新崎 盛暉君
参 考 人
(東京国際大学
国際関係学部教
授) 前田 哲男君
参 考 人
(財団法人沖縄
協会理事) 末次 一郎君
安全保障委員会
調査室長 平川 日月君
─────────────
委員の異動
四月九日
辞任 補欠選任
小此木八郎君 目片 信君
栗原 裕康君 山本 公一君
吉田六左ェ門君 阪上 善秀君
青木 宏之君 島 聡君
平田 米男君 山中 燁子君
東中 光雄君 木島日出夫君
同日
辞任 補欠選任
阪上 善秀君 吉田六左ヱ門君
目片 信君 小此木八郎君
山本 公一君 栗原 裕康君
島 聡君 青木 宏之君
山中 燁子君 平田 米男君
─────────────
四月九日
駐留軍用地特別措置法の改定反対に関する請願
(穀田恵二君紹介)(第二〇九六号)
米軍用地特別措置法改悪反対に関する請願(古
堅実吉君紹介)(第二〇九七号)
は本委員会に付託された。
─────────────
本日の会議に付した案件
日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び
安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並び
に日本国における合衆国軍隊の地位に関する協
定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措
置法の一部を改正する法律案(内閣提出第八一
号)
────◇─────
野
野中広務#1
○野中委員長 これより会議を開きます。
内閣提出、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法の一部を改正する法律案を議題といたします。
本日は、本法律案審査のため、参考人の方々から御意見を聴取いたします。
まず、午前中の参考人として、杏林大学社会科学部教授田久保忠衛君、中央大学総合政策学部客員教授森本敏君、以上お二人の方々に御出席をいただいております。
この際、参考人各位に委員会を代表して一言ごあいさつを申し上げます。
本日は、殊のほか御多用のところ本委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。参考人各位におかれましては、それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお聞かせいただき、審査の参考にいたしたいと存じます。
次に、議事の順序について申し上げます。
田久保参考人、森本参考人の順に、お一人二十分程度御意見をお述べいただき、その後、委員の質疑に対してお答えをいただきたいと存じます。
なお、念のため申し上げますが、発言の際は委員長の許可を得ることになっております。また、参考人は委員に対して質疑をすることができないことになっておりますので、あらかじめ御承知おきいただきたいと存じます。
それでは、田久保参考人にお願いをいたします。
この発言だけを見る →内閣提出、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法の一部を改正する法律案を議題といたします。
本日は、本法律案審査のため、参考人の方々から御意見を聴取いたします。
まず、午前中の参考人として、杏林大学社会科学部教授田久保忠衛君、中央大学総合政策学部客員教授森本敏君、以上お二人の方々に御出席をいただいております。
この際、参考人各位に委員会を代表して一言ごあいさつを申し上げます。
本日は、殊のほか御多用のところ本委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。参考人各位におかれましては、それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお聞かせいただき、審査の参考にいたしたいと存じます。
次に、議事の順序について申し上げます。
田久保参考人、森本参考人の順に、お一人二十分程度御意見をお述べいただき、その後、委員の質疑に対してお答えをいただきたいと存じます。
なお、念のため申し上げますが、発言の際は委員長の許可を得ることになっております。また、参考人は委員に対して質疑をすることができないことになっておりますので、あらかじめ御承知おきいただきたいと存じます。
それでは、田久保参考人にお願いをいたします。
田
田久保忠衛#2
○田久保参考人 田久保でございます。
ただいま委員長から、忌憚のない意見をというお言葉でございましたので、遠慮なく忌憚のない意見を述べさせていただきたいと存じます。
沖縄問題についての私の所見でございますけれども、問題点を幾つか申し上げたいと思うのでございます。
まず、この問題は初動が非常にまずかった、村山内閣でございますけれども、非常にまずかった。一昨年の九月五日のあの事件でございますけれども、その一週間あるいは八日後に大田知事が上京されて、日米地位協定の問題をお取り上げになった。そのとき、外務省あるいは官邸でございますか、この対応は、日米地位協定は円滑に運営されている、問題ないのだ、沖縄は先走りし過ぎているというような御発言があった。国民に優しい政治としては大変厳しい言葉だったわけでございます。
その後、大田知事がお帰りになって、宜野湾で大変な、島ぐるみの大会がございました。この後、政府は何をしたかというと、今度は平グモのように謝った。これで、何でもできるようなことを次から次へとおっしゃったわけでございます。私は、見ていて、これはえらいことになるなというふうに思ったわけでございます。これは、今でも私は基本的な姿勢は続いていると思うのでございます。
途中で、宝珠山防衛施設庁長官が、今政府は沖縄に対して感情で物を言うべきではない、今こそ理性で物を言うべきである、感情で物を言って、あたかも大きな基地が次から次へと返ってくるようなことを、これは大変なことになるということを言われた。ついうっかり、村山さんは頭が悪いと言ってしまったので首になったのだろうと思うのですけれども、私は、宝珠山さんが言っているのは、正しいことをおっしゃったな、私に言わせれば、むしろ宝珠山さんは村山首相を褒め過ぎではないかなというふうに思うのでございます。
実は、私も、上原先生が全軍労の書記長または委員長をやっておられたころ、時事通信の那覇の支局長をやっておりまして、当時革新というよりも保守系の方々と私は非常に親しくしていた。沖縄の方々は、自分たちをウチナーンチュ、本土の人たちをヤマトンチュというふうに分けておられた。今沖縄の重みがどうのこうのと言うのですが、そうではないだろう、むしろ歴史的な重みがあるのではないか。これは三回にわたる、沖縄語でユガワイというのですが、世がわり、これをヤマトンチュに強制された。
第一回が、一六〇九年、慶長の役の余波でございますけれども、薩摩藩の琉球侵攻があった。これは大変過酷なものでございました。しかし、当時の常識でいえば、ヤマトンチュの側からすれば、これはある程度仕方がなかったということでございましょう。何しろ十七世紀の初頭のことでございます。
二番目は、廃藩置県でございますね。これは一八七一年から八年、一八七九年でございますね。これも大変強制的なものでございました。まあ、これもやマトンチュの方のアングルから言わせますと、明治の政府は国境の画定を急がなければいけなかった。これは、北は樺太、西は朝鮮半島、南は琉球、それから東の方は小笠原諸島でございます。これはきちっと国境を画定しておかないと、危ない時代であった。ただし、沖縄にとっては大変過酷な処置であったということでございます。これは第二のユガワイでございますね。
三回目は、第二次世界大戦の激戦地になってしまったというお考えであります。私は、それプラス戦後の大変過酷な犠牲を強いたということがございますので、四つぐらいのユガワイだろうと思うのでございます。
ただ、冒頭申し上げましたように、初動の悪さが次から次へと問題を拡大させてしまったということでございましょう。地位協定の改定がどうなったかというと、基地整理縮小、それから大田知事の代理署名拒否の問題、それから沖縄の普天間の返還の問題ですね、移転先がどうなるかまだ不明である。それから海兵隊の撤兵の問題、あるいは沖縄の経済的繁栄をどう図るかというような問題、次から次へと広がってまいりまして、まだどれ一つとして解決のめどがついていない。今度の特措法の改正は、五月十四日に期限が切れるその後をどうするかという、あくまでもびほう策でありまして、とりあえずこれで切り抜けるということにすぎないのではないかと思うのでございます。
私は、結論から申しますとこういうことでございます。けじめをはっきりつけるべきだったのじゃないか。私が外務大臣なり官房長官であれば、大田知事に対して、あなた方には、三回、四回大変過酷な、歴史あるいは現状、こういうところでヤマトの側から大変な犠牲を強いている、申しわけない、地位協定の改定、これはあなたの球を承って、預かってワシントンに投げてみましょう、これは当然やるべきだったと思う。その後で、沖縄が乗っている日本丸、この日本丸の命綱は日米安保条約である、この日米安保条約に傷をつけることは御勘弁願いたい、あなた方も日本丸の一員です、ここのけじめをつけて、その範囲内でできるだけのことをやる、初めからそういう方針を打ち出していれば、今日のようなみっともない事態にはならなかったのではないかなというふうに思うのでございます。これが、冒頭に申し上げたかったきょうの発言のエッセンスでございます。
次に、沖縄の声に耳を傾ける、これをいろいろな方がおっしゃる。沖縄の声というのは一体何だろうか。大田さんなのだろうか。大田知事は、私も尊敬している方でございますけれども、今度アメリカに行かれて、一部報道によりますとヤンキーゴーホームの演説をなさるという。これは一体、日米安保条約をどう考えておられるのか。ここにおられる先生方は、社民党を含めて日米安保条約の堅持にコミットされた方であります。ここでヤンキーゴーホームというのを無条件で、何らの前提条件なしでこういうことを叫ばれる、どういうことかなというふうに私は心外でございます。
大田さんの著作をほとんど私読んでみましたけれども、謝花昇、この人は明治の民権運動の先駆者でありまして、四十四歳のときに神戸に行くときに狂死する、頭が狂ってしまうという大変悲劇的な人物でございます。大田さんはこの謝花昇を大変詳細に研究しておられまして、これは本土に立ち向かった沖縄の英雄であるというふうに位置づけておられる。こういう考え方が根底にあると、これはなかなかこれからも解決は難しいんじゃないか。この大田さんが沖縄の声であろうか、これが私の疑問なんでございます。
それから、ついでながら申し上げますけれども、大田さんと非常に親しい、大田さんの助手みたいなことをやっておられた比屋根照夫先生、琉大の教授でございます。昨年の法律時報四月号に、代理署名の思想史的背景という論文をお書きになった。ここで比屋根先生は、廃藩置県のときに清国に赴いた林世功、彼が清国に援軍を求めに行くわけでございます。ところが、清はこれに首を縦に振らない。これは日清戦争の前でございますから、とてもそういう状況じゃなかったんだろうと思うのでございます。そこで、林世功が自殺するのですね。ここで比屋根さんは、沖縄の気持ちというのはこういうことである、大和への同化への志向かあるいは自立への志向、同化されちゃうか自立するか、二つに一つであるという大変な論文をお書きになっておる。
私も、沖縄の方々の心底深いところでこういうお考えがあるのかなというふうに思ったわけでございますが、これは大田知事のお考えとも一致するのではないか。こういうお考えをおやめいただく、そのために本土側も一生懸命努力するということでなければいけないんじゃないか、こういうことでございます。
それから二番目は、一坪地主、一坪反戦地主が沖縄の声なのか。私がこういうことを申し上げますと、そんな証拠がどこにあるということでございますが、私、琉球新報、沖縄タイムス、ずっと読んでおります、毎日読んでおります。そこで、こういう印象を強く持っているわけでございますが、特に、四月三日に特別措置法の一部改正案が閣議決定されて国会へ出された、その日の現地二紙の夕刊でございますよ。これは沖縄の反響、全部一坪地主あるいはその団体の代表者の発言ばかりであしらっている。あたかも沖縄の声は一坪地主に代表されているのか、こういうことでございます。
全体の地主三万人のうち、これは細かい数字を申し上げてもいいのですが、防衛施設庁あたりから詳しい正確な数字はお聞き取り願いたいのでございますが、約一割が反戦地主である。半分が本土に住んでいる、半分が沖縄に住んでいる。その中にどういう人物がいるか、これは大変なことでございますね。
御参考までに、これは先生方全部御存じだと思うのでございますけれども、本土、沖縄その他、国立大学の教授あり、それから市会議員、県会議員、国会議員もいらっしゃいます。それから、沖縄の県庁ですね、これは局長、部長、課長、こういう方までいらっしゃる。それから、地方団体の方々もずらっと並んでいらっしゃいます。国立の琉球大学の教授が、助教授含めて十一名、こういうことでございます。それから、私立大学、これもたくさんいらっしゃるということでございます。
それから問題は、二つの新聞、これは私も新聞に三十年関係してきたわけでございまして、報道のあり方というのは大変強い関心を今でも持っております。特に私は、沖縄だけではなくて、ハンブルクの特派員をやりまして、それからワシントンの支局長を四年やりまして、それから外信部長を六年半やっていたものですから、ハウツーリポート、どういう報道をするかというのは大変関心を持っているわけでございます。この二つの新聞は、はっきり言いますと普通の新聞ではないということでございます。これをきちっと批判すべき、言論の自由のあるところであればこれを批判しなければいけない。それが批判されないで、あの島で温存されている、大変なことだと思うのでございます。
そこで申し上げますけれども、琉球新報の編集局長、編集担当の取締役、一坪地主でございます。琉球新報の論説委員、琉球新報浦添支局長、一坪地主でございますね。沖縄タイムスの社長、タイムスの相談役、それから相談役兼琉球放送監査役、こういう方々が一坪地主である。御先祖から自動的にいただいた土地でこうなっておるんだとか、信念からこうやっておるんだ、これは私は非難すべきではないと思うのでございますが、公正な報道に携わる者がけじめをつけないで、こういうことでいいだろうか。李下に冠を正さず、瓜田にくつを入れず、こういうことからいえば、この新聞が偏向しておると言われてもいたし方ない、弁解の余地がないのではないかというふうに私は思うのでございます。
民主主義社会でございますから言論の自由が許されている、これは沖縄でも言論の自由を許すべきではないかな。二つの新聞は、全くうり二つでございまして、題字を入れかえてもどっちがどっちだかわからない、一致団結して同じアングルで報道をしているということでございます。これが一体沖縄の声か、こういうことを私は申し上げたかったということでございます。
それから次に、海兵隊の撤兵論でございますが、こちらにいらっしゃる森本参考人と私は非常に親しい関係でございますが、森本さんの海兵隊撤兵論はいろいろな条件つきでございます。私、森本さんを非難するのではなくて、条件のない海兵隊の撤兵論というのはいかがなものか。
日米安保条約、これは日本も努力するけれども、一国だけで自国を守れないのでアメリカに半ばお願いしている。主たる役割は日米安保条約でございますね、米軍でございます。従たる役割が日本、自衛隊である。これは、冷戦の前、後で若干変わりましたけれども、基本的な構造は、構図というのは変わっていないと思うのでございます。要は、こちらから守ってくれと言っているのに、例えば安全保障会社に、この部屋を守れ、それをピストル外してこいとかなんとかと要求できるのか。あるいは、軍事情勢全体がわからないで、軍は秘密が多うございます、これがわからないで、アンパイア面よろしく、あっちも、おまえのところは引き下がれ、こういうことは評論家面よろしく言うのはおかしいだろうというふうに私は思っております。
具体的に申しますと、第一点は、四月十七日に橋本・クリントン会談で、十万の軍隊をこの周辺に置く、これは数字の約束でございますね。一年たたないうちに日本の方から、二万何千人かの沖縄の駐留米軍は引き揚げろとか海兵隊は要らないとか、こういうことは国際上の条約の通念になじまない、非常な不信感を相手に与えるだろうというふうに私は思うのでございます。
それから、あとは、午後は重村智計君が来て北朝鮮の問題を言うのでしょうか、北朝鮮の問題は、私は大変複雑だと思うのでございます。これははっきり言うと、自滅するのか、南にちょっかいをかけるのか、あるいは軟着陸、今やっている四者会談が、アメリカの提案がスムーズに前進するのか、三つに一つである。だれもが第三のオプションを望むことは間違いないわけでございますが、あくまでも希望であって、希望と観測は全く違いますよということを申し上げたいのです。そういう状況で、北に誤ったシグナルを出すのではないか、出さないかどうか。
それから、きのう私はペリー前国防長官とお目にかかる機会があったのですが、去年の橋本・クリントン会談、あのジョイント・セキュリティー・デクラレーション、安保共同宣言、この一カ月前に中国のミサイル実験を初めとする三波にわたる台湾に対する威嚇があった、こういうものを背景にあれができたということを忘れてはいかぬということをおっしゃっている。私は、アメリカは今中国に対して大変柔軟な路線をとろうとしているわけでございますが、これは握手の部分と、やはり構えているパンチの部分、両方あるんだということをわきまえないといけないと思うのでございます。
朝鮮半島はただいま何が起こるかわからない状況である、それから台湾海峡、これは未知の要素があるんだ、そういうところでいきなり沖縄から海兵隊の撤兵、これをやるとどういうサインを与えるのか。
これは正確に申しますと、過去にこういう例があった。アチソン国務長官が、五〇年の一月二十日でございます、ワシントンのナショナルプレスクラブで演説をした。そのときに、アメリカの防衛ライン、ディフェンスライン、これは、アリューシャンから日本、それから琉球列島、それからフィリピンに至るまで弧を示して、朝鮮半島をこの範囲から除外したわけでございます。その六カ月後に北が南に対して攻撃を加えてきた。これは一体どういうことであるか。国際問題専門家の一致した見解は、悪い誤ったシグナルを北に与えたのではないか、こういうことでございますので、軽々しく海兵隊の撤兵論というものを言うことは、口にすることは、私は不見識ではないかなというふうに思います。
時間が切迫してまいりましたので、結論を申し上げたいと思うのでございます。
これは、私が申し上げているように、あくまでも日米安保条約の枠内で沖縄にはできるだけのことをするという、この原則を確立しないととんでもない混乱を招来するのではないか。ましてや、今、海兵隊の撤兵といったときに、どこと合唱しているか。合唱団は北朝鮮じゃございませんか。そのほかに合唱している国がありますか。あるいは中国かもしらぬ。我々が置かれた立場というものをわきまえないで合唱団の一員に進んでなることは、これは控えた方が利口ではないかなというふうに思うのでございます。
私は、申し上げたいのでございますけれども、要するに、かかる混乱が起こってくる根本の原因というのは、国と地方の仕事、このけじめがついていないんじゃないか。例えば、新潟県の巻町の問題もそうでございます。国家が安全保障の最終の責任を担うのであって、巻町の町民が担うのじゃないわけですね。日米安保条約の最終的責任は、沖縄の県民は、これは意見を言うことは自由でございます。それから、安保条約を直したいと思ったら、それは上原先生とか嘉数先生とか、いろいろな沖縄選出の代議士を通じてやるのが民主主義のルールじゃないか。最終的責任を持たない人に判断を仰ぐという、これはだめである。
ただし、地方自治とこれは全く別でございまして、今の沖縄の仕組みというのは、土地収用委員会に裁決権を与えている。この判断いかんによっては日米安保条約がおかしくなる。私は、これはきちっと分けまして、最終的には特別立法で、国の仕事、地方の仕事、地方の仕事に対して国は一切口を出してはいけない、そのかわり国の仕事に対して地方がこれを侵すことも許さない、一応ルールを確立する必要があるのではないか。私は、最終的にはこれが最も必要な措置である。
次善、セカンドベストでございますかね、次善の措置として今回の特別立法、大変結構なことであった。時期が少し遅過ぎた感がございますけれども、これは適当な措置であるというのが私が申し上げたかった点でございます。
以上でございます。拍手
この発言だけを見る →ただいま委員長から、忌憚のない意見をというお言葉でございましたので、遠慮なく忌憚のない意見を述べさせていただきたいと存じます。
沖縄問題についての私の所見でございますけれども、問題点を幾つか申し上げたいと思うのでございます。
まず、この問題は初動が非常にまずかった、村山内閣でございますけれども、非常にまずかった。一昨年の九月五日のあの事件でございますけれども、その一週間あるいは八日後に大田知事が上京されて、日米地位協定の問題をお取り上げになった。そのとき、外務省あるいは官邸でございますか、この対応は、日米地位協定は円滑に運営されている、問題ないのだ、沖縄は先走りし過ぎているというような御発言があった。国民に優しい政治としては大変厳しい言葉だったわけでございます。
その後、大田知事がお帰りになって、宜野湾で大変な、島ぐるみの大会がございました。この後、政府は何をしたかというと、今度は平グモのように謝った。これで、何でもできるようなことを次から次へとおっしゃったわけでございます。私は、見ていて、これはえらいことになるなというふうに思ったわけでございます。これは、今でも私は基本的な姿勢は続いていると思うのでございます。
途中で、宝珠山防衛施設庁長官が、今政府は沖縄に対して感情で物を言うべきではない、今こそ理性で物を言うべきである、感情で物を言って、あたかも大きな基地が次から次へと返ってくるようなことを、これは大変なことになるということを言われた。ついうっかり、村山さんは頭が悪いと言ってしまったので首になったのだろうと思うのですけれども、私は、宝珠山さんが言っているのは、正しいことをおっしゃったな、私に言わせれば、むしろ宝珠山さんは村山首相を褒め過ぎではないかなというふうに思うのでございます。
実は、私も、上原先生が全軍労の書記長または委員長をやっておられたころ、時事通信の那覇の支局長をやっておりまして、当時革新というよりも保守系の方々と私は非常に親しくしていた。沖縄の方々は、自分たちをウチナーンチュ、本土の人たちをヤマトンチュというふうに分けておられた。今沖縄の重みがどうのこうのと言うのですが、そうではないだろう、むしろ歴史的な重みがあるのではないか。これは三回にわたる、沖縄語でユガワイというのですが、世がわり、これをヤマトンチュに強制された。
第一回が、一六〇九年、慶長の役の余波でございますけれども、薩摩藩の琉球侵攻があった。これは大変過酷なものでございました。しかし、当時の常識でいえば、ヤマトンチュの側からすれば、これはある程度仕方がなかったということでございましょう。何しろ十七世紀の初頭のことでございます。
二番目は、廃藩置県でございますね。これは一八七一年から八年、一八七九年でございますね。これも大変強制的なものでございました。まあ、これもやマトンチュの方のアングルから言わせますと、明治の政府は国境の画定を急がなければいけなかった。これは、北は樺太、西は朝鮮半島、南は琉球、それから東の方は小笠原諸島でございます。これはきちっと国境を画定しておかないと、危ない時代であった。ただし、沖縄にとっては大変過酷な処置であったということでございます。これは第二のユガワイでございますね。
三回目は、第二次世界大戦の激戦地になってしまったというお考えであります。私は、それプラス戦後の大変過酷な犠牲を強いたということがございますので、四つぐらいのユガワイだろうと思うのでございます。
ただ、冒頭申し上げましたように、初動の悪さが次から次へと問題を拡大させてしまったということでございましょう。地位協定の改定がどうなったかというと、基地整理縮小、それから大田知事の代理署名拒否の問題、それから沖縄の普天間の返還の問題ですね、移転先がどうなるかまだ不明である。それから海兵隊の撤兵の問題、あるいは沖縄の経済的繁栄をどう図るかというような問題、次から次へと広がってまいりまして、まだどれ一つとして解決のめどがついていない。今度の特措法の改正は、五月十四日に期限が切れるその後をどうするかという、あくまでもびほう策でありまして、とりあえずこれで切り抜けるということにすぎないのではないかと思うのでございます。
私は、結論から申しますとこういうことでございます。けじめをはっきりつけるべきだったのじゃないか。私が外務大臣なり官房長官であれば、大田知事に対して、あなた方には、三回、四回大変過酷な、歴史あるいは現状、こういうところでヤマトの側から大変な犠牲を強いている、申しわけない、地位協定の改定、これはあなたの球を承って、預かってワシントンに投げてみましょう、これは当然やるべきだったと思う。その後で、沖縄が乗っている日本丸、この日本丸の命綱は日米安保条約である、この日米安保条約に傷をつけることは御勘弁願いたい、あなた方も日本丸の一員です、ここのけじめをつけて、その範囲内でできるだけのことをやる、初めからそういう方針を打ち出していれば、今日のようなみっともない事態にはならなかったのではないかなというふうに思うのでございます。これが、冒頭に申し上げたかったきょうの発言のエッセンスでございます。
次に、沖縄の声に耳を傾ける、これをいろいろな方がおっしゃる。沖縄の声というのは一体何だろうか。大田さんなのだろうか。大田知事は、私も尊敬している方でございますけれども、今度アメリカに行かれて、一部報道によりますとヤンキーゴーホームの演説をなさるという。これは一体、日米安保条約をどう考えておられるのか。ここにおられる先生方は、社民党を含めて日米安保条約の堅持にコミットされた方であります。ここでヤンキーゴーホームというのを無条件で、何らの前提条件なしでこういうことを叫ばれる、どういうことかなというふうに私は心外でございます。
大田さんの著作をほとんど私読んでみましたけれども、謝花昇、この人は明治の民権運動の先駆者でありまして、四十四歳のときに神戸に行くときに狂死する、頭が狂ってしまうという大変悲劇的な人物でございます。大田さんはこの謝花昇を大変詳細に研究しておられまして、これは本土に立ち向かった沖縄の英雄であるというふうに位置づけておられる。こういう考え方が根底にあると、これはなかなかこれからも解決は難しいんじゃないか。この大田さんが沖縄の声であろうか、これが私の疑問なんでございます。
それから、ついでながら申し上げますけれども、大田さんと非常に親しい、大田さんの助手みたいなことをやっておられた比屋根照夫先生、琉大の教授でございます。昨年の法律時報四月号に、代理署名の思想史的背景という論文をお書きになった。ここで比屋根先生は、廃藩置県のときに清国に赴いた林世功、彼が清国に援軍を求めに行くわけでございます。ところが、清はこれに首を縦に振らない。これは日清戦争の前でございますから、とてもそういう状況じゃなかったんだろうと思うのでございます。そこで、林世功が自殺するのですね。ここで比屋根さんは、沖縄の気持ちというのはこういうことである、大和への同化への志向かあるいは自立への志向、同化されちゃうか自立するか、二つに一つであるという大変な論文をお書きになっておる。
私も、沖縄の方々の心底深いところでこういうお考えがあるのかなというふうに思ったわけでございますが、これは大田知事のお考えとも一致するのではないか。こういうお考えをおやめいただく、そのために本土側も一生懸命努力するということでなければいけないんじゃないか、こういうことでございます。
それから二番目は、一坪地主、一坪反戦地主が沖縄の声なのか。私がこういうことを申し上げますと、そんな証拠がどこにあるということでございますが、私、琉球新報、沖縄タイムス、ずっと読んでおります、毎日読んでおります。そこで、こういう印象を強く持っているわけでございますが、特に、四月三日に特別措置法の一部改正案が閣議決定されて国会へ出された、その日の現地二紙の夕刊でございますよ。これは沖縄の反響、全部一坪地主あるいはその団体の代表者の発言ばかりであしらっている。あたかも沖縄の声は一坪地主に代表されているのか、こういうことでございます。
全体の地主三万人のうち、これは細かい数字を申し上げてもいいのですが、防衛施設庁あたりから詳しい正確な数字はお聞き取り願いたいのでございますが、約一割が反戦地主である。半分が本土に住んでいる、半分が沖縄に住んでいる。その中にどういう人物がいるか、これは大変なことでございますね。
御参考までに、これは先生方全部御存じだと思うのでございますけれども、本土、沖縄その他、国立大学の教授あり、それから市会議員、県会議員、国会議員もいらっしゃいます。それから、沖縄の県庁ですね、これは局長、部長、課長、こういう方までいらっしゃる。それから、地方団体の方々もずらっと並んでいらっしゃいます。国立の琉球大学の教授が、助教授含めて十一名、こういうことでございます。それから、私立大学、これもたくさんいらっしゃるということでございます。
それから問題は、二つの新聞、これは私も新聞に三十年関係してきたわけでございまして、報道のあり方というのは大変強い関心を今でも持っております。特に私は、沖縄だけではなくて、ハンブルクの特派員をやりまして、それからワシントンの支局長を四年やりまして、それから外信部長を六年半やっていたものですから、ハウツーリポート、どういう報道をするかというのは大変関心を持っているわけでございます。この二つの新聞は、はっきり言いますと普通の新聞ではないということでございます。これをきちっと批判すべき、言論の自由のあるところであればこれを批判しなければいけない。それが批判されないで、あの島で温存されている、大変なことだと思うのでございます。
そこで申し上げますけれども、琉球新報の編集局長、編集担当の取締役、一坪地主でございます。琉球新報の論説委員、琉球新報浦添支局長、一坪地主でございますね。沖縄タイムスの社長、タイムスの相談役、それから相談役兼琉球放送監査役、こういう方々が一坪地主である。御先祖から自動的にいただいた土地でこうなっておるんだとか、信念からこうやっておるんだ、これは私は非難すべきではないと思うのでございますが、公正な報道に携わる者がけじめをつけないで、こういうことでいいだろうか。李下に冠を正さず、瓜田にくつを入れず、こういうことからいえば、この新聞が偏向しておると言われてもいたし方ない、弁解の余地がないのではないかというふうに私は思うのでございます。
民主主義社会でございますから言論の自由が許されている、これは沖縄でも言論の自由を許すべきではないかな。二つの新聞は、全くうり二つでございまして、題字を入れかえてもどっちがどっちだかわからない、一致団結して同じアングルで報道をしているということでございます。これが一体沖縄の声か、こういうことを私は申し上げたかったということでございます。
それから次に、海兵隊の撤兵論でございますが、こちらにいらっしゃる森本参考人と私は非常に親しい関係でございますが、森本さんの海兵隊撤兵論はいろいろな条件つきでございます。私、森本さんを非難するのではなくて、条件のない海兵隊の撤兵論というのはいかがなものか。
日米安保条約、これは日本も努力するけれども、一国だけで自国を守れないのでアメリカに半ばお願いしている。主たる役割は日米安保条約でございますね、米軍でございます。従たる役割が日本、自衛隊である。これは、冷戦の前、後で若干変わりましたけれども、基本的な構造は、構図というのは変わっていないと思うのでございます。要は、こちらから守ってくれと言っているのに、例えば安全保障会社に、この部屋を守れ、それをピストル外してこいとかなんとかと要求できるのか。あるいは、軍事情勢全体がわからないで、軍は秘密が多うございます、これがわからないで、アンパイア面よろしく、あっちも、おまえのところは引き下がれ、こういうことは評論家面よろしく言うのはおかしいだろうというふうに私は思っております。
具体的に申しますと、第一点は、四月十七日に橋本・クリントン会談で、十万の軍隊をこの周辺に置く、これは数字の約束でございますね。一年たたないうちに日本の方から、二万何千人かの沖縄の駐留米軍は引き揚げろとか海兵隊は要らないとか、こういうことは国際上の条約の通念になじまない、非常な不信感を相手に与えるだろうというふうに私は思うのでございます。
それから、あとは、午後は重村智計君が来て北朝鮮の問題を言うのでしょうか、北朝鮮の問題は、私は大変複雑だと思うのでございます。これははっきり言うと、自滅するのか、南にちょっかいをかけるのか、あるいは軟着陸、今やっている四者会談が、アメリカの提案がスムーズに前進するのか、三つに一つである。だれもが第三のオプションを望むことは間違いないわけでございますが、あくまでも希望であって、希望と観測は全く違いますよということを申し上げたいのです。そういう状況で、北に誤ったシグナルを出すのではないか、出さないかどうか。
それから、きのう私はペリー前国防長官とお目にかかる機会があったのですが、去年の橋本・クリントン会談、あのジョイント・セキュリティー・デクラレーション、安保共同宣言、この一カ月前に中国のミサイル実験を初めとする三波にわたる台湾に対する威嚇があった、こういうものを背景にあれができたということを忘れてはいかぬということをおっしゃっている。私は、アメリカは今中国に対して大変柔軟な路線をとろうとしているわけでございますが、これは握手の部分と、やはり構えているパンチの部分、両方あるんだということをわきまえないといけないと思うのでございます。
朝鮮半島はただいま何が起こるかわからない状況である、それから台湾海峡、これは未知の要素があるんだ、そういうところでいきなり沖縄から海兵隊の撤兵、これをやるとどういうサインを与えるのか。
これは正確に申しますと、過去にこういう例があった。アチソン国務長官が、五〇年の一月二十日でございます、ワシントンのナショナルプレスクラブで演説をした。そのときに、アメリカの防衛ライン、ディフェンスライン、これは、アリューシャンから日本、それから琉球列島、それからフィリピンに至るまで弧を示して、朝鮮半島をこの範囲から除外したわけでございます。その六カ月後に北が南に対して攻撃を加えてきた。これは一体どういうことであるか。国際問題専門家の一致した見解は、悪い誤ったシグナルを北に与えたのではないか、こういうことでございますので、軽々しく海兵隊の撤兵論というものを言うことは、口にすることは、私は不見識ではないかなというふうに思います。
時間が切迫してまいりましたので、結論を申し上げたいと思うのでございます。
これは、私が申し上げているように、あくまでも日米安保条約の枠内で沖縄にはできるだけのことをするという、この原則を確立しないととんでもない混乱を招来するのではないか。ましてや、今、海兵隊の撤兵といったときに、どこと合唱しているか。合唱団は北朝鮮じゃございませんか。そのほかに合唱している国がありますか。あるいは中国かもしらぬ。我々が置かれた立場というものをわきまえないで合唱団の一員に進んでなることは、これは控えた方が利口ではないかなというふうに思うのでございます。
私は、申し上げたいのでございますけれども、要するに、かかる混乱が起こってくる根本の原因というのは、国と地方の仕事、このけじめがついていないんじゃないか。例えば、新潟県の巻町の問題もそうでございます。国家が安全保障の最終の責任を担うのであって、巻町の町民が担うのじゃないわけですね。日米安保条約の最終的責任は、沖縄の県民は、これは意見を言うことは自由でございます。それから、安保条約を直したいと思ったら、それは上原先生とか嘉数先生とか、いろいろな沖縄選出の代議士を通じてやるのが民主主義のルールじゃないか。最終的責任を持たない人に判断を仰ぐという、これはだめである。
ただし、地方自治とこれは全く別でございまして、今の沖縄の仕組みというのは、土地収用委員会に裁決権を与えている。この判断いかんによっては日米安保条約がおかしくなる。私は、これはきちっと分けまして、最終的には特別立法で、国の仕事、地方の仕事、地方の仕事に対して国は一切口を出してはいけない、そのかわり国の仕事に対して地方がこれを侵すことも許さない、一応ルールを確立する必要があるのではないか。私は、最終的にはこれが最も必要な措置である。
次善、セカンドベストでございますかね、次善の措置として今回の特別立法、大変結構なことであった。時期が少し遅過ぎた感がございますけれども、これは適当な措置であるというのが私が申し上げたかった点でございます。
以上でございます。拍手
野
森
森本敏#4
○森本参考人 委員長及び本委員会の委員の皆様、本日、参考人としてこの席にお招きいただきまして、大変光栄です。
私は、御案内いただいているように、過去三十年防衛庁と外務省に勤務をし、主として安全保障の仕事をしてきた者ですが、現在は一私人でございますので、やや今までの自分の経験というものと離れて、今日我が国が直面しているこの深刻な問題について所感を述べてみたいと思います。
今、特別措置法なるものが我が国の政治においてここまで大きな問題になってきている最大のゆえんは、私は、以下申し上げる一点にあると考えています。
それは、冷戦後における同盟の意義というものがよくわからなくなって、この冷戦後における同盟の意義というものについて、政府がまだ国民に率直にかつわかりやすく説明し得ていないというところにあるのではないかと思います。昨年四月の日米共同宣言においても、なお冷戦後の日米同盟の意義づけというものについては不明確である。これが、日米同盟がなくても何となく日本がやっていけるのではないかという錯覚を国民の一部の人が持つに至っており、そのことが今日この沖縄における米軍基地及び米軍基地の安定的使用という問題について国民的コンセンサスが得られていない最大の理由ではないかと考えています。もしこの事態が非常に厳しい冷戦期に起きておればこのような問題にはならなかったのではないかということを考えるときに、日本国家全体の安全と日米安全保障体制のもとで特定の県民の方々が負っている負担あるいは犠牲というものをどのように調和させるかというところに、いわば政策上の基本的な方針というものが存在すると考えています。
さて、このような状況を前提にして、私は、以下二つのことを申し上げてみたいと思います。
第一は、今回御審議いただいている特別措置法改正案というものについての考え方です。
言うまでもなく、我が国がさきの大戦後旧日米安保条約を結んだ際、我が国は独自の自衛力を持っていませんでした。したがって、米国に我が国の国家の安全保障、国家の防衛を一方的に依存するという形になって、旧安保条約のもとで米軍にその施設・区域を提供せざるを得ないという状況になり、そのことが、いわば昭和二十六年に制定された土地収用法を駐留軍用地に適用するという形で、昭和二十七年のいわゆる特別措置法が制定されたということであります。この当時の状態として、これはベストの選択であり、やむを得なかったと思います。
もちろん、この時期にこの特別措置法が沖縄における駐留軍用地に適用されたということではありません。この時点では、まだ本土における基地がこの特別措置法の適用の対象であったということは明らかであります。昭和四十七年、沖縄の本土復帰に伴って、当時防衛施設庁の方々が大変な努力をされて、沖縄における駐留軍用地をこの特別法に適用させるための手続について御努力になったわけですが、当時の状況はまさに、いろいろなところに明らかになっているように、戦争時における公図の焼失その他で境界や位置が不明確であるということから必要な準備が整わず、結局のところ公用地法という法律を適用することによって、昭和四十七年から十年間の準備期間を置いて、ようやく昭和五十七年になって沖縄における駐留軍用地が今日我々が知っているいわゆる特別措置法の適用になったということであります。
その間、旧安保条約から新安保条約に改定になったわけでありますが、考えてみますと、現在の特別措置法というものは、いわば国家の安全保障の用に供する駐留軍用地、あえて言えば、さらには我が国の自衛隊の施設といった著しく公益の用に供する土地等を米軍あるいは自衛隊に提供するに必要な法律の枠組みとして、この特別措置法を適用する際、昭和二十六年に決めた土地収用法をすべて適用するということにそもそも無理があったのではないかと考えます。
土地収用法というのは、法律の立て方からいえば、もちろん、特定の土地等を国及び公の用に供する際、国が使用もしくはおさめて用いるというためにつくった法律でありまして、これがある特定の県に、あるいはある特定の市町村にあるとはいえ、その軍用地あるいは防衛に関する施設は国全体の防衛の用に供しているわけです。したがって、ある特定の県の特性や県民の意見というものを反映させることはもちろん必要ではありますが、たまたまその基地がその場にあったというだけのことでありまして、いわば県の防衛の用に供しているということではありません。したがって、これらの土地あるいは建物等が、いわば国家全体の安全保障や防衛の用に供するという性格を持っているそのような土地を、土地収用法をすべて適用するという現在の特別措置法のあり方そのものに今申し上げたように無理があり、そのことが今日特別措置法の改正をここまで深刻な問題にさせてきたのではないかと考えます。
後で振り返れば、私は、旧安保条約を新安保条約にかえたときに、駐留軍用地とそれからその後つくられた自衛隊の施設をこの土地収用法の適用から外して、別の法体系をつくって、県の収用委員会ではなく、政府が国家全体の見地から土地の使用権原を取得できるという方法をとることが最も望ましかったのではないかと思いますが、しかしながら、六〇年安保前後の日本の国内政治はそれを許すことが結局できずに、今日に至っているということなのではないかと思います。
今回、この特別措置法の改正については、私は二つの問題があると考えています。
第一は、多くの方々の御指摘のように、いわば県の収用委員会の裁決に日本の国家の安全保障を依存するという形の法体系であるということはやや合理的でない面があり、しかも、県収用委員会の裁決が、多くの先生方が御指摘になっておられるように、極端に裁決期間が短いと、この特別措置法に基づく手続が短い期間に何度も繰り返されるということになり、このことは、基地の長期的な安定的使用あるいは安定的供給という原則にはなかなか合致しない面がある。これはむしろ、特別措置法の改正に問題があるというのではなく、根っこの現在の特別措置法そのものの構造に問題があると言ってもいいのではないかと思います。
さらに言えば、現在の特別措置法に基づく手続には、御案内のように、裁決申請書の作成あるいはその署名、押印及び裁決申請書の公告縦覧等の手続において、土地の所有者がその手続を拒否した場合、そして市町村長がなおこれを拒否した場合、最後に県知事が権限を振るうことができるようになっているわけですが、県知事が公の目的という観点からこのような署名、押印あるいは公告縦覧を拒否するということは、この法律をつくった時点では恐らく考えに入れていなかったのではないかと思います。したがって、現在の特別措置法そのものにはそのための救済措置が必ずしも十分にとられていないということも、今日我々が改正案をつくる際、もともと根っこの特別措置法が持っておる根本的な原因となっているのではないかと思います。
いずれにせよ、私が申し上げたい点は、特別措置法のあるべき姿とは、政府が国家の安全保障という見地から基地や施設の使用権原を取得できるようにする必要があり、そのためには、米軍のいわゆる軍用地のみならず、自衛隊の施設を含むあらゆる防衛施設の使用権原に関して、土地収用法に基づく収用委員会ではなく、国家の立場に立って処理できるようにするということを含め、現在の特別措置法の問題を根本的に見直して、これを是正するための措置を速やかにとるという必要がありましょう。
しかしながら、この措置は、相当に時間がかかり、また困難な政治的手順を踏むという必要があることから、当面、使用権原が切れる当該十三の基地と施設については、引き続きこれらの基地、施設の使用権原を延長することが日米安保条約の空白をつくらないという観点から不可欠であり、したがって、私が今申し上げたような措置がとられるまでの間、これらの基地、施設の暫定使用を認定するよう特別措置法を改正する現在の改正法案を通過させるということは、日米同盟という観点からも、そして我が国が基地を米軍のために安定的に使用させるという観点からも不可欠な措置であると私は考えます。
以上が特別措置法についての私の考え方です。
本来はこれで私の御説明を終わろうと思っていたのですが、今、田久保先生より、私が累次今まで展開している海兵隊撤退論についての非常に厳しい御批判の御意見もありましたので、このことについて、いささか弁解がましいのですが、私の考え方を一言だけ述べてみたいと思います。
現在の日本を取り巻く安全保障状況というものを考えてみれば、この厳しい北東アジア情勢の状況及び今後の推移にかんがみ、現時点で在日米軍のプレゼンスについて変更、修正を考えるべきではないことについては、全く私も同意です。
この点については、この数カ月の間、アメリカ側に非常に深刻な不信感を持たれるような状況になったことは、むしろ、この特別措置法の改正の審議とは別に、日本にとっての最も深刻な問題であると考えます。その意味において、来る日米首脳会談において、我が総理より、今若干傷ついた日米関係を健全なものに修復していただくような努力をしていただくということは、日本にとって非常に重要なことであろうと思います。
しかしながら、この特別措置法というものを通過させることによって米軍に基地を安定的に使用させるということと、それから海兵隊を含む在日米軍の兵力構成をどう考えるかということとは本来別の次元の問題でありまして、私は、むしろ、現在日米の両国政府で努力している日米防衛協力のガイドラインの見直しという作業を通じて日米同盟を強化する、このガイドラインというものと、それから特別措置法に基づく基地の安定的な供給という問題とをリンクするということが本来あるべき姿であろうと思います。
しかしながら、安全保障とは、そのときに置かれた安全保障上の環境に応じて最善の政策を立案するということが安全保障の基本でありまして、したがって、現在のように沖縄に米軍の基地の大半が集中するという事態を長期的に解決していく道を模索するということは、これは必要であろうと思います。
そのためには、北東アジアの情勢の変化に応じてこの在日米軍の兵力構成について柔軟に対応すべく日米で率直に協議を行うということはぜひとも必要であると思います。一部の方々に、現在行っているガイドラインの見直しの作業がすべて終わらないとこのような兵力構成について日米協議をするべきでないとの意見がありますが、私は、ガイドラインの作業というのはあくまで、我が国に駐留する米軍とそれから本土その他の地域から来援する米軍とが行う作戦と日本がどのような防衛協力を進めるかということを具体的にかつ現実の問題として協議するというのがガイドライン見直しの作業であるとすれば、このガイドライン見直しの作業とそれから兵力構成の協議を同時並行で進められると考えております。
他方、先ほどから申し上げましたように、沖縄を含む我が国に駐留する海兵隊は、半島有事の際極めて重要な役割を果たすということは明々白々でありまして、したがって、朝鮮半島事態が解決されるまでの間、海兵隊の駐留はぜひとも維持する必要があると思いますが、それ以降については、南北統一後の北東アジア情勢というものがどのようになるのか、いかなるプロセスを経て、いかなる性格の統一国ができるのか、そのときの北東アジア情勢がどのようなことになり、在韓米軍や在日米軍がどういう性格を持つのかということを念頭に置きつつ、日米で協議するということが必要であると考えます。ただし、沖縄の方々の負担を軽減するということであれば、現在、沖縄において海兵隊が行っている訓練の一部をどこかの地域に持っていくということは、日米で真剣に検討する必要があるとも考えています。
そういった、いわゆる海兵隊というものの存在が今我が国が直面する国家の安全保障にとって不可欠であるということは、それはそれとして、未来永久に海兵隊が要るなどという考え方に立って我が国の安全保障を考えるべきでないと考えます。あくまで安全保障とは、そのとき置かれた環境というものに応じて最良の政策を選択していくということでありまして、したがって、状況の推移というものを見ながら在日米軍の兵力構成を常に考えていくということが、これから我が国に問われている非常に重要な課題であると考えます。
いずれにせよ、私の結論は、在沖縄の米軍基地の安定的使用を維持して、日米安保体制の信頼性を確保し、今やや傷ついている日米同盟関係を修復して、沖縄の問題を解決しつつ我が国の安全保障を確保する。これをいかに進めていくかという観点から、今回御審議いただいている特別措置法を速やかに改正の手続を踏み、安定的に基地を使用するために最善の努力をする、これが我が国が今日置かれている一番重要な政策課題ではないかと考えます。
以上で私の説明を終わります。ありがとうございました。拍手
この発言だけを見る →私は、御案内いただいているように、過去三十年防衛庁と外務省に勤務をし、主として安全保障の仕事をしてきた者ですが、現在は一私人でございますので、やや今までの自分の経験というものと離れて、今日我が国が直面しているこの深刻な問題について所感を述べてみたいと思います。
今、特別措置法なるものが我が国の政治においてここまで大きな問題になってきている最大のゆえんは、私は、以下申し上げる一点にあると考えています。
それは、冷戦後における同盟の意義というものがよくわからなくなって、この冷戦後における同盟の意義というものについて、政府がまだ国民に率直にかつわかりやすく説明し得ていないというところにあるのではないかと思います。昨年四月の日米共同宣言においても、なお冷戦後の日米同盟の意義づけというものについては不明確である。これが、日米同盟がなくても何となく日本がやっていけるのではないかという錯覚を国民の一部の人が持つに至っており、そのことが今日この沖縄における米軍基地及び米軍基地の安定的使用という問題について国民的コンセンサスが得られていない最大の理由ではないかと考えています。もしこの事態が非常に厳しい冷戦期に起きておればこのような問題にはならなかったのではないかということを考えるときに、日本国家全体の安全と日米安全保障体制のもとで特定の県民の方々が負っている負担あるいは犠牲というものをどのように調和させるかというところに、いわば政策上の基本的な方針というものが存在すると考えています。
さて、このような状況を前提にして、私は、以下二つのことを申し上げてみたいと思います。
第一は、今回御審議いただいている特別措置法改正案というものについての考え方です。
言うまでもなく、我が国がさきの大戦後旧日米安保条約を結んだ際、我が国は独自の自衛力を持っていませんでした。したがって、米国に我が国の国家の安全保障、国家の防衛を一方的に依存するという形になって、旧安保条約のもとで米軍にその施設・区域を提供せざるを得ないという状況になり、そのことが、いわば昭和二十六年に制定された土地収用法を駐留軍用地に適用するという形で、昭和二十七年のいわゆる特別措置法が制定されたということであります。この当時の状態として、これはベストの選択であり、やむを得なかったと思います。
もちろん、この時期にこの特別措置法が沖縄における駐留軍用地に適用されたということではありません。この時点では、まだ本土における基地がこの特別措置法の適用の対象であったということは明らかであります。昭和四十七年、沖縄の本土復帰に伴って、当時防衛施設庁の方々が大変な努力をされて、沖縄における駐留軍用地をこの特別法に適用させるための手続について御努力になったわけですが、当時の状況はまさに、いろいろなところに明らかになっているように、戦争時における公図の焼失その他で境界や位置が不明確であるということから必要な準備が整わず、結局のところ公用地法という法律を適用することによって、昭和四十七年から十年間の準備期間を置いて、ようやく昭和五十七年になって沖縄における駐留軍用地が今日我々が知っているいわゆる特別措置法の適用になったということであります。
その間、旧安保条約から新安保条約に改定になったわけでありますが、考えてみますと、現在の特別措置法というものは、いわば国家の安全保障の用に供する駐留軍用地、あえて言えば、さらには我が国の自衛隊の施設といった著しく公益の用に供する土地等を米軍あるいは自衛隊に提供するに必要な法律の枠組みとして、この特別措置法を適用する際、昭和二十六年に決めた土地収用法をすべて適用するということにそもそも無理があったのではないかと考えます。
土地収用法というのは、法律の立て方からいえば、もちろん、特定の土地等を国及び公の用に供する際、国が使用もしくはおさめて用いるというためにつくった法律でありまして、これがある特定の県に、あるいはある特定の市町村にあるとはいえ、その軍用地あるいは防衛に関する施設は国全体の防衛の用に供しているわけです。したがって、ある特定の県の特性や県民の意見というものを反映させることはもちろん必要ではありますが、たまたまその基地がその場にあったというだけのことでありまして、いわば県の防衛の用に供しているということではありません。したがって、これらの土地あるいは建物等が、いわば国家全体の安全保障や防衛の用に供するという性格を持っているそのような土地を、土地収用法をすべて適用するという現在の特別措置法のあり方そのものに今申し上げたように無理があり、そのことが今日特別措置法の改正をここまで深刻な問題にさせてきたのではないかと考えます。
後で振り返れば、私は、旧安保条約を新安保条約にかえたときに、駐留軍用地とそれからその後つくられた自衛隊の施設をこの土地収用法の適用から外して、別の法体系をつくって、県の収用委員会ではなく、政府が国家全体の見地から土地の使用権原を取得できるという方法をとることが最も望ましかったのではないかと思いますが、しかしながら、六〇年安保前後の日本の国内政治はそれを許すことが結局できずに、今日に至っているということなのではないかと思います。
今回、この特別措置法の改正については、私は二つの問題があると考えています。
第一は、多くの方々の御指摘のように、いわば県の収用委員会の裁決に日本の国家の安全保障を依存するという形の法体系であるということはやや合理的でない面があり、しかも、県収用委員会の裁決が、多くの先生方が御指摘になっておられるように、極端に裁決期間が短いと、この特別措置法に基づく手続が短い期間に何度も繰り返されるということになり、このことは、基地の長期的な安定的使用あるいは安定的供給という原則にはなかなか合致しない面がある。これはむしろ、特別措置法の改正に問題があるというのではなく、根っこの現在の特別措置法そのものの構造に問題があると言ってもいいのではないかと思います。
さらに言えば、現在の特別措置法に基づく手続には、御案内のように、裁決申請書の作成あるいはその署名、押印及び裁決申請書の公告縦覧等の手続において、土地の所有者がその手続を拒否した場合、そして市町村長がなおこれを拒否した場合、最後に県知事が権限を振るうことができるようになっているわけですが、県知事が公の目的という観点からこのような署名、押印あるいは公告縦覧を拒否するということは、この法律をつくった時点では恐らく考えに入れていなかったのではないかと思います。したがって、現在の特別措置法そのものにはそのための救済措置が必ずしも十分にとられていないということも、今日我々が改正案をつくる際、もともと根っこの特別措置法が持っておる根本的な原因となっているのではないかと思います。
いずれにせよ、私が申し上げたい点は、特別措置法のあるべき姿とは、政府が国家の安全保障という見地から基地や施設の使用権原を取得できるようにする必要があり、そのためには、米軍のいわゆる軍用地のみならず、自衛隊の施設を含むあらゆる防衛施設の使用権原に関して、土地収用法に基づく収用委員会ではなく、国家の立場に立って処理できるようにするということを含め、現在の特別措置法の問題を根本的に見直して、これを是正するための措置を速やかにとるという必要がありましょう。
しかしながら、この措置は、相当に時間がかかり、また困難な政治的手順を踏むという必要があることから、当面、使用権原が切れる当該十三の基地と施設については、引き続きこれらの基地、施設の使用権原を延長することが日米安保条約の空白をつくらないという観点から不可欠であり、したがって、私が今申し上げたような措置がとられるまでの間、これらの基地、施設の暫定使用を認定するよう特別措置法を改正する現在の改正法案を通過させるということは、日米同盟という観点からも、そして我が国が基地を米軍のために安定的に使用させるという観点からも不可欠な措置であると私は考えます。
以上が特別措置法についての私の考え方です。
本来はこれで私の御説明を終わろうと思っていたのですが、今、田久保先生より、私が累次今まで展開している海兵隊撤退論についての非常に厳しい御批判の御意見もありましたので、このことについて、いささか弁解がましいのですが、私の考え方を一言だけ述べてみたいと思います。
現在の日本を取り巻く安全保障状況というものを考えてみれば、この厳しい北東アジア情勢の状況及び今後の推移にかんがみ、現時点で在日米軍のプレゼンスについて変更、修正を考えるべきではないことについては、全く私も同意です。
この点については、この数カ月の間、アメリカ側に非常に深刻な不信感を持たれるような状況になったことは、むしろ、この特別措置法の改正の審議とは別に、日本にとっての最も深刻な問題であると考えます。その意味において、来る日米首脳会談において、我が総理より、今若干傷ついた日米関係を健全なものに修復していただくような努力をしていただくということは、日本にとって非常に重要なことであろうと思います。
しかしながら、この特別措置法というものを通過させることによって米軍に基地を安定的に使用させるということと、それから海兵隊を含む在日米軍の兵力構成をどう考えるかということとは本来別の次元の問題でありまして、私は、むしろ、現在日米の両国政府で努力している日米防衛協力のガイドラインの見直しという作業を通じて日米同盟を強化する、このガイドラインというものと、それから特別措置法に基づく基地の安定的な供給という問題とをリンクするということが本来あるべき姿であろうと思います。
しかしながら、安全保障とは、そのときに置かれた安全保障上の環境に応じて最善の政策を立案するということが安全保障の基本でありまして、したがって、現在のように沖縄に米軍の基地の大半が集中するという事態を長期的に解決していく道を模索するということは、これは必要であろうと思います。
そのためには、北東アジアの情勢の変化に応じてこの在日米軍の兵力構成について柔軟に対応すべく日米で率直に協議を行うということはぜひとも必要であると思います。一部の方々に、現在行っているガイドラインの見直しの作業がすべて終わらないとこのような兵力構成について日米協議をするべきでないとの意見がありますが、私は、ガイドラインの作業というのはあくまで、我が国に駐留する米軍とそれから本土その他の地域から来援する米軍とが行う作戦と日本がどのような防衛協力を進めるかということを具体的にかつ現実の問題として協議するというのがガイドライン見直しの作業であるとすれば、このガイドライン見直しの作業とそれから兵力構成の協議を同時並行で進められると考えております。
他方、先ほどから申し上げましたように、沖縄を含む我が国に駐留する海兵隊は、半島有事の際極めて重要な役割を果たすということは明々白々でありまして、したがって、朝鮮半島事態が解決されるまでの間、海兵隊の駐留はぜひとも維持する必要があると思いますが、それ以降については、南北統一後の北東アジア情勢というものがどのようになるのか、いかなるプロセスを経て、いかなる性格の統一国ができるのか、そのときの北東アジア情勢がどのようなことになり、在韓米軍や在日米軍がどういう性格を持つのかということを念頭に置きつつ、日米で協議するということが必要であると考えます。ただし、沖縄の方々の負担を軽減するということであれば、現在、沖縄において海兵隊が行っている訓練の一部をどこかの地域に持っていくということは、日米で真剣に検討する必要があるとも考えています。
そういった、いわゆる海兵隊というものの存在が今我が国が直面する国家の安全保障にとって不可欠であるということは、それはそれとして、未来永久に海兵隊が要るなどという考え方に立って我が国の安全保障を考えるべきでないと考えます。あくまで安全保障とは、そのとき置かれた環境というものに応じて最良の政策を選択していくということでありまして、したがって、状況の推移というものを見ながら在日米軍の兵力構成を常に考えていくということが、これから我が国に問われている非常に重要な課題であると考えます。
いずれにせよ、私の結論は、在沖縄の米軍基地の安定的使用を維持して、日米安保体制の信頼性を確保し、今やや傷ついている日米同盟関係を修復して、沖縄の問題を解決しつつ我が国の安全保障を確保する。これをいかに進めていくかという観点から、今回御審議いただいている特別措置法を速やかに改正の手続を踏み、安定的に基地を使用するために最善の努力をする、これが我が国が今日置かれている一番重要な政策課題ではないかと考えます。
以上で私の説明を終わります。ありがとうございました。拍手
野
野
野中広務#6
○野中委員長 これより参考人に対する質疑に入ります。
質疑の申し出がありますので、順次これを許します。
全委員各位におかれましては、質疑時間の厳守をお願いをしておきます。
大野松茂君。
この発言だけを見る →質疑の申し出がありますので、順次これを許します。
全委員各位におかれましては、質疑時間の厳守をお願いをしておきます。
大野松茂君。
大
大野松茂#7
○大野(松)委員 自由民主党の大野松茂でございます。両先生には、大変お忙しい中をまことにありがとうございます。
実は、私の選挙区は米空軍の横田基地に接しております上に、私は、航空自衛隊入間基地の所在いたします狭山市の市長として、国政の最も根幹にかかわる防衛、基地の存在について地域住民の理解と協力をいただいて、基地の安定使用、そして住民との相互信頼に精力を注いでまいった立場でもございます。そしてまた、基地所在市町村で組織しております全国基地協議会、また防衛施設周辺整備全国協議会の副会長としてもかかわってまいりましたので、このたびの特措法の改正につきましては、沖縄県民の皆さんのお気持ちを考えあわせまして、特別の感慨を持ちまして、この委員会の審議に臨んでいるところでもございます。
さきに、本土移設の第一号として、KC130の岩国基地受け入れに岩国の市長さんが理解を示されました。私は、早速、貴船岩国市長さんに手紙で感謝を申し上げたところでもございます。
限られた時間の中でございますので、早速、そのような立場の中から、田久保先生にお伺いをいたします。
一つ目に、このたびの特別の措置を講じなければ駐留軍用地の使用権原が切れることになるわけでございます。そうなりますと、日米安保体制にさまざまな影響が出るものだ、このようにも思うわけでございますが、先生の御所見を賜りたいと思います。
そして二つ目に、今、契約を阻んでいる約三千人の地主がおいででございますが、この地主の意向があたかも沖縄の地主の大半を占めるかのような認識の方が生まれていることも事実でございます。報道にも問題があろうかと私は思うわけでございますが、いわゆる一坪共有地主でございます。その実態を正確に知ること、そしてまた冷静で現実的な判断が必要なのではないか、私はこう思うわけでございます。
田久保先生に、まずこの二点をお尋ねさせていただきます。
この発言だけを見る →実は、私の選挙区は米空軍の横田基地に接しております上に、私は、航空自衛隊入間基地の所在いたします狭山市の市長として、国政の最も根幹にかかわる防衛、基地の存在について地域住民の理解と協力をいただいて、基地の安定使用、そして住民との相互信頼に精力を注いでまいった立場でもございます。そしてまた、基地所在市町村で組織しております全国基地協議会、また防衛施設周辺整備全国協議会の副会長としてもかかわってまいりましたので、このたびの特措法の改正につきましては、沖縄県民の皆さんのお気持ちを考えあわせまして、特別の感慨を持ちまして、この委員会の審議に臨んでいるところでもございます。
さきに、本土移設の第一号として、KC130の岩国基地受け入れに岩国の市長さんが理解を示されました。私は、早速、貴船岩国市長さんに手紙で感謝を申し上げたところでもございます。
限られた時間の中でございますので、早速、そのような立場の中から、田久保先生にお伺いをいたします。
一つ目に、このたびの特別の措置を講じなければ駐留軍用地の使用権原が切れることになるわけでございます。そうなりますと、日米安保体制にさまざまな影響が出るものだ、このようにも思うわけでございますが、先生の御所見を賜りたいと思います。
そして二つ目に、今、契約を阻んでいる約三千人の地主がおいででございますが、この地主の意向があたかも沖縄の地主の大半を占めるかのような認識の方が生まれていることも事実でございます。報道にも問題があろうかと私は思うわけでございますが、いわゆる一坪共有地主でございます。その実態を正確に知ること、そしてまた冷静で現実的な判断が必要なのではないか、私はこう思うわけでございます。
田久保先生に、まずこの二点をお尋ねさせていただきます。
田
田久保忠衛#8
○田久保参考人 まず、五月十四日の期限が切れたらどうなるかということでございますが、二つ目の御質問にも関係がございます。
まず、米国の、同盟国の一方の大きな不信感を招くであろう。これは日米安保条約上の義務を果たさない。それから、アメリカからすれば、沖縄の問題は日本の国内問題ではないか、国内問題がトラブって日米安保条約の義務を果たさないのかという不信感を生むであろう、これが第一点でございます。
それから第二点は、一坪反戦地主と言われる人たちでございますけれども、先ほど私は申し上げなかったのですが、これは例の新左翼でございますね、中核派、革マル派あるいは第四インターとかなんとか、私にはこれはよくわかりませんが、かつて、凶器準備集合罪、公務執行妨害罪、住居侵入罪、威力業務妨害罪、こういうものに問われた人たちがかなりまじっている。
今、中核派は「前進」という機関紙を出しております。それから、革マル派は「解放」という機関紙を出しております。これまでの方針というのは、この両新左翼は比較的おとなしい対応をとってきた。しかし、五・一四闘争、五・一五闘争というものを組んでおりまして、これは特に「解放」でございますか、土地収用委員会をぶっつぶせ、いよいよ我々の本格的な闘争は五月十五日以降に始まるのだ、こういうことを言っておるわけでございますね。
嘉手納と普天間、両方にはハンカチ地主、一坪地主が集中的に存在している。これでもしもこの連中が、この間、知花さんが自分の楚辺の土地に入ったように、この連中が、三千人とは申しませんが、三百人でも四百人でも基地内に入った場合には何が起こるかということでございます。私は、基地の性格からいって、アメリカは発砲すると思うのでございますね。その場合、日米安保条約というのは一挙に崩壊する、こういうことも視野に入れて考えなければいけないのではないか。
したがいまして、先生の第二点の御質問に対しては、私は重要な問題だというふうに受けとめております。
この発言だけを見る →まず、米国の、同盟国の一方の大きな不信感を招くであろう。これは日米安保条約上の義務を果たさない。それから、アメリカからすれば、沖縄の問題は日本の国内問題ではないか、国内問題がトラブって日米安保条約の義務を果たさないのかという不信感を生むであろう、これが第一点でございます。
それから第二点は、一坪反戦地主と言われる人たちでございますけれども、先ほど私は申し上げなかったのですが、これは例の新左翼でございますね、中核派、革マル派あるいは第四インターとかなんとか、私にはこれはよくわかりませんが、かつて、凶器準備集合罪、公務執行妨害罪、住居侵入罪、威力業務妨害罪、こういうものに問われた人たちがかなりまじっている。
今、中核派は「前進」という機関紙を出しております。それから、革マル派は「解放」という機関紙を出しております。これまでの方針というのは、この両新左翼は比較的おとなしい対応をとってきた。しかし、五・一四闘争、五・一五闘争というものを組んでおりまして、これは特に「解放」でございますか、土地収用委員会をぶっつぶせ、いよいよ我々の本格的な闘争は五月十五日以降に始まるのだ、こういうことを言っておるわけでございますね。
嘉手納と普天間、両方にはハンカチ地主、一坪地主が集中的に存在している。これでもしもこの連中が、この間、知花さんが自分の楚辺の土地に入ったように、この連中が、三千人とは申しませんが、三百人でも四百人でも基地内に入った場合には何が起こるかということでございます。私は、基地の性格からいって、アメリカは発砲すると思うのでございますね。その場合、日米安保条約というのは一挙に崩壊する、こういうことも視野に入れて考えなければいけないのではないか。
したがいまして、先生の第二点の御質問に対しては、私は重要な問題だというふうに受けとめております。
大
大野松茂#9
○大野(松)委員 この一坪共有地主の問題、このことは、決して人数は減らないという背景にもあるようでございます。そういう形でありますと、今後とも、いろいろな場面に今回と同じようなおそれが生じやしないかと思うのですけれども、その点いかがでしょうか。
この発言だけを見る →田
田久保忠衛#10
○田久保参考人 これは私、防衛施設庁その他の関係省庁から詳しい数字はとっておりませんが、去年の四月一日現在の数字を私は持っているのですが、これに比べますとふえております。
これは人為的に、例えば返還の直後でございますが、一坪地主が三千人いたのがぐっと減ってきて、百人単位になったのですね。百五十人ぐらいでございますかね。ここで危機感を持ちました革新系の弁護士あるいは沖縄の知識人が、いろいろなことを考えまして、あの一定の反戦地主の何百坪かのところに集中的に登録を始めた。
私は、これは余り社会党の方々を挑発すると後でしかられちゃうと思うのですけれども、六六年のあの成田闘争でございますね。あのときに、六五年に閣議決定があって、成田の空港建設に着手する。この後、猛烈なあの反対があった。六六年の社会党の大会で、これに反対を決議する。すぐ佐々木更三委員長があそこに乗り込みます。現場で大演説をぶって、そこでお考えになったのが一坪地主という考え方でございますね。すぐ、成田知巳さん、大出俊さん、山口鶴男さん、実川清之さん、小川三男さん、上野建一さん、こういう方々が一坪地主におなりになった。
したがいまして、私、社会党のおやりになったことは大変罪が深いというふうに思うのですね、これはお怒りになっても結構でございますけれども。これが何をもたらしているのか。二十八年間にわたるあの成田闘争というのは、これは日本の歴史の中でも例を見ない大闘争でございましょう。このために日本の国家としてどれだけの損害を生じたかでございますね。
このことを考えると、私は、今の御質問で、戦略、戦術いかんによっては一坪地主、ハンカチ地主はどんどんふえていくのではないかな、これはむしろ五月十四日あるいは十五日以降の問題で、慎重にこれは見守る必要があるのではないかなというふうに思っております。
この発言だけを見る →これは人為的に、例えば返還の直後でございますが、一坪地主が三千人いたのがぐっと減ってきて、百人単位になったのですね。百五十人ぐらいでございますかね。ここで危機感を持ちました革新系の弁護士あるいは沖縄の知識人が、いろいろなことを考えまして、あの一定の反戦地主の何百坪かのところに集中的に登録を始めた。
私は、これは余り社会党の方々を挑発すると後でしかられちゃうと思うのですけれども、六六年のあの成田闘争でございますね。あのときに、六五年に閣議決定があって、成田の空港建設に着手する。この後、猛烈なあの反対があった。六六年の社会党の大会で、これに反対を決議する。すぐ佐々木更三委員長があそこに乗り込みます。現場で大演説をぶって、そこでお考えになったのが一坪地主という考え方でございますね。すぐ、成田知巳さん、大出俊さん、山口鶴男さん、実川清之さん、小川三男さん、上野建一さん、こういう方々が一坪地主におなりになった。
したがいまして、私、社会党のおやりになったことは大変罪が深いというふうに思うのですね、これはお怒りになっても結構でございますけれども。これが何をもたらしているのか。二十八年間にわたるあの成田闘争というのは、これは日本の歴史の中でも例を見ない大闘争でございましょう。このために日本の国家としてどれだけの損害を生じたかでございますね。
このことを考えると、私は、今の御質問で、戦略、戦術いかんによっては一坪地主、ハンカチ地主はどんどんふえていくのではないかな、これはむしろ五月十四日あるいは十五日以降の問題で、慎重にこれは見守る必要があるのではないかなというふうに思っております。
大
大野松茂#11
○大野(松)委員 引き続きまして、森本先生にお伺いをさせていただきます。
一点目に、現行の駐留軍用地特措法は、一般の公共用地の例に倣いまして土地収用法の諸手続を適用したものでございます。今回のこの法の中で、具体的にどのような点に問題があるとお考えになりますでしょうか。先ほどもお述べいただいたところでございますが、さらにお願いしたいと思います。また、将来改善策ということが考えられますものかどうか、これが一点目でございます。
二点目に、私は、先ほども先生からお答えいただいたところでもございますが、特措法の問題と沖縄の米軍基地の整理、統合、縮小という問題は別個の形で論議する必要がある、こう思っております。朝鮮半島の情勢が不安定な中で、在沖縄海兵隊の縮小を求めることは現時点ではいかがか、このようにも思うわけでございますが、以上二点につきましてお聞かせをいただきたいと思います。
この発言だけを見る →一点目に、現行の駐留軍用地特措法は、一般の公共用地の例に倣いまして土地収用法の諸手続を適用したものでございます。今回のこの法の中で、具体的にどのような点に問題があるとお考えになりますでしょうか。先ほどもお述べいただいたところでございますが、さらにお願いしたいと思います。また、将来改善策ということが考えられますものかどうか、これが一点目でございます。
二点目に、私は、先ほども先生からお答えいただいたところでもございますが、特措法の問題と沖縄の米軍基地の整理、統合、縮小という問題は別個の形で論議する必要がある、こう思っております。朝鮮半島の情勢が不安定な中で、在沖縄海兵隊の縮小を求めることは現時点ではいかがか、このようにも思うわけでございますが、以上二点につきましてお聞かせをいただきたいと思います。
森
森本敏#12
○森本参考人 御質問の第一点目については冒頭にやや御説明申し上げたと思いますが、現在の特別措置法改正案に問題があるというより、むしろ現在の特別措置法そのものの持っている固有の問題であるという観点で二点を説明申し上げた次第です。
一つ目は、現在の手続によれば、いわば県の収用委員会の裁決で現在の駐留軍用地の契約の期間あるいは条件等を決めるということであり、それは、その県に所在する軍用地であるので、その県の特有の性格というものを十分に反映して県の収用委員会で御審議いただくということは必要なのかもしれませんが、しかし、その裁決をもって国家全体の安全保障を依存させてしまう、決定してしまうという形の現在の法律のあり方はいかがなものかということを申し上げた次第です。
しかも、その際、裁決の期間が極端に短い、例えば一年あるいは二年といった裁決が出た場合、その都度、すなわち毎年半年から一年にわたるこの膨大かつ複雑な手続を踏むことになり、それによって基地を長期的にかつ安定的に提供するということがかなわなくなる、そのことが現在の特別措置法そのものが持っておる問題なのではないかという点です。
もう一つの点は、先ほど申し上げましたように、現在の手続そのものが非常に煩雑でございますが、その手続の中で、裁決申請書の作成や裁決申請書の公告縦覧等の手続において、県知事においてこの手続が拒否された場合のいわば迂回路といいますか、救済措置というのが必ずしも明確でなく、極めて煩雑な手続によって裁判所にまで持ち込まれるということになっている現在の特別措置法の手続そのものに欠陥があるのではないかと申し上げた次第です。
このような問題は私が単に考えるだけであり、現在の特別措置法にはそれ以外に、細部にわたって検討をした場合、やはりいろいろな問題があると考えられます。これらを改善するためには、やはり国が、いわゆる駐留軍用地あるいは自衛隊の施設等防衛の用に供する施設の使用に関して、国家全体の立場から処理できるようにするという観点で新しい法律の枠組みを検討することは必要なのではないか、これが先ほど申し上げた私の趣旨でございます。
第二の御質問の点につきましては、そもそも特別措置法の改正あるいは特別措置法というものは、先生先ほど田久保先生への御質問の中で、この契約が切れた場合どういうことになるのかとのお尋ねがございましたが、現在の安保条約の枠組みというものは、我が国の施設が他国から武力攻撃を受けた場合、この条約の加盟国はそれぞれの憲法及び法律上の手続に従って行動すると安保条約の五条に明記してありますが、このことの意味は、この条約の加盟国たる米国は、米国の憲法並びにその法律上の手続に従って個別的自衛権及び集団的自衛権を行使して日本を防衛する、他方我が国は、憲法及び法律上の手続に従って個別的自衛権のみを行使して我が国の防衛を全うする。このことは、この安保条約の五条によって、米国のみが日本の防衛を一方的にといいますか、片務的に守るという、いわば防衛義務の片務性というものを持っているわけです。そのことは、安保条約という同盟国同士の条約の仕組みからいえば、やや不公平な面がある。この不公平さというものを安保条約第六条によって、我が国を含む極東の平和と安全のために米国、合衆国が我が国の施設・区域を使用することができるという、いわば相互補完してこの条約ができ上がっているわけです。
この安保条約第六条の義務を、田久保先生が御指摘になったように、今回の特別措置法を改正できずに空白状態ができてしまって、いわばある種の不法使用という状態になった場合、この補完すべき第六条の義務を我が国が果たすことができないということになるわけですから、そのことは安保条約の五条にはね返ってきて、我が国が他国から武力攻撃を受けた場合、米国の防衛義務というものにもはね返る、極めて深刻な事態になるということだろうと思います。
このような条約上の義務というものに基づいて我が国が施設・区域を安定的に供給させるということと、つまり六条の義務ということと、それから米国が米国の国益を守るためにアジア・太平洋にどのような米軍のプレゼンスを置くかということは、これは一にかかって米国の専管事項でありまして、米国がどのようなことを政策上考えるかということは米国の政府がみずから判断できる問題であって、このことと我が国が条約上の義務として基地を安定的に提供すべきだということとは、そもそも次元の違う話なのではないかという趣旨を申し上げた次第です。
以上でございます。
この発言だけを見る →一つ目は、現在の手続によれば、いわば県の収用委員会の裁決で現在の駐留軍用地の契約の期間あるいは条件等を決めるということであり、それは、その県に所在する軍用地であるので、その県の特有の性格というものを十分に反映して県の収用委員会で御審議いただくということは必要なのかもしれませんが、しかし、その裁決をもって国家全体の安全保障を依存させてしまう、決定してしまうという形の現在の法律のあり方はいかがなものかということを申し上げた次第です。
しかも、その際、裁決の期間が極端に短い、例えば一年あるいは二年といった裁決が出た場合、その都度、すなわち毎年半年から一年にわたるこの膨大かつ複雑な手続を踏むことになり、それによって基地を長期的にかつ安定的に提供するということがかなわなくなる、そのことが現在の特別措置法そのものが持っておる問題なのではないかという点です。
もう一つの点は、先ほど申し上げましたように、現在の手続そのものが非常に煩雑でございますが、その手続の中で、裁決申請書の作成や裁決申請書の公告縦覧等の手続において、県知事においてこの手続が拒否された場合のいわば迂回路といいますか、救済措置というのが必ずしも明確でなく、極めて煩雑な手続によって裁判所にまで持ち込まれるということになっている現在の特別措置法の手続そのものに欠陥があるのではないかと申し上げた次第です。
このような問題は私が単に考えるだけであり、現在の特別措置法にはそれ以外に、細部にわたって検討をした場合、やはりいろいろな問題があると考えられます。これらを改善するためには、やはり国が、いわゆる駐留軍用地あるいは自衛隊の施設等防衛の用に供する施設の使用に関して、国家全体の立場から処理できるようにするという観点で新しい法律の枠組みを検討することは必要なのではないか、これが先ほど申し上げた私の趣旨でございます。
第二の御質問の点につきましては、そもそも特別措置法の改正あるいは特別措置法というものは、先生先ほど田久保先生への御質問の中で、この契約が切れた場合どういうことになるのかとのお尋ねがございましたが、現在の安保条約の枠組みというものは、我が国の施設が他国から武力攻撃を受けた場合、この条約の加盟国はそれぞれの憲法及び法律上の手続に従って行動すると安保条約の五条に明記してありますが、このことの意味は、この条約の加盟国たる米国は、米国の憲法並びにその法律上の手続に従って個別的自衛権及び集団的自衛権を行使して日本を防衛する、他方我が国は、憲法及び法律上の手続に従って個別的自衛権のみを行使して我が国の防衛を全うする。このことは、この安保条約の五条によって、米国のみが日本の防衛を一方的にといいますか、片務的に守るという、いわば防衛義務の片務性というものを持っているわけです。そのことは、安保条約という同盟国同士の条約の仕組みからいえば、やや不公平な面がある。この不公平さというものを安保条約第六条によって、我が国を含む極東の平和と安全のために米国、合衆国が我が国の施設・区域を使用することができるという、いわば相互補完してこの条約ができ上がっているわけです。
この安保条約第六条の義務を、田久保先生が御指摘になったように、今回の特別措置法を改正できずに空白状態ができてしまって、いわばある種の不法使用という状態になった場合、この補完すべき第六条の義務を我が国が果たすことができないということになるわけですから、そのことは安保条約の五条にはね返ってきて、我が国が他国から武力攻撃を受けた場合、米国の防衛義務というものにもはね返る、極めて深刻な事態になるということだろうと思います。
このような条約上の義務というものに基づいて我が国が施設・区域を安定的に供給させるということと、つまり六条の義務ということと、それから米国が米国の国益を守るためにアジア・太平洋にどのような米軍のプレゼンスを置くかということは、これは一にかかって米国の専管事項でありまして、米国がどのようなことを政策上考えるかということは米国の政府がみずから判断できる問題であって、このことと我が国が条約上の義務として基地を安定的に提供すべきだということとは、そもそも次元の違う話なのではないかという趣旨を申し上げた次第です。
以上でございます。
大
野
山
山中あき子#15
○山中(燁)委員 新進党の山中燁子でございます。どうぞよろしくお願いいたします。
田久保、森本両参考人からの明快な御意見を拝聴いたしまして、大変ありがとうございました。
ただいまのお説を伺っておりまして、お二人とも共通して、日米安全保障条約というのは日本の外交、防衛上の基軸であるという一致した認識をお持ちだというふうに伺いました。そして、総合的視座に立って見たときに、田久保教授が一九九六年五月の「世界週報」で、「米側の不信感が解けたとき真の日米同盟が実現する」そういうふうなことをおっしゃっておりますが、その表現をおかりいたしますと、米国の信頼の回復と同時に沖縄の信頼の回復、この両方は国の責任であるというふうにお聞きいたしました。すなわち、沖縄の問題は外交、安全保障の問題であると同時に生活、文化、人権の問題であるという認識、これは私も共通でございます。
そこで、まず第一点の質問を田久保参考人にお願いしたいのですが、特措法改正で米国の信頼は一応回復できるというふうにお考えでしょうか。
この発言だけを見る →田久保、森本両参考人からの明快な御意見を拝聴いたしまして、大変ありがとうございました。
ただいまのお説を伺っておりまして、お二人とも共通して、日米安全保障条約というのは日本の外交、防衛上の基軸であるという一致した認識をお持ちだというふうに伺いました。そして、総合的視座に立って見たときに、田久保教授が一九九六年五月の「世界週報」で、「米側の不信感が解けたとき真の日米同盟が実現する」そういうふうなことをおっしゃっておりますが、その表現をおかりいたしますと、米国の信頼の回復と同時に沖縄の信頼の回復、この両方は国の責任であるというふうにお聞きいたしました。すなわち、沖縄の問題は外交、安全保障の問題であると同時に生活、文化、人権の問題であるという認識、これは私も共通でございます。
そこで、まず第一点の質問を田久保参考人にお願いしたいのですが、特措法改正で米国の信頼は一応回復できるというふうにお考えでしょうか。
田
田久保忠衛#16
○田久保参考人 これは、米国ははらはらして今東京と那覇のやりとりを注目してきたところでございますから、ひとまず愁眉を開いたという印象ではないかなというふうに推測いたします。
この発言だけを見る →山
山中あき子#17
○山中(燁)委員 関連して後ほどまた質問させていただきますが、そうしますと、もう一方の沖縄の信頼の回復について、沖縄の心をよく御存じの田久保参考人にお伺いいたします。
先ほど一番最初におっしゃいました点と共通しておりますけれども、ちょっと個人的なことを申し上げますと、私、九五年の北京の女性会議に大学人として出席しておりましたときに、中国における日本への感情の中で、私よりちょっと上の残留の孤児の人たちがどんな思いで日本人として過ごしてきたかということに心をとられておりましたけれども、帰国してすぐ沖縄の暴行事件を知りまして、日本の国土の上で、十二歳の少女の人権を日本という国はどういうふうに考えているのかということを深く感じました。
そんなこともございまして、二月の十六、十七日に沖縄の新進党調査団に加えていただきまして、一日早く行きまして、女性の方たちと懇談させていただきました。そのときに、この少女の事件というのは決して単発的なものではなくて、ずっとそういうことが続いている中で、例えば、八八年以降も軍法会議にかかっている婦女暴行事件というのは月に二度ある、しかし本人は申告していないということもありますし、八五年に現行犯逮捕されたものは、その裁判の結果が本人の方には知らされていないというようなこともありました。
そういった、女性が毎日の生活の中で非常に不安を抱いている、しかも三沢の事件それから横須賀の事件というのが続いておりますので、先ほどおっしゃった初動の、地位協定の見直しということがおくれてしまいましたけれども、SACOの最終報告の運用の妙で何とかしよう、そういうことで今後よろしいのでしょうか、どういう御判断をお持ちでしょうか。
この発言だけを見る →先ほど一番最初におっしゃいました点と共通しておりますけれども、ちょっと個人的なことを申し上げますと、私、九五年の北京の女性会議に大学人として出席しておりましたときに、中国における日本への感情の中で、私よりちょっと上の残留の孤児の人たちがどんな思いで日本人として過ごしてきたかということに心をとられておりましたけれども、帰国してすぐ沖縄の暴行事件を知りまして、日本の国土の上で、十二歳の少女の人権を日本という国はどういうふうに考えているのかということを深く感じました。
そんなこともございまして、二月の十六、十七日に沖縄の新進党調査団に加えていただきまして、一日早く行きまして、女性の方たちと懇談させていただきました。そのときに、この少女の事件というのは決して単発的なものではなくて、ずっとそういうことが続いている中で、例えば、八八年以降も軍法会議にかかっている婦女暴行事件というのは月に二度ある、しかし本人は申告していないということもありますし、八五年に現行犯逮捕されたものは、その裁判の結果が本人の方には知らされていないというようなこともありました。
そういった、女性が毎日の生活の中で非常に不安を抱いている、しかも三沢の事件それから横須賀の事件というのが続いておりますので、先ほどおっしゃった初動の、地位協定の見直しということがおくれてしまいましたけれども、SACOの最終報告の運用の妙で何とかしよう、そういうことで今後よろしいのでしょうか、どういう御判断をお持ちでしょうか。
田
田久保忠衛#18
○田久保参考人 私は、SACOの報告書にありますように運用面でというのは、何というか、スモールビギニングと申しますか、まず手始めに。ただ、大田知事が最初御不満を抱かれたのは、疑わしいといってすぐ身柄を拘束できない、米軍にすれば米軍で、命令一下死地に赴くのに、疑わしいという理由で作戦の心臓部に当たる者が何人か逮捕されたということではこれは仕事にならないということで、いろいろ意見が一致しないところでございます。
ただ、我々、あくまでも沖縄のような事件を二度と起こさないということで押していってしかるべきだと私は思うのでございます。返す返すも残念なのは、あの事件の直後に、クリントン大統領、クリストファー国務長官、ペリー国防長官それからモンデール駐日大使が大変深甚な遺憾の意を表明された、このときこそ、外交交渉としてはこの問題を一気に片づけるべきであったのではないかなというふうに思います。
過去のことは申してもせんないことでございますので、あくまでも大きな目標として、この地位協定を日本に有利に変えていくということは、私は筋として当然のことだというふうに考えております。
この発言だけを見る →ただ、我々、あくまでも沖縄のような事件を二度と起こさないということで押していってしかるべきだと私は思うのでございます。返す返すも残念なのは、あの事件の直後に、クリントン大統領、クリストファー国務長官、ペリー国防長官それからモンデール駐日大使が大変深甚な遺憾の意を表明された、このときこそ、外交交渉としてはこの問題を一気に片づけるべきであったのではないかなというふうに思います。
過去のことは申してもせんないことでございますので、あくまでも大きな目標として、この地位協定を日本に有利に変えていくということは、私は筋として当然のことだというふうに考えております。
山
山中あき子#19
○山中(燁)委員 女性としては大変心強いお答えをいただきました。
ボン協定も、四九年、五九年、七一年、八一年、そして最終九三年には、施設・区域内の作業というのはドイツの法に基づくというふうなところまで持ってきております。決して裁判権の問題だけではなくて、イコールパートナーとしての日本というものを考えますと、地位協定全般にわ一たってもうそろそろ見直す時期ではないかというふうに私も考えております。
さて、沖縄の県民所得というのが全国で最下位ですが、思いやり予算によって一人一千万以上という最も豊かな米軍が存在しているというこの現実の中で、世界に類のない濃密な軍事基地を抱えている沖縄が、整理縮小といいましても、これは現実には相当時間のかかることで、しばらくといいますか、これから協定によっては、ある意味でずっと基地が存在する。そういう意味では、この特殊な事情に対して国として何かできるのではないか。
例えば、私がヨーロッパで聞きましたイタリアのアルトアディジェというところは、これはオーストリアとの国境地帯ですが、つまり国境地帯というのは常にフロントである。そのフロントに対して、負荷をかけているのだから国としてということで、そこでは法人税、所得税を免除し、この二税に相当する分を地方税としてそこで使える。例えば、こういうことですと、沖縄の平成七年の予算から見ますと一千五百八十六億七千七百万円という金額に上ります。
ですから、その辺の、各省庁にわたってとか、今までもいろいろ努力をしてきた、五兆円かけたということではなくて、国として負荷をかけているところに何かできないか、そういう考え方があるのでございますが、それについてはどういうふうにお考えでいらっしゃいますか。
この発言だけを見る →ボン協定も、四九年、五九年、七一年、八一年、そして最終九三年には、施設・区域内の作業というのはドイツの法に基づくというふうなところまで持ってきております。決して裁判権の問題だけではなくて、イコールパートナーとしての日本というものを考えますと、地位協定全般にわ一たってもうそろそろ見直す時期ではないかというふうに私も考えております。
さて、沖縄の県民所得というのが全国で最下位ですが、思いやり予算によって一人一千万以上という最も豊かな米軍が存在しているというこの現実の中で、世界に類のない濃密な軍事基地を抱えている沖縄が、整理縮小といいましても、これは現実には相当時間のかかることで、しばらくといいますか、これから協定によっては、ある意味でずっと基地が存在する。そういう意味では、この特殊な事情に対して国として何かできるのではないか。
例えば、私がヨーロッパで聞きましたイタリアのアルトアディジェというところは、これはオーストリアとの国境地帯ですが、つまり国境地帯というのは常にフロントである。そのフロントに対して、負荷をかけているのだから国としてということで、そこでは法人税、所得税を免除し、この二税に相当する分を地方税としてそこで使える。例えば、こういうことですと、沖縄の平成七年の予算から見ますと一千五百八十六億七千七百万円という金額に上ります。
ですから、その辺の、各省庁にわたってとか、今までもいろいろ努力をしてきた、五兆円かけたということではなくて、国として負荷をかけているところに何かできないか、そういう考え方があるのでございますが、それについてはどういうふうにお考えでいらっしゃいますか。
田
田久保忠衛#20
○田久保参考人 余計なことを申し上げるかもしれませんが、この問題はかなり日本に特殊な問題ではないか。
例えば、ハワイには太平洋艦隊が集結しております。ハワイの人たちは、これは不公平な負担である、けしからぬと言っているかどうか。それから、私もアメリカに勤務したことがございますけれども、ノーフォークは大西洋艦隊の基地でございますね。ノーフォークの人たちは、艦隊の基地があることをむしろ誇りにしている。これは、日本ではちょっと違うということは私は十分承知しております。
ただ、沖縄というのは戦略上の要衝でございまして、あれは北だけを見ているのではなくて、バシー海峡、フィリピン、ああいうところまで見ている。ザ・キーストーン・オブ・ザ・パシフィック、これは言い得て妙だと思うのでございますけれども、そういう戦略の要衝にあるんだ、これは我々が認めなければいかぬだろうと思うのでございます。
ただし、県民感情、これは私も沖縄におりましたからよくわかるわけでございますが、これは十分に考慮しなければいけない。さればといって、まんじゅうではありませんから、全国民がひとしくというと、一つのまんじゅうを四十七等分して一県ずつ、一つずつ分担するんだ、こういうことになってしまう。これは、国際情勢あるいは安全保障、防衛、アメリカの世界戦略というところから見ると、少し幼稚な意見になってしまうのではないか。そういうことがあって、SACO、これがいろいろ検討したわけでございます。
沖縄に対しまして、私は、これはどこかで全部総合的に見れないかなと思っておるのでございますが、今度普天間の基地が移転する、それは県知事がオーケーしてくれたと思って、八十八項目にわたる振興策を出しているわけでございますね。それから、あそこは自主財源が二〇%でございますから、復帰後、本土全体としてどのくらいあそこに見ているかということも沖縄の方々に考えていただかなければいけないのではないか。幾らでも財政資金を出すということは、かえって沖縄の人たちに失礼ではないか。これは、変な言葉になりますけれども、ブロイラーをつくるので、地鶏にならないのではないか。むしろ沖縄の方々の建設的な、自主独立の精神を尊重して、ここで我々ができるだけのことをやるというふうなところに持っていかないといけないのではないかなというふうに考えているわけでございます。
現に、沖縄がおつくりになった国際都市化構想というものでございますけれども、琉銀の調査部長をおやりになった牧野さんという方が、沖縄タイムスに二十数回連載でこれを解説あるいは批判をしている。これは、一言で言えば、やはりひとり立ちしてみずからの発想でどんどん前へ進むというようなことでないといけないということでございますので、先生がおっしゃるように、我々ができるだけのことは全部やるべきだと思いますけれども、それには今までのやり方には少し工夫があるのではないかなというふうに私は考えております。
この発言だけを見る →例えば、ハワイには太平洋艦隊が集結しております。ハワイの人たちは、これは不公平な負担である、けしからぬと言っているかどうか。それから、私もアメリカに勤務したことがございますけれども、ノーフォークは大西洋艦隊の基地でございますね。ノーフォークの人たちは、艦隊の基地があることをむしろ誇りにしている。これは、日本ではちょっと違うということは私は十分承知しております。
ただ、沖縄というのは戦略上の要衝でございまして、あれは北だけを見ているのではなくて、バシー海峡、フィリピン、ああいうところまで見ている。ザ・キーストーン・オブ・ザ・パシフィック、これは言い得て妙だと思うのでございますけれども、そういう戦略の要衝にあるんだ、これは我々が認めなければいかぬだろうと思うのでございます。
ただし、県民感情、これは私も沖縄におりましたからよくわかるわけでございますが、これは十分に考慮しなければいけない。さればといって、まんじゅうではありませんから、全国民がひとしくというと、一つのまんじゅうを四十七等分して一県ずつ、一つずつ分担するんだ、こういうことになってしまう。これは、国際情勢あるいは安全保障、防衛、アメリカの世界戦略というところから見ると、少し幼稚な意見になってしまうのではないか。そういうことがあって、SACO、これがいろいろ検討したわけでございます。
沖縄に対しまして、私は、これはどこかで全部総合的に見れないかなと思っておるのでございますが、今度普天間の基地が移転する、それは県知事がオーケーしてくれたと思って、八十八項目にわたる振興策を出しているわけでございますね。それから、あそこは自主財源が二〇%でございますから、復帰後、本土全体としてどのくらいあそこに見ているかということも沖縄の方々に考えていただかなければいけないのではないか。幾らでも財政資金を出すということは、かえって沖縄の人たちに失礼ではないか。これは、変な言葉になりますけれども、ブロイラーをつくるので、地鶏にならないのではないか。むしろ沖縄の方々の建設的な、自主独立の精神を尊重して、ここで我々ができるだけのことをやるというふうなところに持っていかないといけないのではないかなというふうに考えているわけでございます。
現に、沖縄がおつくりになった国際都市化構想というものでございますけれども、琉銀の調査部長をおやりになった牧野さんという方が、沖縄タイムスに二十数回連載でこれを解説あるいは批判をしている。これは、一言で言えば、やはりひとり立ちしてみずからの発想でどんどん前へ進むというようなことでないといけないということでございますので、先生がおっしゃるように、我々ができるだけのことは全部やるべきだと思いますけれども、それには今までのやり方には少し工夫があるのではないかなというふうに私は考えております。
山
山中あき子#21
○山中(燁)委員 五十億の調整費の使い方、今までかけた五兆円、そういったことがそれほど沖縄の方たちにとって感謝できるというか評価できることでなかったとすれば、やはりここで抜本的に、国として何かできるかというように視点を移してこのことを考えるべきだというふうに私は思います。
さて、先日の橋本首相と小沢党首との合意の中で、沖縄県民の負担を全国民が担うということが合意されておりますけれども、これはどういう形で実現していけるというふうにお思いでいらっしゃいますか。田久保参考人にお願いいたします。
この発言だけを見る →さて、先日の橋本首相と小沢党首との合意の中で、沖縄県民の負担を全国民が担うということが合意されておりますけれども、これはどういう形で実現していけるというふうにお思いでいらっしゃいますか。田久保参考人にお願いいたします。
田
山
山中あき子#23
○山中(燁)委員 もう一度申し上げます。
橋本総理大臣と小沢党首との合意についてなんですけれども、その二項目めに、沖縄県民の負担を全国民が担うというような観点で合意しております。意見の中には、そんなことを言ったってできないのではないかという不信感があるわけでございますので、これはどういう形で実現ができるというふうにお思いか、御意見を伺いたいと思います。
この発言だけを見る →橋本総理大臣と小沢党首との合意についてなんですけれども、その二項目めに、沖縄県民の負担を全国民が担うというような観点で合意しております。意見の中には、そんなことを言ったってできないのではないかという不信感があるわけでございますので、これはどういう形で実現ができるというふうにお思いか、御意見を伺いたいと思います。
田
田久保忠衛#24
○田久保参考人 私は、先ほど申し上げましたように、四十七で割って各県がひとしくこれを負担するということが国民ひとしく負担を負うという意味ではないと思うのでございますね。それぞれの地方の特殊事情を考慮して、沖縄だけに負担を負わせる、これは戦略上の配慮が第一点ございますけれども、その中のできるだけのことというふうに私は解釈したいのでございます。ですから、先生がお考えになっていることと私が考えていることは余り相違はないだろうというふうに信じております。
この発言だけを見る →山
山中あき子#25
○山中(燁)委員 それでは次の質問に移らせていただきますが、昨日の池田外務大臣の答弁の中にも予防外交という言葉が使われておりました。けさ、私もペリー前国防長官とお会いしましたときに、十万人の兵力は当分維持する、しかしその一方で、やはり軍事的なコンフリクトを避けて平和を構築していくことに努力をするというふうなことをおっしゃっておりました。つまり、日米安保条約を前提としながら一方で国際的な地域の安全保障という、そのことに関して、世界的な趨勢もあるわけですけれども、日本としてはこういう部分でどういうふうなイニシアチブをとっていけるか、その辺についてお二方の御意見を伺いたいと思います。今後の展開の問題でございます。
この発言だけを見る →森
森本敏#26
○森本参考人 米国は、昨年、一九九六年ごろから冷戦後の国防政策について少しパターンを変えてまいりまして、先生今御指摘のように、本来、国家の防衛というのは、抑止、そして抑止に失敗した場合、対応という、この二つの段階で国家の防衛、国家の安全保障を担保してきたわけですが、そのもう一つ前段階として予防防衛、英語で言うとプリベンティブディフェンスという考え方をアメリカが取り入れたわけです。これは米国のみならず、現在、国際社会の中で、防衛の面では予防防衛、外交面では予防外交という非常に大きな安全保障上の一つの手段になっています。
この意味するところは、そもそも抑止というものを働かせるとは、現実に脅威がある、あるいは脅威が来るかもしれないという可能性が非常に高い場合に、抑止ということがあるわけです。例えば、我が国にとって言えば、我が国の周辺地域から来るいろいろな脅威あるいはリスク、危険等を念頭に置いて国家の安全保障を考える場合、抑止という対応をとるわけですが、予防防衛あるいは予防外交というのは、我が国と距離的にもっと離れた地域における地域全体の安定をいかにして確保していくか、そのために各国がどのような協力ができるかというコンセプト、概念であります。
アメリカは、冷戦後に、米国の海外におけるプレゼンスをこのような予防防衛という手段のために第一段階として使って、具体的に言うと、同盟国との共同演習、あるいは友好国との安全保障協力、あるいは対話の推進、信頼醸成措置の促進といった、いろいろな抑止の前段階の努力を行う、このことによって地域の安定を図る、このような考え方に立っています。
我が国も、この予防外交というのを外交上の重要な柱の一つとしておりまして、具体的に言いますれば、アジア・太平洋における平和と安定を確保するため、個々の信頼醸成措置に伴ういろいろなイニシアチブをとり、防衛庁や外務省が、周辺諸国との安全保障対話、あるいは軍艦その他の相互交流、あるいは軍人等の交流、あるいは個々の信頼醸成措置のための外交努力、例えば防衛白書を出すとか、あるいは国連の通常兵器移転登録制度に積極的に加わっていくとか、あるいは海上の安全保障、あるいはPKO等の協力に乗り出すといった、個々の努力を通じて地域の安定を維持し、そのことによって国家の防衛の努力、すなわち、防衛力というものをできるだけ少なくして国家の安全保障を維持するというのが冷戦後の安全保障の一つの傾向でありまして、そのことについて政府が累次努力しているところだろうと思います。
私は、政府の人間ではありませんけれども、間接的にいろいろな作業に加わって、この分野では日本はアジア・太平洋の中で突出して努力をしている国だというふうに考えております。
以上でございます。
この発言だけを見る →この意味するところは、そもそも抑止というものを働かせるとは、現実に脅威がある、あるいは脅威が来るかもしれないという可能性が非常に高い場合に、抑止ということがあるわけです。例えば、我が国にとって言えば、我が国の周辺地域から来るいろいろな脅威あるいはリスク、危険等を念頭に置いて国家の安全保障を考える場合、抑止という対応をとるわけですが、予防防衛あるいは予防外交というのは、我が国と距離的にもっと離れた地域における地域全体の安定をいかにして確保していくか、そのために各国がどのような協力ができるかというコンセプト、概念であります。
アメリカは、冷戦後に、米国の海外におけるプレゼンスをこのような予防防衛という手段のために第一段階として使って、具体的に言うと、同盟国との共同演習、あるいは友好国との安全保障協力、あるいは対話の推進、信頼醸成措置の促進といった、いろいろな抑止の前段階の努力を行う、このことによって地域の安定を図る、このような考え方に立っています。
我が国も、この予防外交というのを外交上の重要な柱の一つとしておりまして、具体的に言いますれば、アジア・太平洋における平和と安定を確保するため、個々の信頼醸成措置に伴ういろいろなイニシアチブをとり、防衛庁や外務省が、周辺諸国との安全保障対話、あるいは軍艦その他の相互交流、あるいは軍人等の交流、あるいは個々の信頼醸成措置のための外交努力、例えば防衛白書を出すとか、あるいは国連の通常兵器移転登録制度に積極的に加わっていくとか、あるいは海上の安全保障、あるいはPKO等の協力に乗り出すといった、個々の努力を通じて地域の安定を維持し、そのことによって国家の防衛の努力、すなわち、防衛力というものをできるだけ少なくして国家の安全保障を維持するというのが冷戦後の安全保障の一つの傾向でありまして、そのことについて政府が累次努力しているところだろうと思います。
私は、政府の人間ではありませんけれども、間接的にいろいろな作業に加わって、この分野では日本はアジア・太平洋の中で突出して努力をしている国だというふうに考えております。
以上でございます。
田
田久保忠衛#27
○田久保参考人 森本参考人が言われたことに尽きると思うのでございますが、私も若干所見を申し上げますと、冷戦の前と後ではかなり日本の防衛政策も違ってしかるべきではないかというふうに考えておるわけでございます。冷戦の最中は米ソを中心といたしました核の抑止力、これが物を言った。その核のもとで日本が何ができるか、核を持っていない、非核三原則を持った日本が何をできるかということで考えればよかった。ところが、米ソの関係ががらっと変わってまいりますと、通常兵力による防衛というのが前面に出てきた。よって、橋本・クリントン会談、あの安保共同宣言というのは、そういう趣旨で旧ソ連の脅威をアジア・太平洋の平和と安定というふうに差しかえたと思うのでございます。これは、かなり地域がふえているけれども、原則として通常兵力による防衛である。
よって、私は、予防外交、予防防衛というのは、前よりも数段重要な要素になってきたのではないか。日本がこれから努力すべき点は、従来もそうでございますが、引き続き努力すべき、あるいは一層努力すべき点は、予防外交、予防防衛である。ただし、プロパーの防衛を忘れてしまっては困る。これは二者択一ではなくて同時亜行にやるべきものではないかなというふうに考えております。
この発言だけを見る →よって、私は、予防外交、予防防衛というのは、前よりも数段重要な要素になってきたのではないか。日本がこれから努力すべき点は、従来もそうでございますが、引き続き努力すべき、あるいは一層努力すべき点は、予防外交、予防防衛である。ただし、プロパーの防衛を忘れてしまっては困る。これは二者択一ではなくて同時亜行にやるべきものではないかなというふうに考えております。
山
山中あき子#28
○山中(燁)委員 先ほど田久保参考人に、この特措法の改正でアメリカの信頼の回復の第一段階ということをお伺いいたしましたが、その上でさらにどういうことをすべきかということで、お考えがありましたらお願いいたします。
この発言だけを見る →田
田久保忠衛#29
○田久保参考人 私は、基地はアメリカに置かしてやっているんだ、よってこれにクレームをつけるんだということではなくて、やはり共同防衛だという確固たる信念を持たないと、これはアメリカの半従属国みたいに見られる、こういう時期がどんどん続いていくのではないかなと思うのでございますね。
したがって、私は、根本は、集団自衛権の行使に踏み切るべきではないか。これが危ない、危ないと言うのですけれども、危ないのではなくて、これをどうするかというのは、ここにおられる先生方の政策判断の問題ではないか。シビリアンコントロールの民主主義の国でございますから、私は、小沢さんの普通の国というよりも、普通の民主主義を我々は心がけるべきではないか。普通の民主主義国は、個別的自衛権も集団的自衛権も持っておるんだ。民主主義国ですから、先生方のようにしっかりした政治家がいらっしゃるのですから、これは変な危険なんかありっこないじゃございませんか。
私は、そういう意味で、普通の民主主義国が持っているような集団自衛権の行使に踏み切る。ただ、確固たる民主主義と政治家に対する信頼さえあれば、アメリカは一層日本を信頼するんじゃないか、日米同盟はさらに確固たるものになるのではないかとかたく信じております。
この発言だけを見る →したがって、私は、根本は、集団自衛権の行使に踏み切るべきではないか。これが危ない、危ないと言うのですけれども、危ないのではなくて、これをどうするかというのは、ここにおられる先生方の政策判断の問題ではないか。シビリアンコントロールの民主主義の国でございますから、私は、小沢さんの普通の国というよりも、普通の民主主義を我々は心がけるべきではないか。普通の民主主義国は、個別的自衛権も集団的自衛権も持っておるんだ。民主主義国ですから、先生方のようにしっかりした政治家がいらっしゃるのですから、これは変な危険なんかありっこないじゃございませんか。
私は、そういう意味で、普通の民主主義国が持っているような集団自衛権の行使に踏み切る。ただ、確固たる民主主義と政治家に対する信頼さえあれば、アメリカは一層日本を信頼するんじゃないか、日米同盟はさらに確固たるものになるのではないかとかたく信じております。