1997-04-10
衆議院
橋本龍太郎
日米安全保障条約の実施に伴う土地使用等に関する特別委員会
橋本龍太郎の発言 (日米安全保障条約の実施に伴う土地使用等に関する特別委員会)
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○橋本内閣総理大臣 果たして、本土の我々に沖縄の方々が胸の中に持っておられるものが本当にわかるのだろうか、今回の委員会の審議を通しまして、改めて今私の胸にそのような思いがございます。
先般も御答弁申し上げたことでありますけれども、私は私なりに、昭和四十年初めて沖縄県を訪問いたしまして以来、復帰前の沖縄県、そしてその復帰が具体化するその過程の沖縄県、復帰直後の沖縄県、その後の沖縄県、私なりにさまざまなかかわりを持ってまいりました。そしてそれなりに沖縄県をある程度知っている、そのような思いでおりました。
そして、総理という立場になり、この問題に真正面から向き合うという事態になりまして、改めて私は大田知事の著作物に目を通し、当初は実はその著作物の内容が信じ切れませんでしたので、いろいろと資料に当たり、調べ、その中で我々が全く知らなかった沖縄県における土地収用の実態というものも知るようになりました。
そして、それなりに沖縄県の方々の抱えておられる重荷、そして痛みというものに我々なりの理解を持って臨んだつもりでありますけれども、まさに、県出身の議員の方々が党派を超えてこの席上で述べられたことの中に、随分長い交友を持っていたにもかかわらず、御自身の周辺にそれだけの戦没者を出した、そのようなことがあったことを初めて語られ、今まで、のどまで出ていても言えないことがたくさんおありだったのだなということを改めて感じております。
それだけに、この問題、我々として心の重い部分を確かに持っておりますし、今、この問題とは切り離して沖縄県の振興というものを今まで以上に真剣に考えていき、経済的に日本経済に寄与し得る沖縄にしていく、こうした責任は我々はひとしく負わなければならないもの、そのような思いでおります。