太田誠一の発言 (法務委員会)

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○太田(誠)委員 法務省がいろいろなところで説明するのを聞いておると、この二二・五%の人たちは、あたかも賛成をしているように解説をしていたこともあるわけでございます。正確に言いますと、いつもそう言っていたということではありません。あたかもここはあいまいなものであるというふうに、あるいは夫婦別氏に賛成の意見の方に二二・五%を数えるという向きもあったように思うわけでございますけれども、ここははっきりさせておかなければいけないのは、私は今言う二二・五%の一人でございます。私は、問われれば、通称使用を認めるべきだということを言います。
 それから、それぞれの党で御議論をされたと思いますけれども、自由民主党の大変熱心な議論をやってきた過程で、最後に通称使用でいくべきだということでまとまったのは、これは慎重論者がそのような妥協案を出したわけであります。自民党の中での議論は、通称使用ならばいいではないかというふうに全員が折り合った。それに対して、積極的な推進論者の方々は、これは通称使用では意味がないということで、その妥協案には反対をされたわけでございます。ですから、これは明らかに二二・五%は慎重論者の答えであるということをはっきり言わなければなりません。
 そういたしますと、平成八年の調査においても、三九・八%と二二・五%を足せば六二・三%であって、賛成の三二・五%の倍いるわけでございます。ですから、何の世論調査をやっても、結局のところ、推進論者の倍の慎重論者が我が国の国民の内容であるということを私は申し上げなければなりません。
 それと、そういう発表をすると、必ず新聞にもその内容を分析したという話が今の坂上先生のお話のように出てくるわけでございますけれども、これはナンセンスであって、坂上先生と枝野さんは、坂上先生の方が先輩ではあるけれども、全く同じ発言力を持っているわけでありまして、国民は皆平等なのであって、大先輩の方々も若い世代も同じ発言力でありますから、若い人が言っているから価値があるなんていうことはないわけでございます。この問題については、国民は等しい発言力を持っている。女性だからありがたいというふうなことはないわけでございます。男女同権でございますから、男女ともに同じ権利を持っているんだから、答えた人は、これは世論調査の中で単にその比率を見ればいいだけであって、その中が、若い世代がどうだったか、女性がどうだったかというのは、この際、国民は法のもとに平等だというのが我が国の憲法でございますから、何もそんな勘定はする必要はないというふうに思うのでございます。
 そこで、ここで明らかにしておかなければいかぬのは、世論は常に、何度調査をしても、推進論者の倍の慎重論者あるいは反対論者がいるということであるのに、それにもかかわらず、法制審議会が満場一致で可決をしておる。満場一致で答申案を出したということに、私は、実は今の法制審議会の構成に問題があるとむしろ思うわけでございます。法制審議会が言ったから正しいなどということはこの場合にはないわけでございまして、法制審議会がいかに国民から遊離した判断をするのかというその証拠であるというふうに私は思うのでございます。この際、私は、法制審がどうしたこうしたという議論に権威を持たせることには反対をいたしたいわけでございます。
 そこでちょっと、夫婦別氏論というものは一体どういうところからこの考え方が出てきているのかということを私も興味を、関心を持つわけでございます。大分前の、これはジョージ・オーエルという人の書いた「アニマルファーム」という寓話があるわけでございます。「アニマルファーム」という寓話は――だれかお読みになったことがありますか。いない、本当に。いればちょっと、いや、別にきょうは予告しておりません。
 「アニマルファーム」という大変有名な寓話で、最近、俳優座か何か、新宿かどこかで、それを一つのドラマ、劇にして、小屋にかけてというか、公演が始まったというふうにどこかで私、新聞で見たことがございますけれども、それは、いわゆる共産主義社会というものを風刺している、あるいは共産主義革命というものを風刺している寓話でありまして、大変有名な話でございます。
 その中に、農場で動物たちが、豚とかあるいは牛とかそういう飼われている動物たちが反乱を起こして飼い主である人間、農場主を追い出して、自分たちがその農場を占拠してしまうという話でございます。そして、そこまではいいんだけれども、占拠した後、豚の一頭が、ナポレオンという豚なんですけれども、ナポレオンという豚がだんだんと独裁者になってきて、そして君臨をしていく。人間は追い出して、自分たちのものになったと思ったら、かわりに豚の一頭が君臨して、独裁で他の動物たちも圧政に苦しむという話でございます。
 その中に、生まれたばかりの豚の子がいつの間にか神隠しのようにいなくなってしまうということが描かれておるわけでございまして、そしてみんなで、その豚の母親などが悲しんで捜していくと、結局、その子豚はどこに行ったかわからないんだけれども、数年して、突然そのナポレオンという独裁者の親衛隊あるいは秘密警察のような存在で、さらわれたその豚の子たちがナポレオンのもとで育てられて、ナポレオンの親衛隊として他の動物たちを虐げる先兵となるという話であります。
 ここにジョージ・オーエルはまさに共産主義社会の本質は何であるのかということを示したわけであって、いわば子供というのは社会的に育てるものである、子供というのは社会的に育てるものであって、母が子供を育てる必要はないし、父が子供を育てる必要もないというような考え方であります。
 私は大変この寓話というのが物事の本質をついておると思うのでございますけれども、夫婦の関係とか家族制度というのが、ロシア革命があった当初、どのようになっていたかということについて、法務省で何か勉強しておられればお聞かせをいただきたいと思います。

発言情報

speech_id: 114005206X01019970611_013

発言者: 太田誠一

speaker_id: 11263

日付: 1997-06-11

院: 衆議院

会議名: 法務委員会