橋本龍太郎の発言 (予算委員会)

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○橋本内閣総理大臣 危機管理体制の強化というものは、昨年内閣がスタートをした瞬間からの非常に大きな課題として私どもの背中にのしかかってまいりました。そして、これまでも阪神・淡路大震災などの教訓を踏まえながら、災害対策基本法の改正でありますとか、情報集約機能の強化でありますとか、関係閣僚の緊急参集体制の整備など、さまざまな角度からその充実には努めてまいりました。
 しかし同時に、危機というものの性格からして、過去の全く同じケースというものはあり得ないわけでありますけれども、たまたま今議員が引用をされましたよど号のハイジャック事件、これは第二次世界大戦後の日本の、ある意味では危機というものに直面した最初のケースだったかもしれません。そして、山村新治郎議員、当時の運輸政務次官でありますが、当時は全く連絡の手段を持ち得なかった北朝鮮への飛行に際し、みずからが身がわりを志願し、テロリストグループもその要請を入れ、他の人質と引きかえに山村次官を伴って北朝鮮へ離脱をするという事態がございました。
 たまたまその当時、私は厚生省の政務次官で、外務省が外交ルートから、そして厚生省は赤十字のルートを使い、何とかして北朝鮮との連絡をとれる情勢を生み出して、安全を確認した上で山村政務次官に現地に飛んでいただきたい、そんな思いで必死で連絡をとりましたけれども、ついに連絡のつかない状態のまま、全く安全の確認ができないままに同僚でありました山村さんにピョンヤンに飛んでいただくという結果になりました。
 私どもにとりまして、あの事件は、極めて危機管理というものの大切さ、あるいはふだんに想定し得るマニュアルというものをできるだけ整備をしておくことの必要性を脳裏に刻み込んだ事件であったと思います。その後さまざまな事件の起こりますたびに、私は、歴代の内閣はその都度その事件の中からの反省を次の対応にと生かしていく、そういう努力は必ずしてまいったと思っておりますし、それなりの積み重ねも今日までの間にはできてまいりました。
 しかし、その間にむしろ国際的な常識が、例えばテロについて大きく変化をいたしました。そして、テロリズムに屈しないということがまず最大のテーマであり、その上で、人質になった方々、その安全をいかに確保するかということに視点は移ってきたように思います。当然のことながら、こうしたテロばかりではなく災害等におきましても、危機としてとらえ、国際的な支援の体制をいかに組むか、強化するか、こうした視点からのマニュアルも各国の中に定着しつつあります。
 しかし、これから先も実は政府として、これまでに遭遇をいたしました事件、事故、災害、こうしたものを超えて、いかにすれば初動時における対応の仕組みをつくり得るか、危機の種類に応じた、例えばテロでありますとかハイジャックでありますとかあるいは災害でありますとか、そうしたカテゴリーに応じた、より汎用性の高い危機管理システムというものを構築していくために今後ともに努力をしていかなければならない、そのように思っております。

発言情報

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発言者: 橋本龍太郎

speaker_id: 24487

日付: 1997-02-19

院: 衆議院

会議名: 予算委員会