吉川芳男の発言 (決算委員会)

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○吉川芳男君 次に、横田めぐみさんに象徴される日本人拉致事件についてお尋ねいたします。
 まず、この事件について、その内容を簡潔に紹介しておきたいと思います。また、皆さんのところに見取り図等も配っておいたと思うのでございますので、御参照願いたいと思います。
 今から二十年前の昭和五十二年、一九七七年十一月十五日の放課後、新潟市立寄居中学校の一年生でありました横田めぐみさんがクラブ活動のバドミントンの練習の後、クラブの同級生女子二人と六時三十五分ごろ学校の正門を出て、一人は正門を出てすぐ別れ、いま一人と学校から約二百メートル海岸寄りの新潟大学教育学部附属小・中学校の十字路で別れたまま消息を絶ったという事件であります。
 その日の午後十時ごろ、母親の早紀江さんから新潟中央署に通報がありまして、中央署では警察犬も投入して大がかりな捜索を行い、また県警本部の機動隊、近隣の警察署も応援して広範囲にわたる海岸線の捜索を行い、新潟海上保安部による海からの捜索も行われたわけでございますが、めぐみさんの行方は杳としてわからないままでありました。
 ところが、最近になってわかったことは、韓国に亡命した元北の工作員安明進氏の証言によりますと、安氏が金正日政治軍事大学の二年生であった一九八八年十月十日、朝鮮労働党創立記念行事の準備会議の際、教員、職員の席の一角に、一見して日本人とわかる六、七人のグループがいたので、不審に思って丁という担当教官に尋ねると、あのうちの一人の女性は七〇年代半ばにおれが新潟から拉致してきた、日本へ三人で特殊任務に行き、帰りに新潟の海岸で迎えを待っているときに、顔を見られたので通報されるかもしれないと思って誘拐したと打ち明けられたとのことです。この女性は、年齢二十歳半ばで身長約百六十センチ、紺色のスーツ、白のブラウス姿、おかっぱ髪にふっくらとした顔つきだったということであります。
 めぐみさんの両親である横田御夫妻は、本年三月、この亡命工作員に会うためにソウルに行き、直接、安氏から証言を得ておられます。この模様は、五月号の文芸春秋に手記として掲載されておるわけでございます。
 安氏の証言によると、教官は、めぐみさんと思われる少女のほかにも、八〇年代初めに北海道から三十歳代の男性を拉致してきたこともあると自慢していたということであります。
 そのほかにも新潟県柏崎市では、昭和五十三年七月に柏崎図書館に自転車を置いたまま大学生と美容師の青年男女が消息を絶っております。
 そこで、まず警察庁にお伺いいたしますのは、先般、衆議院の西村眞悟議員の質問主意書に対する内閣答弁書によると、北朝鮮に拉致された疑いのある日本人の数は、これまでに六件九人であると明らかにされておりますが、この中には横田めぐみさんの事件は入っているのかどうか、お答え願いたいと思います。とお聞きする理由は、この事件が明らかになって以来、さまざまなマスコミが報道しておりますけれども、中でも毎日新聞は、拉致された人物と一つ一つの事件の概要を報道しております。これによると、八件十人になっておりまして、この横田めぐみさんの事件は答弁書の六件九人の中には入っていないという話もあるのでございますが、これほど公々然となっておる事件に対してなぜ当局は、件数、人数の発表だけで詳細は発表されないのか。
 しかも、ただ捜査のためあるいは本人の安全及びプライバシーの保護の観点から答弁できないと答弁書は述べておりまするけれども、横田めぐみさんの両親初め拉致者の関係者の大部分は、もう二十年もひっそりと沈黙を守ってきたが何ら事は前進していない、今後は政府や国会に積極的にお願いし、事件を解明したいと言っておるわけでございます。
 そういうことを思うとき、これはどうも政府の発表は全く国民の期待感をそぐような発表でございますが、もう少し具体的な調査報告がなされないものでしょうか。

発言情報

speech_id: 114014103X00219970501_023

発言者: 吉川芳男

speaker_id: 4743

日付: 1997-05-01

院: 参議院

会議名: 決算委員会