梶山静六の発言 (行財政改革・税制等に関する特別委員会)

⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。 詳細は利用規約をご確認ください。

○国務大臣(梶山静六君) 今回の金融監督庁の新たな設立というのは、一昨年来のいわば住専問題に端を発して、この原因がどこにあるかということになりますと複雑ないろんな絡み合った問題があろうかと思いますが、行政側の反省としては、今までの金融行政、特に銀行局を中心にした企画立案と検査監督、ここにむしろ截然とした分かれ方がなかったというか、その中に一緒におったということが一番大きな原因ではなかったかということから、これを分離するということがその対策として一番重要だ、こういうことで今回の金融監督庁の設立法案になったわけであります。
 今、委員御指摘の野村や、これは証券の方でございますが、一勧の場合のような今日起きているような問題を完全に金融監督庁が防圧できるかといいますと、うまく機会をとらえればできるかもしれませんが、普遍的にこういう問題を、摘発という言葉がいいかどうかわかりません、発見できるかどうかというのは大変難しいと私は思います。それは膨大な銀行取引の中で彼らが隠そうと思って隠すことを全部やれるということにはなかなかならないという感じがいたします。
 ですから、こういうことを言っていいかどうかはわかりませんが、少なくとも銀行自身が、みずからの信用確保は何よりも大切でありますから、お客さんに対して自分たちの経営をガラス張りにする、そしてどんなことがあってもこういう不祥事は起こさないという誓い、それと銀行の健全な経営というものは、私の銀行であればここまでですよ、そういうみずからの戒律というか物差しをつくる。それから、銀行業界全体として銀行業はどうあるべきかという一つの物差し、ある意味で業界全体としての物事の見方、さらに金融行政という側に立ったいわば信用や預金者保護、その意味でどういうことがあるか、この三つをかみ合わせて今日まで動いているわけでありますが、この一番目、二番目が弱かったという反省はしなきやなりません。三番目は通常だったのかもしれませんが、そこに混在をしていたという反省をいたさなければなりません。
 しかし、いずれにしても、その一、二のものの根幹に触れるいわば経営者の責任というか社会的な責任ないしは人間としての資質の問題とまで言ってもいいかもしれません、そういう問題に対して、金融監督庁にはそこまで立ち入る能力はなかなかないかもしれません。むしろ、そこまで入らなければならないとすれば、もう統制国家にならざるを得なくなるわけであります。
 本来自由で自己責任を貫徹することがこれからの金融界の発達とするならば、みずからの力でそれをえぐり出してほしい、その思いが今は強いわけであります。そういうことが進化をし完全に洗い落とすことができてから、本当の意味での金融のあり方あるいは検査監督のあり方等が言われるわけでありますが、こういうことが多発をするとなると、全く別個な準司法的な役割を持つ機関に改組、改善をしていかなきゃならなくなってしまう、そういうことに至らないよう今我々は祈っておりますし、この結末を見てまいりたい、このように思います。

発言情報

speech_id: 114014269X00719970611_023

発言者: 梶山静六

speaker_id: 27141

日付: 1997-06-11

院: 参議院

会議名: 行財政改革・税制等に関する特別委員会