井上繁の発言 (国民生活・経済に関する調査会)
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○参考人(井上繁君) 一般的な世の中の感覚では、どうも最近公共事業そのものに対する不信感というものがかなり出ている。それは、ごく一部であり、残念なんですけれども、公共事業の談合の問題ですとか、あるいは公共事業の受発注をめぐってわいろのやりとりがあったとか、そういうようなことが日常的にかなり行われていることが報道されたりしているわけでございます。
一方では、予算に計上したがために、実際はニーズが少ないにもかかわらず仕事をするというような、つまり予算を消化するための公共事業といったようなことも一部では行われたりしているわけでございます。
私は、社会資本整備に関連しまして、公共事業そのものを否定する気などは毛頭ございません。二十一世紀、将来に備えて日本の社会資本整備のあり方はどういうところに重点を置いたらいいのか、これは大変大事な問題だと考えております。ただ、今までの公共事業のやり方をこれからも継続すればいいのかというと、決してそうではないように思うんです。
レジュメの一番のところには、「豊かさをはかる物差し」というふうに書かせていただきましたが、これはちょっと時間の関係で、また後で時間があればお話しすることにいたしまして、いきなり「日本の社会資本の整備は十分か」というところから入ってまいりたいと思います。
公共事業は大変幅が広いわけでございますけれども、例えば下水道の普及率一つとってみましても、皆さんが平成八年の六月にまとめられた国民生活・経済に関する調査報告では、過去と数字を比較しまして、これだけ普及率が高まっているというような記述がございますけれども、ただ、これを海外と比較してみますと、九五年度末の日本の下水道の処理人口普及率は五四%ですけれども、イギリスの九六%とかドイツの九〇%などに比べますと、まだ格段の差がございます。
一人当たりの都市公園の面積を見ましても、九五年度末の見込みで、日本の場合には全国平均で七平方メートル、イギリス・ロンドンの場合は約二十六平方メートル、あるいはドイツのボンの場合ですと三十七平方メートルということで、やはりかなりの差がございます。住宅とか道路の延長、あるいは治水対策等についても同じようなことが言えるわけでございます。おくれているということです。
今申し上げましたのは日本全国平均なわけなんですけれども、地域ごとにも随分ばらつきがございます。特に、いわゆる都市部での社会資本の整備がおくれているんではないか、こういう感じを強くしているわけでございます。鉄道の混雑解消対策などもなかなか進んでおりません。あるいは都市の中の交通と通過交通とを分けないと都市の中の交通が渋滞してしまうわけですけれども、そういった通過交通のためのバイパスづくりなども余り進んでいないのが現状でございます。
公共事業に関連しまして、予算配分が硬直化しているということを申し上げたいと思っております。
国の予算を見ますと、ごく大ざっぱに申しまして、建設省が七割、七〇%ですね、農水省が二〇%、運輸省が七%、これで九七%なんですね。残りの三%をそれ以外の省庁が受け持っている。ごく大ざっぱに言いまして現在の予算の配分はそういうふうになっております。
実は、今申し上げましたこの予算の配分の比率は、一九六五年と申しますと、東京オリンピックがありましたのが六四年ですから、その一年後ですよ。つまり、今から三十年以上前のデータを見ますと、やはり今申し上げた比率なんです。この三十年間、世の中は大きく変わったにもかかわらず、一般公共事業費の各省シェアは変わっていない。余りにもお金の使い方が硬直化しているんではないかということを日ごろ感じております。
三番目に「社会資本のハードとソフト」ということが書いてありますけれども、ここで申し上げたいのはただ一点でございます。それはどういうことかといいますと、とかく社会資本の整備と申しますと物をつくるということに目が行きがちなんです。
例えば、国民生活に身近な医療の問題でいきますと、病院や診療所のベッド数が幾つあるのか、あるいは病院の数が幾つあるのかということに関心が行きがちなんですけれども、考えてみますと、そういうことももちろん大事ですけれども、例えば二十四時間の医療体制が整っているかとか、あるいは救急医療に十分対応できているとか、あるいは診療の中身が大事なわけで、必ずしもハードだけではないんです。地方に多いホールとか劇場などを見ましても、とかくいすが幾つあるかといったようなことに目が向きがちなんですけれども、そこでどういう公演が行われているのか、あるいは利用率がどうなっているのか、こういうところにも目配りをしていく必要があると思っております。
四番目に「何が欠落しているのか」ということと、五番目に「社会資本を整備する視点」というふうに書かせていただきました。この辺がきょう申し上げたい、特に力を入れたいところでございますけれども、時間の関係がございますので、まず五番目の「社会資本を整備する視点」の方から申し上げたいと思います。
ここでは三つお話ししようと思っております。
一つは、環境の問題でございます。環境は、エコロジーな都市を積極的につくっていこうではないか、こういう提案が一つ、それからもう一つは社会資本を整備するに当たってそれを環境面からもっとチェックする必要がある、この二つでございます。
エコロジーな都市、やはり次の世代にきれいな地球を残していくということは、今に生きる私たちの責務であろうと考えております。例えば今、国連大学等が中心になりましてゼロ・エミッション、廃棄物をなくそう、ゼロにしよう、そういうゼロ・エミッションという実験が鹿児島県の屋久島などで始まっております。廃棄物をなくして、例えば生産の循環過程でできるものもまた次に何かに利用していくということで、ごみとして捨てないという物の考え方、それを地域内で循環させようではないかというゼロ・エミッション、こういった考え方はこれから大事だと思います。
水道でいいますと、上水道と下水道。下水道の普及率には問題がございます。上水道と下水道がございますけれども、その真ん中の中水道、例えばお手洗いの洗浄水なども何も塩素で殺菌した水を使う必要はないんじゃないか、中水道なんかが普及できないものだろうか。あるいは雨水、島などではそれをかなり使ったりしておりますけれども、都市部でも雨水を利用するようなことができないのだろうか。水は限られた資源です。例を挙げれば切りがないんですけれども、一例を挙げますとそんなことを考えております。
社会資本の整備を環境面からチェックする、道路の建設あるいは河川の工事、そのほかあらゆる社会資本の整備においてこれからますます大事になってくる視点ではないかと思います。社会資本を整備する視点として、一番目に環境の問題を申し上げました。
二つ目は、日本の人口構造の変化への対応という問題でございます。
高齢社会に入っているということはそのとおりでございます。そういうことから、バリアフリーあるいはエージフリーという物の考え方がこのごろ随分言われるようになりました。例えば、ホールとか劇場であるとかあるいは公民館であるとか、そういう施設の中でのバリアフリー、例えばトイレですとかあるいはスロープですとか、これは大分充実してきているように思います。
ただ、ハンディを持った方々は家を出てからそういった施設に行くまでが大変なんですね。といいますのは、町の中のバリアフリーはまだまだ日本の場合には工夫する余地があるように思うんです。例えば歩道橋、これはハンディを持った方々にとっては大変です。これはやはり車優先社会の一つの産物だと思うんです。本来歩行者を優先する、つまり車は少しスロープで立体交差をして歩行者は平面的に歩けるような、そういう町づくりが必要ではないか、例えばそんなふうに思っております。
歩道と車道の幅を考えてみますと、車道の方が普通は広いんですね。日本には自転車道がまだ少ないです、もっとつくる必要があると思います。それから歩道の幅、国会の前の歩道などは広いですけれども、普通の地方都市の歩道などを歩いてみますとやはり狭い、少なくとも車いすがすれ違えるくらいのそういう歩道が必要ではないでしょうか。
時間の関係でこれもほんの一例なんですけれども、そんなことを感じております。
女性の社会への進出が目立っております。そういうようなことから少子化社会ということも言われております。でも、子育てしやすい環境を整える、例えば働く女性が育児と仕事ということを両立できるような、そういう社会がこれからますます日本においても必要になってくるんではないか。安心して働くためには、お子さんを預けるような施設が身近なところにある必要があるんですね、例えば駅前とか。しかも、そのオープンの時間はそれなりに長くなければぐあいが悪い、こんなことも感じております。
社会資本を整備する視点の三番目でございますけれども、安全、防災の問題でございます。
これも先ほど環境のところで申し上げましたけれども、一つは安全、防災を創造するような町づくり。私も阪神大震災の後、現地に取材に参りました。そういう中で、公園の役割、大変大きいものを感じております。それほど規模が大きくなくても公園があるとそこで火がとまっているんです。焼けどまり効果、これは実際に見て痛切に感じました。もう一つは、日常的な社会資本の整備を安全、防災面からどうチェックしていくかというこの二つの問題でございます。
時間の関係で、四番の「何が欠落しているのか」というところに移らさせていただきます。
ここでも三つ申し上げます。
一つは、社会資本整備に当たって総合的な視点、やはりこれが欠けているのではないかと思っております。
例えば、交通の問題一つ考えてみましても、道路と鉄道と空港、このリンクが必ずしもうまくいっていないところがございます。あるいは道路だけを考えましても、高速道路と一般国道と農免道路と言われるような農道ですね、これが例えば並行して走っているようなこともあるんです。投資としての効果が本当にこれでいいのかどうなのか、疑問に思うようなことがございます。
下水道の縦割り行政については、既に指摘されておりますので余り詳しくは申しません。
二つ目は、市民参加という問題でございます。
これはこれからの日本の社会においてますます大事な考え方ではないかと思っております。つまり、社会資本を整備するに当たって、役所できっちりしたプランをつくってから市民に説明するのではなくして、計画の段階から市民に参加をしてもらう、こういう考え方でございます。もう計画が全部できてから市民に公表して意見を求めても、なかなかそれが直ることが少ないという問題がございます。
三番目、最後になりますけれども、評価の問題でございます。
つまり、今まで社会資本は予算を使って、税金を使っていろいろ整備してまいりました。ただ、そういった社会資本がどういった効果があったのか、そういうことの評価が従来はややというかかなりなおざりであったのではないかと感じております。つまり、民間の会社が物をつくる場合に、あるいは何か新しい事業を始める場合に、あるいはその中間の段階において厳しく評価されます。だめなら撤退ということになるわけです。日本経済新聞も随分いろいろな事業から撤退をしてまいっております。
つまり、社会資本を整備することにかかわる費用とそれによる便益がどうなっているのか、これを常に考えていく必要がある。こういう評価のシステムがまだ日本の社会において足らないのかな、こんなふうに思っております。
時間になりましたので、失礼いたします。ありがとうございました。