慶伊富長の発言 (文教委員会)
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○参考人(慶伊富長君) お招きいただきました慶伊でございます。参考人として意見を述べさせていただく機会をお与えいただきまして光栄に存じます。
大学の教員等の任期に関する法律案に私は積極的に賛成するものでございます。
その理由はいろいろございますが、私、大学を卒業いたしましてから東京工業大学の教授になるまでに三つの大学を経験いたしました。その後二十数年間教職にあります間に、世界の研究先進国ほとんどに滞在をいたしました。つぶさに日本の研究のあり方と世界のあり方との違いを見聞いたしました。そういった経験を踏まえまして、日本の大学の活性化のためには教員の流動性を飛躍的に向上させる必要があるとかねがね考えておったところでございます。
幸い、御紹介いただきましたように、新設の北陸先端科学技術大学院大学のただいま運営の責任をとらせていただいておりますが、これの創設の準備に私は主査といたしまして関係いたしました。
その際に、先端科学技術分野に置かれる大学院レベルの大学におきましては、研究・教育の活性化は大学院レベルでなければならないということと、現在の科学技術における国際競争力の激しい中におきまして、日本の科学技術に対する基礎研究部門の中核としての実力を維持するためには、絶えず大学をそのレベルにもっておかなきゃならない、これは至上命令であると考えておりましたし、そのためには教員の流動化は欠かせない、そういうことでございまして、北陸先端科学技術大学院大学並びに奈良、二校ございますが、この両方の設立の趣旨は、国会の御審議をいただいて通過したわけでございますが、教員の流動化を確保すること、これは明文化してございます。そういうことでございまして、流動化は活性化に対して欠くべからざるものであると考えているところでございます。
この任期制の導入が流動化に対して大変有効であるという考え方でございまして、これは私的にかねがね京都大学の基礎研究所あるいは名古屋大学に一時ありました、最近は変わっていると思いますが、物理学教室においてあるいは東大の物性研究所において試行あるいは実施されつつあるところでございます。しかしながら、すべて紳士協定に基づくものでございます。私も北陸でもって現在助手諸公に対しては任期制を導入したところでございます。助教授、教授に関しましては、法律の制定のこの時期を経ました後でしかるべく考えたい、そういうふうに思っておるところでございます。
私的な紳士協定でやるならばどういうことが起こるか。非常にスムーズにいっているように見える場合もございますが、大学の全体の感じといたしましては、あくまでも紳士協定でございまして、事実、私が勤務しました某大学におきまして、ある助手の人がポストがありませんで、それに対して仕方がありませんので教授の人は無理してポストをほかの方から二年間だけ借りてきたんですが、その二年間でいいかということで本人も納得ずくで就任したんですけれども、二年後には案の定組合に駆け込みまして、法律違反であるということで大変教授あるいは貸した方の学科も困ったという事例を私は実際に見聞しております。
さて、法律的制定を得ますならば、これはパブリックになる。そういう点で、今までプライベートに私的に行われたものがパブリックになるということでございまして、この効果は例えば、御承知のように教授は現在、東大、東工大が六十歳定年、ほかの国立大学は六十三歳あるいは六十五歳という定年制をしいております。そういたしますと、例えば四十五歳で教授になりますと二十年間教授職を在職するわけでございまして、四十五歳の教授ができたときに助教授を非常に若く選んでも三十五歳あるいは三十七歳。そういう形になりますと、教授が二十年間在職いたしますと、やめたときにはちょうど助教授は五十歳を超えておるわけでございます。
それから助手の人は、例えば三十五歳の助教授をつくったときに、大学院を出まして二十七歳、あるいは一年浪人して二十八歳、そういうようなところでございますので、そこら辺で助手になりまして、それから教授がやめ、助教授が五十数歳、自分はやっぱり五十歳近く、五十歳を超えるということになりかねませんので、一般には教授が一代いる間に助教授は二代ぐらいかわるあるいは三代かわる、それから助手はそれぞれ数代、数人がかわるという格好になっております。
そういう形で、事実上は一カ所にいたくてもいられないということが起こりますが、これは大学としてその人間の適性を考えて、その中から選別が行われるということでは現状ありませんので、御承知のごとく、教員の人事権は教授会の専決事項でございます。教授会において審議をいたしましてそこで決定をいたしますが、実質的には各学科の専門家集団による決定でございまして、それを教授会としてはボーティングにかける、投票するという手続をいたします。
そういう点で、一般にうまくやっているところも多いわけでありますが、間々、教授の私的な判断あるいは少数集団による判断、これが間違うこともあるわけでございます。ハーバードといえども、ある助教授を選任するときにこれに反対でございまして、それが後にイギリスに帰ってノーベル賞をもらった例がございまして、いまだにハーバードでしまった、しまったと言っているのは有名な話でありますが、間違うこともあるわけであります。いずれにしましても、パブリックに本人も納得できる、そういった国際的な基準に従う、あるいは国内的な基準でもようございますが、専門家集団における専門家集団による専門性の判断、これが大学の自治権の尤たるものでございます。
そういう点で、教授会に専決事項が与えられておりますが、これがプライベート化する、ローカライズする、局所化することを避けなければならないわけでありますが、現在はやはり流動性を高めるためにいろいろやりますが、えてしてうまくいかない場合も多うございます。特に、これが大学の方針に従って採用し得る教員の任期制ということになりますと、これが施行された暁にはいわゆる大学人社会に対するパブリックな、公的な意味での流動性を支える任期制が定着をすることになります。
そういうことによって大学としては、若い人は若いときに研究のトライアルをやる、試行をやる。そういうところで実力を発揮して、それを学科のみではなくて大学学部あるいは大学全体の評価、こういったものにたえ得る、それをパスしたと、そういうことによって本人がそこに昇任の機会を得るなり、あるいはその機会が得られない場合にはしかるべく、それまで得られた知識、能力がございますから、その人に向いた職員ポストに、他大学あるいはいろいろの高等教育機関ございますので、そういうところに行ってもう一回磨き直す、そういった機会になると存じます。
特に私は、例えば現在私どもの方では助手に任期制をしいておりますが、任期制をしくことによって助手の方たちが、若い方たちが自分の能力を研究の成果によって問う、あるいは教育の成果によって問う、そういう機会を公的に大学として認めるということに相なります。これは大変大事なことであろうかと存じます。これがしかれた暁には、対象たる教員には研究あるいは教育に対する権利を当然大学としては保障する義務を生じますし、評価を公平にする、評価の公平性を高めるために大学として評価基準を教育研究において明らかにする必要がございます。明らかにする義務と権利を発生するという点で重要な意味を持っておると考えておるところでございます。
施行に関していろいろ不測のことも起こるかもしれませんが、世界の趨勢は、特に私ども理工系におきましては、例えば研究業績の評価基準は国際的にはっきりしております。日本の中で通用する、あるいは自分の大学の中だけで通用するというものではございませんので、そういう点で国際的な評価基準、これを大学の中に明らかに持ち込むことによって、それをクリアする、カバーする、ある時期において大いに実力を発揮する必要があると思います。
いろいろ申し上げましたけれども、時間が限られておりますので、私の意見は以上にいたしたいと存じます。ありがとうございました。