沢田昭二の発言 (文教委員会)
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○参考人(沢田昭二君) 私は二年前に名古屋大学を退職した者です。それまで物理学の研究をやっていました。きょうは、この委員会にお招きいただきまして、どうもありがとうございます。
この大学の教員等の任期に関する法律案の目的には、学問的交流とそれから教育研究の活性化ということがうたってあるわけですけれども、この任期制法案が通りますと、従来の民主的な研究者の間で自主的に行われていた、紳士協定で行われていた任期制とはかなり質が違っていまして、これが実施されますと我が国の研究や教育にとってレベルが低下するんではないかというふうに非常におそれております。それが我が国のいろんな産業とか経済の発展にはね返りまして、ずっと先になりますと、あのとき任期制を導入しなきやよかったということになるんではないかというふうに非常に心配しております。
どのように任期制が弊害を及ぼすかということについてお話しようと思うんですが、先ほどもちょっとお話がありましたが、これまでも幾つかの大学で紳士協定による任期制というのは経験があります。よく引き合いに出されるのは京都大学の基礎物理学研究所の例であります。この京都大学の基礎物理学研究所は一九五三年に発足したわけですが、全国で初めての共同利用研究所というわけです。その発足に当たっていろんな新しい試みをやりました。全国の理論物理学の研究者たちは、この京都大学の基礎物理学研究所というのは自分たちがそこで研究をしていくんだという、そういう意識でこの研究所を大事に思ってきました。
この研究所に研究部員会というのがあります。これは全国の研究者の中から選挙で選んで、この研究所でどういう研究会を開くか、どういうプログラムをつくるかということをそこで議論して、そして全国の研究者が一緒になって研究を発展させるという、そういう議論をする場であります。
私も広島大学の助手のときにこの研究部員会に選ばれまして、名古屋大学に移ってからもこの研究部員会で一緒に議論に参加いたしました。この部員会には湯川秀樹先生、朝永振一郎先生、坂田昌一先生というそうそうたる先生方も参加されて一緒に議論してきたわけです。そこでは、全国の研究のアクティビティーをどう上げていくか、それから、その研究所のアクティビティーをどう上げていくかということを一体のものとして議論してきました。この研究所の所員、スタッフは、自分の研究ももちろんやりますけれども、そういう全国の研究をサポートするという重要な役割も担ってこられました。その研究部員会では任期制についてもいろいろと議論をしてまいりました。
お手元にお配りしてある資料がありますが、これは、かつて東京大学の原子核研究所の所長を長く務められた、そして最近まで、国際的な基礎的及び応用的な物理学の組織、IUPAPというのがありますが、その会長をされていた山口嘉夫さんが一九八一年ごろに書かれたものです。
この「談話室」に書かれた山口さんの注のところを見ていただきますと、この京都大学基礎物理学研究所で任期制を定めたときの年齢構成が書いてあります。素粒子論グループの年齢構成は、四十代のところに湯川、朝永、坂田というような指導的な先生方がいらっしゃいまして、あとは全部二十代の若い研究者たち。そういう中で、特に若手の研究者はほとんどが独身でしたから、そういう研究者たちは任期制というのをやっていこうと。というのは、実はこの研究所のスタッフの教授、助教授、助手は湯川先生を除いたら全部二十代なわけです。そういう若い研究所でしたから、教授まで一律に任期をつけるということについては全く違和感がありませんでした。
しかし、指導的な先生方は意見が違っていました。それは、「任期があると、次の職を確保するため小さな仕事で論文を乱作する傾向を生じよう。それでは息の長い大きな仕事をするのに妨げとなろう。即ち、学問の一大山脈を形成することは出来なくなろう。それは、素粒子論という若い学問にとって由々しいことである。」という反論をされていました。しかし、先生方は反対だったんですけれども、大変度量が広くて、若い者がそういうことを言うんならひとつやってみたらということで、渋々でしたけれども任期制を黙認してくださいました。
こういうことがこの山口さんのものに書いてありますから、ぜひ読んでいただきたいというふうに思います。
三人の先生方はいずれも理論物理学の研究で大きな学問の流れを築かれた方々ばかりです。その先生方が御自身の体験も踏まえて任期制について懸念されていたということには大変大きな重みがあると思いますし、実際に先生方の予想どおり、この任期制というのは困難にぶつかってきました。
この基礎物理学研究所の任期制がそういう困難の中でもまあまあうまくいったというのは、渋々懸念され黙認されていた先生方が、任期の切れそうな基礎物理学研究所のスタッフの次の職を探してくださったということがあります。山口さんはこう書いていらっしゃいます。「言い出しっぺの昔の若者たちは内心忸怩たるものがある。近頃のように、ゼロ成長期で空きポストが少なくなれば、任期制をうまく機能させることはむずかしい。」と書いていらっしゃいます。指導的な先生方の努力もあったわけですけれども、この基礎物理学研究所の共同利用を支えてくださった任期のついた研究所のスタッフ、その方々の能力を生かせるようなポストを全国の研究者が協力して探しました。そして、それが見つかるまではその任期制というのを非常に柔軟に人間的に温かく見守ってやってきた、こういう経過があります。
私の所属していた名古屋大学の物理学教室でも、一時、人事交流を活発にしようという理想を掲げまして、一九六〇年代の理工系ブームで新しいポストがどんどんふえているような状況の中で任期制がスタートいたしました。七〇年代からは原則として全部のスタッフに任期をつけました。しかし、一九九二年にこの任期制は廃止になりました。
教員の間に任期のついた教員と任期のついていない教員という差別がありますと、任期のついた教員は再任拒否ということを恐れまして批判的な発言を控えるようになってしまいます。そうしますと、大学の研究や教育にとって最も大事な自由に相互批判するという雰囲気が失われて、アカデミックフリーダムが大学の内部から失われていくということになりました。
任期のついた教員には、研究に集中してもらわなきゃいけないということで教育負担を軽減するという配慮をしていました。しかし、学生がどんどんふえてきますと、それに見合った教員の方の増員がありませんから、セミナーとか演習、実習、実験などの少人数教育というのが非常に大事なわけで、それを重視しようとしますとスタッフの数が足りなくなります。こうして、任期がついている教員も結局そういう教育負担もやっていただくというふうになってしまいました。
理工系ブームが過ぎ去っていきますと、やがてこの任期制はうまくいかなくなりました。任期が切れそうになると周りの研究者が一生懸命協力して次のポストを探すんですけれども、その人にぴったりはまるようなポストというのはなかなか見つからないわけです。その研究者の研究・教育能力を発揮できるようなことがなかなかできない。この紳士協定の任期制も、任期がついたそういう研究者の精神的な負担というのはなかなか大変なものでした。したがって、研究にも身が入らないということになっていきました。
それから、任期がついている教員が次のポストを探すまで少し余裕を持って再任を認めるか、それとも任期を延長するかというような、そういう議論をしなきゃいけないんですが、全員のスタッフに任期をつけていますと、しょっちゅうそういう議論をしなきゃいけなくなって、次々に任期が切れたスタッフができますと物理的にそういう議論をすることが不可能になってきました。結局、弊害の方が大きいということで任期制度というのは廃止になってしまいました。
研究活動というのはその人によって千差万別で、一人一人状況が違っています。今申し上げましたように、研究の環境、社会的な環境などが欠けていますと、こういう任期制というのは研究の進展に沿った状況に合わせて幾ら柔軟な運用をやってもうまくいかないということが起こってきました。
今度の任期制法案による任期制というのはこうしたモラルによる任期制とは全く異質のものでありまして、かなり機械的で血も涙もないと言っていいんじゃないかと思うんですが、時間が来たら物理的に首になってしまうというものです。この任期制が制定されますと、さまざまな外的環境を考慮して紳士的に人間味を持って研究状況に合わせて運用できるような実質的な任期制がもし可能な状況が生まれたとしても、そうした試みを実際に行うというのはかえって難しくなるんじゃないかというふうに心配しております。
どうしても任期制というのをやっていかなきゃいけないということになるんでしたら、任期が切れてポストが見つからない研究者がその研究者にふさわしいポストを見つけるまで首をつないでその研究者の研究能力を生かすような、そういう別の定員枠をつけなきゃいけないんじゃないかというふうに思います。せっかく大学院まで長い努力によって研究能力を鍛えて、そして難しい審査を経て教員になった有能な人材というのを使い捨てにするというのは、国にとっても損失ですし人類社会にとっても大きな損失だというふうに思います。
ゼロ成長で任期制がうまくいかなかったのは任期制が紳士協定だったからという、今度の法案のように法的拘束力を持たせて、任期が切れたら即首になるような任期制にすれば任期制はうまくいくんではないかという議論がありますけれども、私はこれはかなり乱暴な議論ではないかというふうに思います。これは研究とか教育の本当の発展を考えて、そして研究者の能力をどう発揮してもらうかという観点よりも、任期制という制度の方を自己目的にしているような考え方だというふうに思います。
坂田昌一先生は常々こうおっしゃっていました。人事交流のための制度というのは形式あるいは表面的に見える現象であって、人事交流というのも研究の発展という本質を背後に考えておかなきゃならないと常々おっしゃっていました。紳士協定の任期制でも、それを行う条件がないときには、任期制を厳格に守るということだけを優先させようとしますと研究や教育の発展にとって本末転倒になって、極めて深刻な害悪をもたらすことになってしまいます。それを法律でもって機械的に実現させようとすれば事態はもっと深刻になるのではないかというふうに心配しております。
ユネスコでは高等教育教員の地位に関する勧告を近く採択する予定になっていますが、その中でテニュア制度、つまり終身在職権というのはアカデミックフリーダムを保障するために必要不可欠であるというふうにしております。任期制というのはこうした世界の大勢にも逆行するものであると思います。
ここにこういうごつい本があるんですが、これはアメリカのブランダイス大学の物理学教授のシユウェーバーが書いた「量子電磁力学とそれをつくった人々」、ダイソン、ファイマン、シュビンガー、そして朝永という現代の最先端の力学理論の形成とそれに貢献した人々を科学の歴史としてまとめたすばらしい本であります。これは、シュウェーバーが一九七〇年代から構想を練りまして、そして資料を集め始めて二十年余りたった一九九四年に出版したものです。
この本の謝辞の中にこういうことが書いてあります。この仕事ができたことが、アメリカの大学のテニュア制度、つまり終身身分保障制度が正当であったということを証明していると信じますというふうに書いております。謝辞の中にこういうことを書くというのは非常に珍しいことじゃないかというふうに思います。
まさにこういう大河小説のようなすばらしい仕事というのはこうした息の長い努力の積み重ねでやっと可能になるということで、強制的で柔軟性のない、再任拒否が原則になるような法的任期制度ではこうした研究の芽を摘んでしまうのではないかというふうに恐れております。
この法案についてはマスコミは余り報道してくれていませんから、まだ大学教員の中でも具体的に法案の中身を十分検討しているとは言えません。それでも最近になって、任期制について研究や教育の現場で実際の経験を踏まえて多くの懸念が出始めております。
それで、ぜひお願いしたいと思うんですけれども、参議院の良識を発揮していただいて、この任期制法案というのが日本の未来の産業とか経済を含めて国民の未来をひょっとして台なしにするんじゃないかという心配をしておりますので、ぜひ廃案にしていただいて、これにかわって大学の研究や教育の本当の発展を図ってくださるようないろんな施策を実現してくださるようにお願いして、私の発言を終わりたいと思います。
どうもありがとうございました。