芳澤弘明の発言 (予算委員会公聴会)
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○公述人(芳澤弘明君) 久世先生にお答えいたします。
まず、土地を取り上げた経過について申し上げましたけれども、一九五三年に布令でもって収用令が出されました。その時点では契約をする者はだれもおりませんでした。そこで、またいろいろと形をとって土地政策を進めるわけですが、契約を拒否する理由が、その当時、一坪の年間の賃料が何とコカコーラの一本代の五分の一でしがなかったんですよ。まさに二束三文と言ってもいいぐらいの状況だったわけです。これが五三年代のこと。それではいかぬということになっていろいろやりました。
それで、復帰後どうなるか。復帰の時点では、そういう経過をとって既にもう基地になっております。これを今さら契約できないと言うわけにもいかない地主の人たちがおりました。既に年間入ってくる賃料が生活の原資、生活費の大半を占めるに至りました。しかも、賃料がどんどん引き上げられて、政策的に引き上げられて、復帰後は特にそうです、農業生産の粗収入を超えるまでになっておりまして、それが近隣の民間地域の地価の高騰にも結びついて、バブルと結びつきました。そういう経過があります。
それでも、いや、もう復帰したんだから私はこの土地は返してほしいという地主たちがおりましたが、防衛施設局のやり方はたくさんあります。例えば、君が反対しているために、細切れに返還されたこの土地、この周辺の土地はあと二十年も三十年も返されないんだと言って細切れ返還をしておいて、結局返還を受けた人たちを干しておいて生活の困窮を強制するといったようなことがありました。おまえが反対しているから電気を引いてやらないんだと言って、黙認耕作地周辺の、例えば豚舎をつくる、何をつくるという場合に、電気も水道も引かないというやり方がされました。いわゆる村八分の状態に追い込んで、契約に応じざるを得ないような状況がつくられてきたわけです。だから、契約拒否地主は減っていきました。
ところが、最後まで頑張った人たちがその署名を拒否します。関係市町村長は署名代行を拒否しました、嘉手納町以外は。今、大田知事の問題になった裁判に関する範囲に限りますと代行拒否しました。あの例の裁判後、嘉手納町の町長さん、自民党系です、この方も署名代行を拒否されました。つまり、契約はしております、しかしもう返してほしいという地主がどんどんふえております。宜野湾市でもそうです。もう都市計画、跡地利用の計画を軍用地地主連合会が宜野湾市と一緒になって検討を始めています。那覇の軍港湾の問題もそうです。そして、浦添、那覇港湾の移設先になっているキャンプ・キンザーの沖合、これについては私たちは反対ですと浦添の軍用地地主の九〇%が言っています。その結果が市長選挙にあらわれているわけです。キャンプ・キンザーに移設することは反対だという公約を掲げた候補者が当選したということです。
キャンプ・ハンセンの、これが恩納岳です。(資料を示す)これは国有地が多いです。こういう状況の中で実弾砲撃演習のために本当に基地被害が続発しています。この地域の人たちにも莫大な金が交付金として集落に入ってきます。でも、最近では、そういう基地周辺整備資金は要りません、とにかくこの県道一〇四号、移してくれという要求が高まってきているということを申し上げたいと思います。
皆さん、東京都のど真ん中で反対している人が、百坪の地主が反対している、そのためにビルが建たない、だから強制収用、土地収用法が発動されるんでしょう。それは厳格に手続を踏んでやるんです。東京都の百坪の土地でさえそうです。先生がおっしゃるように、畳一枚と例を挙げた人もおります。たとえ畳一枚でも私の土地を無法に取っていいというわけにはいかないんじゃないでしょうか。そこのところです。だから、それがアメリカのためという場合にどうでしょう。今は沖縄県民の大多数の意見である、地元の新聞がそう言っているということは、世論を代表する意見だとお受けとめいただきたいと思います。
以上です。