予算委員会公聴会

1997-03-17 参議院 全167発言

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会議録情報#0
平成九年三月十七日(月曜日)
   午前十時開会
    —————————————
   委員の異動
 三月十四日
    辞任         補欠選任
     川橋 幸子君     国井 正幸君
     笠井  亮君     橋本  敦君
 三月十七日
    辞任         補欠選任
     山下 芳生君     吉川 春子君
    —————————————
  出席者は左のとおり。
    委員長        大河原太一郎君
    理 事
                片山虎之助君
                佐藤 静雄君
                斎藤 文夫君
                田沢 智治君
                木庭健太郎君
                都築  譲君
                横尾 和伸君
                山本 正和君
                有働 正治君
   委 員
                阿部 正俊君
                石渡 清元君
                板垣  正君
                加藤 紀文君
                金田 勝年君
                久世 公堯君
                沓掛 哲男君
                関根 則之君
                竹山  裕君
                武見 敬三君
                谷川 秀善君
                成瀬 守重君
                野間  赳君
                真鍋 賢二君
                依田 智治君
                石田 美栄君
                市川 一朗君
                牛嶋  正君
                菅川 健二君
                田村 秀昭君
                高野 博師君
                高橋 令則君
                長谷川道郎君
                浜四津敏子君
               日下部禧代子君
                照屋 寛徳君
                国井 正幸君
                小島 慶三君
                本岡 昭次君
                藁科 滿治君
                橋本  敦君
                吉川 春子君
                山田 俊昭君
   政府委員
       大蔵政務次官   西田 吉宏君
       大蔵省主計局次
       長        細川 興一君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        宮本 武夫君
   公述人
       政治評論家    屋山 太郎君
       弁  護  士  芳澤 弘明君
       大阪大学経済学
       部教授      本間 正明君
       日本労働組合総
       連合会事務局長  鷲尾 悦也君
       聖徳学園岐阜教
       育大学長     上寺 久雄君
       慶應義塾大学総
       合政策学部教授  丸尾 直美君
    —————————————
  本日の会議に付した案件
○平成九年度一般会計予算(内閣提出、衆議院送
 付)
○平成九年度特別会計予算(内閣提出、衆議院送
 付)
○平成九年度政府関係機関予算(内閣提出、衆議
 院送付)
    —————————————
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大河原太一郎#1
○委員長(大河原太一郎君) ただいまから予算委員会公聴会を開会いたします。
 本日は、平成九年度一般会計予算、平成九年度特別会計予算及び平成九年度政府関係機関予算につきまして、お手元の名簿の六名の公述人の方々から項目別に御意見を伺います。
 まず、午前は二名の公述人にお願いいたします。
 この際、公述人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
 お二方には、御多忙中のところ本委員会に御出席をしていただきまして、大変ありがとうございます。委員会を代表して御礼を申し上げるところでございます。
 本日は、平成九年度総予算三案について皆様から忌憚のない御意見をちょうだいし、今後の審査の参考にいたしたいと存じますので、よろしくお願いを申し上げます。
 次に、会議の進め方について申し上げます。
 まず、お一人二十分程度で御意見をお述べいただき、その後で委員の質疑にお答え願いたいと存じます。
 それでは、まず行財政改革につきまして屋山公述人からお願いいたします。屋山公述人。
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屋山太郎#2
○公述人(屋山太郎君) 屋山でございます。
 きょうは時間が限られていますので、二点について申し上げたいと思います。
 一点は、日本が世界から見て非常に魅力のない国になりつつある。それが行財政改革の問題にもつながってくるわけですが、そういうジャパン・バッシングならぬジャパン・パッシングという現状になっているんじゃないか。それからもう一点は、そういう根源に天下りの問題が横たわっているというので、その二つについて私の考え方を申し上げたいと思います。
 お手元に資料がお配りしてあると思います。
 このジェトロの白書でありますが、全世界の主要国・地域への総投資額というのは、九四年に二千三十二億ドルだったのであります。この二千三十二億ドルがどこに投資されていたかというのを見ますと、アメリカへ四百九十四億二千万ドル、つまり二千億ドルの投資の大体二四・三%がアメリカに行っている。それからEUに三一・二%が行っている。それから対アジアでも二三・九%。これに対して対日投資というのは八億九千万ドル、わずか〇・四%ということであります。
 これから空洞化が進む一方で新規の投資がないという状況が続けば一体どうなるのか、なぜそんなに魅力がなくなったのかということを真剣に考えないと、今ちょっと調子が悪い、じっとしていればそのうちに運が向いてくるだろうと、そういうようなものではないということを申し上げたいと思います。
 次に、観光客を見ましても、日本から外国に行く人は千五百万人、外国から日本に来る人はわずか三百万人でありまして、これも五分の一になっている。
 それから、もっと問題だと思うのは、高等教育機関への留学生の数であります。これは九五年でありますが、日本からアメリカへ勉強に行く人が八万二千八人、ところがアメリカから日本に来る人は千八十七人にすぎないということであります。実は三年ほど前に私はモンデール元駐日大使のスピーチを聞いたことがありますけれども、そのときにモンデールさんがおっしゃっていたのは、日本からアメリカに行く人が五万人、それからアメリカから日本に来る人が千五百人と、こう言っていたんですが、たった三年ぐらいの間にその五万人が八万人にふえて、来る方は千五百人が千人そこそこになった。これはやはり日本に魅力がないと、これは教育問題だけじゃなくていろんな問題が重なってこういう結果になりているだろう。
 ノーベル賞の受賞者数でありますが、これは九三年末の時点でアメリカが二百十四人、これに対して日本は七人、この後大江さんが受賞されましたから八人でありますが。この数字を調べるのも、外務省に聞いても文部省に聞いてもこういう数字はしょっちゅうカウントしているような課がないんですね。日本は余りもらわないものですから、二十年に一遍ぐらいの話ですから、常時そういうところに職員なんか置いておかないというほど閑散としているというのもこれは非常に寂し過ぎないかということであります。
 それから、港湾のコンテナ取扱量を調べてみましたが、九四年の全世界のコンテナ取扱量の伸びというのは一一・一%であります。香港だけを見ますと二〇・六%、それから香港を含む極東ということでも一六・三%であります。それに対して日本は伸び率がわずかに一・七%。これは実は九四年だけちょっと低いんですが、それにしてもこの減り方というのは尋常じゃない。荷物全体は物すごくふえているのに、日本にかかわってくる貨物というのがだんだん減っているということであります。
 高度成長期には日本は輸出入貨物の荷動きの四〇から五〇%扱っていた。つまり、アジアに行くものも欧米から全部神戸、横浜というところに持ってきて、そこから仕分けしてアジアの各地に行ったのでありますが、今は釜山でありますとか高雄とか香港、シンガポールというところに行って仕分けして、日本の港に、消費地に直接持ってくる。完全にハブの機能を停止したといいますか、こういう状況は実は航空機もそうでありまして、今の現状が続くとみんなソウルにまず行く。それで、ソウルから日本の空港、東京、大阪も含めて十九空港に便が飛んでおりますから、ソウルがハブになって日本の飛行場がスポーク、ローカル港になっているという事情がございます。
 そういう意味で、日本の魅力のなさというのはいろんな分野にわたってじわじわ崩壊が起こってきているんじゃないか、これが私の懸念であります。
 それがなぜ起こっているのかということを考えますと、やはりがんじがらめの規制というのがあらゆる分野で激し過ぎるということで、物の考え方として日本は規制は必要なのであります。規制を全部なくしてレッセフェールにしろと言っているわけじゃなくて、要するに強めるべき規制は強める、緩めるべきところは緩める、あるいは撤廃するという、そうでり仕分けが必要なのでありますが、日本は個別の業法というもので、石油なら石油をずっと輸入するところから消費するところまで全部それを規制している。あらゆる業法で規制している。実は規制をしている方が人間が少なくて済むんですね。
 今度の金融監督庁にしても、今まではまず業務をやる前に大蔵省と相談していたからそこそこそれで済んでいたんですが、今度監督するとなると、これは何千人も人間が多くなる。監督の方が難しいのでありますが、日本はいわゆる官業が一体になって何々業法というものでコントロールしてきた。この考え方を根本から改めないといけないんじゃないか。
 各規制の業法を、行政手続法、独禁法、PL法あるいは情報公開法、こういう一般法に置きかえて、それで取り締まるところはびしつといく。それで、一般法ですからそこに行政当局の恣意が働く余地が非常に少なくなる、こういう形に日本の行政システムを変えていく必要があるんじゃないか。規制撤廃というのが大命題でありますが、独禁法も強化しなくちゃいかぬ。
 それから、まだ情報公開法というのが制定されていませんが、これはOECD、先進国クラブの中で情報公開法というのができていないのは日本だけであります。それから、曲がりなりにも行政手続法とPL法はそろいましたけれども、まさにこれも世界におくれてつい二年ぐらいしかたっていないということで、規制撤廃というと、何でもやりたい放題にやるとマフィアがはびこるとか、そういう議論をする人がおりますけれども、そんなことじゃないんです。
 例えば車検の規制なんかでも、イタリアとかフランスは車検の規制がなかったんですね。ですが、EUの統一に当たってあらゆる制度を平準化しようというときに、なかったイタリアとフランスにドイツ並みの車検を導入する。これは公害問題が主でありますが、規制をやるべきところはそれをきちんとやる、そのほかはうんと垣根を低くしていく、あるいは外していくという作業をEUはこの二十数年の間やってきまして、全部の項目で二百八十八の項目をEUの統一基準にしたという歴史があります。ですから、私もこれから日本の規制体質というのを思い切って変えなきゃいけないんだということを特に強調したいと思うのであります。
 この官業の癒着体制がどうして直らないかというと、私は官僚と業界との結びつきということに尽きると思うのであります。乱暴なことを言うようですが、解決策はもう天下りを禁止する。途中で自分の力で商売がえする、これは自由でありますが、役所が音頭をとって天下りをさせるということは全部禁止する。
 そのかわり、今の人事制度では局長、次官になる人以外は大体五十歳前後で退職するわけですから、五十歳で退職させて、天下りするな、隠居しろというのは無理な話であります。ですから私は、公務員の定年を延長する。今は六十歳でありますが、年金をもらえるというのが六十五歳になったら定年も六十五歳というふうに延長していく。私は、七十歳でもやりたい人はそこにいられるという、そういうことが必要だと思うのであります。
 そのためには、今ピラミッドになっております人事制度を円筒形に変える。次官というのはその円筒の頂上にいる人じゃなくて、円筒の頂上が六十五歳だとしますと、次官は六十歳でもいい。それじゃ、その上の人はどうなるんだということですが、これは社長より上の職員が多いというのは普通の会社でも同じでありまして、私は、役人の頭の切りかえをやらなくちゃいかぬ。つまり、後輩が次官になってもそれはしようがないんだという、そういう常識の転換ということをしないといけないと思うのであります。
 そういう人たちはどうするかというと、退職するまでずっと役職にいるんじゃなくて、ある時期で局長を退任した後、プロフェッショナルですから、そこでその省のシンクタンクでもつくる、あるいはスペシャリストはそのスペシャルな地位で仕事を続ければいいわけですけれども、そうじゃないプロフェッショナルというのは、シンクタンクをつくって、そこで長期的な国家の政策というのを考える、その省の利益だけじゃなくて、日本の将来はこうあるべきだというようなことをそこでしっかり勉強する。
 私は、さっき港と空港の話をしましたけれども、これがどうしてこんなひどいことになっちゃったのかというと、結局どこかでじっくり落ちついて航空業界それから海運業界、日本のそういうものはどうなるのかということをしっかり考えているセクションがないし考えている人がいないものですから、何か場当たり主義でやっている間にこれだけ落ち目になっちゃったんだというふうに思います。そこで、シンクタンクをつくって、そういう人を処遇して、そこでじっくり国の将来を考えさせるというセクションにすればいいんじゃないか。そうすると、キャリアは非常に多くなるわけですから、キャリアの採用は半分でよろしい、半分以下で十分間に合うということであります。
 本当なら民間から人を持ってくるとか、そういうことが望ましくて、そういう意見を言う方もいらっしゃいますが、それは後の話です。今は民間から入れるという問題をいろいろ議論していても、結局実績は上がらず、ただ今の制度が続くということですから、とりあえず天下り禁止を、これはやろうと思えばあしたからだってできるわけでありまして、公務員の定年はちゃんと六十歳になっている。
 要するに、局長をやめても仕事を与えればいいわけですから、あしたからでもできる。まずそういう土壌を一回壊しておいて、それからポリティカルアポインディーがいいのかあるいは民間からその省にリクルートしてきた方がいいのか、そういう議論は後から来る話で、とりあえず私は天下り禁止ということがぜひ必要だというふうに思っております。
 一時、一括採用がいいかなということを考えたことがあって、いろいろ調べるんですけれども、どうも二つの理由で反対せざるを得ない。といいますのは、一つは、私のところにいろいろ就職の相談に来る学生たちの話を聞いていますと、もう二十一か二で、私は例えば流通関係の仕事をやりたいとか、運輸関係の仕事をやりたいとか、食品関係の仕事をやりたいとかはっきり決まっているんですね。だから、志望の決まっている人の方が多いのに一括で採用して、それでどこに行くかわからないというんじゃ、入ってくる人も、目指したのがただ公務員という人なら別ですけれども、やっぱり通産省でやってみたい、運輸省でやってみたいという人がいるわけですから、そういう意味で一括採用というのは余り感心しない。
 それから、これは裏を申すと、一括採用しろしろと言っている省の人というのは特殊法人が非常に少ない省なんですね。ろくろくない人がしきりにそれを言う。そうすると、一括採用にしますと全部がらがらぼんで人員は全く関係のないそういう特殊法人に行こうと、こういう腹が丸見えなのであります。
 これから特殊法人もなるべくなくしていこう、それから官僚制度も人事制度も変えていかなくちゃいかぬというときに言うことですから、私は一括採用というのはやめた方がいい。とりあえず天下り禁止をしないと、この国会だけでも天下りの弊害というのは物すごく表面化しているわけですから、ぜひ人事制度に手をつけていただきたいということを申し上げて、私の意見といたします。
 どうもありがとうございました。拍手
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大河原太一郎#3
○委員長(大河原太一郎君) ありがとうございました。
 次に、外交・国際問題につきまして芳澤公述人にお願いいたします。芳澤公述人。
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芳澤弘明#4
○公述人(芳澤弘明君) 公述人として意見を申し述べる機会を与えてくださいましたことを光栄に存じます。
 私の意見の第一は駐留軍用地特措法の問題、第二は海上基地建設の問題、そして時間がありましたら劣化ウランの問題等に言及します。
 楚辺通信所の一部用地が既に昨年四月から不法占拠状態になっております。去る三月十二日に開かれました沖縄県収用委員会の第二回公開審理におきまして地主の知花昌一さんは、私の土地を国は三百四十六日間もただで不法に強権的に占拠している、その使用権原はあるのかと釈明を求めました。防衛施設局はまともな釈明ができませんでした。嘉手納、伊江島、普天間など他の十二の施設についても本年五月十四日に期限切れになることはほぼ間違いありません。
 沖縄県収用委員会は強制使用裁決を過去三回にわたって行ってまいりました。審理はいずれも長期化しておりまして、第一回目は約一年間、第二回目は一年七カ月、第三回目は一年ニカ月かかりました。現在行われております審理は、九六年六月六日の申請受理後、本年二月二十一日に第一回目が開かれまして、去る三月十二日に二回目、そして来る三月二十七日に三回目です。かなり速いスピードでこれは行われておりますけれども、物理的にまず裁決は間に合わないでしょう。
 では、その責任はだれにあるのでしょうか。大田知事の署名代行拒否があったとしても、拒否せざるを得ない事態を招いたのは、ほかならぬ少女暴行事件などを引き起こした米軍と、これをかばい、犯人の身柄引き渡し要求もろくにしなかった政府ではなかったでしょうか。九万一千人もの県民が結集された一昨年の一〇・二一県民総決起大会で、米軍基地の整理、縮小、地位協定の抜本的な見直しなど四つの項目が採択された時点で、政府は今日の事態を十分に予測して、その対策を立てておくべきであったと思います。
 使用権原を与えるか否かの収用委員会の審理の最中に、たとえ審理の結論、裁決が出るまでの期間に限定したとしても、このような使用できるという法律を制定するなどということは許されることではないと思います。仮に、沖縄県の収用委員会が使用権原はないとの裁決を下した場合は、さらにまた別の法律をつくろうということになるのでしょうか。
 お手元にお配りしてあります新聞に登記簿殺人事件というのがあります。ある土地について、現に生きている人を死亡した人だということで登記簿がつくられまして、それに基づく申請がなされました。このような場合、これは却下は免れないと思います。
 沖縄の軍事基地の形成過程を見ることによって、この特措法の問題について考える材料があると思います。
 太平洋戦争末期、四五年四月一日、米軍は沖縄本島中部に上陸し、激しい地上戦の後にこれを占領しました。この地上戦で県民の四名に一人が死亡しました。米軍の沖縄攻略に備えて日本軍は各地に飛行場を建設しました。その土地は農民から接収したものであります。日本軍の基地、例えば伊江島、読谷、嘉手納の飛行場は米軍の占領によってそっくりそのまま米軍基地として再構築されました。ちなみに、一九四五年八月九日に長崎に原爆を投下したB29は、テニアン島に帰る途中、伊江島の飛行場に給油のため立ち寄っております。
 沖縄戦終了後、米軍は、生き残った住民をポツダム宣言受諾後までも収容所に強制収容し続け、無人の土地を必要なだけ好き勝手に囲い込み、基地を建設しました。旧北谷村の住民は、収容所から生まれ育った村に帰ってみたら、そこは既に基地になっていた。住むところもなく、谷合いに追い込まれたわけです。広大な嘉手納基地で分断されたために、北谷村は嘉手納村と二つに分村を余儀なくされました。浦添村民も、収容所から帰ってきたとき、キャンプ・キンザーにその土地はすべて囲い込まれていました。それはへーグ陸戦法規に違反する強奪行為なのです。
 ちなみに、へーグ陸戦法規第四十六条は「家ノ名誉及権利、個人ノ生命、私有財産並宗教ノ信仰及其ノ遵行ハ之ヲ尊重スヘシ 私有財産ハ之ヲ没収スルコトヲ得ス」と定めております。さらに、第五十五条は「占領国ハ敵国ニ属シ且占領地ニ在ル公共建物、不動産、森林及農場ニ付テハ其ノ管理者及用益権者タルニ過キサルモノナリト考慮シ右財産ノ基本ヲ保護シ且用益権ノ法則ニ依リテ之ヲ管理スヘシ」と明記しています。このへーグ陸戦法規に違反するものです。
 その後、朝鮮戦争などがあって、アメリカは沖縄を太平洋のかなめ石にして、さらに土地の取り上げを強行して恒久的基地建設を強行しました。一九五二年のサンフランシスコ対日講和条約によって沖縄は日本から分離され、アメリカの施政権下に置かれました。その後、米軍は矢継ぎ早に布告、布令を公布して、軍事基地の継続確保と拡張を図りました。五三年四月には土地収用令を公布して強制的に土地の接収を行いました。このときは、銃剣で武装した米兵に守られて、ブルドーザーが住民の抵抗を押しのけて家屋を押しつぶし、耕作地を敷きならしていく、文字どおりの土地強奪でありました。伊江島の場合、一九五五年三月十一日、突如として武装兵が上陸して土地の取り上げをしました。はしかで高熱で泣き続ける赤子を抱えた母親、そのおばあちゃんが、せめてこの子の熱が下がるまではこの家を壊さないでくれと取りすがりました。これを突き飛ばして米兵は土地を取り上げました。お手元に配られている写真です。
 これは「沖縄からのメッセージ」、沖縄県がつくったものの写しであります。抵抗する農民は、毛布にくるまれて、ヘリコプターに乗せられて那覇に連れていかれ、軍事裁判にかけられました。これに対して県民は島ぐるみの戦いでこたえたわけです。そして、プライス勧告による恒久的な土地取り上げの政策を断念させました。
 ところで、米軍は、八月十五日の無条件降伏後、沖縄占領を継続しましたが、これは領土の不拡大を約束したカイロ宣言とポツダム宣言違反です。次いで、サンフランシスコ条約発効後もその条約三条を根拠に沖縄の占領統治を続けましたが、条約三条は、沖縄を米国の信託統治に付することを日本があらかじめ同意し、そうなるまでは米国が施政権を行使するというものでありました。しかし沖縄は、国連憲章上、信託統治に付することのできない地域です。その点からも沖縄統治は国際法に違反するものでした。日本が国連に加盟した五六年十二月八日以降はなおその違法性は高くなりました。憲章七十八条は信託統治制度は国連加盟国となった地域には適用しないと定めているからです。
 このような国際法上も違法な占領下で米軍が制定するどのような法の衣で装いを凝らそうとも、その実質はよろいによる土地強奪であり、それが違法、無法なものであったことは明らかです。したがって、七二年五月の日本復帰と同時に沖縄の米軍用地は地主たちに返還されるべきものであったわけです。
 しかし、復帰に際しても政府は、公用地法を制定して従前の米軍用地を引き続き米軍に提供し、この法律による使用期限が切れようとするとき地籍明確化法を制定して、その附則でもって公用地法の効力を延長しました。その際、立法手続が間に合わず、七七年五月十五日から四日間の法的空白が生じました。これは記憶に新しいところであります。そして、地籍明確化法の期限が切れると、今度は軍用地特措法を突如復活させて、これによる強制使用に踏み切ったのです。
 このことについて、アメリカの著名な法律学者レノックス・ハインズ弁護士、ニュージャージー州立大学の教授ですが、彼を団長とする国際民主法律家協会の沖縄調査団は次のように指摘しています。このように、住民の意思に反して県土が強制的に接収され続けて五十年間も米軍基地として使用されているので、沖縄においては事実上いまだに戦争による占領が続いていると言わざるを得ない、これが国際的な評価であります。
 収用委員会の審理手続は憲法で保障された国民の財産権が不当に侵害されることのないよう厳格に定められたものであり、この手続の途中に政府が一方的に土地の取り上げを続けることは、憲法第二十九条、三十一条、適正手続の保障、財産権の保障に照らして不当であります。特措法は実際には沖縄県民の土地にしか適用されないものです。事実、今回新設されようとする附則は、文字どおり現在審理中の土地、十二施設、三千人の土地だけを対象にするものです。ここで、国会議員の皆さんは憲法第九十五条という条項があることを想起してください。
 このように、政府が考えている米軍用地特措法の改正と特別立法の制定は二重にも三重にも憲法に違反するもので、まさに法治国家の自殺行為であると言わねばなりません。我が国が真に主権国家であるならば、法と正義を投げ捨てて、また国民の権利を踏みにじってまで外国の軍隊のために国民の土地を提供するという暴挙を犯してはなりません。
 お手元に配ってあります琉球新報と沖縄タイムスは、二つながら社説を掲げてその無法を説いております。もちろん、条約と憲法との関係についてはいろいろ意見があります。しかし、安保条約があるから基地を提供しなければならないということで国会がそのような法律をつくるのであれば、米軍占領下の高等弁務官がやったことと等しい行為であると私は思います。それでは我が日本はアメリカの属国、植民地であると言われても仕方がありません。
 きょうお配りしました琉球新報に日本政策研究所の所長チャルマーズ・ジョンソン氏が書いております。「なぜ米軍は沖縄に駐留しているのか。植民地主義者として、つまり、第二次世界大戦の結果、東アジアに出現したアメリカ帝国の代表として、居座っているとしか言いようがない。」「自国軍のプレゼンスを東アジアの安全保障と安定を盾に正当化するアメリカの主張も、同様に疑わしい。」「朝鮮は、五十年前に植民地支配から解放された。しかし、沖縄は、二十世紀が終わろうとする今も、依然として、半植民地状態に置かれている。」。
 アメリカからもたくさんの学者たちがクリントン大統領あてに、沖縄のこのような土地取り上げはやってはいけない、チェイニー元国防長官も言っているとおり、海兵隊は日本を守るための存在ではない、それはアメリカの国益のために展開するものであると言っているなどという理由を挙げて、海兵隊の早期撤退を求めております。
 最後に、海兵隊です。海兵隊の早期撤退、これは当然の要求ですが、私はこの点に関して、海兵隊はそのうち撤退させますよ、しますよ、だから特措法の改正は認めてほしいなどということにしないでいただきたい。なぜならば、普天間基地と引きかえの海上基地、那覇軍港と引きかえの浦添移設等々、これまで政府が国民あるいは沖縄県民に約束してきたことはことごとく守られていません。海兵隊は撤退するなどということでこの法律を押しつけることは許されないだろうと思います。
 沖縄に劣化ウラン弾が投下されました。五・一五メモによりますと、鳥島の劣化ウラン弾は廃弾処理をしなければならないことになっている。しかし、処理されないで放置されています。この劣化ウラン弾が海底深く沈んで放射能が沈着する。深層水をくみ上げて健康のために使おうとする沖縄県の計画、これはどうなっていくのでしょうか。五・一五メモの公開も今要求されるべき緊急の課題であると思います。
 その他申し上げたいことがたくさんございますが、残された時間は御質問にお答えするという形で補いたいと思います。
 どうもありがとうございました。拍手
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大河原太一郎#5
○委員長(大河原太一郎君) ありがとうございました。
 以上で公述人の御意見の陳述は終わりました。
 それでは、これより公述人に対する質疑に入ります。
 質疑のある方は順次御発言願います。
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久世公堯#6
○久世公堯君 屋山先生、芳澤先生、きょうは早くからどうも御苦労さまでございました。また、今それぞれお話を承りまして、私はこれから両先生に対して御質疑を申し上げたいと思います。
 まず、屋山先生の行財政改革でございますが、最初に御指摘になりましたジャパン・パッシングを招いているという日本の経済的な観点からする行政改革と申しますか行財政改革の問題でございます。
 御指摘のように、空洞化ということが言われましてからもうかなりたつわけでございますが、最初は特に東アジアにおける産業の空洞化の問題を中心に議論されておりましたが、最近では、産業、流通、金融、さらにはマンパワー、こういうあらゆる面における空洞化が言われているわけでございます。先生も御指摘になりましたように、留学生とか、特にノーベル賞受賞者などはそういう意味におけるマンパワーの空洞化の一例かとも思われるわけでございます。
 そこで、特にごく最近、先生が空港とか港湾の流通問題についてかなり御指摘になっているのは、実態は私も全く同感でございまして、これが非常に問題であることはもう御指摘のとおりでございます。また、その前提としての経済構造の問題も非常に大きいと思うわけでございます。
 今、橋本総理が、行財政改革を単なる行財政改革一つとして改革を言っているのではなくて、六つの改革の中の一つとして、かつそのかなめとして行財政改革を言っておられますのも、経済構造改革なくしては行財政改革もあり得ないんだという趣旨から申しますと、産業構造の大改革をしなければいけない。同時に、今、通産省は、単に産業構造の改革を中心とする経済構造改革だけじゃなくて、高齢化、少子化という社会保障構造改革の面から、空洞化と社会保障構造改革の両面から経済構造改革をしなければいけないというのもその点だろうと思うわけでございます。
 こういう橋本総理の言われる六大改革、特に経済構造改革と先生の御指摘になっておられます流通における空洞化、その関連というものをどのようにお考えになっておられるのか、第一点目としてお聞きしたいと思います。
 それから二点目では、規制緩和のお話がございました。これは先生も御指摘になっておられますように、日本の法体系というのが、行政手続法とか独禁法とかPL法とか、これは特に行政手続法、PL法が曲がりなりにもできている。それに対して独禁法も抜本的な改革をしなければいけないし、情報公開法も、私どもはこの秋いよいよ成文化をして来年は国会に提案されるというふうに聞いておるわけでございますが、そういう一般法ではなくて個別の業法でやってきたところに問題がある、こういう御指摘でございます。
 その点、私はある意味においては同感をいたしますけれども、同時に、一国の行政に対する法体系のあり方というのはそれぞれの国によって異なっているわけでございます。私も行政手続法やそういうものを多少運用したことがございますが、考えてみますと、一般法ももちろん必要だけれども、やはり日本というのはどうも個別法による行政というのが一般的であり、またそれによってそれなりの成果も上げてき、また逆にそれなりの問題点も包蔵してきたんじゃなかろうか、こういう感じがしてならないわけでございます。
 そこで、今、橋本政権におきましては、規制緩和というのを、もちろん前の村山政権からやってきていることでございますが、ようやく最近は、特に橋本政権になってから個別法における規制緩和というのが目に見えてきたと私は思うわけでございます。
 それは、例えば運輸省関係の規制緩和も近々発表になりますけれども、これによってかなりの規制が緩和されるのではなかろうか、流通面も。それから、あと通産省なりあるいは厚生省分野あるいは住宅分野、個別法による規制緩和というものがかなり目に見えるようになった。そこへ同時に、あわせて情報公開法や独禁法も含む改革も今やっている、こういうふうなのが現状かと思うわけでございます。
 私は、やはりその国々の法体系というものがそこは基本的に違うんじゃなかろうかと。日本においては、もちろん一般法の整備も必要だけれども、個別法によって行政体系ができている以上、それを重点的にやって、あわせて一般法で補っていくべきではなかろうか、こういう気がするわけでございますが、これに対する御意見を伺いたいと思います。
 それから、さらに第二点目の、天下りを絶対禁止する。最近、私ども行財政改革の議論でいろいろな観点から伺っておりますが、まずその第一に、六十五歳ないしは七十歳に定年を延ばして天下りを禁止しろと、こういう御意見でございますが、これも私ども自民党におきましては行政改革でいろんな方の御意見を聞いております。ただ、私の意見も含めて、やはり人間は六十歳というのが一つのいろんな意味での能力の一番ピークではなかろうか、こういう気がしてならないわけでございます。
 今、御承知のとおり、各省事務次官は五十七歳か八歳ぐらいでございます。これを六十歳に延ばすのは結構でございますが、あるいはこの間、一時六十三歳という案が出ましたが、そのくらいまではいいと思うんです。やはり事務次官たるものは、人間の能力の一番ピークのところに次官がおって、あと局長、審議官と、こういう体制が日本の特に伝統ある官僚制というものを当面維持するにはこれがいいんじゃなかろうかと。あるいはもう少し時間をかけないと、事務次官の定年だけを幾ら上げたところで、全体の官僚機構そのものをずっと延ばしていかなきゃいけないわけでございますから、これは十年がかりぐらいでこういう体制にするということが必要ではなかろうか、こういう気がいたすわけでございます。その点、いかがお考えか、承りたいと思います。
 それから、それとあわせて、事務次官は六十歳でもいいんだ、そのかわりに定年を過ぎた人、あるいは経験を生かしてシンクタンクをつくればいいじゃないか、こういう御意見でございました。
 これも確かに一つのお考えだろうと思いますが、やはり本当の行政、あるいは政治の、政策のシンクタンクというのは経験から出てくることでございまして、局長や審議官という本当の中枢のところをやっている人間が自分の経験というものを生かしながら、またそこに到達するのはしかるべき課長のポストは経ているわけでございますし、地方とかいろんな経験を踏んでいるものでございますから、そういう政策の執行を今度は政策の立案に生かすのがシンクタンクだと思うんです。そういう集団でないと本当にいい政策が出てこないんじゃなかろうか、こういうふうに感ずるわけでございます。したがって、そのあたりもなかなか一律にはいかないだろう、こういう気がいたします。
 また、一括採用というものは否定的にお考えになりました。私も同感でございますが、やはり公務員になろう、特にキャリア公務員になろうという我が国の人材は、幅広い仕事をやりたいあるいは本当に国民のためになる仕事をやりたいという動機で入ってくるのが非常に多いわけでございます。したがって、非常に役所の中でも人材は偏っております。だから、キャリア公務員なんかを半減したらどういう現象になるかと申しますと、特定の官庁は今までと同じ人が志望し採用いたしまして、先生がおっしゃいました余り人が行かないところが結局さらに悪くなるんじゃなかろうか、こんな気もするわけでございますので、そのあたりのお考えもお聞かせいただきたいと思います。
 そこで、例えばアメリカと日本は制度も違いますから余り比較になりませんが、私はアメリカの知事さん方とかなり交流をしておりまして感じますことは、アメリカの知事から大統領になる人がもう十五名出ております。そういうガバナーから大統領になるという道も、日本と違いますから、開かれているわけでございます。しかし、それ以上に感じますことは、地方の州の議会や上院、下院においても大変人材がおって、そういうところからまた連邦政府にも行く。それ以上に、何よりも、ポリティカルアポインディーの問題もありますけれども、民間と役所が国、地方を通じて交流している。それからまた、大学を卒業した人が公務員になってからケネディ・スクールとかビジネススクールとか、あるいは文系をやった人がMITに行くとか、こういう交流が非常によくできているわけですね。日本もああいうふうになるべきではなかろうかと。
 日本の場合、キャリア公務員が、文系の場合はむしろ大学院を卒業した者は各省は採りません。それに対して技術系の方は、やはり院を卒業していなければいけないと、こういうことがあるわけでございます。そのあたり一概に外国との比較はできませんけれども、日本においてもああいういいところを取り入れてやった方が幅広い人材を、むしろそれをもっと幅広くできるんじゃなかろうか、こんなことを感じますので、その点お答えいただければありがたいと思います。
 それから、芳澤公述人に対して御質疑を申し上げたいと思います。
 今五月十四日という目の前に控えたところの沖縄県の問題、本当に基地を全体の七五%も提供していただいている沖縄県の県民の方々には深甚なる敬意を表したいと思っているわけでございます。ただ、この五月十四日で使用権原が切れますところの駐留米軍用地につきましては、三万二千人以上の土地の所有者の中でもう既に九〇%以上の方が賃貸契約を結んでおられるはずでございます。土地面積からいいますと、九〇%はおろか全体の九九・八%までがこの契約を結んでおられる。在来地主は、契約を結んでいない土地所有者の二千八十一人のうちの百十三人でいらっしゃいます。土地面積にすれば〇・二%を所有しているにすぎない。
 さらにもう少し申し上げますと、二千九百六十八人というのが一坪共有地主でございまして、土地の面積だけから申し上げますと、これは非常に低い〇・〇〇一%にすぎない、土地の面積で言うわけではございませんけれども、こういう実態である。特に、もともとから沖縄県におられる地主ではなくて、こちらの、本土の方におられる地主が約半々ぐらいおられるとか、あるいはまたそれも、この一坪地主さんの中にも共有で持っておられる。そうなりますと、この一坪地主という方は、反安保闘争に参加している方々が多いというけれども、一体その実態はどんなものでございましょうか。また、この契約をそういう方が拒否している理由というのはどこにあるのかということをお尋ねいたしたいと思っております。
 そこで、今度の特別措置法の問題でございますが、今申し上げましたように、用地全体の中で極めて小さな土地を有する、契約を拒否している方を相手とした特措法の手続がそれによって長期間を要したり、あるいはそれによって国の条約上の義務と申しますか安保条約の義務というものが果たせなくなるおそれがある実態というものは、特措法を制定したその本来のあり方としては一体どうだろうか、適正とは言えないんじゃなかろうかと、こういうふうに感ずるわけでございますが、先生のお考えを承りたいと思います。
 以上です。
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大河原太一郎#7
○委員長(大河原太一郎君) それでは、公述人の御見解をお願いしたいと思います。
 まず、屋山公述人。
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屋山太郎#8
○公述人(屋山太郎君) 個別法は必要なんだという御趣旨かとは思いますが、私は個別法をみんななくせと言っているんじゃなくて、日本の個別法というのは非常にぼんやり書いて、あとは行政指導でやりましようというので、非常にあいまいな点が多いんですね。ですから、個別法ではきちんと法律で書く、それであとのチェックは公取がやるとか金融監督庁がやるとか、そういうふうにチェックを厳しくすればいいということでありまして、個別法を全部なくして、全部さっき申し上げた一般法でやるという趣旨ではございません。要するに、行政指導の余地を非常に少なくするようなことをまずすべきだということであります。
 それから、各国によって制度が異なってもいいじゃないかと、これは確かなんですが、例えばEUというのを考えた場合、ECと言われる時代からEU、これから通貨統合に向かっていくわけですけれども、私、その間、七年ほどヨーロッパにおりました。ずっといろんな交渉、どういう意味があるのか、私は実は十五年ぐらい前に帰ってきたんですけれども、それを始めたときによくわからなかった。ところが、政治、経済の統合に向かっていくと、各国で制度が違うと物の流れがひつかかりひっかかり、スムーズに流通しないんですね、物、金というのは。
 そこで彼らがやっていたのは、大体同じような垣根にしようじゃないかというので、二百八十八項目についてEUで統一基準をつくっていく。その中には医者の免許なんというようなものまで含まれている、例えばイタリア人の医者がドイツに行っても開業できるとかですね。これは日本でやろうと思ったらそういうことは考えられないようなことなんですが、そこまでやらないとEUの統合というのはできない。
 国際経済を見てみますと、地球一個全部がそういうEUのスタンダードというか、国際的なグローバルスタンダードというもので統一していかないと、どうも物、金の流通がうまくいかない、あるいはどこか不備が出てくる。だから、そういうことで日本に対する投資というのは非常にあらゆることを示しておりまして、人件費が高いとか物価が高いとか、それだけじゃなくて、この国でやってももうからないと、いろんな指数でさんざん考えて、あげくがわずかの〇・四%ということは、やはり日本がそれだけ問題を抱えているんじゃなかろうか。
 各国によって制度が違うのは、歴史的な違いがありますけれども、しかし、これは違うからおれたちはおれたちでやるんだということにはならないと思うんですね。国際経済がそうやってグローバル化しているんですから、あらゆる点で制度を似せていかなくちゃいけない、レベルを同じにしていかなきゃいかぬ。
 ですから、先生がおっしゃった日本の伝統的な制度といって、今それは変えちゃ困るよというのは、実は天皇制とか和歌とか俳句とか、そういうものを簡単に変えるなという議論は私も賛成ですけれども、それじゃ銀行法はどうなんだと。どんな法律でも、要するに戦争の前か後にできた、たかだか五、六十年しか続いていないものでありまして、これが消えたから日本人が日本人じゃなくなるのかというようなところにはほとんど関係ない話であります。ただお役人が、それがあった方が便利と言ってしがみついているようなものが多いのでありますから、そこをやっぱり思い切ってやる。六つの改革ができれば、私は本当にすばらしいことだと思います。
 特に、経済構造の改革をどうするかということでありましたが、これやっぱりグローバルスタンダードに合わせていくということなんですね。これを合わせれば何も文句を言われないんですから、合わせないものですからジャパン・バッシングというのでたたかれた。ところが最近は、もうこんな変わった人とつき合わないで、ほかへ行ってやろうと、いわゆるジャパン・パッシングなんですね。文句を言われているうちが花で、はなもひっかけられなくなったらこれは落ち目だと、私はその落ち目を心配しているわけであります。
 それから、天下りですけれども、さっき申し忘れましたけれども、人事院の調査だと、毎年三万七千人が退職するんです。このうち七千人が本当の定年退職、三万人はいわゆる肩たたきでやめていく。この人を十五年間役所が面倒を見るとすると四十五万ポスト、民間のポストの四十五万が必要になるんですね。特にキャリアは毎年八百人、この人は大体やめるのが五十歳前後ですから、それを二十年面倒を見ると一万六千のポストが必要になる。民間の指導層的部門に一万六千人のキャリアが天下るということは、それだけで非常に経済の硬直化というか規制社会を形成しているということで、これを何とかしないと私は規制緩和は進まないというふうに思います。
 以上です。
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芳澤弘明#9
○公述人(芳澤弘明君) 久世先生にお答えいたします。
 まず、土地を取り上げた経過について申し上げましたけれども、一九五三年に布令でもって収用令が出されました。その時点では契約をする者はだれもおりませんでした。そこで、またいろいろと形をとって土地政策を進めるわけですが、契約を拒否する理由が、その当時、一坪の年間の賃料が何とコカコーラの一本代の五分の一でしがなかったんですよ。まさに二束三文と言ってもいいぐらいの状況だったわけです。これが五三年代のこと。それではいかぬということになっていろいろやりました。
 それで、復帰後どうなるか。復帰の時点では、そういう経過をとって既にもう基地になっております。これを今さら契約できないと言うわけにもいかない地主の人たちがおりました。既に年間入ってくる賃料が生活の原資、生活費の大半を占めるに至りました。しかも、賃料がどんどん引き上げられて、政策的に引き上げられて、復帰後は特にそうです、農業生産の粗収入を超えるまでになっておりまして、それが近隣の民間地域の地価の高騰にも結びついて、バブルと結びつきました。そういう経過があります。
 それでも、いや、もう復帰したんだから私はこの土地は返してほしいという地主たちがおりましたが、防衛施設局のやり方はたくさんあります。例えば、君が反対しているために、細切れに返還されたこの土地、この周辺の土地はあと二十年も三十年も返されないんだと言って細切れ返還をしておいて、結局返還を受けた人たちを干しておいて生活の困窮を強制するといったようなことがありました。おまえが反対しているから電気を引いてやらないんだと言って、黙認耕作地周辺の、例えば豚舎をつくる、何をつくるという場合に、電気も水道も引かないというやり方がされました。いわゆる村八分の状態に追い込んで、契約に応じざるを得ないような状況がつくられてきたわけです。だから、契約拒否地主は減っていきました。
 ところが、最後まで頑張った人たちがその署名を拒否します。関係市町村長は署名代行を拒否しました、嘉手納町以外は。今、大田知事の問題になった裁判に関する範囲に限りますと代行拒否しました。あの例の裁判後、嘉手納町の町長さん、自民党系です、この方も署名代行を拒否されました。つまり、契約はしております、しかしもう返してほしいという地主がどんどんふえております。宜野湾市でもそうです。もう都市計画、跡地利用の計画を軍用地地主連合会が宜野湾市と一緒になって検討を始めています。那覇の軍港湾の問題もそうです。そして、浦添、那覇港湾の移設先になっているキャンプ・キンザーの沖合、これについては私たちは反対ですと浦添の軍用地地主の九〇%が言っています。その結果が市長選挙にあらわれているわけです。キャンプ・キンザーに移設することは反対だという公約を掲げた候補者が当選したということです。
 キャンプ・ハンセンの、これが恩納岳です。(資料を示す)これは国有地が多いです。こういう状況の中で実弾砲撃演習のために本当に基地被害が続発しています。この地域の人たちにも莫大な金が交付金として集落に入ってきます。でも、最近では、そういう基地周辺整備資金は要りません、とにかくこの県道一〇四号、移してくれという要求が高まってきているということを申し上げたいと思います。
 皆さん、東京都のど真ん中で反対している人が、百坪の地主が反対している、そのためにビルが建たない、だから強制収用、土地収用法が発動されるんでしょう。それは厳格に手続を踏んでやるんです。東京都の百坪の土地でさえそうです。先生がおっしゃるように、畳一枚と例を挙げた人もおります。たとえ畳一枚でも私の土地を無法に取っていいというわけにはいかないんじゃないでしょうか。そこのところです。だから、それがアメリカのためという場合にどうでしょう。今は沖縄県民の大多数の意見である、地元の新聞がそう言っているということは、世論を代表する意見だとお受けとめいただきたいと思います。
 以上です。
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久世公堯#10
○久世公堯君 お二方の公述人、どうもありがとうございました。
 屋山先生にもう一、二お尋ねをしたいのでございますが、今御指摘になりました今度の規制緩和が従来の事前チェックから事後の指導と申しますか、そういうことに大きく転換しているのはおっしゃるとおりでございます。それは個別法でも、確かに御指摘のとおり、今までは何も法律ではなくて、政令はおろかいわゆる局長通達でありますとかさらには課長内簡でございますとか、そういうような形でいろんな行政が指導されてきたことは事実であります。これはやはり法治国家でもございますし、法律による要請というのが基本でございますから、それはおっしゃるとおり法律で枠組みをきっちりつくることはそのとおりだろうと思います。
 また、国際性の問題について、国際的な基準というものに合わせていくべきだとおっしゃるのはそのとおりでございまして、これだけ国際化が進んでおります日本、しかも国際的に日本が期待されている面も大きいわけでございますから、それは当然のことだと思います。
 先生が特に御指摘になっておられます流通の面、これはバッシングがパッシングになったのも、港湾にしてもあるいは空港にしてもハブ機能というものが著しくおくれた。現実はそのとおりでございまして、遅まきながら今これに何とか追いつこうと思ってやっているわけでございますが、この行く末と申しますか、一体これはどういうふうになっていくだろうか、これから二十一世紀に対しまして。やはり日本はそういうハブ機能もできれば持っていかなければなかなか国際的な使命は果たし得ないと思うんですが、そこをどうお考えなのか、最後に聞きたいと思います。
 芳澤先生とは基本的な見解が違うようでございますが、お話は、芳澤先生のお立場はよくわかりました。以上です。
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屋山太郎#11
○公述人(屋山太郎君) グローバルスタンダードですけれども、それから見ると、日本の例えば港湾の荷揚げとか、普通の船会社が香港に荷物を持っていく、そうするとそこの何とか海運というのと日ごろおつき合いがある、すると指名して、いつものようにやってくれということで一発でいくわけです。それから、一日遅くなるとか一日早くなるとかいうことについてもすぐに対応する。
 ところが、日本では港湾の業者の団体がありまして、これが一日おくれるならその一週間前にちゃんと協議しろと、事前協議制というのがあるんですね。これはまさに国鉄時代に国労が頑張って、日本の国鉄の組織ががたがたになったというときも根っこはこの事前協議制、つまり組合と話をしないと通じない。この組合がいるのは本当の会社なんですから、会社を選択する、あるいは会社と話をするというんじゃなくて、それが組合と話をしなくちゃいけないということだと。国鉄はそれで経営権ががたがたになった。と同時に、私は今この港湾の組合の存在というのが非常に日本のマイナスになっているんじゃないかと。だから、あれがある限り私は日本の港はだんだん落ち目になると。
 今の内閣で内航海運のカルテルを三年から五年の間にやめようということになっていますが、これはもう本当に一刻も早くやめないと、世界の荷物はどんどんふえているんですから、その中で日本の扱うものがマイナスにはならなくても横ばいというのはもう非常に不思議な現象でありまして、内航海運の問題、それから港湾の問題、これは私は非常に悲観的に見ております。この調子じゃ、つまり組合が絶対特権を放そうとしないわけですね。それを放させようとする政治の側に勇断する人がいない、決断する人がいないという状況で、私はもうあきらめておるんです。神戸港にも荷物は一〇〇%返ってこない。これから港は落ち目になるというふうに思います。
 それから空の方も、同じ空港に国際線が着いてそこの場所で国内の目的地に行くというんじゃなくて、成田に着いたら羽田まで来なくちゃいけない、こういうようなことをやっているようでは私は空もローカル港化するんじゃないかと。それには私は、羽田の古いやつはつぶすのをやめてこれも使う、それから成田も急ぐということをやらないとだめだというふうに思います。
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久世公堯#12
○久世公堯君 ありがとうございました。
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市川一朗#13
○市川一朗君 平成会の市川一朗でございます。
 屋山先生、芳澤先生、お忙しいところどうもありがとうございました。また、大変貴重な御意見をちょうだいしておるわけでございます。
 まず、屋山先生にお尋ね申し上げますが、きょうは非常に押さえていただいてわかりやすいお話でございましたから、特段それに関する御質問ということはしなくてもいいくらいわかりやすかったのでございますが、ちょっと冒頭にきょうのお話を私なりに簡単にまとめてみますと、日本の現状を憂えまして、日本の将来のためには、規制社会といいますかこの規制の問題を何とかしなきゃいけないんじゃないか、単に撤廃しろというだけじゃない、よくきちんと仕分けをして、撤廃すべきもの、緩和すべきもの、あるいは存続すべきものも全部しっかりやっていく必要があるよと。
 しかし、それをやるためには、官民の癒着体質といいますかそういった問題を改めないとうまくいかない、すぐやれるんだから天下りを禁止したらどうですかと。それでもって定数の問題がいろいろあるなら定年制も延ばして、次官の年齢のお話にまで言及され、円筒型の人事構成という言葉での御提案があって、これならすぐやれるんじゃないか、やったらどうですかというお話だったと思いますが、いかがでございましょうか。もし何かつけ足すことがありましたら、どうぞひとつ。
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屋山太郎#14
○公述人(屋山太郎君) そのとおりであります。つけ足すことは別にありません。実によく理解していただいて、うれしいです。
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市川一朗#15
○市川一朗君 一応教授に褒められたような心境で、次の御質問をさせていただきます。
 したがって、そういった中で、周辺の問題だと思いますけれども、一つは、今の役所機構、中央省庁の再編成、行政改革を考えます場合には、当委員会でもいろいろ議論があるんですが、やはり基本的には行政事務の合理化とか行政事務のスリム化ということが当然前提になきゃいけないんです。私はどうしても今の役所機構が細分化し過ぎておって、先生が今いろいろおっしゃっていただいた話も、ある意味でそういう細分化し過ぎている役所の問題を抱えたままでは解決できないのではないかなという気もするんです。
 しかし、この問題、取り組みますと意外に簡単にいかないことは過去の歴史がいろいろ証明しているわけでございます。屋山先生はその辺も相当勉強されたこともおありと思いますが、この辺の問題につきまして、今後の取り組み方も含めまして、御意見がありましたらお伺いさせていただきたいと思います。
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屋山太郎#16
○公述人(屋山太郎君) 一つの目安が地方分権なんだろうと思うんです。六月に地方分権推進委員会がどのような答申を出されるのか。これで地方に仕事を大きく回すということをやりますと、例えばお金は行くけれども設計は向こうでやるんだということで、建設省の予算なんというのは恐らくほとんどがそのまま、別に補助金をなくすというんじゃなくて地方に財源が行けばいいんですけれども、最初は交付税で行ってもいいんですが、地方にお金を渡してあとは地方でやりなさいと、そういう形にすれば、恐らく建設省とか農水省とかあらかた要らなくなっちゃうんじゃないかと思うんです。そのかわり地方の責任は大きくなるわけですが、そういう形。
 それからもう一つ、地方分権の発想ともう一つは民営化の思想を行政に持ってくる。これは、もし郵政三事業を民営化するということになれば、郵政省はもう電波の監理ぐらいしかなくなっちゃうわけです。それから、運輸省も民営化を進めるとこれも小さくなるというので、地方分権と民営化の方策をどの程度出すかということで国の行政のありようというのは変わってくると思うんです。
 地方分権というのは実はもう三十年も、昭和四十年代から叫ばれている話で、しかし何にも実現しなかった。今度やらないと、これまではもうかっていたから官僚が少々うるさいことを言っても行け行けどんどんという時代だったから済んだので、今この落ち目の時代にこの行政のシステム変更というのをやり損なうと命取りになるというふうに私は思っております。
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市川一朗#17
○市川一朗君 地方分権の問題と規制緩和、規制撤廃の問題とは非常に密接に関係する部分もあり、また少し違う部分もあると思いますので、規制の件に関してもうちょっとお伺いしてみたいと思います。
 きょうのお話は非常にわかりやすかったわけでございます。先生の御主張は新聞等でも拝見しておりますので、たまたまきょうは港湾とか空港のお話をされましたが、日本の行政が抱えている規制問題はいろいろあるわけでございます。その中で、要するに規制といいますか改革に伴ういろんな痛みという中で、規制緩和の陰の部分と最近うまい表現をしておられる方もおるんですが、私など自分の選挙区も抱えましていろんな問題に悩んでおるわけでございます。きょう集まっている委員の方も政治家としていろんな問題を抱えておると思うんですが、その一例として、大型店の進出によりまして地元商店街が崩壊をしていくと、そういう悲鳴が随所で上がっているわけでございます。
 これは非常にお答えしにくい問題じゃないかと思いますが、私の地元でも一つの小さな町を中心とします郊外に大きな大型店が進出しましたら、八十何店舗あった商店がわずか二、三年でもう五十店舗ぐらいになっちゃったわけです。後継者の問題とかいろいろありますから、そのことだけで来たわけじゃありません。しかし、これはある一面でいうと大型店の進出というのは消費者ニーズにぴったり合っていたわけですね。
 そういった問題でございますが、しかし商店街の崩壊の方向といいますと、これまた極めて大事な何かが失われつつあるのではないかという感じもいたしまして、正直言いまして悩みの多い問題でございますが、屋山先生は、その辺の問題につきましてどういうふうにお考えでございましょうか。
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屋山太郎#18
○公述人(屋山太郎君) 去年、私はマルセイユに行って、町の電気屋とか商店街は随分閉店しているんですね。それで、実はマルセイユに毎年行っているんですけれども、どうしてこんなにつぶれるんだろうと思ったら、そのそばに物すごくどでかいモール街ができて、とにかく電気屋一軒で、それこそ本会議場ぐらいのどでかい電気屋が一軒、十五分ぐらい郊外に走っていけばある。それから、あらゆる専門店が、おもちゃ屋ならおもちゃ屋というのがどでかくできると、そうすると軒並みつぶれているわけですね。日本で起こっているよりもっと大きい物すごいスケールでそれが起こって、これは非常に社会問題になりまして、今余り町のそばにそういうものをつくっちゃいかぬとか、新聞を見ていたら、要するに政府が今それに手を打とう、やっぱり無制限にはいけないんだ、相当ストリクトな条件をつけなきゃいかぬということを言っていましたね。
 ですから、急激に大型店を自由にやれ、しようがないというのも場合によりけりなんですが、しかし、じゃ、大店法をいじらなければ今の店がずっと維持できるのかというと、そうじゃないと私は思うんです。例えば、跡取りがいないとおっしゃいましたけれども、今現にほとんどの家で跡取りがいない。なぜ跡取りがいないか。要するに、それはもうからない、それで一生食うほどの欲望がわかないとか、そういう経済的な事情で跡を継がないということですから、今のままやっていたって後継ぎがいなくなればなくなるわけですね。ですから、そこはやっぱり政治の力で調整するしかないというふうに私は思います。
 規制緩和をやると、確かに陰の部分はあるんです、失業が出る。しかし、アメリカはそれをやりまして、一九八〇年から十年間で、失業も出たけれども、しかしプラマイで千八百六十万人の雇用増があった、年に百八十万人ですね。今のクリントン政権では、おれの代になったら二百万人だと、こう言っていますけれども、やっぱり徹底的な規制緩和をやると、何もないところで何か始めるのに物すごく楽なんですね。社会がそうやってダイナミズムを持ったということなので、私は陰の部分が出るのはしようがないと。
 ですから、この陰の部分、これは本当に困る人があれば社会政策で見るべきなので、陰の失業者が出るからこれはこのまま存続させるというのは本末転倒だと思うんですね。何のためにその業種があるのかということ、要するに失業が出ないために、本当は要らないんだけれども置いておこう、税金がかかってもしょうがないと、そういう発想ならばこの人たちはほかの社会政策で見るべきだというふうに思います。
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市川一朗#19
○市川一朗君 ありがとうございます。
 たしか大型店の場合でも、地元の商店街で意欲のある人は一緒になって大型店の淘汰の中へ入り込んで共存共栄を図っている例もありますし、いろいろやり方を工夫しながらやっていく。
 特に、最近の設備投資の業種別の傾向を見ますと、規制緩和が進んでいるところの業界といいますか業種、例えば情報産業等の方が設備投資が伸びているんですね。多分携帯電話とかああいった規制緩和がそういうことになっておりますから、私自身もまた私どもの会派の方も、そういう規制緩和が日本経済の将来のために一番基本であるという屋山先生の御主張と同感でございますが、いろいろ難しい問題もあるなというようなことでお伺いした次第でございます。
 それで、先ほども橋本内閣の六つの改革の話が出ておりました。屋山先生も評価しておられましたけれども、もう予算委員会は七日間総括質疑をやりまして、本当に橋本総理の六つの改革にかける意欲といいますか、それは私も非常に意気込みを感ずるんです。しかし、いざ実現ということになりますと、改革に伴う痛みと一言で片づけちゃいけないんですが、なかなか難しい問題があって、最後は国民各界各層の理解と協力を得られることがポイントなんじゃないかなと私自身は思うんです。
 屋山先生は今までもいろんな内閣のそういう行革等に取り組む、改革に取り組む姿勢といいますか動きを内から外から見ておられて、どうも橋本内閣じゃうまくいかないんじゃないかなと私は思うんですが、意気込みは感ずるんですけれども実現へのプロセスが見えない、いや、そんなことないよ、今度はうまくいくよというお考えなのかどうか、ちょっとお答えにくいかもしれませんが、お願いします。
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屋山太郎#20
○公述人(屋山太郎君) 私は、物書きとしまして、物を書くことはすごく影響があるんだなといって非常にうれしかった時期があります。例えば国鉄の民営化をやったときなどは、私は本当に言論の力というのは大きいなと思って非常にうれしかったんですけれども、よく考えてみると、そういう言論の力が生きるというのは、それを受けとめる政治家がいるというときに初めて実現するので、そのときの中曽根さんは、これはいけるなとか、今だとか、やっぱりそういうタイミングにおいて物すごく感度がよかったですね、今考えてみると。
 今歴代の自民党総理の中で中曽根さんを私は非常に評価しているんですが、それは物書きの立場からいって、こうやるべし、こう書くと、これはそうだなと思ったときにすっと動くそのリーダーシップ、それは自分で言わなかったり、こういうことがあるからこれをやれとか、後で聞くとそういうことなんですけれども、実にリーダーシップを発揮しているというのが中に直接いなくてもわかるんです。そういうものを非常によく感じた。ところが、今度は何かリーダーシップが全然聞こえてこないですね。
 そういう意味で、口ではこの六つの改革、非常に結構なんですが、実際に自分でそういう一つ一つの改革をイメージしながらところどころにくぎを打ってという中曽根さんには及ばないんじゃないかというのが結論であります。
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市川一朗#21
○市川一朗君 芳澤先生にお尋ねいたします。
 沖縄の基地問題がこういう形で、かわいい女の子の犠牲を一つのきっかけとして出てきたということについては私は大変不幸だったなと思っておる一人でございます。
 日本の安全保障をどうするのかということを考えました場合に、現在の日米安保条約に基づく体制ができているわけでございまして、日本全体の安全の問題は、沖縄の基地問題という観点から見るまでもなく、沖縄の方々の犠牲の上に成り立っているということに関して政治家の一人として非常に胸が痛む思いでございます。これは今度の問題がなくても長期的に絶対に取り組んでいかなきゃならない問題であったわけでございます。
 まず基本的に、今の日米安全保障条約を中心とした体制は日本の安全保障、ひいてはアジア、世界の平和の維持という意味で一つの非常に大事なシステムになっていると思うのでございますが、その辺に関します芳澤先生の御見解をお伺いしたいと思います。
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芳澤弘明#22
○公述人(芳澤弘明君) かつてソビエト連邦というのがありました。北の大クマとかなんとか言われたそのソ連があるから、中華人民共和国が成立したから、朝鮮戦争があったからということで、いわば極東の平和を守るため、日本の安全を守るためということで沖縄の基地が強化されてきたといういきさつがあります。日米安保条約も、サンフランシスコ講和条約と抱き合わせでできて、片面講和だったわけです。
 しかし、戦後五十年たちました。現時点でやはり考え直すべきだろう。ソビエトは崩壊しました。ソビエトがどこに侵略していくんでしょうか。北朝鮮はもうがたがたです。私は、あの国はもう間もなくつぶれるんだろう、長くはもたない、内部崩壊するだろうと思います。そういう状況下で日本を攻めてくる国があるんだろうか。仮想敵国論はもう今や神話だと思います。私は、日本とアメリカが本当に対等、平等の立場でおつき合いをすべきものと思います。
 昨年九月に日本の四つの法律家団体がアメリカに行って、アメリカの合衆国政府、上下両院の議会当局と話をしたときに、アメリカの独立宣言の中にあるんですよ、アメリカが独立宣言をした、それは大英帝国、イギリスの圧制から逃れるためだと。その独立宣言に本当にそういうことが脈々と生きているわけです。日本に対して今アメリカがよき隣人でありたい、そう思うなら、アメリカの人たちが言っているように、日本はアメリカの植民地だと言われているような、沖縄は植民地だと言われているような状態をなくすべくアメリカと日本が対等、平等で語り合っていく、そういう関係を築いていくべきだと思うのです。これがこれからの問題じゃないでしょうか。
 海兵隊が日本を守るために今存在しないということは、アメリカの国防長官、国務長官、私がお手元に配っている何名かの高官の公式発言でももう明らかなわけですから、日米安保体制が日本の安全のために大事だという考えについてはそろそろ考え直していい時期です。
 五十年といえば一つの歴史の区切りです。朝鮮も五十年で帰ってきたんです。私は台湾で生まれました。台湾が日本の植民地から解放された。沖縄は二十七年間アメリカの占領統治下にあった。本当に日本に帰れるだろうかと思いました。私は、三年間パスポートが出ずに沖縄から本土に来れませんでした。いつになったら自由に往来できるだろうかと考えました。しかし、二十七年間で沖縄の統治は一応形の上で終わったんです。戦後五十年、アメリカとの関係を本当に国民の立場に立って、アメリカの人たちの立場に立って改善すべき時期に来ているんだろうと私は基本的に考えます。今、日米安保容認の立場の人もそのような考え方に、議論に参加してきているんじゃありませんか。
 以上、私の考えを申し述べました。
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市川一朗#23
○市川一朗君 余り時間がございませんので、ちょっと端的な質問をさせていただきます。
 私も、数多くはないんですが、アジアの代表的な政治家の方々にお会いいたしますと、日本は間違えないでほしいよと。要するに、ソ連が崩壊し、東ドイツがああいうふうになって世界の冷戦構造は変わったということで、日本の方々はみんなそういう気持ちでいるかもしれないが、この肝心のアジアはまだ変わっていないんだと。アジアの混乱とかそういったような問題に日本が、どういう形で参加するかどうかは日本人の判断に任せるけれども、きっちり取り組んでくださいよ、経済の面でも歴史的な面でもアジアの国々はそれを期待しておりますという声を承っておるのでございます。
 この辺はお話しになりますと相当長くなると思いますが、私に与えられた時間はあと一、二分しかございませんけれども、芳澤先生の御見解をお伺いしたいと思います。
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芳澤弘明#24
○公述人(芳澤弘明君) フィリピンに私は三度ほど行きました。フィリピンの皆さんは、沖縄から私が来ましたと言ったら、大変親愛感を持って言ってくれます。しかし、フィリピンのこの場所で私のおじいさんが、おばあさんが日本軍によって殺されたんですよ、その跡ですよと語るときに心が痛みました。
 インドネシアに行ったときも、見よ東海の空明けてという歌を歌ってくれるんです。真白き富士の何とかという歌も歌うんです、スカルノが愛唱した。しかし、日本がここでどんなことをしたんですか。パターン半島の死の行進のことなどもフィリピンの人が語り、インドネシアの人が語るときに、アジアの人たちは、日本が再びアメリカと一緒になってアジアの私たちを抑圧するんじゃないか、現にし始めているんじゃないかと言って見ていると思うんです。そうならないためにも、やはり本来の日本国憲法の精神に立ち返って対処すべきだと思います。
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市川一朗#25
○市川一朗君 終わります。
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照屋寛徳#26
○照屋寛徳君 屋山公述人、芳澤公述人、早朝から大変御苦労さまでございます。
 私は、主に外交・防衛問題について芳澤公述人にお尋ねをしたいと思います。
 恐らく、四月に入りますと米軍用地収用特措法の改正問題が政局の大きな争点になるだろうというふうに思われます。公述人から御意見を拝聴したわけでありますが、この米軍用地収用特措法の改正問題について知事は繰り返し繰り返し反対を表明しております。基地所在市町村の動向はどうなのか。それから、反戦地主とか一坪反戦地主だけじゃなくして、公述人の承知をしている限りで、県民のそれに対する動向というんでしょうか、それをどのように考えておられるんでしょうか。
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芳澤弘明#27
○公述人(芳澤弘明君) この特措法に附則を設けて収用委員会の審理が終わるまでの間使用を認めるということについて賛成をしている市町村長は一人もいないと私は承知しております。
 それから、楚辺通信所のときに、県の収用委員会に対して国が緊急使用の許可願の申し立てをしたときに、県の収用委員会は慎重に審理をした結果、不許可にしました。それにもあらわれていると思います。端的に言って、県民は、自民党の立場の人でもこれには賛成しない、反対だと言っている。そのあらわれが琉球新報と沖縄タイムスの社説です。
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照屋寛徳#28
○照屋寛徳君 復帰前のアメリカ軍による土地接収、そして基地形成の過程について先ほど公述人から詳しく述べられたわけでありますが、復帰後の例えば一九七二年、昭和四十七年に公用地暫定使用法をつくり、そして五年後に位置境界明確化法をつくってさらに五年間、都合十年間暫定使用できるという特別法をつくりました。その後、一九八二年に公用地暫定使用法による土地収用をやったわけです。
 それで、よく言われますのは、これは何も沖縄だけを差別した立法じゃないんだ、沖縄だけに適用されるものじゃないんだという意見がございます。確かに法律でございますから形式的にはそうかもしれませんが、実質的にこれらの特別法が適用され、そして米軍用地収用法に基づいてことし四回目の使用裁決をなしている。これは実質的には全部沖縄に適用されたわけです。
 それで、これらの特別立法、それから米軍用地収用特措法に基づく使用裁決について公述人はどのようにお考えになっているのか、どこが問題だというふうにお考えになっているのか。それから、それに対する県民世論の動向みたいなものについてもお触れいただいたらありがたいなというふうに思います。
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芳澤弘明#29
○公述人(芳澤弘明君) 確かに、軍用地特措法はかつて日本本土でも適用されたことがございます。立川基地がそうだったでしょう。それから、東京都内でもアー二ー・パイル劇場というのがあって、結局アー二ー・パイルはだめになったわけですね。そういういきさつがあります。この特措法は、かつてそういうことで五〇年代かに何回か、二、三回発動されただけだと思います。だから、事実上死んでいたわけですよ、もう死法なんです。それをよみがえらせたのが、照屋委員がおっしゃる七二年、八二年ですね。
 今まさに審理の対象となっている十二の施設、嘉手納、伊江島、これだけに限定してやろうとするわけでしょう。だから、沖縄だけだと言われても仕方がないんじゃありませんか、附則によってそれを改めるというわけですから。だから、やっぱりこれは沖縄だけを対象にしたものと言わざるを得ない。
 それに対して沖縄県民は、法律によって定めた期限が切れたら返すのが当たり前だというのに、なぜ附則でまたやるかと。位置境界明確化法も附則で公用地暫定使用法の効力を存続させて、五日間の法的空白があったわけです。法的空白はそのときの五日間。そして今一年に及ぼうとする楚辺通信所、違法占拠というのは過去に二回もあるんですよ。今度それが起ころうとしている。県民がこれに反対しないわけがないでしょう。大多数が反対です。
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