八巻節夫の発言 (財政構造改革の推進等に関する特別委員会)

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○八巻参考人 東洋大学の八巻でございます。
 今回の国の財政構造改革案につきまして、参考人として意見陳述させていただきます。
 国の財政が現在危機に瀕しているということは、今や指摘するまでもないことでありまして、またさらに、その借金の体質に加えまして、税金のむだ遣いの実態があちこちから噴出している、こういう状況も非常に日本の将来にとって危機的であるというふうに考えます。こうした実態をとらえて、私たちは国民として一体どのような考え方で臨むべきか、税金というのは一体何なのだということを改めて問い直すような時期に来ているというふうに思います。
 このように公的部門の失敗あるいは制度疲労があちこちで起こっていることに対して、私は、税を取る側の論理ではなくて、また、象牙の塔からの単なる理論的な考察ではなくて、納税者及び生活者としての視点から今回の構造改革を評価してみたいと思っております。
 私たちにこの事態が迫っているのは、大きな政府か小さな政府かの国民的選択問題であろうと思うのです。それともう一つは、税金の真の意味、経済的な意味というのは何なのだということを問いかけている事態だというふうに考えるわけです。
 そのような視点から若干コメントさせていただきますと、三つのアプローチというか切り口があると思うのです。
 第一に、今回のこの改革措置法案には随所に数値目標が掲げられております。例えば、国と地方の赤字の対GDP比を三%にするとか、あるいは国民負担率を五〇%以下にするとか、あるいは公共事業費を七%削減するとか。一体このような数値をどのようにしてはじき出したのか、どれだけの説得力があるのか、その裏づけは一体何なのだ、そういうことをちょっと疑問に思いました。
 なぜかというと、数値目標というのはもろ刃の剣でございまして、それを掲げること自体は、目標を達成するという具体的なガイドラインができますので、そういう意味では評価できるのですけれども、ただ一方で、数値目標というのは、実体の、生きた経済から離れましてひとり歩きする、こういう危険性がありますので、その場合に、その数値目標には相当確たる根拠が必要であるというふうに考えるわけです。特に、例えば赤字のGDP比が何で三%でなければならないのか。それが何で四%ではいけないのか、あるいは二・五%ではだめなのか、そのあたりが非常に見えてこないわけです。
 そこで、例というか教訓といいますか、旧西ドイツの経験をお話し申し上げますと、旧西ドイツでは、赤字を三つのカテゴリー、一つは循環的赤字、もう一つは構造的赤字、そして第三番目に正常赤字という三つのカテゴリーに分けているのです。
 わかりにくいのは正常赤字という概念だと思うのですけれども、その正常赤字というのは、要するに、経済が潜在成長で正常に成長しているときにでもなお内在する赤字部分でありまして、成長通貨といいますか、潜在成長に必要な資金の需要部分であるというふうにとらえられるのです。具体的には、潜在成長で正常な状態のときの資源の利用率を例えば九七%だとか九八%とし、それの二%あるいは一%、そういう数字でとらえておりまして、これはもう許容範囲の赤字なのであるということで、そういう概念も使っております。数字の確実性という点ではちょっと疑問がありますけれども、ただ、こういう数字を掲げること自体は非常に意味があるというふうに思っております。
 ですから、今回の三%という数字も、そういう正常赤字なのであるよというふうに論評づけてくれるなちば非常に説得性がありまして納得がいくのですけれども、単なる、EUがそう言っているから三%だなんというのでは全く論拠にもならないと思うのです。
 また、これに関して第二に言いたいのは、三%に至る道筋が見えてこないということでございます。今の景気をどう見るかということにつきましては非常に論議が分かれるところでありますけれども、ただ、景気の先行きには心配があるけれども、とにかく借金が膨れ上がったので何が何でも三%にするのだというのでは、やはり国民は納得できないのではないかと思うのです。ですから、その三%に至るまでの道筋を明確に国民に示すべきであるというふうに考えます。
 例えば、構造的赤字を削減していくわけですけれども、構造的赤字はイコール景気インパクトでございますので、構造的赤字を削減すれば、それは景気インパクトの低下を意味するわけであります。そうであれば、それを補完する何らかの措置をとらなければ、あるいはそれを国民にわかりやすい形で明示しなければ、国民は不安てしょうがないというふうに思うのです。
 したがって、この景気インパクトの低下部分をどういうふうにして補って、景気を維持しながら、しかも中長期的には赤字を減らしていくという、これはもういわばジレンマの政策なんですけれども、そういったジレンマの政策でも、こういうふうに道筋をやっていくのだよということが見えてくれば非常にわかりやすい、また納得できるというふうに考えるわけです。
 それから、第二番目に指摘しておきたいことは、税金とは何かということなんです。
 これは、受益と負担の結びつきを今後も国民はますます強く求めてくるというふうに思います。そのためにも、新しい負担のメニュー、受益と負担を明確にする負担のメニューを開発していかなければならないのではないか。例えば、民営化による私的負担への転換もその一つでありましょう。また、受益者負担の拡大、これは一見、そういうふうに言うと誤解があって、非常にイデオロギー的な色彩になっていますが、私はちょっと違うのではないか。受益者負担というのは、やはり自分が受けたサービスに対する、国民全体とは違った特別なサービスを受けたわけですから、その見返りとしてその利益を吸収するという意味では、適正な負担ではないかというふうに思います。
 それから、目的税の再評価。ちょっと時間がなくて説明できませんけれども、質疑のときに説明したいと思いますけれども、それも再評価する価値があるのではないかというふうに思います。
 それから、租税か社会負担かという選択問題も考えまして、要するに適正負担という概念、これが今後必要になるし、また、国民も適正負担であるということをもっともっと求めてくるというふうになると思います。
 第三番目に、最後になりますが、財政意思形成の質を高めなければならないというふうに思います。
 ともかく、今の財政意思形成は、国民不在というか、生活者の意識が全然反映されていないというところがありまして、そのためにも、例えば予算編成のシステムをゼロベース予算、あるいはそこまでいかなくてもサンセット予算方式とか、オンブズマンの拡充であるとか、それから公的部門での市場性の拡充、これを市場テストにかけるということは、それだけ生活者の意識が自動的に反映されるのだと思いますので、その点の可能性の考慮、それから官の役割と民の役割の範囲についての国民的合意形成が必要であるというふうに思います。
 いずれにしても、このような財政意思形成過程の中にいかに生活者の意識が反映できるか、これをやはり制度的に、あるいはシステム化する、そういう方向で考えていくべきであって、今回の構造改革法案というのは非常に、一方では評価はできますけれども、他方で、単なる数値目標を掲げただけで制度的な改革がなかったという点、それが果たして構造改革と言えるのか、そういったことを強調いたしまして、私の意見とさせていただきます。
 どうも御清聴ありがとうございました。(拍手)

発言情報

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発言者: 八巻節夫

speaker_id: 6221

日付: 1997-10-30

院: 衆議院

会議名: 財政構造改革の推進等に関する特別委員会