財政構造改革の推進等に関する特別委員会
⚠️ 発言のコピー・転載時は出典元URL(kokkai.ndl.go.jpおよびkokkai-data.com)を必ず残してください。改変・出典削除は禁止です。 詳細は利用規約をご確認ください。
会
会議録情報#0
平成九年十月三十日(木曜日)
午前九時三十分開議
出席委員
委員長 中川 秀直君
理事 甘利 明君 理事 佐田玄一郎君
理事 白川 勝彦君 理事 中山 成彬君
理事 野田 聖子君 理事 北側 一雄君
理事 中井 洽君 理事 海江田万里君
理事 児玉 健次君
浅野 勝人君 今村 雅弘君
小野 晋也君 大石 秀政君
大野 松茂君 木村 隆秀君
熊谷 市雄君 小林 多門君
佐藤 勉君 桜田 義孝君
実川 幸夫君 下村 博文君
菅 義偉君 田中 和徳君
滝 実君 竹本 直一君
谷畑 孝君 戸井田 徹君
中野 正志君 西川 公也君
穂積 良行君 目片 信君
持永 和見君 山口 泰明君
渡辺 具能君 渡辺 博道君
渡辺 喜美君 安倍 基雄君
赤松 正雄君 一川 保夫君
太田 昭宏君 岡田 克也君
左藤 恵君 田端 正広君
谷口 隆義君 中野 清君
西川 知雄君 原口 一博君
池田 元久君 石毛 鍈子君
生方 幸夫君 桑原 豊君
近藤 昭一君 石井 郁子君
古堅 実吉君 矢島 恒夫君
秋葉 忠利君 濱田 健一君
粟屋 敏信君 上田 清司君
北橋 健治君
出席政府委員
大蔵省主計局次
長 藤井 秀人君
委員外の出席者
参 考 人
(野村総合研究
所研究理事) 富田 俊基君
参 考 人
(東洋大学経済
学部教授) 八巻 節夫君
参 考 人
(評 論 家) 佐高 信君
参 考 人
(神戸大学教授) 二宮 厚美君
参 考 人
(一橋大学経済
学部教授) 石 弘光君
参 考 人
(東京工業大学
大学院社会理工
学研究科教授)
大阪大学社会
経済研究所教
授) 小野 善康君
参 考 人
(京都大学経済
学部教授) 吉田 和男君
参 考 人
(経済評論家) 財部 誠一君
財政構造改革の
推進等に関する
特別委員会調査
室長 大西 勉君
―――――――――――――
委員の異動
十月三十日
辞任 補欠選任
大野 松茂君 熊谷 市雄君
実川 幸夫君 戸井田 徹君
竹本 直一君 滝 実君
中野 正志君 今村 雅弘君
西川 公也君 渡辺 具能君
五島 正規君 桑原 豊君
佐々木憲昭君 古堅 実吉君
上田 清司君 北橋 健治君
同日
辞任 補欠選任
今村 雅弘君 下村 博文君
熊谷 市雄君 大野 松茂君
滝 実君 菅 義偉君
戸井田 徹君 実川 幸夫君
渡辺 具能君 山口 泰明君
桑原 豊君 近藤 昭一君
古堅 実吉君 石井 郁子君
北橋 健治君 上田 清司君
同日
辞任 補欠選任
下村 博文君 中野 正志君
菅 義偉君 竹本 直一君
山口 泰明君 西川 公也君
近藤 昭一君 五島 正規君
石井 郁子君 佐々木憲昭君
―――――――――――――
本日の会議に付した案件
財政構造改革の推進に関する特別措置法案(内
閣提出第一号)
漁港法第十七条第三項の規定に基づき、漁港整
備計画の一部変更について承認を求めるの件
(内閣提出、承認第一号)
――――◇―――――
この発言だけを見る →午前九時三十分開議
出席委員
委員長 中川 秀直君
理事 甘利 明君 理事 佐田玄一郎君
理事 白川 勝彦君 理事 中山 成彬君
理事 野田 聖子君 理事 北側 一雄君
理事 中井 洽君 理事 海江田万里君
理事 児玉 健次君
浅野 勝人君 今村 雅弘君
小野 晋也君 大石 秀政君
大野 松茂君 木村 隆秀君
熊谷 市雄君 小林 多門君
佐藤 勉君 桜田 義孝君
実川 幸夫君 下村 博文君
菅 義偉君 田中 和徳君
滝 実君 竹本 直一君
谷畑 孝君 戸井田 徹君
中野 正志君 西川 公也君
穂積 良行君 目片 信君
持永 和見君 山口 泰明君
渡辺 具能君 渡辺 博道君
渡辺 喜美君 安倍 基雄君
赤松 正雄君 一川 保夫君
太田 昭宏君 岡田 克也君
左藤 恵君 田端 正広君
谷口 隆義君 中野 清君
西川 知雄君 原口 一博君
池田 元久君 石毛 鍈子君
生方 幸夫君 桑原 豊君
近藤 昭一君 石井 郁子君
古堅 実吉君 矢島 恒夫君
秋葉 忠利君 濱田 健一君
粟屋 敏信君 上田 清司君
北橋 健治君
出席政府委員
大蔵省主計局次
長 藤井 秀人君
委員外の出席者
参 考 人
(野村総合研究
所研究理事) 富田 俊基君
参 考 人
(東洋大学経済
学部教授) 八巻 節夫君
参 考 人
(評 論 家) 佐高 信君
参 考 人
(神戸大学教授) 二宮 厚美君
参 考 人
(一橋大学経済
学部教授) 石 弘光君
参 考 人
(東京工業大学
大学院社会理工
学研究科教授)
大阪大学社会
経済研究所教
授) 小野 善康君
参 考 人
(京都大学経済
学部教授) 吉田 和男君
参 考 人
(経済評論家) 財部 誠一君
財政構造改革の
推進等に関する
特別委員会調査
室長 大西 勉君
―――――――――――――
委員の異動
十月三十日
辞任 補欠選任
大野 松茂君 熊谷 市雄君
実川 幸夫君 戸井田 徹君
竹本 直一君 滝 実君
中野 正志君 今村 雅弘君
西川 公也君 渡辺 具能君
五島 正規君 桑原 豊君
佐々木憲昭君 古堅 実吉君
上田 清司君 北橋 健治君
同日
辞任 補欠選任
今村 雅弘君 下村 博文君
熊谷 市雄君 大野 松茂君
滝 実君 菅 義偉君
戸井田 徹君 実川 幸夫君
渡辺 具能君 山口 泰明君
桑原 豊君 近藤 昭一君
古堅 実吉君 石井 郁子君
北橋 健治君 上田 清司君
同日
辞任 補欠選任
下村 博文君 中野 正志君
菅 義偉君 竹本 直一君
山口 泰明君 西川 公也君
近藤 昭一君 五島 正規君
石井 郁子君 佐々木憲昭君
―――――――――――――
本日の会議に付した案件
財政構造改革の推進に関する特別措置法案(内
閣提出第一号)
漁港法第十七条第三項の規定に基づき、漁港整
備計画の一部変更について承認を求めるの件
(内閣提出、承認第一号)
――――◇―――――
中
中川秀直#1
○中川委員長 これより会議を開きます。内閣提出、財政構造改革の推進に関する特別措置法案及び漁港法第十七条第三項の規定に基づさ、漁港整備計画の一部変更について承認を求めるの件の両案件を一括して議題といたします。
本日は、財政構造改革について、参考人から意見を聴取いたします。
まず、午前中の参考人として野村総合研究所研究理事富田俊基君、東洋大学経済学部教授八巻節夫君、評論家佐高信君及び神戸大学教授二宮厚美君、以上四名の方々に御出席をいただいております。
この際、御出席の参考人各位に一言ごあいさつを申し上げます。
参考人各位におかれましては、御多用中のところ本委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。参考人各位におかれましては、それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお聞かせいただき、両案件審査の参考にいたしたいと存じますので、よろしくお願いいたします。
次に、議事の順序でありますが、富田参考人、八巻参考人、佐高参考人、二宮参考人の順に、お一人十分程度御意見をお述べいただき、その後、委員の質疑に対してお答えをいただきたいと存じます。
なお、念のため申し上げますが、発言の際は委員長の許可を得ることになっております。また、参考人は委員に対して質疑をすることができないことになっておりますので、あらかじめ御承知おきいただきたいと存じます。
それでは、富田参考人にお願いいたします。
この発言だけを見る →本日は、財政構造改革について、参考人から意見を聴取いたします。
まず、午前中の参考人として野村総合研究所研究理事富田俊基君、東洋大学経済学部教授八巻節夫君、評論家佐高信君及び神戸大学教授二宮厚美君、以上四名の方々に御出席をいただいております。
この際、御出席の参考人各位に一言ごあいさつを申し上げます。
参考人各位におかれましては、御多用中のところ本委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。参考人各位におかれましては、それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお聞かせいただき、両案件審査の参考にいたしたいと存じますので、よろしくお願いいたします。
次に、議事の順序でありますが、富田参考人、八巻参考人、佐高参考人、二宮参考人の順に、お一人十分程度御意見をお述べいただき、その後、委員の質疑に対してお答えをいただきたいと存じます。
なお、念のため申し上げますが、発言の際は委員長の許可を得ることになっております。また、参考人は委員に対して質疑をすることができないことになっておりますので、あらかじめ御承知おきいただきたいと存じます。
それでは、富田参考人にお願いいたします。
富
富田俊基#2
○富田参考人 御指名をいただきました富田俊基でございます。
日本経済と財政運営のあり方について、市場経済と民主主義という我が国の原則に照らして、意見を申し述べさせていただきます。
昭和末期のバブルでかさ上げされた高いところから景気を見ることになれてしまったためでありましょうか、景気が停滞すると大規模な刺激策を繰り返し発動してきた。それにもかかわらず、景気の現状が示すように、持続的な景気回復が可能になったわけではない。結果として、国と地方に巨額の借金が累積し、GDPの九一・二%にもなってしまった。こうした対策を繰り返し、財政再建を先送りすると、我が国が立脚する市場経済と民主主義は危機に陥りかねない。
まず、市場経済の観点から論じる。
現在の日本経済は、冷戦後の世界経済の大きな産業構造変化の中に置かれています。新たに市場経済に参加した国々で労働集約的な財の生産が飛躍的に拡大し、新しい国際分業が模索されている。これに伴って、お手元の資料の図一にごらんのように、本邦製造業の海外生産は急拡大を遂げ始めた。国内では業種によって成長力に大きな差が出ている。景気の底から今日までの間に、資本財の生産は四割も増大した。その一方、消費財の生産は全くふえていない。図二に見るような産業構造の変化は今後とも続くであろう。このため、すべての産業で景気がよくなるということは今後とも考えにくい。さらに、十五歳から六十四歳の生産年齢人口は既に減少に転じている。二ページにごらんのように、我が国の潜在成長率も、八〇年代の四%程度から既に半減したものと推定されます。
こうした環境では、財政支出の拡大や減税という旧来の需要刺激策は効果を持たない。そればかりか、企業経営の甘えを助長し、古い産業構造が温存されるという悪循環をもたらしかねない。
政府は、民間経済を自在にコントロールできるという旧思考を改め、政策の枠組みの根本にまでさかのぼった改革が必要であります。産業構造の転換が促進されるよう、市場経済のダイナミズムを引き出さねばなりません。フェアで透明な競争ルールのもとに、企業の創意工夫と自己責任経営を促す規制緩和が一段と推進されるべきである。
次に、民主主義の観点から財政再建の必要性を論じる。
国債を出しても、借りかえすれば、経済が成長するので将来の利払いは重くないという考え方がある。しかし、三ページの図でごらんのように、一九八〇年以降、主要先進工業国では名目経済成長率の方が金利よりも低いという傾向がおおむね定着している。成長率よりも金利が高いということでございます。所得や税収の伸びよりも借金の元利合計の方が早く膨張することを示しております。所得の伸びが高かった昔とは違って、今国債を発行すると、将来の利払いの負担はますます重くなる。欧米主要国で財政赤字の削減が粛々と行われているのはこのためであろう。
昨年の総選挙、ことしの都議選では、若い世代ほど投票率が低く、高齢者ほど投票率が高いという明確な傾向があった。巨額の財政赤字はこうした投票率の反映であるかもしれない。将来に税負担増をもたらす国債に対して、高齢者ほどそれを許容する傾向が強いと考えられるからであります。あるいは、若年層の高い棄権率は、自分の世代に税と年金の保険料などをどんどん先送りされていることに対する反発であったかもしれない。
いずれにせよ、巨額の財政赤字は、我が国の民主主義が危機に瀕していることを示している。今日の国債増発は、将来世代の政策の選択の幅をますます制約することになります。所得の伸びよりも金利が高い傾向を重視し、財政再建に取り組まねばならない。
さて、本九七年度の当初予算では、国債発行は国債費よりも辛うじて少額にとどまった。現在世代の受益と負担のバランスを図り、新しい財政赤字を追加しない状況になった。この意味では、財政構造改革元年予算と呼ぶことができる。だが、現在の財政構造を放置すると、四ページ目の資料が示すように、財政赤字の対GDP比は異常なまでに上昇し、対外収支も大幅な赤字になる。極めて巨額の双子の赤字に将来転落することになる。
このように、現状を放置すると、国と地方の借金残高が拡大を続けるので、利払い費のGDP比も上昇が続く。将来世代の負担は増大を続ける。そこで、国と地方の借金残高のGDP比をまずは
一定の水準に保つ必要があります。このためには、年々の国と地方の赤字の対GDP比を三%以下にする必要があります。現在その比率は五・四%で、それを二〇〇三年までに三%以下にするというのが財政再建の当面の目標であります。
これを達成するために必要な赤字削減のテンポは、景気の情勢いかんで若干の変動はあり得るとしても、対GDP比で見て年平均〇・四%強であります。このテンポは、我が国の一九七九年から八六年、あるいは九〇年代に入ってからの欧米主要国の削減テンポよりも少しゆっくりしております。しかし、これらに比べて、これからの日本では、高齢化の進展によって、年金、医療などの分野で歳出拡大圧力は格段に大きい。
二〇〇三年までに財政赤字のGDP比が三%以下となっても、財政構造改革が終わるのではない。将来世代の税負担のうち、過去の借金の利払いに充てられる比率を縮小させていくためには、アメリカが二〇〇二年までに達成しようとしているように、毎年の財政赤字をゼロにしなければならない。
これらを実現するためには、財政構造改革の推進に関する特別措置法で、主要経費ごとに歳出に二〇〇〇年までキャップをかけて、歳出削減のための構造改革を推進することが不可欠であります。キャップを超えて歳出が拡大したり、減税によって赤字が拡大することは避けねばならない。
これ以上、安易なカンフル的景気刺激策を続け、将来世代の負担をふやすことはできない。将来世代の国民負担率を五〇%以下に抑えるという方針のもとに、明るい未来を子供たちに残すために、財政構造改革法の成立が急務であります。
御清聴ありがとうございました。拍手
この発言だけを見る →日本経済と財政運営のあり方について、市場経済と民主主義という我が国の原則に照らして、意見を申し述べさせていただきます。
昭和末期のバブルでかさ上げされた高いところから景気を見ることになれてしまったためでありましょうか、景気が停滞すると大規模な刺激策を繰り返し発動してきた。それにもかかわらず、景気の現状が示すように、持続的な景気回復が可能になったわけではない。結果として、国と地方に巨額の借金が累積し、GDPの九一・二%にもなってしまった。こうした対策を繰り返し、財政再建を先送りすると、我が国が立脚する市場経済と民主主義は危機に陥りかねない。
まず、市場経済の観点から論じる。
現在の日本経済は、冷戦後の世界経済の大きな産業構造変化の中に置かれています。新たに市場経済に参加した国々で労働集約的な財の生産が飛躍的に拡大し、新しい国際分業が模索されている。これに伴って、お手元の資料の図一にごらんのように、本邦製造業の海外生産は急拡大を遂げ始めた。国内では業種によって成長力に大きな差が出ている。景気の底から今日までの間に、資本財の生産は四割も増大した。その一方、消費財の生産は全くふえていない。図二に見るような産業構造の変化は今後とも続くであろう。このため、すべての産業で景気がよくなるということは今後とも考えにくい。さらに、十五歳から六十四歳の生産年齢人口は既に減少に転じている。二ページにごらんのように、我が国の潜在成長率も、八〇年代の四%程度から既に半減したものと推定されます。
こうした環境では、財政支出の拡大や減税という旧来の需要刺激策は効果を持たない。そればかりか、企業経営の甘えを助長し、古い産業構造が温存されるという悪循環をもたらしかねない。
政府は、民間経済を自在にコントロールできるという旧思考を改め、政策の枠組みの根本にまでさかのぼった改革が必要であります。産業構造の転換が促進されるよう、市場経済のダイナミズムを引き出さねばなりません。フェアで透明な競争ルールのもとに、企業の創意工夫と自己責任経営を促す規制緩和が一段と推進されるべきである。
次に、民主主義の観点から財政再建の必要性を論じる。
国債を出しても、借りかえすれば、経済が成長するので将来の利払いは重くないという考え方がある。しかし、三ページの図でごらんのように、一九八〇年以降、主要先進工業国では名目経済成長率の方が金利よりも低いという傾向がおおむね定着している。成長率よりも金利が高いということでございます。所得や税収の伸びよりも借金の元利合計の方が早く膨張することを示しております。所得の伸びが高かった昔とは違って、今国債を発行すると、将来の利払いの負担はますます重くなる。欧米主要国で財政赤字の削減が粛々と行われているのはこのためであろう。
昨年の総選挙、ことしの都議選では、若い世代ほど投票率が低く、高齢者ほど投票率が高いという明確な傾向があった。巨額の財政赤字はこうした投票率の反映であるかもしれない。将来に税負担増をもたらす国債に対して、高齢者ほどそれを許容する傾向が強いと考えられるからであります。あるいは、若年層の高い棄権率は、自分の世代に税と年金の保険料などをどんどん先送りされていることに対する反発であったかもしれない。
いずれにせよ、巨額の財政赤字は、我が国の民主主義が危機に瀕していることを示している。今日の国債増発は、将来世代の政策の選択の幅をますます制約することになります。所得の伸びよりも金利が高い傾向を重視し、財政再建に取り組まねばならない。
さて、本九七年度の当初予算では、国債発行は国債費よりも辛うじて少額にとどまった。現在世代の受益と負担のバランスを図り、新しい財政赤字を追加しない状況になった。この意味では、財政構造改革元年予算と呼ぶことができる。だが、現在の財政構造を放置すると、四ページ目の資料が示すように、財政赤字の対GDP比は異常なまでに上昇し、対外収支も大幅な赤字になる。極めて巨額の双子の赤字に将来転落することになる。
このように、現状を放置すると、国と地方の借金残高が拡大を続けるので、利払い費のGDP比も上昇が続く。将来世代の負担は増大を続ける。そこで、国と地方の借金残高のGDP比をまずは
一定の水準に保つ必要があります。このためには、年々の国と地方の赤字の対GDP比を三%以下にする必要があります。現在その比率は五・四%で、それを二〇〇三年までに三%以下にするというのが財政再建の当面の目標であります。
これを達成するために必要な赤字削減のテンポは、景気の情勢いかんで若干の変動はあり得るとしても、対GDP比で見て年平均〇・四%強であります。このテンポは、我が国の一九七九年から八六年、あるいは九〇年代に入ってからの欧米主要国の削減テンポよりも少しゆっくりしております。しかし、これらに比べて、これからの日本では、高齢化の進展によって、年金、医療などの分野で歳出拡大圧力は格段に大きい。
二〇〇三年までに財政赤字のGDP比が三%以下となっても、財政構造改革が終わるのではない。将来世代の税負担のうち、過去の借金の利払いに充てられる比率を縮小させていくためには、アメリカが二〇〇二年までに達成しようとしているように、毎年の財政赤字をゼロにしなければならない。
これらを実現するためには、財政構造改革の推進に関する特別措置法で、主要経費ごとに歳出に二〇〇〇年までキャップをかけて、歳出削減のための構造改革を推進することが不可欠であります。キャップを超えて歳出が拡大したり、減税によって赤字が拡大することは避けねばならない。
これ以上、安易なカンフル的景気刺激策を続け、将来世代の負担をふやすことはできない。将来世代の国民負担率を五〇%以下に抑えるという方針のもとに、明るい未来を子供たちに残すために、財政構造改革法の成立が急務であります。
御清聴ありがとうございました。拍手
中
八
八巻節夫#4
○八巻参考人 東洋大学の八巻でございます。
今回の国の財政構造改革案につきまして、参考人として意見陳述させていただきます。
国の財政が現在危機に瀕しているということは、今や指摘するまでもないことでありまして、またさらに、その借金の体質に加えまして、税金のむだ遣いの実態があちこちから噴出している、こういう状況も非常に日本の将来にとって危機的であるというふうに考えます。こうした実態をとらえて、私たちは国民として一体どのような考え方で臨むべきか、税金というのは一体何なのだということを改めて問い直すような時期に来ているというふうに思います。
このように公的部門の失敗あるいは制度疲労があちこちで起こっていることに対して、私は、税を取る側の論理ではなくて、また、象牙の塔からの単なる理論的な考察ではなくて、納税者及び生活者としての視点から今回の構造改革を評価してみたいと思っております。
私たちにこの事態が迫っているのは、大きな政府か小さな政府かの国民的選択問題であろうと思うのです。それともう一つは、税金の真の意味、経済的な意味というのは何なのだということを問いかけている事態だというふうに考えるわけです。
そのような視点から若干コメントさせていただきますと、三つのアプローチというか切り口があると思うのです。
第一に、今回のこの改革措置法案には随所に数値目標が掲げられております。例えば、国と地方の赤字の対GDP比を三%にするとか、あるいは国民負担率を五〇%以下にするとか、あるいは公共事業費を七%削減するとか。一体このような数値をどのようにしてはじき出したのか、どれだけの説得力があるのか、その裏づけは一体何なのだ、そういうことをちょっと疑問に思いました。
なぜかというと、数値目標というのはもろ刃の剣でございまして、それを掲げること自体は、目標を達成するという具体的なガイドラインができますので、そういう意味では評価できるのですけれども、ただ一方で、数値目標というのは、実体の、生きた経済から離れましてひとり歩きする、こういう危険性がありますので、その場合に、その数値目標には相当確たる根拠が必要であるというふうに考えるわけです。特に、例えば赤字のGDP比が何で三%でなければならないのか。それが何で四%ではいけないのか、あるいは二・五%ではだめなのか、そのあたりが非常に見えてこないわけです。
そこで、例というか教訓といいますか、旧西ドイツの経験をお話し申し上げますと、旧西ドイツでは、赤字を三つのカテゴリー、一つは循環的赤字、もう一つは構造的赤字、そして第三番目に正常赤字という三つのカテゴリーに分けているのです。
わかりにくいのは正常赤字という概念だと思うのですけれども、その正常赤字というのは、要するに、経済が潜在成長で正常に成長しているときにでもなお内在する赤字部分でありまして、成長通貨といいますか、潜在成長に必要な資金の需要部分であるというふうにとらえられるのです。具体的には、潜在成長で正常な状態のときの資源の利用率を例えば九七%だとか九八%とし、それの二%あるいは一%、そういう数字でとらえておりまして、これはもう許容範囲の赤字なのであるということで、そういう概念も使っております。数字の確実性という点ではちょっと疑問がありますけれども、ただ、こういう数字を掲げること自体は非常に意味があるというふうに思っております。
ですから、今回の三%という数字も、そういう正常赤字なのであるよというふうに論評づけてくれるなちば非常に説得性がありまして納得がいくのですけれども、単なる、EUがそう言っているから三%だなんというのでは全く論拠にもならないと思うのです。
また、これに関して第二に言いたいのは、三%に至る道筋が見えてこないということでございます。今の景気をどう見るかということにつきましては非常に論議が分かれるところでありますけれども、ただ、景気の先行きには心配があるけれども、とにかく借金が膨れ上がったので何が何でも三%にするのだというのでは、やはり国民は納得できないのではないかと思うのです。ですから、その三%に至るまでの道筋を明確に国民に示すべきであるというふうに考えます。
例えば、構造的赤字を削減していくわけですけれども、構造的赤字はイコール景気インパクトでございますので、構造的赤字を削減すれば、それは景気インパクトの低下を意味するわけであります。そうであれば、それを補完する何らかの措置をとらなければ、あるいはそれを国民にわかりやすい形で明示しなければ、国民は不安てしょうがないというふうに思うのです。
したがって、この景気インパクトの低下部分をどういうふうにして補って、景気を維持しながら、しかも中長期的には赤字を減らしていくという、これはもういわばジレンマの政策なんですけれども、そういったジレンマの政策でも、こういうふうに道筋をやっていくのだよということが見えてくれば非常にわかりやすい、また納得できるというふうに考えるわけです。
それから、第二番目に指摘しておきたいことは、税金とは何かということなんです。
これは、受益と負担の結びつきを今後も国民はますます強く求めてくるというふうに思います。そのためにも、新しい負担のメニュー、受益と負担を明確にする負担のメニューを開発していかなければならないのではないか。例えば、民営化による私的負担への転換もその一つでありましょう。また、受益者負担の拡大、これは一見、そういうふうに言うと誤解があって、非常にイデオロギー的な色彩になっていますが、私はちょっと違うのではないか。受益者負担というのは、やはり自分が受けたサービスに対する、国民全体とは違った特別なサービスを受けたわけですから、その見返りとしてその利益を吸収するという意味では、適正な負担ではないかというふうに思います。
それから、目的税の再評価。ちょっと時間がなくて説明できませんけれども、質疑のときに説明したいと思いますけれども、それも再評価する価値があるのではないかというふうに思います。
それから、租税か社会負担かという選択問題も考えまして、要するに適正負担という概念、これが今後必要になるし、また、国民も適正負担であるということをもっともっと求めてくるというふうになると思います。
第三番目に、最後になりますが、財政意思形成の質を高めなければならないというふうに思います。
ともかく、今の財政意思形成は、国民不在というか、生活者の意識が全然反映されていないというところがありまして、そのためにも、例えば予算編成のシステムをゼロベース予算、あるいはそこまでいかなくてもサンセット予算方式とか、オンブズマンの拡充であるとか、それから公的部門での市場性の拡充、これを市場テストにかけるということは、それだけ生活者の意識が自動的に反映されるのだと思いますので、その点の可能性の考慮、それから官の役割と民の役割の範囲についての国民的合意形成が必要であるというふうに思います。
いずれにしても、このような財政意思形成過程の中にいかに生活者の意識が反映できるか、これをやはり制度的に、あるいはシステム化する、そういう方向で考えていくべきであって、今回の構造改革法案というのは非常に、一方では評価はできますけれども、他方で、単なる数値目標を掲げただけで制度的な改革がなかったという点、それが果たして構造改革と言えるのか、そういったことを強調いたしまして、私の意見とさせていただきます。
どうも御清聴ありがとうございました。拍手
この発言だけを見る →今回の国の財政構造改革案につきまして、参考人として意見陳述させていただきます。
国の財政が現在危機に瀕しているということは、今や指摘するまでもないことでありまして、またさらに、その借金の体質に加えまして、税金のむだ遣いの実態があちこちから噴出している、こういう状況も非常に日本の将来にとって危機的であるというふうに考えます。こうした実態をとらえて、私たちは国民として一体どのような考え方で臨むべきか、税金というのは一体何なのだということを改めて問い直すような時期に来ているというふうに思います。
このように公的部門の失敗あるいは制度疲労があちこちで起こっていることに対して、私は、税を取る側の論理ではなくて、また、象牙の塔からの単なる理論的な考察ではなくて、納税者及び生活者としての視点から今回の構造改革を評価してみたいと思っております。
私たちにこの事態が迫っているのは、大きな政府か小さな政府かの国民的選択問題であろうと思うのです。それともう一つは、税金の真の意味、経済的な意味というのは何なのだということを問いかけている事態だというふうに考えるわけです。
そのような視点から若干コメントさせていただきますと、三つのアプローチというか切り口があると思うのです。
第一に、今回のこの改革措置法案には随所に数値目標が掲げられております。例えば、国と地方の赤字の対GDP比を三%にするとか、あるいは国民負担率を五〇%以下にするとか、あるいは公共事業費を七%削減するとか。一体このような数値をどのようにしてはじき出したのか、どれだけの説得力があるのか、その裏づけは一体何なのだ、そういうことをちょっと疑問に思いました。
なぜかというと、数値目標というのはもろ刃の剣でございまして、それを掲げること自体は、目標を達成するという具体的なガイドラインができますので、そういう意味では評価できるのですけれども、ただ一方で、数値目標というのは、実体の、生きた経済から離れましてひとり歩きする、こういう危険性がありますので、その場合に、その数値目標には相当確たる根拠が必要であるというふうに考えるわけです。特に、例えば赤字のGDP比が何で三%でなければならないのか。それが何で四%ではいけないのか、あるいは二・五%ではだめなのか、そのあたりが非常に見えてこないわけです。
そこで、例というか教訓といいますか、旧西ドイツの経験をお話し申し上げますと、旧西ドイツでは、赤字を三つのカテゴリー、一つは循環的赤字、もう一つは構造的赤字、そして第三番目に正常赤字という三つのカテゴリーに分けているのです。
わかりにくいのは正常赤字という概念だと思うのですけれども、その正常赤字というのは、要するに、経済が潜在成長で正常に成長しているときにでもなお内在する赤字部分でありまして、成長通貨といいますか、潜在成長に必要な資金の需要部分であるというふうにとらえられるのです。具体的には、潜在成長で正常な状態のときの資源の利用率を例えば九七%だとか九八%とし、それの二%あるいは一%、そういう数字でとらえておりまして、これはもう許容範囲の赤字なのであるということで、そういう概念も使っております。数字の確実性という点ではちょっと疑問がありますけれども、ただ、こういう数字を掲げること自体は非常に意味があるというふうに思っております。
ですから、今回の三%という数字も、そういう正常赤字なのであるよというふうに論評づけてくれるなちば非常に説得性がありまして納得がいくのですけれども、単なる、EUがそう言っているから三%だなんというのでは全く論拠にもならないと思うのです。
また、これに関して第二に言いたいのは、三%に至る道筋が見えてこないということでございます。今の景気をどう見るかということにつきましては非常に論議が分かれるところでありますけれども、ただ、景気の先行きには心配があるけれども、とにかく借金が膨れ上がったので何が何でも三%にするのだというのでは、やはり国民は納得できないのではないかと思うのです。ですから、その三%に至るまでの道筋を明確に国民に示すべきであるというふうに考えます。
例えば、構造的赤字を削減していくわけですけれども、構造的赤字はイコール景気インパクトでございますので、構造的赤字を削減すれば、それは景気インパクトの低下を意味するわけであります。そうであれば、それを補完する何らかの措置をとらなければ、あるいはそれを国民にわかりやすい形で明示しなければ、国民は不安てしょうがないというふうに思うのです。
したがって、この景気インパクトの低下部分をどういうふうにして補って、景気を維持しながら、しかも中長期的には赤字を減らしていくという、これはもういわばジレンマの政策なんですけれども、そういったジレンマの政策でも、こういうふうに道筋をやっていくのだよということが見えてくれば非常にわかりやすい、また納得できるというふうに考えるわけです。
それから、第二番目に指摘しておきたいことは、税金とは何かということなんです。
これは、受益と負担の結びつきを今後も国民はますます強く求めてくるというふうに思います。そのためにも、新しい負担のメニュー、受益と負担を明確にする負担のメニューを開発していかなければならないのではないか。例えば、民営化による私的負担への転換もその一つでありましょう。また、受益者負担の拡大、これは一見、そういうふうに言うと誤解があって、非常にイデオロギー的な色彩になっていますが、私はちょっと違うのではないか。受益者負担というのは、やはり自分が受けたサービスに対する、国民全体とは違った特別なサービスを受けたわけですから、その見返りとしてその利益を吸収するという意味では、適正な負担ではないかというふうに思います。
それから、目的税の再評価。ちょっと時間がなくて説明できませんけれども、質疑のときに説明したいと思いますけれども、それも再評価する価値があるのではないかというふうに思います。
それから、租税か社会負担かという選択問題も考えまして、要するに適正負担という概念、これが今後必要になるし、また、国民も適正負担であるということをもっともっと求めてくるというふうになると思います。
第三番目に、最後になりますが、財政意思形成の質を高めなければならないというふうに思います。
ともかく、今の財政意思形成は、国民不在というか、生活者の意識が全然反映されていないというところがありまして、そのためにも、例えば予算編成のシステムをゼロベース予算、あるいはそこまでいかなくてもサンセット予算方式とか、オンブズマンの拡充であるとか、それから公的部門での市場性の拡充、これを市場テストにかけるということは、それだけ生活者の意識が自動的に反映されるのだと思いますので、その点の可能性の考慮、それから官の役割と民の役割の範囲についての国民的合意形成が必要であるというふうに思います。
いずれにしても、このような財政意思形成過程の中にいかに生活者の意識が反映できるか、これをやはり制度的に、あるいはシステム化する、そういう方向で考えていくべきであって、今回の構造改革法案というのは非常に、一方では評価はできますけれども、他方で、単なる数値目標を掲げただけで制度的な改革がなかったという点、それが果たして構造改革と言えるのか、そういったことを強調いたしまして、私の意見とさせていただきます。
どうも御清聴ありがとうございました。拍手
中
佐
佐高信#6
○佐高参考人 英語にウイッシュリストという言葉があるそうです。国民の願望とか願い、それぞれの願いというのをリストにしたものをウイッシュリストというそうですけれども、予算というのは、本当は国民のウイッシュリスト、こうあつてほしいとか、こういうふうなことをしてもらいたいという願い、願望が込められた、実現されたものが予算だと思うのですけれども、果たして今の予算というのはそういうふうになっているか。
今度の財政構造改革法案の中に公共事業云々という言葉がありますけれども、公共事業というときに、私は公共事業の公共というところにゼネコンとルビを振れと言っているのですけれども、公共事業イコールゼネコン事業みたいな形になって、それを全然疑わない形でいろいろなことが決められている。しかし、公共事業というのは本当にゼネコンだけなのか。ゼネコンイコール公共事業みたいな頭が皆さん方の中にもしみついてしまっているんじゃないか。しかし、本当に公共、パブリックというのは何か。それは、この間の宮城県知事選挙でも、国民の願いとしてやはりおかしい、ゼネコンイコール公共じゃないんだということが非常にストレートな形で突きつけられたのじゃないか。
いわば、ゼネコンのウイッシュリストにはあるかもしれないけれども国民のウイッシュリストにはないダムとか長良川河口堰とか、そういう要らないものをどんどんつくってしまった、そういうところが今の財政構造の危機みたいなものをもたらしていると言うこともできるわけで、その辺のところを、公共云々ということで法案には書いてあるけれども、その公共の中身というのをこれから本当に具体的に検討していかなきゃならないのだろうという感じがします。
だから、社会保障とかODAとかそういうふうに別になっていますけれども、では、そういうのは公共ではないのかということですね。法案を読むと、何かやはり、公共事業というときに頭の中にはゼネコンというふうなものしかないのじゃないかという感じがするわけです。公共というのは、行政というのは、当然公平感とか公正感というものを日常の行政の中にどう反映するかということだと思いますけれども、一つ一つ公平とか公正ということが考えられているのかどうか。
例えば、ちょっと細かい話になりますけれども、この間びっくりしたことがあります。エイズの問題で例の川田龍平さんのお母さんと会って話をしていたら、この七月から新しい薬、七月に承認されたばかりの三種類の薬を飲み始めるということになったんだそうですけれども、その中に、何とミドリ十字が売っている薬が入っている。それを、ミドリ十字によってああいう薬害をこうむった川田君が毎日飲まなきゃならないということですね。
こんなことを厚生省がやっているというか、厚生省がそれを認めた。川田龍平君のお母さんの川田悦子さんが厚生省の審査管理課というところに電話したら、こちらは薬事法に基づいて安全性と有効性を審査し、承認するだけだ、どこが発売するかは会社と会社の契約であって、こちらは関係ないというふうなことを言っているのですけれども、こういう姿勢がまさに薬害エイズを生んだわけです。そのつくった方のブリストル・マイヤーズ社に尋ねると、ミドリ十字が発売したいと言ってきたというふうに言っているわけですね。
だから、公平、公正ということを本当に行政府というのはどう考えているのか。まさに、加害者にまたそういうものでもうけさせるみたいなことが通るということは、あの薬害エイズの教訓などというのは全く酌み取られていないということなんじゃないか。だから、こういう財政構造改革という数字的な問題が日々の行政の中でどう生かされるのかということもあわせて考えないと、単に枠組みをつくっただけでそれでいいというふうなことになってしまうのじゃないか。
防衛費の問題でも、日々のいわば平和への努力というものと絡み合ってその削減が出てくるわけで、こういうふうな日々の平和への努力というふうなものを抜きにして、防衛費が多いとか少ないということをスタティックに論じていいのかという感じもするわけです。
もう一つ、財政というのは当然金融というものと両輪であるわけで、財政と金融というものを関連させて考えるということは当然必要なことですけれども、その場合に、今まで、いわば金融政策の失敗を財政でしりぬぐいするというふうなことが、特に住専問題では見られたわけですね。だから、私は、財政と金融の分離というのは絶対やらなきゃならないことであって、何か国会議員の中で、かつてはあれほど燃え上がった財政と金融の分離という話が、いわば大蔵省あたりに攻め込まれてどんどん後退していくというふうなことはとんでもないことだというふうに思っていますけれども、そういう財政と金融の分離ということも頭に置いた財政構造改革なのかどうかという指摘も私はしておきたいというふうに思うわけです。
住専問題では、ある川柳にこんなのがありました。「国民を無理やり連帯保証人」。「国民を無理やり連帯保証人」というのは、まさに住専問題の本質を一言でついている指摘、川柳だろうというふうに思います。あるいは「通帳のシミかと見れば金利なり」というのがあります。「通帳のシミかと見れば金利なり」、そういうことで公平感、公正感が失われて銀行救済とかそういうふうな話になっているわけで、金融政策と財政というものをどう関連させるのか。だから、財政だけ、ある種格好だけ健全にしておいて、全部それを金融にしりを押しつけるというふうなことではおかしいだろう。ゆがんでくるのじゃないか。
だから、根本にさかのぼって、国民のウイッシュリストというものを、一人一人の議員の皆さんが本当にそれは何なのかということを根本から考えるということがやはり一番必要なんだろう。そうでないと、いわば国家そのものが国民のウイッシュリストから外されるというふうになるのではないかということを申し上げて、私の陳述を終わります。拍手
この発言だけを見る →今度の財政構造改革法案の中に公共事業云々という言葉がありますけれども、公共事業というときに、私は公共事業の公共というところにゼネコンとルビを振れと言っているのですけれども、公共事業イコールゼネコン事業みたいな形になって、それを全然疑わない形でいろいろなことが決められている。しかし、公共事業というのは本当にゼネコンだけなのか。ゼネコンイコール公共事業みたいな頭が皆さん方の中にもしみついてしまっているんじゃないか。しかし、本当に公共、パブリックというのは何か。それは、この間の宮城県知事選挙でも、国民の願いとしてやはりおかしい、ゼネコンイコール公共じゃないんだということが非常にストレートな形で突きつけられたのじゃないか。
いわば、ゼネコンのウイッシュリストにはあるかもしれないけれども国民のウイッシュリストにはないダムとか長良川河口堰とか、そういう要らないものをどんどんつくってしまった、そういうところが今の財政構造の危機みたいなものをもたらしていると言うこともできるわけで、その辺のところを、公共云々ということで法案には書いてあるけれども、その公共の中身というのをこれから本当に具体的に検討していかなきゃならないのだろうという感じがします。
だから、社会保障とかODAとかそういうふうに別になっていますけれども、では、そういうのは公共ではないのかということですね。法案を読むと、何かやはり、公共事業というときに頭の中にはゼネコンというふうなものしかないのじゃないかという感じがするわけです。公共というのは、行政というのは、当然公平感とか公正感というものを日常の行政の中にどう反映するかということだと思いますけれども、一つ一つ公平とか公正ということが考えられているのかどうか。
例えば、ちょっと細かい話になりますけれども、この間びっくりしたことがあります。エイズの問題で例の川田龍平さんのお母さんと会って話をしていたら、この七月から新しい薬、七月に承認されたばかりの三種類の薬を飲み始めるということになったんだそうですけれども、その中に、何とミドリ十字が売っている薬が入っている。それを、ミドリ十字によってああいう薬害をこうむった川田君が毎日飲まなきゃならないということですね。
こんなことを厚生省がやっているというか、厚生省がそれを認めた。川田龍平君のお母さんの川田悦子さんが厚生省の審査管理課というところに電話したら、こちらは薬事法に基づいて安全性と有効性を審査し、承認するだけだ、どこが発売するかは会社と会社の契約であって、こちらは関係ないというふうなことを言っているのですけれども、こういう姿勢がまさに薬害エイズを生んだわけです。そのつくった方のブリストル・マイヤーズ社に尋ねると、ミドリ十字が発売したいと言ってきたというふうに言っているわけですね。
だから、公平、公正ということを本当に行政府というのはどう考えているのか。まさに、加害者にまたそういうものでもうけさせるみたいなことが通るということは、あの薬害エイズの教訓などというのは全く酌み取られていないということなんじゃないか。だから、こういう財政構造改革という数字的な問題が日々の行政の中でどう生かされるのかということもあわせて考えないと、単に枠組みをつくっただけでそれでいいというふうなことになってしまうのじゃないか。
防衛費の問題でも、日々のいわば平和への努力というものと絡み合ってその削減が出てくるわけで、こういうふうな日々の平和への努力というふうなものを抜きにして、防衛費が多いとか少ないということをスタティックに論じていいのかという感じもするわけです。
もう一つ、財政というのは当然金融というものと両輪であるわけで、財政と金融というものを関連させて考えるということは当然必要なことですけれども、その場合に、今まで、いわば金融政策の失敗を財政でしりぬぐいするというふうなことが、特に住専問題では見られたわけですね。だから、私は、財政と金融の分離というのは絶対やらなきゃならないことであって、何か国会議員の中で、かつてはあれほど燃え上がった財政と金融の分離という話が、いわば大蔵省あたりに攻め込まれてどんどん後退していくというふうなことはとんでもないことだというふうに思っていますけれども、そういう財政と金融の分離ということも頭に置いた財政構造改革なのかどうかという指摘も私はしておきたいというふうに思うわけです。
住専問題では、ある川柳にこんなのがありました。「国民を無理やり連帯保証人」。「国民を無理やり連帯保証人」というのは、まさに住専問題の本質を一言でついている指摘、川柳だろうというふうに思います。あるいは「通帳のシミかと見れば金利なり」というのがあります。「通帳のシミかと見れば金利なり」、そういうことで公平感、公正感が失われて銀行救済とかそういうふうな話になっているわけで、金融政策と財政というものをどう関連させるのか。だから、財政だけ、ある種格好だけ健全にしておいて、全部それを金融にしりを押しつけるというふうなことではおかしいだろう。ゆがんでくるのじゃないか。
だから、根本にさかのぼって、国民のウイッシュリストというものを、一人一人の議員の皆さんが本当にそれは何なのかということを根本から考えるということがやはり一番必要なんだろう。そうでないと、いわば国家そのものが国民のウイッシュリストから外されるというふうになるのではないかということを申し上げて、私の陳述を終わります。拍手
中
二
二宮厚美#8
○二宮参考人 神戸大学の二宮でございます。
時間の関係がありますので、財政構造改革法案の問題点、これは多面的に議論しなければいけないと思いますが、差し当たり、私は、国民生活の視点に絞って、以下二つに分けてお話を申し上げたいと思います。
その一つは、法案の全体の形式と申しますか、法案の言葉を使って申し上げますと、全体の構造にかかわる問題点、それからいま一つは、国民生活の視点から見て特に重要と思われる個別的な論点、この二つに分けてそれぞれ三点、問題点を指摘したいと思います。
まず、法案の全体構造にかかわる問題点の第一でありますけれども、今回の法案というのは、よく読んでみますと、その内容に即して言えば、これは財政再建のための方策ないし赤字財政からの脱却の手だてというのを並べたもので、厳密に言いますと、財政の構造全体を見直すといった性格のものではないというのが第一印象であります。
ちなみに、私、広辞苑で調べてまいりましたけれども、構造というのは、その辞書によりますと、諸要素の相互依存ないし対立、矛盾の関係の総称、こういうぐあいに説明をされておりますけれども、これを財政に当てはめて構造改革ということを考える場合には、国家財政全体を構成する諸要素、その相互依存だとか対立、矛盾の仕組みを変えるものでなければならない。
例えば、日本の国家財政につきましては、今の佐高参考人の発言にもございましたように、土建国家であるとかあるいは公共事業優先型とか中央集権型とか、こういうような特徴づけがなされましたし、企業本位か国民本位かといった選択問題とか、また、古典的な命題になりますけれども、バターか大砲かといった選択問題もあったわけであります。これらの特徴づけだとか選択問題に照らして旧来の構造を新しく切りかえるということであれば構造改革の名にふさわしいかと思いますけれども、必ずしもそういうことになっていなくて、構造そのものはそのままにしておいて、いわば守旧型の財政再建策になっている、これが第一の印象であります。例えば、後でも触れますけれども、公共事業優先型というのは基本的に変えられようとしておりません。ですから、これらを全体として見直すということが必要なのではないか、これが第一です。
第二番目は、新聞報道によりますと、この法案の国会審議でもしばしば問題にされてきたと思いますが、今回の法案は、中期にわたって予算の枠組みだとかあるいは性格というものを拘束するために、憲法だとか財政法に基づくいわゆる予算の単年度主義、それから国会の予算審議権、こういうものから逸脱しているのではないか、これが第二番目の印象です。
また、第三十五条を読みますと、自治体に対する国庫負担金だとか補助金について、各省庁ごとの合算額を約一割、集中期間、すなわち今後三年間にわたって削減するように義務づけております。補助金などの一括削減というのは、八〇年代の半ば、十年ほど前でありますけれども、このときにも問題になったことでありますが、国庫負担金だとか補助金というのは、一つ一つ、予算補助であれば予算の性格、それから個別法に基づいて審議すべきことで、これを上から一括削減の方向を出すというのは、やはり、補助金などのおよそ三分の二が社会保障や文教関係の予算で占められておりますから、国民生活から見て非常に大きな影響、ダメージを中期にわたって及ぼすというふうに思います。また、こういう動きは、他方で自治体に対する分権化策というのが打ち出されておりますけれども、その分権の精神に照らしてみてもおかしいのではないか。
その上に、第三番目に、今回の法案といいますのは、社会保障や自治体財政に対しては今述べましたように冷たい一方で、財政再建策としても抜け穴を持っています。これは、例えば、防衛費の抑制からいわゆるSACOの部分の除外を含んでいるとか、あるいは公共事業関係の予算につきましても、よく知られておりますように、総額を圧縮するのではなくて計画期間の延長だけで済ませようとしている。これは総額は確保されるということでありますから、先ほど述べましたように、構造改革に当たらないのではないか、こういうことが全体にかかわる問題点だと思います。
さて、次に、法案の内容にかかわる個別的な論点につきまして、これも同じように三点指摘したいと思います。
まず第一番目は、財政再建に絞りましても、今回の財政危機の克服課題が、よく知られておりますように、何よりも赤字国債の依存からの脱却、ここに求められている。もちろん、赤字国債ゼロという目標それ自体が悪いというわけではありませんけれども、問題なのは、国の発行する赤字国債と、それから例の公共事業と結びついた建設国債との二つの国債のうち、ただ赤字国債だけを問題にして建設国債の発行については口を閉ざす。こういうことになりますと、国債のうち赤字国債は主に教育や社会保障や司法など、一連の経常的な一般歳出の経費に充てられておりますから、建設国債とは公共事業を担保にして発行されておりますから、この二つの国債のうち赤字国債だけを問題視することは、建設国債に関して口をつぐんだまま公共事業はどちらかといえば棚上げ、それから赤字国債の発行とリンクした教育や福祉などの関連予算を中心にして財政削減策が図られる。
すなわち、赤字国債からの脱却というのは、事実上教育だとか社会保障の予算の見直し、この分野に集中してあらわれる、こういう構造を持っているということですね。そういう意味で、国民生活上この歳出削減の標的が社会保障に集中しがちだ、公共事業の見直しなどはどちらかといえば腰砕けに終わっておる、こういう印象が強いということですね。
実際に法案を読んでみますと、財政構造改革のプランでは、道路や空港建設などの公共事業関係の長期計画は、財政規模を絶対的に削減するというのではなくて、予算総額は変えないままその計画期間だけを延長する、こういうことにとどまっておりますし、しかも、物流効率化の名前でもって、道路それから港湾、空港などの重点施策については別枠予算で確保する、こういう政策がとられようとしています。このことは、要するに、赤字国債からの脱却という名前でもって、主に教育、福祉、医療などの国民生活関連分野に集中的な見直しが進行する。だから、事実上旧来型の財政構造の上でスクラップアンドビルドが進行する、こういうことになるのではないかということ、これが第一番目であります。
それから第二番目は、赤字国債からの脱却というのを最優先にいたしますと、しかも短期集中型の財政再建策を進行させようといたしますと、いわゆる財政支出の自然増部分にも容赦なくこれが降りかかってきます。財政支出の量的な抑制、削減というのが、社会保障を中心にした資金の量の削減だけではなくて、自然増を抑制するということになりますと、医療だとか社会保障の構造だとか質にかかわる変化を呼び起こす、これが見逃せない第二の問題点だと思います。
いわば、資金の量的な抑制に基づく社会制度の質的な変化、こういうことが、特に高齢化の進行などを背景にして自然増加部分を多く抱える社会保障や福祉の領域、特に来年度以降は医療の分野において最も鋭くあらわれております。九月一日からの医療制度の改革によりまして既に深刻な影響があらわれておりますけれども、医療が、一種の財政的な兵糧攻めというふうに言ったらいいかと思いますが、そういう効果のもとにさらされようとしている、こういうことになります。ですから、昔から医は仁術というふうに言われてきましたけれども、このままいきますと、医は算術というふうに言わなければならないような事態が生み出されようとしている。
実際に、今回の法案に描かれた社会保障関係の予算の姿を見てみますと、来年度予算では、よく知られておりますように、社会保障の自然増部分が約八千五百億円、そのうち三千億円の増加枠しかこの法案では認められないということになっておりますから、結果としておよそ五千五百億円の財政圧縮が予定されております。政府の説明によりますと、そのうち四千二百億円は医療関係の予算の削減で賄う、こういうふうにされておりますから、今回の法案は医療に対する、いわゆるカットマシンという言葉がありますけれども、そういう性格が強いというふうに言わなければいけない、こういうふうに思います。
しかも、その上に、再来年度以降も社会保障の予算は二%の伸びにとどめる、こういうふうにされております。社会保障の予算に二%を掛けますと、事実上、将来三年間、毎年三千億円しかその増加が認められない、こういうことになりますから、これは比喩を使って申し上げますと、成長盛りの子供の背丈を小さくなった衣服に合わせて切り縮める、あるいは、よく知られている例のプロクルステスの寝台、こういった話に通じるのではないか、こういうことであります。
最後に、第三点目の問題点として、法案の前段の方に書かれてありますけれども、財政改革の法案が、第六条におきまして、財政赤字を含む国民負担率を五〇%以下に抑える、こういうふうにしてあります。これは財政の赤字ということを考える場合に重要な視点ではあろうかと思いますけれども、国民負担率は、社会保障を抑制する際の方便といいますか、一種の切り札として従来からしばしば持ち出されてまいりました。今回も同じでありまして、財政構造改革会議の文章を読んでみますと、こういうふうに書かれてあります。「高齢化のピーク時においても財政構造改革五原則における国民負担率の目標に沿って、安定的に運営出来る社会保障制度を構築する」。だから、社会保障制度が事実上ターゲットになっているということですね。
そういう意味で、再び強調することになりますけれども、国民負担率を振りかざして社会保障に中長期的にしわ寄せをするということは、今回の財政構造改革法案の国民生活から見た最大の問題点として見逃せないということを申し上げまして、私の意見にしたいと思います。拍手
この発言だけを見る →時間の関係がありますので、財政構造改革法案の問題点、これは多面的に議論しなければいけないと思いますが、差し当たり、私は、国民生活の視点に絞って、以下二つに分けてお話を申し上げたいと思います。
その一つは、法案の全体の形式と申しますか、法案の言葉を使って申し上げますと、全体の構造にかかわる問題点、それからいま一つは、国民生活の視点から見て特に重要と思われる個別的な論点、この二つに分けてそれぞれ三点、問題点を指摘したいと思います。
まず、法案の全体構造にかかわる問題点の第一でありますけれども、今回の法案というのは、よく読んでみますと、その内容に即して言えば、これは財政再建のための方策ないし赤字財政からの脱却の手だてというのを並べたもので、厳密に言いますと、財政の構造全体を見直すといった性格のものではないというのが第一印象であります。
ちなみに、私、広辞苑で調べてまいりましたけれども、構造というのは、その辞書によりますと、諸要素の相互依存ないし対立、矛盾の関係の総称、こういうぐあいに説明をされておりますけれども、これを財政に当てはめて構造改革ということを考える場合には、国家財政全体を構成する諸要素、その相互依存だとか対立、矛盾の仕組みを変えるものでなければならない。
例えば、日本の国家財政につきましては、今の佐高参考人の発言にもございましたように、土建国家であるとかあるいは公共事業優先型とか中央集権型とか、こういうような特徴づけがなされましたし、企業本位か国民本位かといった選択問題とか、また、古典的な命題になりますけれども、バターか大砲かといった選択問題もあったわけであります。これらの特徴づけだとか選択問題に照らして旧来の構造を新しく切りかえるということであれば構造改革の名にふさわしいかと思いますけれども、必ずしもそういうことになっていなくて、構造そのものはそのままにしておいて、いわば守旧型の財政再建策になっている、これが第一の印象であります。例えば、後でも触れますけれども、公共事業優先型というのは基本的に変えられようとしておりません。ですから、これらを全体として見直すということが必要なのではないか、これが第一です。
第二番目は、新聞報道によりますと、この法案の国会審議でもしばしば問題にされてきたと思いますが、今回の法案は、中期にわたって予算の枠組みだとかあるいは性格というものを拘束するために、憲法だとか財政法に基づくいわゆる予算の単年度主義、それから国会の予算審議権、こういうものから逸脱しているのではないか、これが第二番目の印象です。
また、第三十五条を読みますと、自治体に対する国庫負担金だとか補助金について、各省庁ごとの合算額を約一割、集中期間、すなわち今後三年間にわたって削減するように義務づけております。補助金などの一括削減というのは、八〇年代の半ば、十年ほど前でありますけれども、このときにも問題になったことでありますが、国庫負担金だとか補助金というのは、一つ一つ、予算補助であれば予算の性格、それから個別法に基づいて審議すべきことで、これを上から一括削減の方向を出すというのは、やはり、補助金などのおよそ三分の二が社会保障や文教関係の予算で占められておりますから、国民生活から見て非常に大きな影響、ダメージを中期にわたって及ぼすというふうに思います。また、こういう動きは、他方で自治体に対する分権化策というのが打ち出されておりますけれども、その分権の精神に照らしてみてもおかしいのではないか。
その上に、第三番目に、今回の法案といいますのは、社会保障や自治体財政に対しては今述べましたように冷たい一方で、財政再建策としても抜け穴を持っています。これは、例えば、防衛費の抑制からいわゆるSACOの部分の除外を含んでいるとか、あるいは公共事業関係の予算につきましても、よく知られておりますように、総額を圧縮するのではなくて計画期間の延長だけで済ませようとしている。これは総額は確保されるということでありますから、先ほど述べましたように、構造改革に当たらないのではないか、こういうことが全体にかかわる問題点だと思います。
さて、次に、法案の内容にかかわる個別的な論点につきまして、これも同じように三点指摘したいと思います。
まず第一番目は、財政再建に絞りましても、今回の財政危機の克服課題が、よく知られておりますように、何よりも赤字国債の依存からの脱却、ここに求められている。もちろん、赤字国債ゼロという目標それ自体が悪いというわけではありませんけれども、問題なのは、国の発行する赤字国債と、それから例の公共事業と結びついた建設国債との二つの国債のうち、ただ赤字国債だけを問題にして建設国債の発行については口を閉ざす。こういうことになりますと、国債のうち赤字国債は主に教育や社会保障や司法など、一連の経常的な一般歳出の経費に充てられておりますから、建設国債とは公共事業を担保にして発行されておりますから、この二つの国債のうち赤字国債だけを問題視することは、建設国債に関して口をつぐんだまま公共事業はどちらかといえば棚上げ、それから赤字国債の発行とリンクした教育や福祉などの関連予算を中心にして財政削減策が図られる。
すなわち、赤字国債からの脱却というのは、事実上教育だとか社会保障の予算の見直し、この分野に集中してあらわれる、こういう構造を持っているということですね。そういう意味で、国民生活上この歳出削減の標的が社会保障に集中しがちだ、公共事業の見直しなどはどちらかといえば腰砕けに終わっておる、こういう印象が強いということですね。
実際に法案を読んでみますと、財政構造改革のプランでは、道路や空港建設などの公共事業関係の長期計画は、財政規模を絶対的に削減するというのではなくて、予算総額は変えないままその計画期間だけを延長する、こういうことにとどまっておりますし、しかも、物流効率化の名前でもって、道路それから港湾、空港などの重点施策については別枠予算で確保する、こういう政策がとられようとしています。このことは、要するに、赤字国債からの脱却という名前でもって、主に教育、福祉、医療などの国民生活関連分野に集中的な見直しが進行する。だから、事実上旧来型の財政構造の上でスクラップアンドビルドが進行する、こういうことになるのではないかということ、これが第一番目であります。
それから第二番目は、赤字国債からの脱却というのを最優先にいたしますと、しかも短期集中型の財政再建策を進行させようといたしますと、いわゆる財政支出の自然増部分にも容赦なくこれが降りかかってきます。財政支出の量的な抑制、削減というのが、社会保障を中心にした資金の量の削減だけではなくて、自然増を抑制するということになりますと、医療だとか社会保障の構造だとか質にかかわる変化を呼び起こす、これが見逃せない第二の問題点だと思います。
いわば、資金の量的な抑制に基づく社会制度の質的な変化、こういうことが、特に高齢化の進行などを背景にして自然増加部分を多く抱える社会保障や福祉の領域、特に来年度以降は医療の分野において最も鋭くあらわれております。九月一日からの医療制度の改革によりまして既に深刻な影響があらわれておりますけれども、医療が、一種の財政的な兵糧攻めというふうに言ったらいいかと思いますが、そういう効果のもとにさらされようとしている、こういうことになります。ですから、昔から医は仁術というふうに言われてきましたけれども、このままいきますと、医は算術というふうに言わなければならないような事態が生み出されようとしている。
実際に、今回の法案に描かれた社会保障関係の予算の姿を見てみますと、来年度予算では、よく知られておりますように、社会保障の自然増部分が約八千五百億円、そのうち三千億円の増加枠しかこの法案では認められないということになっておりますから、結果としておよそ五千五百億円の財政圧縮が予定されております。政府の説明によりますと、そのうち四千二百億円は医療関係の予算の削減で賄う、こういうふうにされておりますから、今回の法案は医療に対する、いわゆるカットマシンという言葉がありますけれども、そういう性格が強いというふうに言わなければいけない、こういうふうに思います。
しかも、その上に、再来年度以降も社会保障の予算は二%の伸びにとどめる、こういうふうにされております。社会保障の予算に二%を掛けますと、事実上、将来三年間、毎年三千億円しかその増加が認められない、こういうことになりますから、これは比喩を使って申し上げますと、成長盛りの子供の背丈を小さくなった衣服に合わせて切り縮める、あるいは、よく知られている例のプロクルステスの寝台、こういった話に通じるのではないか、こういうことであります。
最後に、第三点目の問題点として、法案の前段の方に書かれてありますけれども、財政改革の法案が、第六条におきまして、財政赤字を含む国民負担率を五〇%以下に抑える、こういうふうにしてあります。これは財政の赤字ということを考える場合に重要な視点ではあろうかと思いますけれども、国民負担率は、社会保障を抑制する際の方便といいますか、一種の切り札として従来からしばしば持ち出されてまいりました。今回も同じでありまして、財政構造改革会議の文章を読んでみますと、こういうふうに書かれてあります。「高齢化のピーク時においても財政構造改革五原則における国民負担率の目標に沿って、安定的に運営出来る社会保障制度を構築する」。だから、社会保障制度が事実上ターゲットになっているということですね。
そういう意味で、再び強調することになりますけれども、国民負担率を振りかざして社会保障に中長期的にしわ寄せをするということは、今回の財政構造改革法案の国民生活から見た最大の問題点として見逃せないということを申し上げまして、私の意見にしたいと思います。拍手
中
中
小
小野晋也#11
○小野委員 きょうは、四名の大変お忙しい参考人の皆さんには、この場にお見えをいただいて、委員の立場からもまず御礼を申し上げたいと思います。
きょうは、大変時間が短い中での議論でございますから細かなところにはなかなか踏み込めないと思いますので、これだけ広い御見識をお持ちの諸先生方でございますから、少し大きな視点からいろいろと御教示を賜りたいと思う次第でございます。
実は、この財政再建をめぐりましての委員会質疑を私も聞かせていただきながら、皆さん方が国家の危機ということを訴えられているのでございます。その国家の危機に対して、いろいろな立場立場によりまして方策が随分違う。これがどういう立場から出てくるんだろうということを考えますと、私は、基本的には歴史観の問題というものを無視できないような気持ちがしてならないのでございます。
同じような状況の中にありながら、ある民族においてはその危機をうまく乗り切るわけでありますが、ほかの民族においてはそれが滅亡の道につながる。まさに、世界の歴史を振り返ってみるならば、国家の興隆と衰亡の歴史が延々と数千年の問続けられてきたわけでございまして、このあたりの国家としての歴史観、日本としてこの時代にどういう考え方を基本的に採用していくかということが大きく問われる議論が、当委員会で展開されてきたという気持ちがするわけでございます。
そこで、先生方にお尋ねをさせていただきたいと思いますのは、財政赤字が拡大して国家財政が大変困難な状況に陥っているということは、これは事実として現在私たちの前に存在するわけでございますが、こういう財政赤字の拡大というのが多くの国家や文明においてどういうふうにその先をつくっていくのか。どういうふうに動いていった歴史が存在するのだろう。これもいろいろなお考え方に立たれて先生方御研究しておられる問題であろうと思いますが、何かこういうふうなことなんじゃないかというような先生方のお知恵がございましたら、一つずつで結構でございますから、四人の先生方からその点をお伺いしたいと思います。よろしくお願いいたします。
この発言だけを見る →きょうは、大変時間が短い中での議論でございますから細かなところにはなかなか踏み込めないと思いますので、これだけ広い御見識をお持ちの諸先生方でございますから、少し大きな視点からいろいろと御教示を賜りたいと思う次第でございます。
実は、この財政再建をめぐりましての委員会質疑を私も聞かせていただきながら、皆さん方が国家の危機ということを訴えられているのでございます。その国家の危機に対して、いろいろな立場立場によりまして方策が随分違う。これがどういう立場から出てくるんだろうということを考えますと、私は、基本的には歴史観の問題というものを無視できないような気持ちがしてならないのでございます。
同じような状況の中にありながら、ある民族においてはその危機をうまく乗り切るわけでありますが、ほかの民族においてはそれが滅亡の道につながる。まさに、世界の歴史を振り返ってみるならば、国家の興隆と衰亡の歴史が延々と数千年の問続けられてきたわけでございまして、このあたりの国家としての歴史観、日本としてこの時代にどういう考え方を基本的に採用していくかということが大きく問われる議論が、当委員会で展開されてきたという気持ちがするわけでございます。
そこで、先生方にお尋ねをさせていただきたいと思いますのは、財政赤字が拡大して国家財政が大変困難な状況に陥っているということは、これは事実として現在私たちの前に存在するわけでございますが、こういう財政赤字の拡大というのが多くの国家や文明においてどういうふうにその先をつくっていくのか。どういうふうに動いていった歴史が存在するのだろう。これもいろいろなお考え方に立たれて先生方御研究しておられる問題であろうと思いますが、何かこういうふうなことなんじゃないかというような先生方のお知恵がございましたら、一つずつで結構でございますから、四人の先生方からその点をお伺いしたいと思います。よろしくお願いいたします。
富
富田俊基#12
○富田参考人 財政赤字が歴史的にどういう影響を与えてきたかという極めて大きな問題指摘でございますが、かつて、極めて古い時代、極めて我々にとって不幸な時代には、財政赤字が拡大すると中央銀行が国債を買ってインフレをもたらしてしまうということが、これまでの、財政赤字が極めて巨額になったときの我々人類が参考とすべき事象だと思うのです。これは、私の知る事例では洋の東西を問いません。当時はやはり金融・資本市場も未発達でございまして、国債がたくさん出ると中央銀行がそれを購入して、そして軍事費等に用いるということがどの国でもなされてまいりまして、結局はインフレによってこれまでの借金を帳消しにしようということであったかと思うのです。これは極めて不幸な時代であり、市場経済も発展していなかった時代でございます。
では、市場経済が発展してからはどうか、資本市場が発展してからはどうかということで見ますと、国債が大量に発行されますと、国債というのは市場金利のいかんを問わずに市場から資金を調達するものでございます。それでもって金利が上昇するということが生じます。この金利は名目金利ということで、今ですと二%程度というのが長期の金利であるわけですけれども、実質ベースでとらえるということが重要であろうかと思います。つまり、物価上昇率を割り引いてとらえるという実質金利でございます。国債が大量に発行され、累憎いたしますと、実質金利が上昇する。それでもって民間企業の設備投資や個人の住宅投資が阻害されるというのが戦後の主要国の経験であったかと思います。これに対して、人類の知恵はまだなかなか七〇年代までは先進主要国におきましても定まらず、景気が悪いと財政赤字を拡大させるような減税を行ったり、さまざまな支出を拡大してまいりました。
しかしながら、とりわけ実質金利が上昇するということを経験いたしましてからは、先進主要国は、不況期と申しますか景気後退期において大きな改革を行うというふうに変わってまいりました。その背景は、先ほどグラフでお示しいたしましたけれども、所得の伸びよりも金利が高いという状態を認識したというものだと思います。
具体的に申し上げますと、米国では、不況期といいますか景気後退期、九〇年、九一年が景気後退期だったわけですけれども、そのときに、財政支出の削減と増税を内容といたします包括財政調整法、OBRAというふうに略称されておりますけれども、それを制定いたしました。九〇年でございます。
それから、ドイツでございますけれども、ドイツでは九二年から九四年というのが景気後退期でございました。その中で、九四年の初めに成長と雇用の創出計画というものを作成いたしました。それは、財政支出を削減する、そして増税を行う、財政面から見ればこういう内容でございますけれども、具体的には、付加価値税を引き上げる、そして法人税率は引き下げるのですけれども、課税ベースの拡大で税収中立の中で法人税を引き上げたのが九四年のドイツの計画でございます。そして規制緩和政策としても、小売業の店舗の営業時間の自由化といったこと、さらには中小企業や技術促進のための規制緩和ということを行っております。
フランスにおきましても、九二年から九五年が景気後退期であったわけでございます。それで、九三年五月に経済社会再建プログラムというものを発表しております。これも景気後退期の中で発表しているわけですけれども、それは赤字削減を行うということでございます。一方で、歳出は雇用政策や住宅政策で拡大しておるわけですけれども、増税を行っております。
私は、人類は、これまでいろいろ経験してきたわけですが、これまでの不幸な歴史を踏まえて、今先進国が景気が悪い中でも長期的に財政再建を進めることが各国経済の発展につながるという認識に立ち至ったものと考えております。
繰り返しになりますが、アメリカも景気の悪いときに、GDP比で五%であった国防費を三・五%に引き下げていくということを計画したわけでございまして、これあたかも、我が国が財政構造改革として公共事業の対GDP比を六・五%から五%に下げていくというものと非常に似た現象であるように思うのです。そういう中で、アメリカは規制緩和を進めて着々と新しい産業が育ってきているというふうに思っております。
この発言だけを見る →では、市場経済が発展してからはどうか、資本市場が発展してからはどうかということで見ますと、国債が大量に発行されますと、国債というのは市場金利のいかんを問わずに市場から資金を調達するものでございます。それでもって金利が上昇するということが生じます。この金利は名目金利ということで、今ですと二%程度というのが長期の金利であるわけですけれども、実質ベースでとらえるということが重要であろうかと思います。つまり、物価上昇率を割り引いてとらえるという実質金利でございます。国債が大量に発行され、累憎いたしますと、実質金利が上昇する。それでもって民間企業の設備投資や個人の住宅投資が阻害されるというのが戦後の主要国の経験であったかと思います。これに対して、人類の知恵はまだなかなか七〇年代までは先進主要国におきましても定まらず、景気が悪いと財政赤字を拡大させるような減税を行ったり、さまざまな支出を拡大してまいりました。
しかしながら、とりわけ実質金利が上昇するということを経験いたしましてからは、先進主要国は、不況期と申しますか景気後退期において大きな改革を行うというふうに変わってまいりました。その背景は、先ほどグラフでお示しいたしましたけれども、所得の伸びよりも金利が高いという状態を認識したというものだと思います。
具体的に申し上げますと、米国では、不況期といいますか景気後退期、九〇年、九一年が景気後退期だったわけですけれども、そのときに、財政支出の削減と増税を内容といたします包括財政調整法、OBRAというふうに略称されておりますけれども、それを制定いたしました。九〇年でございます。
それから、ドイツでございますけれども、ドイツでは九二年から九四年というのが景気後退期でございました。その中で、九四年の初めに成長と雇用の創出計画というものを作成いたしました。それは、財政支出を削減する、そして増税を行う、財政面から見ればこういう内容でございますけれども、具体的には、付加価値税を引き上げる、そして法人税率は引き下げるのですけれども、課税ベースの拡大で税収中立の中で法人税を引き上げたのが九四年のドイツの計画でございます。そして規制緩和政策としても、小売業の店舗の営業時間の自由化といったこと、さらには中小企業や技術促進のための規制緩和ということを行っております。
フランスにおきましても、九二年から九五年が景気後退期であったわけでございます。それで、九三年五月に経済社会再建プログラムというものを発表しております。これも景気後退期の中で発表しているわけですけれども、それは赤字削減を行うということでございます。一方で、歳出は雇用政策や住宅政策で拡大しておるわけですけれども、増税を行っております。
私は、人類は、これまでいろいろ経験してきたわけですが、これまでの不幸な歴史を踏まえて、今先進国が景気が悪い中でも長期的に財政再建を進めることが各国経済の発展につながるという認識に立ち至ったものと考えております。
繰り返しになりますが、アメリカも景気の悪いときに、GDP比で五%であった国防費を三・五%に引き下げていくということを計画したわけでございまして、これあたかも、我が国が財政構造改革として公共事業の対GDP比を六・五%から五%に下げていくというものと非常に似た現象であるように思うのです。そういう中で、アメリカは規制緩和を進めて着々と新しい産業が育ってきているというふうに思っております。
八
八巻節夫#13
○八巻参考人 国債発行の経済的な効果というのはまた別にいたしまして、求められている質問というのは、時代の流れの中で公債の発行あるいは財政の規模の拡大というものは一体どういう意味を持っているのかということでお話し申し上げますと、アダム・スミスというか、十八世紀後半の時代、資本主義がよちよち歩きを始めた時代には、御承知のように自由主義経済思想の浸透していた時代でありまして、とにかく公債は即悪であるという考え方でありまして、全体の国民経済を公共部門と民間部門に分けますと、公共部門というのはもう一〇%ぐらいであった。その背後には自由経済思想があったわけですね。
ところが、その資本主義が希望に燃えて出発していったわけですけれども、その資本主義が今度はさまざまな矛盾、宿命みたいなもの、宿業みたいなものを出してくるわけです。それは一つは貧富の差でありまして、十九世紀後半に、そのような社会的な問題として福祉を重視しなければならない、そういうことでこの公的部門が今度は拡大してくるわけです。さらに、二十世紀初頭には、ケインズの、いわゆる景気政策としての公債を使っていくという、公債は悪ではないのである、そういうものが広まっていきまして、景気のカンフル剤として公債を使っていくということでさらに公的部門が拡大していくわけですね。
しかし、ここに至りまして、これは世界的に軌を一にしまして、サッチャーやレーガン、あるいは我が日本では中曽根政権時代ですね、そういう時代に至りまして、ちょっと待てよと。市場失敗があったために公的部門が拡大したけれども、しかし今度は、公的な部門での失敗、政府の失敗が明らかになって、公的部門の拡大は民間経済を非常に疲弊させるし、また、公共の部門の拡大は非能率性やあるいはむだ遣いが噴出する。そういったことで、この境界線を今度ディレギュレーションや小さな政府という形で逆戻りさせるという動きになっていると思うのです。
ですから、時代の大きな流れでとらえれば、民間経済と公共部門の境界線のせめぎ合いが歴史をつくってきたのではないかというふうに推察しております。
この発言だけを見る →ところが、その資本主義が希望に燃えて出発していったわけですけれども、その資本主義が今度はさまざまな矛盾、宿命みたいなもの、宿業みたいなものを出してくるわけです。それは一つは貧富の差でありまして、十九世紀後半に、そのような社会的な問題として福祉を重視しなければならない、そういうことでこの公的部門が今度は拡大してくるわけです。さらに、二十世紀初頭には、ケインズの、いわゆる景気政策としての公債を使っていくという、公債は悪ではないのである、そういうものが広まっていきまして、景気のカンフル剤として公債を使っていくということでさらに公的部門が拡大していくわけですね。
しかし、ここに至りまして、これは世界的に軌を一にしまして、サッチャーやレーガン、あるいは我が日本では中曽根政権時代ですね、そういう時代に至りまして、ちょっと待てよと。市場失敗があったために公的部門が拡大したけれども、しかし今度は、公的な部門での失敗、政府の失敗が明らかになって、公的部門の拡大は民間経済を非常に疲弊させるし、また、公共の部門の拡大は非能率性やあるいはむだ遣いが噴出する。そういったことで、この境界線を今度ディレギュレーションや小さな政府という形で逆戻りさせるという動きになっていると思うのです。
ですから、時代の大きな流れでとらえれば、民間経済と公共部門の境界線のせめぎ合いが歴史をつくってきたのではないかというふうに推察しております。
小
小野晋也#14
○小野委員 この調子でやりますと質問時間がなくなるという御指摘をいただきましたので、ちょっと絞らしていただいて質問さしていただきたいと思います。
佐高先生に御質問さしていただきたいと思うのです。
今先生からは川柳で、「国民を無理やり連帯保証人」とか「通帳のシミかと見れば金利なり」、こういうふうなものを御紹介いただいたわけでございますが、私ども、今の政治をやっております中で、例えがこれは適切かどうかわかりませんが、「色男金と力はなかりけり」の悲哀を日本政治の中で感じ始めてきているというところが実はあるわけでございます。
金のない中で国民からは力を期待され、そして景気を浮上させ、日本が二十一世紀に対して雄々しく国として成長していくように、また新しく展開するように期待される割に、その金と力を振るうことが難しいというような状況であるわけでございますが、今回のこの財政特の委員会の議論の中で大きく分かれてまいりましたのが、こういう状態の中にあって果たしてこれ以上財政支出をやるべきなのか、または財政をやはり緊縮すべきなのか。これはもう先ほど二人の参考人の先生方からのお話もあったわけでございますが、この点に絞って、佐高先生、どういうお考えをお持ちになっておられるのが御指摘をいただければと思います。
この発言だけを見る →佐高先生に御質問さしていただきたいと思うのです。
今先生からは川柳で、「国民を無理やり連帯保証人」とか「通帳のシミかと見れば金利なり」、こういうふうなものを御紹介いただいたわけでございますが、私ども、今の政治をやっております中で、例えがこれは適切かどうかわかりませんが、「色男金と力はなかりけり」の悲哀を日本政治の中で感じ始めてきているというところが実はあるわけでございます。
金のない中で国民からは力を期待され、そして景気を浮上させ、日本が二十一世紀に対して雄々しく国として成長していくように、また新しく展開するように期待される割に、その金と力を振るうことが難しいというような状況であるわけでございますが、今回のこの財政特の委員会の議論の中で大きく分かれてまいりましたのが、こういう状態の中にあって果たしてこれ以上財政支出をやるべきなのか、または財政をやはり緊縮すべきなのか。これはもう先ほど二人の参考人の先生方からのお話もあったわけでございますが、この点に絞って、佐高先生、どういうお考えをお持ちになっておられるのが御指摘をいただければと思います。
佐
佐高信#15
○佐高参考人 色男というのは自称色男だと思いますけれども、さっきの御質問を聞きながら私思ったのは、斎藤隆夫という人のことを思っていたわけですね。斎藤隆夫の粛軍演説というのがありましたけれども、そのくらいいわば議員の方がさまざまな抵抗を押して緊縮の方向に走るのかどうか。それで、緊縮そのものがすべていいというふうには私も思いませんし、どこを緊縮して、どこは緊縮しないのかということなんだろうと思います。
それと、いわば国家像と国民の思いというのは、幸福に結びついていればいいんですけれども、それがずれているわけですね。私は、かつて、国家と会社をそのまま一緒にはできませんけれども、会社は富むけれども社員は貧しいという社富貴貧という言葉をつくったことがあるのですけれども、それに例えますと、国富民貧というのはまたよろしくないわけで、逆に国貧民富というものもいいのかどうかということですね。だから、お答えはなかなか難しいのですけれども、今時代は違うということがありますけれども、斎藤隆夫ぐらいの気概を持って、族議員がどのくらい来ても絶対押し切るんだというようなものがあるのかどうか、そういうところがポイントじゃないかというふうに思います。
この発言だけを見る →それと、いわば国家像と国民の思いというのは、幸福に結びついていればいいんですけれども、それがずれているわけですね。私は、かつて、国家と会社をそのまま一緒にはできませんけれども、会社は富むけれども社員は貧しいという社富貴貧という言葉をつくったことがあるのですけれども、それに例えますと、国富民貧というのはまたよろしくないわけで、逆に国貧民富というものもいいのかどうかということですね。だから、お答えはなかなか難しいのですけれども、今時代は違うということがありますけれども、斎藤隆夫ぐらいの気概を持って、族議員がどのくらい来ても絶対押し切るんだというようなものがあるのかどうか、そういうところがポイントじゃないかというふうに思います。
小
小野晋也#16
○小野委員 佐高参考人の今の御答弁に関係するわけでございますが、二宮参考人にお尋ねしたいと思います。
二宮参考人の方からは、かなり広範にわたって今回の財政再建の法案についての疑問点が指摘をなされました。その要点を考えますと、要するに、旧来の考え方の延長線上でこの改革をやろうと言ってもだめなのではないかということになるのではないかと思うわけでございますが、それに対しまして、今の参考人からのお話の中には、新しいビジョンはこういうビジョンになるのではないかという提起が、福祉の部分について少し触れていただいた部分があったわけでございますが、全体的に、ではこうしたらというような御提言については実は余り感ずるものを持たなかったわけでございます。短い時間の御説明でございましたから触れることができなかった点もあろうと思いますけれども、二宮参考人は、こういう国が二十一世紀の日本の国なのではないかというようなお考えをお持ちのことがございましたら、この点御示唆をいただきたいと思います。
この発言だけを見る →二宮参考人の方からは、かなり広範にわたって今回の財政再建の法案についての疑問点が指摘をなされました。その要点を考えますと、要するに、旧来の考え方の延長線上でこの改革をやろうと言ってもだめなのではないかということになるのではないかと思うわけでございますが、それに対しまして、今の参考人からのお話の中には、新しいビジョンはこういうビジョンになるのではないかという提起が、福祉の部分について少し触れていただいた部分があったわけでございますが、全体的に、ではこうしたらというような御提言については実は余り感ずるものを持たなかったわけでございます。短い時間の御説明でございましたから触れることができなかった点もあろうと思いますけれども、二宮参考人は、こういう国が二十一世紀の日本の国なのではないかというようなお考えをお持ちのことがございましたら、この点御示唆をいただきたいと思います。
二
二宮厚美#17
○二宮参考人 最初の質問にも答えようと思っていたのですが、あわせて申し上げたいと思います。簡潔に申し上げます。
伝統的には、歴史観の問題をお話しになりましたけれども、財政危機の問題は、財政学では国家破産論としてこれまで議論されてきたわけです。国家破産的状況になったときに最も手っ取り早いのは、これはフランス革命であるとか、あるいは第一次大戦後のドイツだとか、あるいはロシアで問題になったことで、ケインズが主張しましたけれども、いわゆる借金棒引き論ですね。すなわち、破産というのは要するに借金棒引きが一番簡単なので、これをやれというのが例えばケインズの主張であったわけですね。これは日本ではやれないと思います。
第二番目は、先ほど参考人から意見がありましたようにマイルドなインフレーションで、これは債務の安楽死ですね。徐々に社会全体に物価を上昇させて債務の目減りを図っていく、こういうやり方ももちろんあるわけでありますが、そして日本でも進む可能性があると思いますが、これが第二のパターン。
それから第三番目は、歳入の確保と財政の圧縮。この第三の方向が普通行われていることで、これは先ほど幾つか紹介があったとおりです。
私が申し上げたいのは、その際に、国家破産的状況になりますと、例えば借金の棒引き論というのが出てくる背景、なぜ国家破産の状態になったのか、ここの分析が非常に重要で、大体大づかみに申し上げますと、フランス革命から第一次大戦、第二次世界大戦後まで一貫して、一つは戦争と結びついている、すなわち軍事と結びついて国家破産状態になるケースが非常に多いということと、いま一つは財政の浪費ですね。古い体制でありますと、アンシャンレジームのいわゆる上層部分の浪費が財政危機を招く。これが原因になりますから、浪費というものを抑制することと、それから戦争のツケを断ち切るということが、これまでの歴史上、国家破産状態になったときの解決策として提示をされてきたわけです。
私は、その歴史的な教訓、先ほど歴史観ということが言われましたので、その点を踏まえて、例えば現代の日本の財政危機は、今回の法案でも問題になっておりますように、世界一というふうに言っていいかもしれない。しかし、社会保障の水準だとか医療の水準は世界一とはとても言えないわけで、要するに先進国の中でも最下位のグループだ。つまり、財政の危機は世界一だけれども、社会保障の水準は世界一でも何でもない、最下位グループに属する。この二つを強引に結びつけて、財政危機の原因は社会保障にあるというのは全くの間違いであって、これは論理的に実証できない。
したがって、原因を確かめなければいけないわけでありますが、その原因を幾つか挙げることはきょうはいたしませんけれども、要するに、健全な財政を生み出すための健全な富の源泉、すなわち日本経済のボディー、これを再建しなければいけない。その点でだれもが一致している点は、いわゆる日本経済の再建は、今企業が海外にどんどん出かけていっておりますから内需拡大によるしかない。輸出主導型もだめ。だから、内需拡大という点はほぼ一致していると思うのですね。そうすると、内需の拡大をどの方向に持っていくか、ここで意見が食い違っていると思うのですね。
先ほどお話がありましたように、ゼネコン優先型で相変わらず内需拡大策を図るといっても、これはもう今までの経験上、景気回復にもならないということがはっきりしている。したがって、私は、一言で言いますと国民生活充実型というか福祉主導型というか、例えば福祉だとか医療だとか社会保障といいますのは内需の非常に大きなウエートを占めておりますから、そこを主導にして経済のボディーの健全化を図りながら中長期的な財政再建の方向を考える、これが基本的なこれからのガイドラインではないかというふうに思っています。
この発言だけを見る →伝統的には、歴史観の問題をお話しになりましたけれども、財政危機の問題は、財政学では国家破産論としてこれまで議論されてきたわけです。国家破産的状況になったときに最も手っ取り早いのは、これはフランス革命であるとか、あるいは第一次大戦後のドイツだとか、あるいはロシアで問題になったことで、ケインズが主張しましたけれども、いわゆる借金棒引き論ですね。すなわち、破産というのは要するに借金棒引きが一番簡単なので、これをやれというのが例えばケインズの主張であったわけですね。これは日本ではやれないと思います。
第二番目は、先ほど参考人から意見がありましたようにマイルドなインフレーションで、これは債務の安楽死ですね。徐々に社会全体に物価を上昇させて債務の目減りを図っていく、こういうやり方ももちろんあるわけでありますが、そして日本でも進む可能性があると思いますが、これが第二のパターン。
それから第三番目は、歳入の確保と財政の圧縮。この第三の方向が普通行われていることで、これは先ほど幾つか紹介があったとおりです。
私が申し上げたいのは、その際に、国家破産的状況になりますと、例えば借金の棒引き論というのが出てくる背景、なぜ国家破産の状態になったのか、ここの分析が非常に重要で、大体大づかみに申し上げますと、フランス革命から第一次大戦、第二次世界大戦後まで一貫して、一つは戦争と結びついている、すなわち軍事と結びついて国家破産状態になるケースが非常に多いということと、いま一つは財政の浪費ですね。古い体制でありますと、アンシャンレジームのいわゆる上層部分の浪費が財政危機を招く。これが原因になりますから、浪費というものを抑制することと、それから戦争のツケを断ち切るということが、これまでの歴史上、国家破産状態になったときの解決策として提示をされてきたわけです。
私は、その歴史的な教訓、先ほど歴史観ということが言われましたので、その点を踏まえて、例えば現代の日本の財政危機は、今回の法案でも問題になっておりますように、世界一というふうに言っていいかもしれない。しかし、社会保障の水準だとか医療の水準は世界一とはとても言えないわけで、要するに先進国の中でも最下位のグループだ。つまり、財政の危機は世界一だけれども、社会保障の水準は世界一でも何でもない、最下位グループに属する。この二つを強引に結びつけて、財政危機の原因は社会保障にあるというのは全くの間違いであって、これは論理的に実証できない。
したがって、原因を確かめなければいけないわけでありますが、その原因を幾つか挙げることはきょうはいたしませんけれども、要するに、健全な財政を生み出すための健全な富の源泉、すなわち日本経済のボディー、これを再建しなければいけない。その点でだれもが一致している点は、いわゆる日本経済の再建は、今企業が海外にどんどん出かけていっておりますから内需拡大によるしかない。輸出主導型もだめ。だから、内需拡大という点はほぼ一致していると思うのですね。そうすると、内需の拡大をどの方向に持っていくか、ここで意見が食い違っていると思うのですね。
先ほどお話がありましたように、ゼネコン優先型で相変わらず内需拡大策を図るといっても、これはもう今までの経験上、景気回復にもならないということがはっきりしている。したがって、私は、一言で言いますと国民生活充実型というか福祉主導型というか、例えば福祉だとか医療だとか社会保障といいますのは内需の非常に大きなウエートを占めておりますから、そこを主導にして経済のボディーの健全化を図りながら中長期的な財政再建の方向を考える、これが基本的なこれからのガイドラインではないかというふうに思っています。
小
小野晋也#18
○小野委員 ありがとうございます。
それでは、今度は富田参考人にお尋ねをさせていただきたいと思うわけでございますが、先ほどお話をいただきました中にも、こういう時期においては、財政支出はむしろ削減をしながら、産業の育成を図りながらこの時期を乗り切るということが極めて大事なことではないかというような御指摘があったと思います。また、冒頭のお話の中でも、今、産業構造の変化の大きな波の中に置かれているというような御指摘をいただいたわけでございます。
私自身、経済の問題をいろいろと見ながら、考えながら感じますのは、この日本の国の産業の転換に当たって、これから大きく成長をし得る分野についてはできるだけ規制を廃して、本来、新しい技術なり新しい経営体なりが伸び行くことを邪魔をしない政策というのが大事だ。そしてもう一方では、その成長の陰で衰亡をしていく産業等があるわけでございますが、この種の産業に対しては、余り急激に変化を引き起こしてしまうとこれは社会不安等にもつながってくる要素を持つわけでございますから、ここにはできるだけその影響を緩和する措置をとるべきである。政治が行うべき産業政策というのは、この二点をきちんと基礎として踏まえながらやっていくべきではないかというような考え方を持っているわけでございますが、この点について、こういう考え方での産業政策が妥当なのかどうかについてお教えをいただきたいと思います。
この発言だけを見る →それでは、今度は富田参考人にお尋ねをさせていただきたいと思うわけでございますが、先ほどお話をいただきました中にも、こういう時期においては、財政支出はむしろ削減をしながら、産業の育成を図りながらこの時期を乗り切るということが極めて大事なことではないかというような御指摘があったと思います。また、冒頭のお話の中でも、今、産業構造の変化の大きな波の中に置かれているというような御指摘をいただいたわけでございます。
私自身、経済の問題をいろいろと見ながら、考えながら感じますのは、この日本の国の産業の転換に当たって、これから大きく成長をし得る分野についてはできるだけ規制を廃して、本来、新しい技術なり新しい経営体なりが伸び行くことを邪魔をしない政策というのが大事だ。そしてもう一方では、その成長の陰で衰亡をしていく産業等があるわけでございますが、この種の産業に対しては、余り急激に変化を引き起こしてしまうとこれは社会不安等にもつながってくる要素を持つわけでございますから、ここにはできるだけその影響を緩和する措置をとるべきである。政治が行うべき産業政策というのは、この二点をきちんと基礎として踏まえながらやっていくべきではないかというような考え方を持っているわけでございますが、この点について、こういう考え方での産業政策が妥当なのかどうかについてお教えをいただきたいと思います。
富
富田俊基#19
○富田参考人 今の小野先生の御指摘、規制緩和を進めて新しい産業が育っていく、その一方で衰退する部分には、財政で少しその不安を解消するような対策が必要だろう。私も、大きな方向は御指摘のように思います。
ただ、重要な点は、先ほども御指摘いたしましたように、現在日本経済は極めて大きな産業構造の変化のただ中にありまして、一度衰退してまた戻ってくる企業、産業はあるのでしょうけれども、長期的に見ますとやはりその方向はかなり明らかになってきておりまして、いつまでも衰退する産業に補助をつけていくということは、かえって構造改革、産業構造の変化の足かせになるのではないかというふうに考えるわけでございます。そういう意味では、方向として市場経済重視、そして規制緩和という方向に大きなウエートを置くということが重要かと存じます。
この発言だけを見る →ただ、重要な点は、先ほども御指摘いたしましたように、現在日本経済は極めて大きな産業構造の変化のただ中にありまして、一度衰退してまた戻ってくる企業、産業はあるのでしょうけれども、長期的に見ますとやはりその方向はかなり明らかになってきておりまして、いつまでも衰退する産業に補助をつけていくということは、かえって構造改革、産業構造の変化の足かせになるのではないかというふうに考えるわけでございます。そういう意味では、方向として市場経済重視、そして規制緩和という方向に大きなウエートを置くということが重要かと存じます。
小
小野晋也#20
○小野委員 加えて富田参考人にお尋ね申し上げたいのでございますが、御指摘ございました中に、冷戦後の国際的経済変化の荒波の中に日本の国が置かれるというような御指摘がございました。まさに今、日本の国として考えました場合に、以前ですと国家というものが、財政の面においても金融の面においても、また企業を指導するという意味においても、かなり大きな権限を持ち行使することができたわけでございますが、現状で見ますならば、かなりそういったものが制限を受ける状況が生まれてきているわけでございます。
特に金融の方面でいきますならば、もう日本が単独で公定歩合一つも決められない。また、企業にいたしましても、国がいろいろと注文をつけるならば、この国を出て他国で経済活動をやっていくというような状況になっているわけでございまして、企業を振興していく、経済を成長させていくという手法がかなり大きく変わってきつつあるのではなかろうかというような気持ちがいたします。
こういう時代の中で、国といたしまして経済政策の持ち方、また、それはひいては財政政策の問題にもつながるわけでございますが、これについて、非常に大ざっぱな質問で申しわけないのですが、御所感ございましたらお教えをいただきたいと思います。
この発言だけを見る →特に金融の方面でいきますならば、もう日本が単独で公定歩合一つも決められない。また、企業にいたしましても、国がいろいろと注文をつけるならば、この国を出て他国で経済活動をやっていくというような状況になっているわけでございまして、企業を振興していく、経済を成長させていくという手法がかなり大きく変わってきつつあるのではなかろうかというような気持ちがいたします。
こういう時代の中で、国といたしまして経済政策の持ち方、また、それはひいては財政政策の問題にもつながるわけでございますが、これについて、非常に大ざっぱな質問で申しわけないのですが、御所感ございましたらお教えをいただきたいと思います。
富
富田俊基#21
○富田参考人 冷戦が終わって、産業構造が大きく世界じゅうで変わっているという認識が極めて重要だと思うのです。とかく我々は、バブルが崩壊して、需要の面だけに着目してこれまで景気対策等が行われてきたように思うわけですけれども、問われていることは、供給構造、産業構造の方向が問われているというふうに認識すべきことは先生御指摘のとおりだと思います。
そして、製造業の中でも大きな構造変化が起こることはグラフでお示しさせていただいたわけですが、実は製造業のウエート自体が、八〇年代にはGDPの三〇%であったのが二五%程度の方向に向かって現在低下しております。ということは、非製造業のウエートが高くなる。
ところで、我が国の非製造業は、これまで規制に守られ、あるいは貿易がそもそも行えませんので外国との競争も余りなかったということで、決して生産性が高くない。それがゆえに我が国に高コスト構造が定着する、また、国民から見れば内外価格差が大きいという問題が発生しているわけでございます。したがいまして、この非製造業の生産性の上昇、それは非製造業が競争を促進できるように、また、企業が創意工夫を生かして自己責任の経営ができるような、そういう環境を設定することが重要だろうと思うのです。
重要な点は、これまではキャッチアップ経済だったので見本があったわけですけれども、見本がない中では、政府の政策というものよりもやはり競争の結果というものが望ましい方向を示すのだろうというふうに思います。
この発言だけを見る →そして、製造業の中でも大きな構造変化が起こることはグラフでお示しさせていただいたわけですが、実は製造業のウエート自体が、八〇年代にはGDPの三〇%であったのが二五%程度の方向に向かって現在低下しております。ということは、非製造業のウエートが高くなる。
ところで、我が国の非製造業は、これまで規制に守られ、あるいは貿易がそもそも行えませんので外国との競争も余りなかったということで、決して生産性が高くない。それがゆえに我が国に高コスト構造が定着する、また、国民から見れば内外価格差が大きいという問題が発生しているわけでございます。したがいまして、この非製造業の生産性の上昇、それは非製造業が競争を促進できるように、また、企業が創意工夫を生かして自己責任の経営ができるような、そういう環境を設定することが重要だろうと思うのです。
重要な点は、これまではキャッチアップ経済だったので見本があったわけですけれども、見本がない中では、政府の政策というものよりもやはり競争の結果というものが望ましい方向を示すのだろうというふうに思います。
小
小野晋也#22
○小野委員 ありがとうございます。
次は八巻参考人にお尋ねをさせていただきたいと存じますが、先ほどのプレゼンテーションの中で参考人が御指摘になられましたのは、数値目標設定の合理性という部分があったと思います。いかなる理由でこれが、例えば二〇〇三年に財政赤字がGDPの三%以下になるようにというようなことについてどう決められたのかという問題でございましたけれども、こういった種類のものについて合理的に決める手法というのはあり得るのかどうか。西独の話に少し触れられましたけれども、これも、では本当に国民的に広く理解をいただけるような合意形成がなされて決められたものなのかどうか。
この点についてお伺いさせていただきたいのと同時に、今の時代の変化というものが非常に急テンポでございます。この激しい変化の中で、民主主義的手法といいながら、日本で一億二千万余りの国民皆さん方に尋ねながら時間をかけて合意を形成するということをやると、逆に臨機応変の対応ができなくなるといううらみが出てくる可能性があると思いますが、この点についての参考人のお考えはいかがでございましょうか。
〔委員長退席、甘利委員長代理着席〕
この発言だけを見る →次は八巻参考人にお尋ねをさせていただきたいと存じますが、先ほどのプレゼンテーションの中で参考人が御指摘になられましたのは、数値目標設定の合理性という部分があったと思います。いかなる理由でこれが、例えば二〇〇三年に財政赤字がGDPの三%以下になるようにというようなことについてどう決められたのかという問題でございましたけれども、こういった種類のものについて合理的に決める手法というのはあり得るのかどうか。西独の話に少し触れられましたけれども、これも、では本当に国民的に広く理解をいただけるような合意形成がなされて決められたものなのかどうか。
この点についてお伺いさせていただきたいのと同時に、今の時代の変化というものが非常に急テンポでございます。この激しい変化の中で、民主主義的手法といいながら、日本で一億二千万余りの国民皆さん方に尋ねながら時間をかけて合意を形成するということをやると、逆に臨機応変の対応ができなくなるといううらみが出てくる可能性があると思いますが、この点についての参考人のお考えはいかがでございましょうか。
〔委員長退席、甘利委員長代理着席〕
八
八巻節夫#23
○八巻参考人 お答えいたします。
初めの問題ですが、私が言いたいのは、要するに、三%という数値あるいはGDP比五〇%以下の国民負担率という数値が確たる根拠があれば、それは国民が納得してそうかということでみんなが協力するというか、そういう組織、システムができると思うのです。
しかし、今回の三%という数字の裏側の論拠が見えてこないというところがありまして、そういう意味では、例えば、先ほど言いました三つの赤字のうち正常赤字は潜在成長率の正常な状態での赤字であるよ、これは許容範囲なのであるよということが明示されること。そしてまた、循環的赤字につきましても、正常の状態に戻ればその循環的赤字は解消するわけですから、循環的赤字が一体どのように動いていくかということの道筋が見えてこないということ。それから、GDP比五〇%ということを言いますけれども、これも二宮参考人からも御意見ありましたように、五〇%ということの論拠というのはどこから出てきたのか。
例えば、これが、国民所得を分母にとりますと一挙に二〇%ポイントほど上がってしまうのですね。特に間接税が大きい国、例えばスウェーデンとかフランスでは、二〇%ポイントほど上がってしまう。そういったスウェーデンやフランスの数字を公表して、六〇%、七〇%になったら大変だよとおどかすというか、だから削らなければならないというふうになってくると、その数字だけを出したのでは国民からは反対だけ、反発だけが出てきます。だから、そういった意味で相当論拠のある道筋を示してもらいたいという意味でございます。
ですから、財政意思形成の中に、民主主義的に国民的合意が必要であるということは、これは非常に時間のかかることでありますし、私たちに与えられているのは先生方を選挙するということでございますから、システム化するというか制度的にそれをビルトインさせておく。例えば先ほど言いましたような、予算は必ずサンセットを持つのだ、五年なら五年の、必ず予算プログラムは期限を持つのであるというふうなものがシステム化されれば、それは国民としても安心できるわけであります。そういった国民的合意といっても、結局は国民的選択に、選挙にかけましてその選挙で我々が選ぶという、これしかないわけですね。だから、そういう意味では、この財政制度の中にシステム化が必要ではないか、こういう意味で話しました。
この発言だけを見る →初めの問題ですが、私が言いたいのは、要するに、三%という数値あるいはGDP比五〇%以下の国民負担率という数値が確たる根拠があれば、それは国民が納得してそうかということでみんなが協力するというか、そういう組織、システムができると思うのです。
しかし、今回の三%という数字の裏側の論拠が見えてこないというところがありまして、そういう意味では、例えば、先ほど言いました三つの赤字のうち正常赤字は潜在成長率の正常な状態での赤字であるよ、これは許容範囲なのであるよということが明示されること。そしてまた、循環的赤字につきましても、正常の状態に戻ればその循環的赤字は解消するわけですから、循環的赤字が一体どのように動いていくかということの道筋が見えてこないということ。それから、GDP比五〇%ということを言いますけれども、これも二宮参考人からも御意見ありましたように、五〇%ということの論拠というのはどこから出てきたのか。
例えば、これが、国民所得を分母にとりますと一挙に二〇%ポイントほど上がってしまうのですね。特に間接税が大きい国、例えばスウェーデンとかフランスでは、二〇%ポイントほど上がってしまう。そういったスウェーデンやフランスの数字を公表して、六〇%、七〇%になったら大変だよとおどかすというか、だから削らなければならないというふうになってくると、その数字だけを出したのでは国民からは反対だけ、反発だけが出てきます。だから、そういった意味で相当論拠のある道筋を示してもらいたいという意味でございます。
ですから、財政意思形成の中に、民主主義的に国民的合意が必要であるということは、これは非常に時間のかかることでありますし、私たちに与えられているのは先生方を選挙するということでございますから、システム化するというか制度的にそれをビルトインさせておく。例えば先ほど言いましたような、予算は必ずサンセットを持つのだ、五年なら五年の、必ず予算プログラムは期限を持つのであるというふうなものがシステム化されれば、それは国民としても安心できるわけであります。そういった国民的合意といっても、結局は国民的選択に、選挙にかけましてその選挙で我々が選ぶという、これしかないわけですね。だから、そういう意味では、この財政制度の中にシステム化が必要ではないか、こういう意味で話しました。
小
小野晋也#24
○小野委員 もう時間でございますから、最後に佐高参考人にお尋ねしたいと思います。
ウイッシュリストに基づいて、国民の願望、願いを実現できる予算を組まねばならないというような御指摘を当初ちょうだいしたわけでございます。我々といたしましても、それは国民が喜ばれるように、幸せになるように予算を組みたいという願望はまさに一致する部分がありますが、それがなかなかかなわない部分も現実問題としてはあり得る。ということは、結局、その国民のウイッシュというものが、AというグループのウイッシュとBというグループのウイッシュというものが随分異なるというところに原点があるわけでございます。
これから先の日本のことを考えてまいりましたときに、大きく分けた場合に、ゼネコンの問題等も指摘ありましたけれども、それ以上に、高齢者世代と若者世代、この両者のウイッシュの乖離という問題が非常に大きなものになるのではないか。この世代間の対立というものはかなりこの日本の国の中に大きなひび割れを起こす可能性を持ってくると思うのですが、それを解決する知恵とか、または先生の御自由な御発想ですとか、何かございましたら、ちょっと御示唆をちょうだいいたしたいと思います。
この発言だけを見る →ウイッシュリストに基づいて、国民の願望、願いを実現できる予算を組まねばならないというような御指摘を当初ちょうだいしたわけでございます。我々といたしましても、それは国民が喜ばれるように、幸せになるように予算を組みたいという願望はまさに一致する部分がありますが、それがなかなかかなわない部分も現実問題としてはあり得る。ということは、結局、その国民のウイッシュというものが、AというグループのウイッシュとBというグループのウイッシュというものが随分異なるというところに原点があるわけでございます。
これから先の日本のことを考えてまいりましたときに、大きく分けた場合に、ゼネコンの問題等も指摘ありましたけれども、それ以上に、高齢者世代と若者世代、この両者のウイッシュの乖離という問題が非常に大きなものになるのではないか。この世代間の対立というものはかなりこの日本の国の中に大きなひび割れを起こす可能性を持ってくると思うのですが、それを解決する知恵とか、または先生の御自由な御発想ですとか、何かございましたら、ちょっと御示唆をちょうだいいたしたいと思います。
佐
佐高信#25
○佐高参考人 今、私はある件で匿名の大蔵官僚を訴えているわけです。大蔵官僚が匿名という名前で勝手なことを言っているということについてですね。そのときに、そういう金融政策みたいなのを含めて、大蔵官僚に対する年輩者の不満というのは物すごく強いのだなということを私は強く感じたわけです。要するに、ぜひ応援したいというのは、年輩の人からたくさん寄せられたのですね。若い人の方は余り、大蔵官僚を訴えていると言ってもああそうかみたいな感じなのですけれども、御指摘のように、高齢者と若い人たちの格差というのは大変これから重要な問題だと思いますし、自由な発想というのは何か褒め言葉かどうかわかりませんけれども、宿題としてこれを考えさせていただきます。
この発言だけを見る →小
甘
谷
谷口隆義#28
○谷口委員 新進党の谷口でございます。
本日、四人の先生方におかれましては、大変お忙しい中、当委員会に御出席を賜りまして、ありがとうございました。また、先ほどはそれぞれの先生方から大変御高説を承ったわけでありますが、今、当委員会におきましては、御存じのとおり財政構造改革法案、極めて重要な法案を審議いたしておるところでございまして、そのような観点から何点かの御質問をさせていただきたいというように考えております。
今回のこの財政構造改革法案と申しますのは、二〇〇三年までに国、地方の財政赤字をGDP対比で三%以内におさめる、また、二〇〇三年までに特例公債からの脱却を目指す、このように言われておるところでございます。
しかし、これは私ども、二つの意味において大変問題がある、このように考えております。
一つは、先ほど二宮先生もおっしゃっておりましたが、これは、財政構造改革法案といいながら構造改革という視点が抜けておる、まさに歳出削減、また均衡財政法案とも言われるような法案であります。
金融をめぐる世界は大きく変貌いたしております。来年の四月から外為法の自由化も始まります。ビッグバンが二〇〇一年まで、こういうように今政府の方は推し進めていらっしゃるわけでございますが、そうしますと我が国の金融市場が大きく変わってくるだろう、こういうことでございます。
今まで、我が国の国内の金融マーケット、いわゆる個人資産千二百兆円と言われるようなマーケットの中で国また地方が債券を発行してお金を調達した。また、財投におきましても国内の資金を調達してこれを回してきた。こういうような状況でございますが、今後は、そういう観点だけではなくて、極めて視野が広くなってくると申しますか、世界の金融市場が大きな対象になってくるだろう。こういう観点も、これは忘れてはならない観点だろうというように考える次第でございます。
またもう一つは、大変ごこに来て景気が悪くなってまいりました。
今、御存じのとおり九五年の九月に超低金利〇・五%の公定歩合に引き下げられたわけでありまして、もう既に三年目に入っておるわけでありますが、そういう意味において、金融政策はもう打てないというような状況になっております。また一方、今回の財政構造改革法案を審議しておるわけでございますが、総理並びに大蔵大臣は財政出動は行わないというような状況の中で、財政政策も打てないというような金縛りの状況にあるわけでございます。政府の趣旨説明、また、大蔵大臣、総理のお話の中にもありますように、我が国の今抱えておる累積債務、五百二十一兆円と言われるような、これは隠れ借金も含めましてこういうような累積債務があるわけでございまして、これが我が国の財政に大変な負担になっておる。国債費を通じて大変な負担になっておるというのは、これはよくわかる話で、極めて重要な話である。
しかし、今の景気の悪化は角を矯めて牛を殺すというようなことにならないのかということで、大変危惧いたしておるところでございまして、現実に、このところの数字を見ておりますと、先日の日銀支店長会議におきましても、各地域において極めて景気が悪くなった、足踏み状態。また、国内の自動車販売も減少しておる。また、百貨店の売り上げも、消費税引き上げ以後、四月以降九月までずっと前年対比で減少しておる。また、先日の世界同時株安でございます。これはもう大変なショックを与えたわけでございますが、これが逆資産効果になって、またより一層消費を減退させないのか。
また、金融機関の不良債権の問題がございます。この金融機関の不良債権の問題は、私はずっと、バブル崩壊以後の政策の間違いが何点か現実にあったんだろうというように訴えておるわけでございますが、特に根底にあるこの不良債権の問題が解決しないと景気はよくならないというようにずっと言い続けてまいりました。現実に、そういうようなことで、政府は六次にわたって六十兆円を超える経済対策をやりながら、むだ金に終わっておるというような状況でございます。
また、こういう状況の中で、ゼネコンの状況が極めて厳しくなってきたというようなことで、全国五十六万業者でございますか、建設業界の状況が極めて悪い。大和総研の資料によりますと、上場会社のうち十七社がもう既に債務超過に陥っておる。こういうような数字がずっと上がってまいりますと、本当にこの景気は大変だな。私も、地方に帰って選挙区の方にいろいろお聞きするわけでございますが、政府、特に経企庁長官は、先日、緩やかな回復から足踏み状態、こういうようにおっしゃったわけでございますが、足踏み状態ではない、大変景気が悪い状態である。今、何らかの方策、我々は大幅な減税をやるべきである、このように言っておるわけでございますが、このようなことについてもやらないというようなことで、大変景気が危惧されておるところでございます。
また、先日私、当委員会におきまして質問をさせていただきましたその折に、九一年以降の政府のとった政策が、金をぶち込んで景気が上がってきたら景気を冷やす、ストップ・アンド・ゴーの連続であった、このように言っておるところでございます。また、本年は、御存じのとおりこの四月に消費税が上がって、これで五兆円。また、社会保障関連費用、この九月に医療保険が上がりました。また、特別減税が廃止されました。これらを合わせますと九兆円の国民負担がのしかかってきたわけでありまして、この影響がかなり出ておるのではないか。このようなときに政府はデフレ予算を組んでやっておる。これはまさに病人に冷や水をかけるようなものだ、このように言っております。
また、先ほど申し上げました、もう三年目に入りました超低金利は極めて大きな影響を及ぼしておる。銀行はモラルハザードが生じ、年金生活者は大変な状況になっておる。今回の世界同時株安の大きな原因は、我が国の超低金利が、アメリカの株式市場に行ったり、また東南アジアの市場に行った結果バブルを生じさせた、このようにさえ言われておるわけでございまして、今超低金利の見直しをやっていかなければいけない、こういうことでございます。
また、先ほど金融機関の不良債権の問題に触れましたが、あの住専国会の折にどうもおかしくなっちゃった。住専の救済のために六千八百五十億円という住専への公的資金の導入が、本来やらなければいけない、これは当然そのときには銀行経営者の責任の問題、関係者の責任の問題は生じるわけでございますが、アメリカで行われたような公的資金の問題を論じなければいけなかったときに、結局その方向が違う方向に行っちゃいまして、今そのようなことができない。
今回、今国会で預金保険法の改正法案が出ております。これは、悪い銀行と悪い銀行をひっつけて新しい銀行をつくってこれでやっていこう、いわば公的資金をなし崩しに入れようというような法案が今上がっておるわけでございますが、そのようなことで、この金融機関の不良債権の問題ももう本当に大変なところまで来ておる。
こういうような状況の中で、今回のこの財政構造改革法案は、極めてそのような景気に冷や水をかけるということになるだろうというように私たちは申し上げておるところでございます。
そこで、質問をさせていただきたいと思うわけでございますが、今回のこの財政構造改革法案は、各歳出分野ごとにキャップをかぶせるということで、量的縮減目標を設定してやっていこうというようなもので、先ほど私が申し上げました歳出削減法案、また均衡財政法案ともいうべきものであるというように私は考えておるわけでございますが、本来この財政構造改革というものはどうあらなければいけないのかということについてお話をお聞きいたしたいと思います。まず初めに富田先生の方からごく簡単に、後の質問もありますので、お答えをお願いいたしたい。
この発言だけを見る →本日、四人の先生方におかれましては、大変お忙しい中、当委員会に御出席を賜りまして、ありがとうございました。また、先ほどはそれぞれの先生方から大変御高説を承ったわけでありますが、今、当委員会におきましては、御存じのとおり財政構造改革法案、極めて重要な法案を審議いたしておるところでございまして、そのような観点から何点かの御質問をさせていただきたいというように考えております。
今回のこの財政構造改革法案と申しますのは、二〇〇三年までに国、地方の財政赤字をGDP対比で三%以内におさめる、また、二〇〇三年までに特例公債からの脱却を目指す、このように言われておるところでございます。
しかし、これは私ども、二つの意味において大変問題がある、このように考えております。
一つは、先ほど二宮先生もおっしゃっておりましたが、これは、財政構造改革法案といいながら構造改革という視点が抜けておる、まさに歳出削減、また均衡財政法案とも言われるような法案であります。
金融をめぐる世界は大きく変貌いたしております。来年の四月から外為法の自由化も始まります。ビッグバンが二〇〇一年まで、こういうように今政府の方は推し進めていらっしゃるわけでございますが、そうしますと我が国の金融市場が大きく変わってくるだろう、こういうことでございます。
今まで、我が国の国内の金融マーケット、いわゆる個人資産千二百兆円と言われるようなマーケットの中で国また地方が債券を発行してお金を調達した。また、財投におきましても国内の資金を調達してこれを回してきた。こういうような状況でございますが、今後は、そういう観点だけではなくて、極めて視野が広くなってくると申しますか、世界の金融市場が大きな対象になってくるだろう。こういう観点も、これは忘れてはならない観点だろうというように考える次第でございます。
またもう一つは、大変ごこに来て景気が悪くなってまいりました。
今、御存じのとおり九五年の九月に超低金利〇・五%の公定歩合に引き下げられたわけでありまして、もう既に三年目に入っておるわけでありますが、そういう意味において、金融政策はもう打てないというような状況になっております。また一方、今回の財政構造改革法案を審議しておるわけでございますが、総理並びに大蔵大臣は財政出動は行わないというような状況の中で、財政政策も打てないというような金縛りの状況にあるわけでございます。政府の趣旨説明、また、大蔵大臣、総理のお話の中にもありますように、我が国の今抱えておる累積債務、五百二十一兆円と言われるような、これは隠れ借金も含めましてこういうような累積債務があるわけでございまして、これが我が国の財政に大変な負担になっておる。国債費を通じて大変な負担になっておるというのは、これはよくわかる話で、極めて重要な話である。
しかし、今の景気の悪化は角を矯めて牛を殺すというようなことにならないのかということで、大変危惧いたしておるところでございまして、現実に、このところの数字を見ておりますと、先日の日銀支店長会議におきましても、各地域において極めて景気が悪くなった、足踏み状態。また、国内の自動車販売も減少しておる。また、百貨店の売り上げも、消費税引き上げ以後、四月以降九月までずっと前年対比で減少しておる。また、先日の世界同時株安でございます。これはもう大変なショックを与えたわけでございますが、これが逆資産効果になって、またより一層消費を減退させないのか。
また、金融機関の不良債権の問題がございます。この金融機関の不良債権の問題は、私はずっと、バブル崩壊以後の政策の間違いが何点か現実にあったんだろうというように訴えておるわけでございますが、特に根底にあるこの不良債権の問題が解決しないと景気はよくならないというようにずっと言い続けてまいりました。現実に、そういうようなことで、政府は六次にわたって六十兆円を超える経済対策をやりながら、むだ金に終わっておるというような状況でございます。
また、こういう状況の中で、ゼネコンの状況が極めて厳しくなってきたというようなことで、全国五十六万業者でございますか、建設業界の状況が極めて悪い。大和総研の資料によりますと、上場会社のうち十七社がもう既に債務超過に陥っておる。こういうような数字がずっと上がってまいりますと、本当にこの景気は大変だな。私も、地方に帰って選挙区の方にいろいろお聞きするわけでございますが、政府、特に経企庁長官は、先日、緩やかな回復から足踏み状態、こういうようにおっしゃったわけでございますが、足踏み状態ではない、大変景気が悪い状態である。今、何らかの方策、我々は大幅な減税をやるべきである、このように言っておるわけでございますが、このようなことについてもやらないというようなことで、大変景気が危惧されておるところでございます。
また、先日私、当委員会におきまして質問をさせていただきましたその折に、九一年以降の政府のとった政策が、金をぶち込んで景気が上がってきたら景気を冷やす、ストップ・アンド・ゴーの連続であった、このように言っておるところでございます。また、本年は、御存じのとおりこの四月に消費税が上がって、これで五兆円。また、社会保障関連費用、この九月に医療保険が上がりました。また、特別減税が廃止されました。これらを合わせますと九兆円の国民負担がのしかかってきたわけでありまして、この影響がかなり出ておるのではないか。このようなときに政府はデフレ予算を組んでやっておる。これはまさに病人に冷や水をかけるようなものだ、このように言っております。
また、先ほど申し上げました、もう三年目に入りました超低金利は極めて大きな影響を及ぼしておる。銀行はモラルハザードが生じ、年金生活者は大変な状況になっておる。今回の世界同時株安の大きな原因は、我が国の超低金利が、アメリカの株式市場に行ったり、また東南アジアの市場に行った結果バブルを生じさせた、このようにさえ言われておるわけでございまして、今超低金利の見直しをやっていかなければいけない、こういうことでございます。
また、先ほど金融機関の不良債権の問題に触れましたが、あの住専国会の折にどうもおかしくなっちゃった。住専の救済のために六千八百五十億円という住専への公的資金の導入が、本来やらなければいけない、これは当然そのときには銀行経営者の責任の問題、関係者の責任の問題は生じるわけでございますが、アメリカで行われたような公的資金の問題を論じなければいけなかったときに、結局その方向が違う方向に行っちゃいまして、今そのようなことができない。
今回、今国会で預金保険法の改正法案が出ております。これは、悪い銀行と悪い銀行をひっつけて新しい銀行をつくってこれでやっていこう、いわば公的資金をなし崩しに入れようというような法案が今上がっておるわけでございますが、そのようなことで、この金融機関の不良債権の問題ももう本当に大変なところまで来ておる。
こういうような状況の中で、今回のこの財政構造改革法案は、極めてそのような景気に冷や水をかけるということになるだろうというように私たちは申し上げておるところでございます。
そこで、質問をさせていただきたいと思うわけでございますが、今回のこの財政構造改革法案は、各歳出分野ごとにキャップをかぶせるということで、量的縮減目標を設定してやっていこうというようなもので、先ほど私が申し上げました歳出削減法案、また均衡財政法案ともいうべきものであるというように私は考えておるわけでございますが、本来この財政構造改革というものはどうあらなければいけないのかということについてお話をお聞きいたしたいと思います。まず初めに富田先生の方からごく簡単に、後の質問もありますので、お答えをお願いいたしたい。
富
富田俊基#29
○富田参考人 今谷口先生から、これは財政構造改革というよりも財政均衡法案だと言われたのですけれども、三%の赤字にまでしょうということですので、私は、均衡ではなしに赤字、この財政構造改革をやっても依然として、二〇〇三年になってもまだ赤字があるんだということをまず認識すべきだと思います。
そして、景気が悪い中で病人に冷や水だということでは、これまでも過去数次どんどん景気対策をやってきて、新しい産業が生まれるでもなく、さまざまな古い産業が残ってしまうという、構造改革をおくらせた面というものにもう少し着目すべきだと私は思います。やはりつける薬がこれまで本当に合っていたかどうか、先と言われたような公共事業だ、減税だというのが正しい薬かどうかというのが現在問われていると思うのですね。
例えば、今景気が悪いのは事実だと思うのですが、それは、消費が伸び悩んでいる。それにつきましても、今減税をたとえ行っても、当然これは将来増税して返さねばならない。しかも、その増税の規模というのは現在の減税の規模よりも大きくなるかもしれないという状況の中ですので、消費者の財布が果たして緩むかどうかという問題があろうと思います。
さらには、財政赤字が非常に大きいということだけではなしに、現在の年金制度の維持可能性についても、生産年齢人口が減少する中で、みんな不安に思い出した。ということは、この現在の財政赤字、そして年金債務といったことで持続可能かどうか、そこをやはり国民にメッセージを送っていくというのが財政構造改革の基本的なねらいであろう。つまり、笛を吹いても踊らない対策ではだめであって、そのために財政構造改革だと私は思います。
御質問は、本来どうすべきかということなのですけれども、やはりそれぞれの経費について、目先一律削減といったことではなしに、長期的に歳出構造を変えて、歳出を可能な限り減らしていく、めり張りをつけるということが財政構造改革であって、その中に国民経済が活性化していく可能性があるのではないかというふうに私は思います。
この発言だけを見る →そして、景気が悪い中で病人に冷や水だということでは、これまでも過去数次どんどん景気対策をやってきて、新しい産業が生まれるでもなく、さまざまな古い産業が残ってしまうという、構造改革をおくらせた面というものにもう少し着目すべきだと私は思います。やはりつける薬がこれまで本当に合っていたかどうか、先と言われたような公共事業だ、減税だというのが正しい薬かどうかというのが現在問われていると思うのですね。
例えば、今景気が悪いのは事実だと思うのですが、それは、消費が伸び悩んでいる。それにつきましても、今減税をたとえ行っても、当然これは将来増税して返さねばならない。しかも、その増税の規模というのは現在の減税の規模よりも大きくなるかもしれないという状況の中ですので、消費者の財布が果たして緩むかどうかという問題があろうと思います。
さらには、財政赤字が非常に大きいということだけではなしに、現在の年金制度の維持可能性についても、生産年齢人口が減少する中で、みんな不安に思い出した。ということは、この現在の財政赤字、そして年金債務といったことで持続可能かどうか、そこをやはり国民にメッセージを送っていくというのが財政構造改革の基本的なねらいであろう。つまり、笛を吹いても踊らない対策ではだめであって、そのために財政構造改革だと私は思います。
御質問は、本来どうすべきかということなのですけれども、やはりそれぞれの経費について、目先一律削減といったことではなしに、長期的に歳出構造を変えて、歳出を可能な限り減らしていく、めり張りをつけるということが財政構造改革であって、その中に国民経済が活性化していく可能性があるのではないかというふうに私は思います。