八巻節夫の発言 (財政構造改革の推進等に関する特別委員会)
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○八巻参考人 国債発行の経済的な効果というのはまた別にいたしまして、求められている質問というのは、時代の流れの中で公債の発行あるいは財政の規模の拡大というものは一体どういう意味を持っているのかということでお話し申し上げますと、アダム・スミスというか、十八世紀後半の時代、資本主義がよちよち歩きを始めた時代には、御承知のように自由主義経済思想の浸透していた時代でありまして、とにかく公債は即悪であるという考え方でありまして、全体の国民経済を公共部門と民間部門に分けますと、公共部門というのはもう一〇%ぐらいであった。その背後には自由経済思想があったわけですね。
ところが、その資本主義が希望に燃えて出発していったわけですけれども、その資本主義が今度はさまざまな矛盾、宿命みたいなもの、宿業みたいなものを出してくるわけです。それは一つは貧富の差でありまして、十九世紀後半に、そのような社会的な問題として福祉を重視しなければならない、そういうことでこの公的部門が今度は拡大してくるわけです。さらに、二十世紀初頭には、ケインズの、いわゆる景気政策としての公債を使っていくという、公債は悪ではないのである、そういうものが広まっていきまして、景気のカンフル剤として公債を使っていくということでさらに公的部門が拡大していくわけですね。
しかし、ここに至りまして、これは世界的に軌を一にしまして、サッチャーやレーガン、あるいは我が日本では中曽根政権時代ですね、そういう時代に至りまして、ちょっと待てよと。市場失敗があったために公的部門が拡大したけれども、しかし今度は、公的な部門での失敗、政府の失敗が明らかになって、公的部門の拡大は民間経済を非常に疲弊させるし、また、公共の部門の拡大は非能率性やあるいはむだ遣いが噴出する。そういったことで、この境界線を今度ディレギュレーションや小さな政府という形で逆戻りさせるという動きになっていると思うのです。
ですから、時代の大きな流れでとらえれば、民間経済と公共部門の境界線のせめぎ合いが歴史をつくってきたのではないかというふうに推察しております。