行平次雄の発言 (予算委員会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○行平参考人 お答え申し上げます。
平成三年、その前に、平成元年でしたか、二年でしたか、大蔵省の方から、いわゆる営業特金、一任勘定的な営業特金はやめなさい、そういう指示があったと思います。と同時に、そのころから株価は下落を始めました。それで、現在いろいろ言われております、AからB、BからCと行く、転々とする、いわゆる飛ばしがあったと思います。
つまり、簿価で、時価が下がっているにかかわらず簿価で動かす、そういうことによって損が累積していく。その中に、場合によっては損失を補てんしたりという問題が出まして、その辺の総決算で、大蔵の指示で全部それを洗い出し、たしか平成三年九月に私も証人喚問を受けましたけれども、そのとき、平成三年九月のところで申し上げた数字は三百幾らだったと思いますが、後、追加分がありまして、たしか六百ぐらいの最終的な数字になったかと思います。
そして、そういう過程で、いわゆる営業特金その他、そういった預かりをずっと減らしてまいりまして、それで、最後、どうにも行き場がなくなったのを、現在問題になっております、今先生が御指摘のペーパーカンパニーに入れたわけでございます。
そういう次第でございますので、その入れたということはもちろん私どもの経営判断で、これを出したら会社はつぶれる。現在は、今先生おっしゃったビッグバン、いろいろな自分の形に合った経営をすればよろしいじゃないか、そういうことでございますけれども、当時は、やはり四社競り合いの状況の中で、特に、支店も頑張ってくれましたけれども、法人の営業も頑張っている。特に法人の収益に依存するところも当時の山一証券としては非常に大きかったものですから、それを公表することによって信用が一挙に失墜し、会社が危殆に瀕する、そういう判断でやったわけでございます。
お答えしました。