予算委員会
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会
会議録情報#0
平成九年十二月九日(火曜日)
午前九時開議
—————————————
出席委員
委員長 松永 光君
理事 伊藤 公介君 理事 石川 要三君
理事 西田 司君 理事 深谷 隆司君
理事 山本 有二君 理事 田中 慶秋君
理事 藤井 裕久君 理事 五島 正規君
理事 木島日出夫君
相沢 英之君 浅野 勝人君
臼井日出男君 江藤 隆美君
遠藤 利明君 小澤 潔君
越智 通雄君 大原 一三君
河村 建夫君 栗原 博久君
小林 多門君 佐藤 勉君
阪上 善秀君 桜井 新君
砂田 圭佑君 関谷 勝嗣君
武部 勤君 中川 昭一君
中山 正暉君 根本 匠君
能勢 和子君 野中 広務君
葉梨 信行君 松本 和那君
村山 達雄君 綿貫 民輔君
池坊 保子君 北側 一雄君
佐々木洋平君 佐藤 茂樹君
中井 洽君 中村 鋭一君
西 博義君 西川 知雄君
西田 猛君 西野 陽君
西村 眞悟君 平田 米男君
松浪健四郎君 山本 孝史君
海江田万里君 小林 守君
藤田 幸久君 山花 貞夫君
佐々木憲昭君 平賀 高成君
松本 善明君 上原 康助君
北沢 清功君 中川 智子君
岩國 哲人君
委員外の出席者
参 考 人
(山一證券株式
会社前代表取締
役会長) 行平 次雄君
参 考 人
(株式会社北海
道拓殖銀行前取
締役頭取) 河谷 禎昌君
予算委員会調査
室長 大西 勉君
—————————————
委員の異動
十二月九日
辞任 補欠選任
相沢 英之君 小林 多門君
臼井日出男君 砂田 圭佑君
遠藤 利明君 佐藤 勉君
越智 通雄君 阪上 善秀君
大原 一三君 松本 和那君
河村 建夫君 能勢 和子君
佐藤 茂樹君 西 博義君
松浪健四郎君 佐々木洋平君
志位 和夫君 佐々木憲昭君
不破 哲三君 松本 善明君
北沢 清功君 中川 智子君
同日
辞任 補欠選任
小林 多門君 浅野 勝人君
佐藤 勉君 遠藤 利明君
阪上 善秀君 越智 通雄君
砂田 圭佑君 臼井日出男君
能勢 和子君 河村 建夫君
松本 和那君 大原 一三君
佐々木洋平君 松浪健四郎君
西 博義君 佐藤 茂樹君
佐々木憲昭君 志位 和夫君
松本 善明君 平賀 高成君
中川 智子君 北沢 清功君
同日
辞任 補欠選任
浅野 勝人君 相沢 英之君
平賀 高成君 不破 哲三君
—————————————
本日の会議に付した案件
予算の実施状況に関する件(銀行及び証券問題
等)
————◇—————
この発言だけを見る →午前九時開議
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出席委員
委員長 松永 光君
理事 伊藤 公介君 理事 石川 要三君
理事 西田 司君 理事 深谷 隆司君
理事 山本 有二君 理事 田中 慶秋君
理事 藤井 裕久君 理事 五島 正規君
理事 木島日出夫君
相沢 英之君 浅野 勝人君
臼井日出男君 江藤 隆美君
遠藤 利明君 小澤 潔君
越智 通雄君 大原 一三君
河村 建夫君 栗原 博久君
小林 多門君 佐藤 勉君
阪上 善秀君 桜井 新君
砂田 圭佑君 関谷 勝嗣君
武部 勤君 中川 昭一君
中山 正暉君 根本 匠君
能勢 和子君 野中 広務君
葉梨 信行君 松本 和那君
村山 達雄君 綿貫 民輔君
池坊 保子君 北側 一雄君
佐々木洋平君 佐藤 茂樹君
中井 洽君 中村 鋭一君
西 博義君 西川 知雄君
西田 猛君 西野 陽君
西村 眞悟君 平田 米男君
松浪健四郎君 山本 孝史君
海江田万里君 小林 守君
藤田 幸久君 山花 貞夫君
佐々木憲昭君 平賀 高成君
松本 善明君 上原 康助君
北沢 清功君 中川 智子君
岩國 哲人君
委員外の出席者
参 考 人
(山一證券株式
会社前代表取締
役会長) 行平 次雄君
参 考 人
(株式会社北海
道拓殖銀行前取
締役頭取) 河谷 禎昌君
予算委員会調査
室長 大西 勉君
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委員の異動
十二月九日
辞任 補欠選任
相沢 英之君 小林 多門君
臼井日出男君 砂田 圭佑君
遠藤 利明君 佐藤 勉君
越智 通雄君 阪上 善秀君
大原 一三君 松本 和那君
河村 建夫君 能勢 和子君
佐藤 茂樹君 西 博義君
松浪健四郎君 佐々木洋平君
志位 和夫君 佐々木憲昭君
不破 哲三君 松本 善明君
北沢 清功君 中川 智子君
同日
辞任 補欠選任
小林 多門君 浅野 勝人君
佐藤 勉君 遠藤 利明君
阪上 善秀君 越智 通雄君
砂田 圭佑君 臼井日出男君
能勢 和子君 河村 建夫君
松本 和那君 大原 一三君
佐々木洋平君 松浪健四郎君
西 博義君 佐藤 茂樹君
佐々木憲昭君 志位 和夫君
松本 善明君 平賀 高成君
中川 智子君 北沢 清功君
同日
辞任 補欠選任
浅野 勝人君 相沢 英之君
平賀 高成君 不破 哲三君
—————————————
本日の会議に付した案件
予算の実施状況に関する件(銀行及び証券問題
等)
————◇—————
松
松永光#1
○松永委員長 これより会議を開きます。
予算の実施状況に関する件について調査を進めます。
本日は、本件調査のため、銀行及び証券問題等について、参考人に対して質疑を行います。
ただいま御出席をいただいております参考人は、山一證券株式会社前代表取締役会長行平次雄君であります。行平参考人には、銀行及び証券問題等について、そのお立場から忌憚のない御意見をお述べいただきたいと存じます。
なお、委員の質疑時間は限られておりますので、お答えはできるだけ簡潔、明瞭にお願いいたします。念のため申し上げますが、御発言の際はその都度委員長の許可を受けることになっております。また、衆議院規則の規定により、参考人は委員に対して質疑することはできないことになっておりますので、あらかじめ御承知おき願いたいと存じます。
これより行平参考人に対する質疑に入ります。質疑の申し出がありますので、順次これを許します。伊藤公介君。
この発言だけを見る →予算の実施状況に関する件について調査を進めます。
本日は、本件調査のため、銀行及び証券問題等について、参考人に対して質疑を行います。
ただいま御出席をいただいております参考人は、山一證券株式会社前代表取締役会長行平次雄君であります。行平参考人には、銀行及び証券問題等について、そのお立場から忌憚のない御意見をお述べいただきたいと存じます。
なお、委員の質疑時間は限られておりますので、お答えはできるだけ簡潔、明瞭にお願いいたします。念のため申し上げますが、御発言の際はその都度委員長の許可を受けることになっております。また、衆議院規則の規定により、参考人は委員に対して質疑することはできないことになっておりますので、あらかじめ御承知おき願いたいと存じます。
これより行平参考人に対する質疑に入ります。質疑の申し出がありますので、順次これを許します。伊藤公介君。
伊
伊藤公介#2
○伊藤(公)委員 参考人、きょうは大変御苦労さんでございます。既に参議院で参考人はいろいろな質疑をやっておられますので、きょうはさらに少し具体的に、多少失礼を省みず、率直にお伺いをさせていただきたいと思います。
いずれはさまざまな形で真相は明らかになると思いますが、私たちは、国民を代表するこの予算委員会で、これまで行われてきた証券業界の実態というものを明らかにして、それは、同時にまた、私たちが、今金融ビッグバンなど国際的な社会で日本が対応できる、あるいはまた私たちのこの産業界でいわゆる市場、マーケットというものが成熟をして、そして株式市場というものが広く国民の皆さんに理解をされ、また定着をし、我が国のいわゆる市場経済というものが本格的な成熟した社会に向かっていく、そうした大きな転機になっていただければというふうに考えております。
我が国の伝統ある四大証券の一つであります山一証券の時に社長さんであり、また会長であられ、極めて重要な役割を果たしてこられた参考人か赤裸々にこれまでの真相を明らかにし、また私たちは、これからの将来に対してもしっかりした証券業界というものを我々自身も構築していかなければならない、こういう立場に立って御質問をさせていただきたいと思います。
まず冒頭に、けさの朝刊でありますが、私は、今申し上げたように、もちろん、参考人を初め山一証券だけでなく、日本の証券業界にさまざまあったいろいろな問題、こういうことは厳しく批判をされなければならないと思いますけれども、同時にまた、そうした証券業界を指揮監督してきた大蔵省の役割はどうであったろうか。私たちはこれから、大蔵省のあり方というものも、一府十二省など省庁再編の中でしっかりと位置づけてい
かなければならないと思います。
大蔵省の問題については大蔵省から聞くのは当然でありますけれども、私は、証券会社のトップリーダーとして、きょうの新聞にございますけれども、一連のいわゆる飛ばしなどの事実について、大蔵省は六年前からこの事実を承知していたというふうに報じられております。特に、飛ばしの処理は大蔵省の指導で行っていたとも山一証券の幹部が証言をしているというふうに報じられています。ペーパーカンパニーを使ったいわゆる簿外処理についても、大蔵省は既に知っていたのではないかというふうにも報じられております。
これらの真相について、まず、現在どのような心境にいるのか、また、今申し上げた一連の大蔵省との関係についてどのような事実であったのかを伺わせていただきたいと思います。
この発言だけを見る →いずれはさまざまな形で真相は明らかになると思いますが、私たちは、国民を代表するこの予算委員会で、これまで行われてきた証券業界の実態というものを明らかにして、それは、同時にまた、私たちが、今金融ビッグバンなど国際的な社会で日本が対応できる、あるいはまた私たちのこの産業界でいわゆる市場、マーケットというものが成熟をして、そして株式市場というものが広く国民の皆さんに理解をされ、また定着をし、我が国のいわゆる市場経済というものが本格的な成熟した社会に向かっていく、そうした大きな転機になっていただければというふうに考えております。
我が国の伝統ある四大証券の一つであります山一証券の時に社長さんであり、また会長であられ、極めて重要な役割を果たしてこられた参考人か赤裸々にこれまでの真相を明らかにし、また私たちは、これからの将来に対してもしっかりした証券業界というものを我々自身も構築していかなければならない、こういう立場に立って御質問をさせていただきたいと思います。
まず冒頭に、けさの朝刊でありますが、私は、今申し上げたように、もちろん、参考人を初め山一証券だけでなく、日本の証券業界にさまざまあったいろいろな問題、こういうことは厳しく批判をされなければならないと思いますけれども、同時にまた、そうした証券業界を指揮監督してきた大蔵省の役割はどうであったろうか。私たちはこれから、大蔵省のあり方というものも、一府十二省など省庁再編の中でしっかりと位置づけてい
かなければならないと思います。
大蔵省の問題については大蔵省から聞くのは当然でありますけれども、私は、証券会社のトップリーダーとして、きょうの新聞にございますけれども、一連のいわゆる飛ばしなどの事実について、大蔵省は六年前からこの事実を承知していたというふうに報じられております。特に、飛ばしの処理は大蔵省の指導で行っていたとも山一証券の幹部が証言をしているというふうに報じられています。ペーパーカンパニーを使ったいわゆる簿外処理についても、大蔵省は既に知っていたのではないかというふうにも報じられております。
これらの真相について、まず、現在どのような心境にいるのか、また、今申し上げた一連の大蔵省との関係についてどのような事実であったのかを伺わせていただきたいと思います。
行
行平次雄#3
○行平参考人 行平でございます。
初めに、伊藤先生その他先生方のお許しをいただきまして、一言おわびの言葉を心から申し上げたいと思います。
このたびの件につきまして、大変、国民の皆様また立法府の先生方に御迷惑をおかけいたしまして、まことに申しわけなく思っております。それから政府あるいは日銀の関係者の皆様方、また特に深い信頼をお寄せくださった株主の皆様方、また長年お取引をいただきました投資家の皆様方、多数の方々に御迷惑をおかけいたしまして、まことに申しわけありません。
それから、私の立場であるいは出過ぎたことかもしれませんけれども、約九千何百名の社員並びにその家族等々につきましては、本当に申しわけないと思っております。こういう場で私が言うのは出過ぎたことかもしれませんが、今後の再雇用につきまして、先生方のまた御支援をぜひお願いしたいと思います。
それでは、ただいまの伊藤先生の御質問でございますけれども、まず、大蔵省と私どものかかわり合いは、証券取引法に基づいて私どもは免許をちょうだいし、そして営業を行う、その間に検査があるというようなことであろうか、大ざっぱに言いますとそういうことかと思います。特に、平成三年に損失補てん問題が出てからは、もう懇談会というようなことも一切やめまして、本当に必要な話を必要なときに伺うという間柄でございます。
それから、けさの新聞というお話でございますが、大蔵省が山一証券の飛ばしについて前から知っていたということについては、私は、これはちょっとわかりません。ヤジいや、それは本当でございまして、大蔵省サイドから見てどうかわかりませんが、私どもは、大蔵省が知っていたかどうかということについて、わからないわけでございます。
この発言だけを見る →初めに、伊藤先生その他先生方のお許しをいただきまして、一言おわびの言葉を心から申し上げたいと思います。
このたびの件につきまして、大変、国民の皆様また立法府の先生方に御迷惑をおかけいたしまして、まことに申しわけなく思っております。それから政府あるいは日銀の関係者の皆様方、また特に深い信頼をお寄せくださった株主の皆様方、また長年お取引をいただきました投資家の皆様方、多数の方々に御迷惑をおかけいたしまして、まことに申しわけありません。
それから、私の立場であるいは出過ぎたことかもしれませんけれども、約九千何百名の社員並びにその家族等々につきましては、本当に申しわけないと思っております。こういう場で私が言うのは出過ぎたことかもしれませんが、今後の再雇用につきまして、先生方のまた御支援をぜひお願いしたいと思います。
それでは、ただいまの伊藤先生の御質問でございますけれども、まず、大蔵省と私どものかかわり合いは、証券取引法に基づいて私どもは免許をちょうだいし、そして営業を行う、その間に検査があるというようなことであろうか、大ざっぱに言いますとそういうことかと思います。特に、平成三年に損失補てん問題が出てからは、もう懇談会というようなことも一切やめまして、本当に必要な話を必要なときに伺うという間柄でございます。
それから、けさの新聞というお話でございますが、大蔵省が山一証券の飛ばしについて前から知っていたということについては、私は、これはちょっとわかりません。ヤジいや、それは本当でございまして、大蔵省サイドから見てどうかわかりませんが、私どもは、大蔵省が知っていたかどうかということについて、わからないわけでございます。
伊
伊藤公介#4
○伊藤(公)委員 それでは、もう一つ具体的に伺いたいと思います。
私、株式のことを必ずしも詳細知っているわけではありませんけれども、いわゆる現先取引、有価証券を担保に資金を借りて、後で利息を乗せた金額を返却する、そして担保証券を取り戻すといういわゆる現先取引などについても、既にこのことは山二証券は大蔵省にそのやり方を報告している。そのことについては、証券会社のそうした釈明を大蔵省はそのまま、言ってみれば、見逃していたといいますか、大蔵省自身もそのことを知っていたのではないかというふうに言われていますが、いかがでしょうか。
この発言だけを見る →私、株式のことを必ずしも詳細知っているわけではありませんけれども、いわゆる現先取引、有価証券を担保に資金を借りて、後で利息を乗せた金額を返却する、そして担保証券を取り戻すといういわゆる現先取引などについても、既にこのことは山二証券は大蔵省にそのやり方を報告している。そのことについては、証券会社のそうした釈明を大蔵省はそのまま、言ってみれば、見逃していたといいますか、大蔵省自身もそのことを知っていたのではないかというふうに言われていますが、いかがでしょうか。
行
行平次雄#5
○行平参考人 お答え申し上げます。
平成三年、その前に、平成元年でしたか、二年でしたか、大蔵省の方から、いわゆる営業特金、一任勘定的な営業特金はやめなさい、そういう指示があったと思います。と同時に、そのころから株価は下落を始めました。それで、現在いろいろ言われております、AからB、BからCと行く、転々とする、いわゆる飛ばしがあったと思います。
つまり、簿価で、時価が下がっているにかかわらず簿価で動かす、そういうことによって損が累積していく。その中に、場合によっては損失を補てんしたりという問題が出まして、その辺の総決算で、大蔵の指示で全部それを洗い出し、たしか平成三年九月に私も証人喚問を受けましたけれども、そのとき、平成三年九月のところで申し上げた数字は三百幾らだったと思いますが、後、追加分がありまして、たしか六百ぐらいの最終的な数字になったかと思います。
そして、そういう過程で、いわゆる営業特金その他、そういった預かりをずっと減らしてまいりまして、それで、最後、どうにも行き場がなくなったのを、現在問題になっております、今先生が御指摘のペーパーカンパニーに入れたわけでございます。
そういう次第でございますので、その入れたということはもちろん私どもの経営判断で、これを出したら会社はつぶれる。現在は、今先生おっしゃったビッグバン、いろいろな自分の形に合った経営をすればよろしいじゃないか、そういうことでございますけれども、当時は、やはり四社競り合いの状況の中で、特に、支店も頑張ってくれましたけれども、法人の営業も頑張っている。特に法人の収益に依存するところも当時の山一証券としては非常に大きかったものですから、それを公表することによって信用が一挙に失墜し、会社が危殆に瀕する、そういう判断でやったわけでございます。
お答えしました。
この発言だけを見る →平成三年、その前に、平成元年でしたか、二年でしたか、大蔵省の方から、いわゆる営業特金、一任勘定的な営業特金はやめなさい、そういう指示があったと思います。と同時に、そのころから株価は下落を始めました。それで、現在いろいろ言われております、AからB、BからCと行く、転々とする、いわゆる飛ばしがあったと思います。
つまり、簿価で、時価が下がっているにかかわらず簿価で動かす、そういうことによって損が累積していく。その中に、場合によっては損失を補てんしたりという問題が出まして、その辺の総決算で、大蔵の指示で全部それを洗い出し、たしか平成三年九月に私も証人喚問を受けましたけれども、そのとき、平成三年九月のところで申し上げた数字は三百幾らだったと思いますが、後、追加分がありまして、たしか六百ぐらいの最終的な数字になったかと思います。
そして、そういう過程で、いわゆる営業特金その他、そういった預かりをずっと減らしてまいりまして、それで、最後、どうにも行き場がなくなったのを、現在問題になっております、今先生が御指摘のペーパーカンパニーに入れたわけでございます。
そういう次第でございますので、その入れたということはもちろん私どもの経営判断で、これを出したら会社はつぶれる。現在は、今先生おっしゃったビッグバン、いろいろな自分の形に合った経営をすればよろしいじゃないか、そういうことでございますけれども、当時は、やはり四社競り合いの状況の中で、特に、支店も頑張ってくれましたけれども、法人の営業も頑張っている。特に法人の収益に依存するところも当時の山一証券としては非常に大きかったものですから、それを公表することによって信用が一挙に失墜し、会社が危殆に瀕する、そういう判断でやったわけでございます。
お答えしました。
伊
伊藤公介#6
○伊藤(公)委員 もう一点、伺っておきたいと思います。
こういう一連の飛ばしのことについて、実は、既に参考人は証券取引等監視委員会の事情聴取を受けているようであります。その中で、いわゆる飛ばしについて、九一年の夏、初夏、都内のホテルにおいて、社長であった、参考人が当時社長であったわけでありますが、三木副社長さんを初めその他の副社長二人など九人の方々で、これらの問題について会議を持たれたというふうに述べられたと伺っておりますが、それはまた事実でしょうか。そして、もしあったとすれば、そこではどのようなことが打ち合わされたのかを明らかにしていただきたいと思います。
この発言だけを見る →こういう一連の飛ばしのことについて、実は、既に参考人は証券取引等監視委員会の事情聴取を受けているようであります。その中で、いわゆる飛ばしについて、九一年の夏、初夏、都内のホテルにおいて、社長であった、参考人が当時社長であったわけでありますが、三木副社長さんを初めその他の副社長二人など九人の方々で、これらの問題について会議を持たれたというふうに述べられたと伺っておりますが、それはまた事実でしょうか。そして、もしあったとすれば、そこではどのようなことが打ち合わされたのかを明らかにしていただきたいと思います。
行
行平次雄#7
○行平参考人 お答え申し上げます。
ただいま伊藤先生のお話は、都内のホテルで平成三年夏ごろそういう会議を持ったんではないかというお話でございました。私の今記憶している範囲では、確かにそういうことはございました。それで、当時みんな忙しかったので、全員会えるのは日曜じゃないか、休みじゃないかということで集まったということだったと思います。
それで、私がSECに話した話じゃございませんけれども、今のお話は。むしろ向こうさんから、こういうことがあったんじゃないかと。ちょっと私も忘れていたような話ではございました。しかし、確かにそれはやりました。
というのは、平成四年一月一日から新法が施行されますから、それに基づいて、先ほど申し上げた、お客様にお願いをし、御納得いただきながらおさめてまいりましたけれども、夏ごろに至って、あと半年じゃないか、あと全体どうなっているんだということを把握せぬといかぬという問題と、それから、できたら、それをどのようにおさめていったらいいんだろうか、そういう趣旨じゃなかったかと思います。
ただ、どういうふうにおさめていいかという話は、具体的にはやや方法論はなくて、ともかくお客に誠心誠意御納得いただく、下がっているけれども何とか引き取ってください、そういう話でいくよりしようがないんじゃないかというような感じで終わったと思います。
以上、お答え申し上げました。
この発言だけを見る →ただいま伊藤先生のお話は、都内のホテルで平成三年夏ごろそういう会議を持ったんではないかというお話でございました。私の今記憶している範囲では、確かにそういうことはございました。それで、当時みんな忙しかったので、全員会えるのは日曜じゃないか、休みじゃないかということで集まったということだったと思います。
それで、私がSECに話した話じゃございませんけれども、今のお話は。むしろ向こうさんから、こういうことがあったんじゃないかと。ちょっと私も忘れていたような話ではございました。しかし、確かにそれはやりました。
というのは、平成四年一月一日から新法が施行されますから、それに基づいて、先ほど申し上げた、お客様にお願いをし、御納得いただきながらおさめてまいりましたけれども、夏ごろに至って、あと半年じゃないか、あと全体どうなっているんだということを把握せぬといかぬという問題と、それから、できたら、それをどのようにおさめていったらいいんだろうか、そういう趣旨じゃなかったかと思います。
ただ、どういうふうにおさめていいかという話は、具体的にはやや方法論はなくて、ともかくお客に誠心誠意御納得いただく、下がっているけれども何とか引き取ってください、そういう話でいくよりしようがないんじゃないかというような感じで終わったと思います。
以上、お答え申し上げました。
伊
行
行平次雄#9
○行平参考人 お答え申し上げます。
本当に申しわけありませんが、私の記憶は非常に薄らいでおりまして、私、それから前社長の三木、具体的な名前ですね。あとは役職名ということになりますが、故人になりまして、副会長まで
やりました方ですね。あと法人担当関係、あと商品関係、こういった面々だったと思います。それで、合計九名というのは、正直言って、全然覚えておりませんでした。
この発言だけを見る →本当に申しわけありませんが、私の記憶は非常に薄らいでおりまして、私、それから前社長の三木、具体的な名前ですね。あとは役職名ということになりますが、故人になりまして、副会長まで
やりました方ですね。あと法人担当関係、あと商品関係、こういった面々だったと思います。それで、合計九名というのは、正直言って、全然覚えておりませんでした。
伊
伊藤公介#10
○伊藤(公)委員 飛ばしを続けた結果、最後にみずから株式を引き取る。株式取引の損失を引き受ければ、場合によっては損失補てんに当たることになるわけですが、いわゆる簿外債務の引き受けは平成三年の末までに行われておりまして、証取法の改正で損失補てんが禁止されるようになったのは平成四年。平成四年の一月一日以降は行われていなかったのかを確認させていただきたいと思います。
この発言だけを見る →行
行平次雄#11
○行平参考人 お答え申し上げます。
平成三年十二月末まで、基本的な話し合い処理は全部終わっていたと思います。ただ、実行といいますか、受け渡し的にはちょっと四年に入ったかもしれませんが、基本的には、全部平成三年十二月末で終了したはずでございます。
この発言だけを見る →平成三年十二月末まで、基本的な話し合い処理は全部終わっていたと思います。ただ、実行といいますか、受け渡し的にはちょっと四年に入ったかもしれませんが、基本的には、全部平成三年十二月末で終了したはずでございます。
伊
伊藤公介#12
○伊藤(公)委員 時間が限られておりますので、重要なことだけ伺っていきたいと思いますが、海外の現地子会社が、含み損を抱えた外債を実際よりも高値で引き受けさせた際に、現地子会社にそのような資金力がないので、いわゆる山一証券が実質的に資金を提供する形でやってきたというふうに思うんですけれども、その仕組みで資金の面倒を見ていたのかどうか、事実関係を教えてください。
この発言だけを見る →行
行平次雄#13
○行平参考人 お答え申し上げます。
海外でファイナンスといいますか、今先生御指摘のことが始まりました前後というのは、もう私は会長になっておりまして、その直前ぐらいか、あるいは直後ぐらいにその端緒みたいなのは始まったように思います。したがいまして、資金の動きとか、どういう形で考えたかということは、ちょっと私の記憶にございません。
ただ、結論的に約一千億円評価損が、つまり、今先生御指摘の、簿価よりも時価が安いのに簿価で動かしているということは聞いております。
この発言だけを見る →海外でファイナンスといいますか、今先生御指摘のことが始まりました前後というのは、もう私は会長になっておりまして、その直前ぐらいか、あるいは直後ぐらいにその端緒みたいなのは始まったように思います。したがいまして、資金の動きとか、どういう形で考えたかということは、ちょっと私の記憶にございません。
ただ、結論的に約一千億円評価損が、つまり、今先生御指摘の、簿価よりも時価が安いのに簿価で動かしているということは聞いております。
伊
伊藤公介#14
○伊藤(公)委員 これだけいわゆる多額の顧客の株式取引に損失などを引き受けて、簿外債務として、言ってみれば隠ぺいするといいますか、そういうことでありますから、当然、取締役会やあるいは実質的に正式な社内の会議で話し合われ、はっきりとした意思決定がされたのであるかどうか。だれが、この簿外債務のことを知っていて、これらのことに関与していったのか。いつどこで決められたのかも明らかにしていただきたいと思います。
この発言だけを見る →行
行平次雄#15
○行平参考人 お答え申し上げます。
取締役会その他、正式な意思決定機関では決定しておりません。
それから、知っていた人間は、大きくは、私と亡くなった故人と、それから直前まで社長でありました三木と、この三人かと思います。その他の人々は、ある意味ではプランナーであり、ある意味では技術者であり、全貌を知っていたのではないというふうに私は理解しております。
お答えしました。
この発言だけを見る →取締役会その他、正式な意思決定機関では決定しておりません。
それから、知っていた人間は、大きくは、私と亡くなった故人と、それから直前まで社長でありました三木と、この三人かと思います。その他の人々は、ある意味ではプランナーであり、ある意味では技術者であり、全貌を知っていたのではないというふうに私は理解しております。
お答えしました。
伊
伊藤公介#16
○伊藤(公)委員 いわゆる一般的には山一の簿外債務は二千六百億ではとまらないのではないかというふうにも現在言われています。本当にこれ以上今参考人が知っていることはないのか。つまり、山一が今言われている、巷間言われていること以外に、いわゆる隠しているものはないのか。今後、山一証券の解散手続にもこれはかかわる話でありまして、これらのことはいずれ監視委員会あるいは司法の手によっても私は明らかにされていくと思いますけれども、参考人が今ここで話せる範囲内で、できるだけ明らかにしていただきたいと思います。
この発言だけを見る →行
行平次雄#17
○行平参考人 お答え申し上げます。
私が概括的に知っておりますのは、先生今御指摘の二千数百億でございます。あとは私はないと考えております。
ただ、この五年間社長をやっておりませんから、絶対ということは言えませんけれども、私の知っている範囲では、その二千数百億でございます。
お答えします。
この発言だけを見る →私が概括的に知っておりますのは、先生今御指摘の二千数百億でございます。あとは私はないと考えております。
ただ、この五年間社長をやっておりませんから、絶対ということは言えませんけれども、私の知っている範囲では、その二千数百億でございます。
お答えします。
伊
伊藤公介#18
○伊藤(公)委員 いわゆる飛ばしを繰り返した結果に、引受先がなくても、山一証券で抱え込んでいる限り、株式の含み損として処理しておけばいいことで、どうしてそういう処理ができなかったのか。それは、現物としての株式があるいはなかったからではないかとも私は考えるのです。つまり、架空の売買を行っていたのではないかというふうに私も考えてもみるのですけれども、事実関係を明らかにしていただきたいと思います。
この発言だけを見る →行
行平次雄#19
○行平参考人 お答え申し上げます。
ただいま御指摘のお話は、物がないのに架空売買があり得たんじゃないかという御質問でございますが、これは私はなかったと思います。
ただ、先ほど申し上げたように、簿価と時価が離れてしまう、それも若干ならまたいろいろとという手もあるのかもしれませんが、これは離れ過ぎていて、それで山一証券本体で引き取れない、そういう金額で時価と簿価の乖離であったのではないかというふうに思います。
以上でございます。
この発言だけを見る →ただいま御指摘のお話は、物がないのに架空売買があり得たんじゃないかという御質問でございますが、これは私はなかったと思います。
ただ、先ほど申し上げたように、簿価と時価が離れてしまう、それも若干ならまたいろいろとという手もあるのかもしれませんが、これは離れ過ぎていて、それで山一証券本体で引き取れない、そういう金額で時価と簿価の乖離であったのではないかというふうに思います。
以上でございます。
伊
伊藤公介#20
○伊藤(公)委員 それでは、参考人は当時その立場にいたので明らかにできると思いますが、九一年当時、帳簿でどのくらいの損失があったのか。そして、その帳簿は実際に保管されていると思いますけれども、もしその帳簿があれば、私はできるだけ早く公にしていただきたいと思います。この九一年当時の帳簿を提出することはできるでしょうか。
この発言だけを見る →行
行平次雄#21
○行平参考人 お答えします。
私は、今度の総会屋への利益供与事件で、八月に会長を辞しまして、それから十一月二十四日に、それまで顧問でございましたが、これも実質解任されたわけでございます。それで、現在、御承知のように、会社は清算状態でございますので、ちょっと私、全然会社と正直言ってノータッチでございますが、私の現在の立場ではちょっと指揮命令できませんので、まことに申しわけございませんが、その辺は現執行部にお命じいただければありがたいと思います。
以上でございます。
この発言だけを見る →私は、今度の総会屋への利益供与事件で、八月に会長を辞しまして、それから十一月二十四日に、それまで顧問でございましたが、これも実質解任されたわけでございます。それで、現在、御承知のように、会社は清算状態でございますので、ちょっと私、全然会社と正直言ってノータッチでございますが、私の現在の立場ではちょっと指揮命令できませんので、まことに申しわけございませんが、その辺は現執行部にお命じいただければありがたいと思います。
以上でございます。
伊
行
伊
伊藤公介#24
○伊藤(公)委員 はっきり申し上げれば、裏帳簿です。一連のことをやってこられたわけですから、そのときの帳簿があるはずです。これはもういずれ明らかになりますよ。
ですから、私は、その当時の責任ある立場にいたわけですから、参考人は、これだけ大きな社会的な問題であり、日本の金融業界、世界に対して日本は大変な信用を失墜した、やはり私は非常に大きな責任があると思いますよ。そのときの帳簿がないはずないですから、ぜひその帳簿は責任ある立場で私は公にしていただきたいと思います。
この発言だけを見る →ですから、私は、その当時の責任ある立場にいたわけですから、参考人は、これだけ大きな社会的な問題であり、日本の金融業界、世界に対して日本は大変な信用を失墜した、やはり私は非常に大きな責任があると思いますよ。そのときの帳簿がないはずないですから、ぜひその帳簿は責任ある立場で私は公にしていただきたいと思います。
行
行平次雄#25
○行平参考人 お答えします。
私は、冒頭申し上げたように、会社をつぶさないため、会社の危殆に瀕さないためということで一筋に考えたつもりではございますけれども、結果、こういうことになって、重大な経営責任は感じております。
それから、裏帳簿につきましては、私は、その存在その他全く存じません。
この発言だけを見る →私は、冒頭申し上げたように、会社をつぶさないため、会社の危殆に瀕さないためということで一筋に考えたつもりではございますけれども、結果、こういうことになって、重大な経営責任は感じております。
それから、裏帳簿につきましては、私は、その存在その他全く存じません。
伊
伊藤公介#26
○伊藤(公)委員 これは、これから監視委員会でも当然事情聴取されると思いますし、明らかにされていくと思いますが、責任ある立場でその帳簿があるかないかを会社に指示して、可能な限りこれは明らかにしていただきたいと思いますが、その努力をしていただきたいと思いますが、いかがでしょう。
この発言だけを見る →行
伊
伊藤公介#28
○伊藤(公)委員 この帳簿はぜひ明らかにしていただきたいと思いますので、委員長のもとで、この委員会をもって、正式に、参考人それから山一証券にこの帳簿を出すように指示をしていただきたい。委員長にお願いをいたします。
この発言だけを見る →松