山口公生の発言 (緊急経済対策に関する特別委員会)
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○山口政府委員 お答え申し上げます。
先生御承知のように、当地区は七年の一月の十七日に大震災に見舞われました。その後、同じ年の八月の三十日でございますが、旧兵庫銀行が、その震災の影響もあったと思いますが、破綻をいたしました。そこで、その後、十月になりまして、七年の十月でございますが、受け皿銀行としてみどり銀行を設立させていただいたわけでございます。
ちょうどそのころ、金融の三法というものを視野に入れておりましたが、それは、成立したのは翌年八年の六月でございます。金融三法が成立した後に処理をいたしますれば、これは全額保護という形で資金援助がフルにできるわけでございます。しかし、そこまで待てない、つまり、当時の状況からして、震災で非常に苦しんでおられた地元のために早く新しい銀行をつくって、その取引先等を守ってあげなければいけないということで、当時の金融界あるいは地元の財界等に出資を仰ぎまして、旧兵庫銀行を破綻させた上で新しい銀行に引き継いだ。引き継いだときに、金融三法の以前の処理でございますので、ペイオフコストの以内でなければ資金援助を出せないという法律の制約がありました。したがって、赤字部分を営業権という形で十年間ぐらいかけてだんだん償却をして、立派な銀行にするという計画でございました。それから、不良債権も一部は引き継いで、そのままスタートしたわけでございます。
しばらくは、兵庫県の経済状況もよくなりました。このままうまくなるかなという感じでございましたが、不幸なことに、その後かなり経済状況も思わしくないということで、その計画どおりに進まなかった。したがって、そういった重荷を背負って出発しましたみどり銀行が、残念なことでございますけれども、債務超過に陥りそうになった。したがって、今あります金融三法のスキームで、もしそれが適用できていれば資金援助できた部分を資金贈与してあげますよと、それは合併ができる形になるということで、阪神銀行が受け皿になり、ちょうど同じ地区の銀行でございますので、県民銀行として兵庫県のために力を合わせて再出発するという形になりましたので、私どもとしてもそれは支援をしてまいりたいというふうに考えております。