水谷研治の発言 (予算委員会公聴会)
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○水谷公述人 国民の理解を求める、大変難しゅうございます。しかし、一番重要な点は、私が考えますのに、改革をやれば落ち込むということをはっきり明示することであります。しかも、大改革なのでありますから大きく落ち込む、しかしやらなければいけない、この訴え方の力不足じゃないでしょうか。国民はえてして、改革をやらなければならない、何のためか、よくなるから。よくするために、そのよくするのは後々であるということをはっきりさせなければいけないと思います。目先的には、落ち込むのが最初なのであります。まず相当落ち込む、しかし将来のため、十年、二十年、五十年後のために我々はやらなければならない、これの説得が不足のままに乗り出したという感じがするのであります。
いや、確かに、総理大臣初め、去年いろいろおっしゃいました。しかし、おっしゃいましたけれども、現実に景気が下がってまいりますと、経済界を初めといたしまして、まず目先の景気が大切だ、目先の景気が復活しませんと将来のことは実現しないではないかという声に打ち消されまして、今日もまたその意見が大きいかと思いますけれども、そんなことをやっていますと、一体いつになったら改革はできるのか。そして、改革をちょっとやりますとまた落ち込む、そのたびごとに改革をストップする、本当の改革ができません。
私は、海外の例は詳しくはございませんが、例えば、サッチャーのやったこと、レーガンのやったこと、あるいはニュージーランドでやられたことを考えますと、相当な犠牲を国民に強いております。当然です。相当な犠牲がなかったら改革にならないわけです。我々は、その結果だけ見て、立派であったと褒めそやします。結構です。しかし、その過程で、国民がどれくらい苦難を強いられ、それを我慢したか、我慢させたか。
これは、あるいは政治家の先生方に申し上げるのは無理かもしれません。マスコミの力なのかもしれません。しかし、我々は、一人一人がそういうことをお互いに話し合い、国民に訴え続けなければ改革はでき上がらないのではないか、このように考えております。