リチャード・クーの発言 (財政・金融委員会)
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○参考人(リチャード・クー君) 責任論についての御質問ですけれども、このバブルという状況に関して、バブルが実際に進行しているときにバブルという言葉はありませんでした。だれもあれはバブルと思っていなかったからこそあれがバブルだったんですね。つまり、全員間違えたわけであります。今、銀行の責任を問うている多くの評論家の方々が八年前テレビでどんなことを言っていたか、これ一つ見ればいかにみんなが間違えていたかということはもう歴然としているわけですね。
あのバブルの中でバブルに乗らなかったのは私が知っている限り二種類の方だけてあります。明治生まれの経営者の方々、つまり昭和恐慌を実際に経験されている方々、前田建設の会長さんですとか太陽生命の方、この辺は乗らなかった。わかっていたからですね。あと外国人。ずっと株をこの時期売っていたわけですが、彼らは世界で似たようなことが随分いろんなところで起きていましたからこれは見えていたわけですけれども、日本国内はほとんど全員がもう日本の実力だ、円高なんか怖くない、アメリカから学ぶものはないと、こんな雰囲気でどんどんいっていたわけですね。
そういう評論家の話を聞いた銀行員がそれをもとに金を貸した、そうしたら今こういう結果になってだれの責任かといっても、私はそんなに銀行員だけ捕まえてしょっぴいてみるのはどうかなという気がします。全員が間違えたからこそバブルは発生したわけです。
もう少し話を広めますと、もしも大半の金融機関は正しい行動をとっていて、二、三の金融機関が間違えたのであれば、ほかの人はちゃんとそこで正しい判断をしたにもかかわらずあなた方は間違えたんだから責任を問いますといってもこれは筋が通った話になると思いますが、全員が間違えたときにその中の何人かを引っ張り出して今のCクラスの銀行のだれだれとやっても、これはちょっと厳し過ぎるのではないかという気がします。
つまり、全員が間違えたとき、全員が間違えたからこそ今こういう状況になっているわけで、そのときはまさに船が沈んでいるわけですから、その船の底にだれが穴をあけたのかということを議論するめではなくて、まずとに。かく穴をふさいで、責任の話はちょっと後回しにするということが肝要ではないかという気がします。