今井康夫の発言 (沖縄及び北方問題に関する特別委員会)

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○政府委員(今井康夫君) 先生御指摘のサハリンの石油・ガス開発については長い歴史がございますので、簡単に御紹介させていただきますが、最初は石油危機のときでございます。一九七〇年代初めでございますけれども、石油の安定確保ということで、日本国官民挙げて石油開発プロジェクトをナショナルプロジェクトということで進めてまいりました。その一つがこのサハリンの石油の開発プロジェクトでございます。
 当初一ソ連は、自分の領域の中で外国企業が操業するということを認めませんでしたものですから、最初の旧SODECOという案件は融資買油契約、こちらから、日本側からお金を貸して、ソ連側は探鉱して当たった場合には日本側に油でお金を返してもらうという案件でございます。また、一定の報酬もこちらがいただくという案件でございました。
 それで、一九七四年でございますけれども、サハリン石油開発協力、いわゆる旧SODECOでございますけれども、これと石油公団及び民間企業、これは十七社、石油公団と民間企業十七社がつくったのが旧SODECOでございますけれども、それをつくりまして、ソ連側に二・七七億ドルの融資をいたしました。そのお金を使いましてソ連側は探鉱作業をやったわけでございます。
 それで、探鉱作業は八三年まで続きました。十年近く続きましたけれども、その過程で一定の油とガスが出たわけでございます。当たったわけでございますが、実は、当たった後、今度は生産に移行するという議論をして評価をしておりましたときに、いわゆる逆オイルショックということで石油価格が半分になってしまったということがございました。それで、その生産にいっ移行するかとずっと議論をしてまいってきたわけでございまして、融資しました二・七七億ドルはそのままになっておったわけでございます。
 その後、その過程でソ連が崩壊するということになりまして、今度はロシアにこの案件が引き継がれたわけでございます。その後、ロシアは新しい体制で自分の石油鉱区を開放する、海外企業にも開放するという政策をとりましたので、そこで日本側の旧SODECOはロシアとの間で交渉を開始いたしました。探鉱開発の地域をもっと広げるということ。それから、これは寒いところで作業をいたしますのでそういう技術力が非常にすぐれたエクソンを入れる、アメリカのメジャーを入れるということ。それから、融資買油契約というのを改めまして、よその国で行われているのは生産物分与契約というのがございます。みんなが入っていって成功して生産した場合は三対三対四、この場合は日本が三、エクソンが三、ロシアが四でございます、生産を分けてもらうという契約を結ぶように交渉をいたしたわけでございます。その結果、それが功を奏しましてロシア側との間で合意が行われました。
 そのときに旧SODECOは、従来、ロシアが二・七七億ドル債権を、うまくいったらという債権でございます、探鉱が成功したらという債権を持っておりましたが、これを放棄する、そのかわり鉱区をいただくという契約をいたしました。その契約を今度は具体的に実行するときに、先生おっしゃられましたように新SODECOが出てまいります。旧SODECOは今までやってきたわけですけれども、新しい鉱区をもらって探鉱するとまた非常に大きなお金がかかるものですから、古い株主の中で新しいお金を調達して新しいプロジェクトにお金を出すのは大変だという企業が出てまいりましたので、新しい会社をつくりました。それで、新しい会社とエクソンに旧SODECOが持っております権利をいわば売ったわけでございます。
 それは、二・七七億ドルソ連に貸しておったものを放棄しましたので、二・七七億ドルを新しい新SODECOとエクソンからそれがうまくいった場合には将来返してもらうという契約にいたしました。それでエクソンもそれを了承し、新SODECOも了承して、現在、新SODECOがサハリンⅠプロジェクトということで探鉱をしているところでございます。
 今、探鉱に入ったところでございまして、私ども聞いておりますのは、まずまずの成績が出ておるというふうに聞いております。
 以上でございます。

発言情報

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発言者: 今井康夫

speaker_id: 11945

日付: 1998-10-02

院: 参議院

会議名: 沖縄及び北方問題に関する特別委員会