1998-10-13
参議院
加藤雅信
日本国有鉄道清算事業団の債務処理及び国有林野事業の改革等に関する特別委員会
加藤雅信の発言 (日本国有鉄道清算事業団の債務処理及び国有林野事業の改革等に関する特別委員会)
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○参考人(加藤雅信君) 御紹介いただきました加藤でございます。
今回問題となっております国鉄清算事業団の債務処理の問題は、深刻となっている経済不況の問題とも財政再建の問題とも関連する広がりの大きい問題で、波及的に関係するところは極めて広範囲にわたりますが、時間も限られておりますので、ここではJR共済が厚生年金に統合することに伴ってJR各社が厚生年金移換金の一部を負担するのが正当かどうかという点に限定してお話をさせていただきたいと思っております。この問題に詳しい先生方を前にしてこんなことを申し上げるのも恐縮ですが、私はこれは余り複雑な問題ではないと思っております。
国鉄は昭和六十二年に事実上破産いたしまして、JR各社と国鉄清算事業団とがその事業を引き継ぎました。それに伴って、年金を扱う国鉄共済もJR共済となったわけですが、これも平成九年には破綻を来し、厚生年金に引き取っていただくことになったわけです。
例え話で恐縮ですが、民間会社に例えて言いますと、国鉄は財政状況が悪化して更生会社になったようなものです。会社更生に伴って旧会社をやめなければいけない者もいたが、新会社に移れた者もいた。今国会に提出されている法案の内容を一言で言えば、新会社に移った者については、JRさん、ちゃんと新会社で年金の面倒を見てくださいね、費用は新会社持ちですよというものです。ところが、JRさんはそれは嫌だとおっしゃる。新会社に来てからの分は自分たちで持つけれども、旧会社時代の分は持たないとおっしゃるわけです。それでは、旧会社時代の分だけこの人たちが年金は少なくなっても仕方がないとおっしゃるならば話は別ですが、そうはおっしゃらないわけですので、その人たちがちゃんとした年金を受け取るためには結局税金で国民が負担するなりなんなりしなければならないということになります。
しかし、この世の中で会社更生等があったときに、旧会社から新会社へと続いて働いている人たちの昔の年金分を新会社は払わない、よそが払ってくれと言ったら、理屈を考えてもそれはちょっと通らないと思います。年金の拠出を更生会社が怠っていたような場合を考えますと、更生手続開始以後の拠出分は共益債権、その前のは更生債権となると思いますが、いずれにしても更生会社が負担を免れるようなシステムは採用されておりません。それを考えますと、今回の議論についても、JRさん、今の主張はちょっと行き過ぎではないでしょうかと思われてならないのです。
今回の法案は国鉄清算事業団債務処理法案と呼ばれております。題が一般的な債務処理となっているものですから、国鉄清算事業団の負っている債務をこのごろもうかっているらしいJRに少しは負担させてもよいのではないかという議論ではないかと一部に思われているところがあるようです。もちろん、民間会社がもうかっているからといって、そこに関係ない債務を負担させるなどということは、江戸時代の冥加金でもあるまいし、許されるはずもありません。この部屋にいらっしゃるような専門家の方にはこのような誤解の心配はないと思いますが、大学等で学生等々と話しておりますと、一部にこのような誤解があるようです。
ですから、今回の法案はJR各社に一般的な債務負担を求めるものではなく、自分たちが雇い続けている従業員の年金負担を求めるものにすぎないことを世の中の人にわかっていただいた上で、世論の動向を見きわめる必要があると思います。現在の案でも、国鉄に勤めていてJRに来なかった人たちの年金分は公的資金による負担、具体的に言いますと、国庫補助金を含む形での鉄建公団負担となっているわけですから。
次に、今回のJR共済の厚生年金への統合に関しての厚生年金、国家公務員共済、地方公務員共済、私学共済等の他の機関の負担とJR負担とのバランス論を考えてみたいと思います。
初歩的な話で申しわけありませんが、年金制度には二つの側面があります。一人の人に即して長い年月を見れば、若いころから掛金の形でせっせと積み立てをし、いわば貯金をしておいて、年をとってからそれを取り崩すという側面があります。また、一定時点で横断的に見れば、若い世代が年をとった世代を支えるという世代間扶養の側面もあります。
JR共済が立ち行かなくなったので厚生年金に統合するということは、厚生年金に入っている人たちから見れば、自分たちが営々と貯金をしてきて、さあこれから次の世代に扶養してもらおうと思っていたところにJR共済の人たちが割り込んできたという側面があります。言葉は悪いですが、自分たちの預金に基づく年金制度を一部横取りされる側面があることは否定できません。
今回支援を予定されている幾つもの共済制度にしても、本来なら自分たちの年金に回る部分を削って、関係ないはずのJR共済の人たちを救っていくのです。厚生年金の加入者や他の共済組合の構成員たちは、今回六兆円分自分たちの年金を削って、本来は無関係のJR共済の構成員を救おうとしているのです。国鉄の財政破綻にしても、JR共済の崩壊にしても、赤字路線の建設を押しつけられたり、人員構成の世代間の比率がバランスを崩したことの要因が大きく、国鉄やJRの人々には気の毒な側面が強いのですが、旧国鉄の経営が万全なものだったとも思えません。
再度比喩となりますが、イソップのアリとキリギリスの話で言えば、厚生年金の加入者や他の共済組合の構成員たちはアリのように働いてためてきたものをJR共済の構成員のために譲って、気の毒な状況にあるキリギリスを救おうと乗り出し始めたわけです。昭和六十二年に国鉄がだめになった段階でJR共済も早晩だめになるであろうことは明らかだったとは思いますが、破産に瀕した人たちを前にして自己責任の原則を正面から言うことを皆は遠慮しました。その段階では、JRがどうなるかも、JR共済の先々の破綻をどのように救済するのかの具体案もだれにもわかりませんでしたから。
しかし、JR各社のうち、少なくとも三社は黒字になっています。ところが、関係ない他の年金に六兆円の負担を求めながら、JRさんたちは自分たちの社員についての千八百億円の負担を嫌だとおっしゃろうとしているのです。十年前の国鉄崩壊のときには、国民たちは公的負担も我慢しました。国鉄が息も絶え絶えだったからです。
しかし、新生JR、少なくとも一部の会社が息を吹き返し、満腹になりながら、無関係の他の年金には身を削った負担を求め、自分たちは社員の面倒も見ないというのであれば、他の年金の関係者たちは、JRさん、それはないよ、それじゃキリギリスの居直りだと思うのではないでしょうか。
私は名古屋に住んでおります。きょうの会にも新幹線で来ました。しょっちゅう新幹線を使います。アメリカやヨーロッパにもよく行きますが、そちらで鉄道に乗るたびに日本のJRの優秀さをとても誇りに思い、JRをこよなく愛している人間の一人のつもりです。また、国家公務員共済の加入者として身を削ってJR共済を助けることになる者の一人ですが、別段それに異を唱えるつもりもありません。それだけに、今回のようなJRの主張を聞くととてもがっかりし、他人に物を頼む前に自分でやるべきことはやってくださいよとお願いしたくなります。もちろん、お願いという穏やかな形で申してはおりますが、心の中ではそれは本来当然のことではないでしょうかとも思っているのです。
勝手なことばかり申し上げました。失礼の段をお許しいただければ幸いです。
ありがとうございました。