山本譲司の発言 (行政改革に関する特別委員会)

⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。 詳細は利用規約をご確認ください。

○山本(譲)委員 続いての質問に移ります。
 これまで行政改革は、幾たびもいろいろな、これは政党でありますとかあるいはマスコミも含めて、いろいろな観点から主張をされ、政府もあるいは政党も取り組んできたわけでございます。古くは一九六〇年代の第一次臨調、ここに始まりまして、記憶に新しいところでは八〇年代の土光臨調、そしてこれを引き継いだ形の三次にわたります行革審などがあるわけです。
 この間、成果の乏しかったもの、それなりに、また逆に成果を得たものと、結果はそれぞれでございますが、いずれの場合も、一度切りがついてしまったかと思えばまたすぐに新たな行政改革が始まるということのどうも繰り返しだったんじゃないかと思うんです。
 これは、一つは、やはり行政改革というものそれ自体の性格によるものだと考えるわけですが、当然、行政というのは、常に社会のさまざまな要請にこたえる必要があって、その社会の要請というのは、やはりそのものが日々変わっていく、流動的な性格のものであるという以上、常に行政改革が求められるというのは当然の成り行きでございます。
 しかし、今まで政府が行政改革を幾たびも、何度も何度も繰り返さざるを得なかったというのは、今申し上げたような、時代の要請が変化をする、したがって、それにこたえるためという要因ばかりではなかったのではないかというのが私の見方でありまして、というよりも、やはり、政府の戦略性のなさというのがこのような事態を招いてしまったと言っても過言ではないのではないかと思います。
 それは、政府に、今申し上げました、行政改革とは継続的に常に推進していくものという、こういった認識が足りなかったんじゃないか。このことの明らかな証左は、やはりその推進方法にあるのではないかと思います。
 先ほど申し上げましたように、政府の行政改革は常に時限的な、時期が限られた調査会あるいは審議会が結局は主役になってきたのではないか。よくいろいろな、先日のこの委員会でも私も質問をさせていただきましたが、結局は……(発言する者あり)いや、審議会廃止とは言っていないですよ。結局、審議会の中で官僚がその事務局を担って、官僚のための官僚による官僚の審議会ということがずっと続いてきてしまっている。政府の答弁も、議員が聞いても、何とか審議会で検討中でございますからと、あたかも議会より審議会の方が優先するようなことを平気で言ってしまう。やはり審議会がどうも主役だったのではないか。
 時の総理大臣が諮問をして、これに対して審議会が答申を行って、そしてその答申を受けて一定の法的な措置が終了をしてしまえばとりあえず一段落、そしてまた新たな審議会へ、こういうことを繰り返してきたわけでございまして、そのたびに審議会のメンバーがかわってしまって、そこでその間ずっと審議会の中で積み上げられてきた財産を一度放棄してしまって、また一からやり直す。これでは結局、単発的な行政改革に終わってしまうのではないか。
 そして、二番目の要因は、行政改革を推進するに当たって、先ほど官僚云々ということを言わせていただきましたが、常に改革の対象であります官僚に結局行政改革の方向性を出すのを任せ切りになってしまっている。まさに、まないたのコイに包丁を持たせているというような、どうも奇妙な、おかしな行政改革がずっと続けられてきた。
 役所が実質的に裁量権を有するような行政改革で役所の抜本的な改革というのは当然できないということは自明の理でございまして、それにもかかわらず、五五年体制の中で長期政権をずっと維持してきました自民党の皆さんは、このような矛盾を結局繰り返してきたのではないかと率直に思わざるを得ないのです。
 その結果、行政改革は常に不十分に終わってしまって、新しい行政改革をそのたびそのたびまた始めることになるわけです。先ほど触れました審議会方式も、結局この延長線上にあるわけです。
 確かに、土光臨調の際には、土光さんの国民的な人気を背景に一定の成果を上げたと思います。これを除くと、審議会依存型の行政改革が国民の目から見て大成功、こう映るものはどうもなかったのではないか。この理由に官僚支配の審議会があったことは、これはさまざまな審議会に入った、先日も質問をしました我が党の岩國議員、あるいは細川元総理、こういった方の意見を聞いてもやはり明らかなことでございます。そして、このような国民の側に立って積極的な意見を展開する人は、どうも次の審議会の委員から外されてしまう、こういうことが官僚のやり方ではないかというようなことも言われております。
 このような従来の行政改革の欠点というのは、基本的に今回の行政改革の中にも結局は引き継がれてしまっているのではないか。
 今回の改正に当たりまして、従来の審議会に当たるのは行政改革会議でありますが、確かにこの会議はこれまでとはちょっと違った形をとったわけで、総理みずからが会議を主宰しまして、メンバーに国務大臣を加えて、そのほかのメンバーも、大学教授にとどまらず経済界など大変多彩な人たちになっています。しかし、結果的にまないたの上のコイに相変わらず包丁を握らせてしまっている。総理を初め各界一流の人材をこうやってそろえたために、大変多忙な人たちでございますから、この方々の議論の中で物事が決まっていくというシステムは結局とれなかったのではないか。官僚主導だったのではないか。
 さらに、本来なら行政改革に対して最大の責任を負っているのがやはり私たち立法府のメンバーである。しかし、これがどうも職責を忘れて既存省庁の強力な保護者になってしまったのではないか。いつの間にか包丁がもっと違う凶器になってしまったのではないか。これが、政府の行政改革案が結局は看板のかけかえに終わってしまったという最大の原因ではないかと私は考えております。
 また、この行政改革会議を引き継いで継続的に行政改革に特化をしていくという機関も、結局は見当たらないわけであります。これでは、今後の継続的な行政改革の推進のみならず、今回の改革のフォローアップはだれがしていくのかというのも結局定かではございません。
 このように、この間の累次にわたります政府の行政改革、私は失敗だと思っていますが、これから引き出される結論は結局は明らかではないか。まずは、行政改革は政治が責任を持って行うこと。そしてそのためには、政治の側に立って行政をチェックして、政治に意見を述べていく専門機関が必要である。そして、この機関は臨時に行われるものではなくて、やはり恒常的に設置をされているものでなくてはならないと考えております。
 この点について、民主党案がどのようになっているのか伺いたいと思います。

発言情報

speech_id: 114504278X01319990609_019

発言者: 山本譲司

speaker_id: 16662

日付: 1999-06-09

院: 衆議院

会議名: 行政改革に関する特別委員会