井下田猛の発言 (行政改革に関する特別委員会公聴会)
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○井下田公述人 地方の姫路からやってまいりました井下田でございます。
今回、お集まりの皆さん方の前で公述人をさせていただきますけれども、少しく長い間地方自治絡みの勉強を地方でしてきた者にとっても、とても感慨の深いものがございます。
御承知のように、今回の分権改革は、場合によっては、明治維新の動きあるいは戦後改革に並ぶ第三の改革と一般的に言われていますように、改めて、そのような重い意味を今回の分権改革は持っているように思われてなりません。とりわけ、お集まりの皆さん方は、既に九三年の六月の段階で、衆参両院で地方分権の推進に関する決議を採択されて、以来六年を今迎えているわけですけれども、それだけに、地方分権改革が全体としてより具体的に動き始めていますことを、私は先ほど来から、感慨を持ってと申し上げましたけれども、感慨を持ちながら、改めて、時の流れの大きなことを確認したいと思います。
さて、私は、全体としては、以上のような経緯から、今回の分権改革の一括法について基本的には賛成したいと思います。しかし、冒頭の部分であえて地方の姫路からと申し上げましたように、地域や地方で生活していますと、少々ながら、注文やらあるいは疑義の部分がないわけではありません。したがって、ないものねだりの部分もあろうかなと思いますけれども、以下数点にわたって、考えておりますことを申し上げてみたいと思います。できましたら、お集まりの委員の皆さん方、よく聞いてくださって、考えていただければ、考え直しをしていただければ、とてもありがたいと思います。
第一点は、今回の一括法の問題点と一般的に言われていますように、拙速主義とかかわる部分について申し上げてみたいと思います。
御承知のように、一九八〇年代に、行政改革の推進から、一括法の立法形式がとられてきました。そしてまた、今回も、会期内の成立を目指して、改正作業の効率化のために今回の分権改革の一括法が上程されているわけですけれども、先ほどの恒松公述人ではありませんけれども、やはり量が余りにも多過ぎますね。法案だけでも千二百ページに及びますし、新旧の対照表の部分だけでも千八百ページですし、参照の条文の部分だけでも千五百ページというわけですから、これは幾ら何でも、量的に余りにも多いものを含んでいます。
そして、今回の機関委任事務の廃止の部分だけでも三百五十一本に及ぶわけですね。そして、法律改正が、この三百五十一本を含んで一挙に四百七十五本に及ぶというわけですから、これは、お集まりの委員の皆さん方が幾ら力量的にすぐれたものをお持ちであっても、まず物理的に無理な話だろうと思います。それだけに、今回の一括法は、個別根拠法の中身にわたる審議の部分については、まあ、改めて、ほぼ絶望的だと言うのは言い過ぎでしょうか。
多くの国民にとってみれば、せっかくの機会です、審議してよかったという確認を国民の多くは期待しているかなと思いますけれども、この部分がやはり拙速主義だろうと思われてなりません。精査がなされない一括法であっては、逆に、国会の存在意義があるいは疑われるのかもわかりません。
とりわけ、政治の行政化が問われていて、その抜本的改革が課題視されています今日です。改めてお集まりの皆さん方に、先ほどの恒松公述人のお話ではありませんけれども、できるならば、もう少々時間をかけて、市民レベルで、国民的レベルに立って御検討していただくような、そのような時間の問題をもう少々確保していただければありがたいと思います。
以上が第一点の、一括法の問題点と拙速主義に対するいわば歯どめにかかわるお話です。
第二点に移りたいと思います。
第二点は、地方自治の原則と今回の一括法の現実と関連して、もう少々申し上げてみたいと思います。
私は、分権改革というのは、とりわけ、集権と画一を排して分権と多様性を保障して、国民、市民レベルによる自主裁量権と自己決定の原則が保障できるシステムをつくって、結果的には、国民の人としての尊厳や、国民の人としての自立を保障する営みを分権改革と名づけてみたいと思います。
この観点に立って、今回の一括法案のすべてを読んできたわけではありませんけれども、今回の一括法案について少々ながら検討してみますると、中央省庁の機能純化の点でも不十分ですし、そしてまた、随所に分権ぼかしが顕著であり過ぎるかなと思います。とりわけ、省庁の主張にすり寄って、地方に厳しく国の役割を強化し、結果として、地方分権改革はかなり形骸化して、中央集権は依然として健在であると指摘せざるを得ない部分を多々持っているように思われてなりません。
現に、機関委任事務は、原則として自治事務とされたものの、実際には五割ちょっとのレベルに後退していますし、事前協議による合意が必要とされて国の強い関与が残る法定受託事務は、当初二割の予定が大幅にふえて、四割ないしは五割に近くなっているわけでしょう。この法定受託事務に係る関与の類型に、技術的助言や勧告などに加えて、特に必要な場合は許可、認可、承認と指示、それに特定の場合には一定の手続のもとに代執行がとられることにもなっているわけですが、しかし、措置要求や事前協議制もまた、国レベルからの歯どめ的な縛りや、それに恣意的判断やコントロールの余地が多々残っていて、問題が伏在していると言わなければなるまいと思います。
加えて、国と地方を通ずる税制や財政に踏み込んだものが乏しくて、特に地方財政レベルでいえば、依然として歳入の自治と歳出の自治はほぼ手つかずのままに推移しているところに、最大の問題点が残っているというふうに指摘できるのじゃないでしょうか。
以上が第二点の、地方自治の原則と一括法の現実絡みの部分です。
第三点に移りたいと思います。
第三点は、自治事務に対する国の関与絡みの部分について、指摘させていただきたいと思います。
自治事務に対する是正の要求に改善義務が付されていることは、地域における自己決定よりも国の省庁の判断を優越させていて、やはり疑問符が残ると言わざるを得ません。
今回の地方自治法の改正案では、自治事務の処理が法令に違反していると認めるとき、または著しく適正を欠き、かつ、明らかに公益を害していると認めるときは、各大臣は、知事に対し是正を求めることができ、知事に指示して市町村長に対し是正を求めさせることができると規定されています。そして、是正の要求があった場合には、自治体にその改善義務が課せられることになっています。
なるほど現行法にも是正措置要求の制度はありますけれども、ここには改善義務が課されているわけではありません。それに、内閣総理大臣のみに認められている権限であります。これを各大臣にまで拡大し、さらに改善義務を課しているというのは、従来と比べてみても、この部分はかなりの後退だと言えるかなと思います。
これが第三点の、自治事務とかかわる国の関与の部分です。
第四点に移りたいと思います。
第四点は、法定受託事務の問題と地方事務官制度の問題について、少しく申し上げてみたいと思います。
なるほど地方分権は、国と地方の上下、主従関係から対等、協力なものへと変え、地方に自己決定権と自己責任の原則を確立するものであり、ローカルイニシアチブによる実効ある分権化が問われています。この観点から見ても、できることならば、法定受託事務量を可能な限り削減するということが、今日及び今後の時代の要請として、抜かすわけにはいかない大事な視点の一つかなと思います。それだけに、国行政やお上の都合に合わせることではなくて、国民や市民と直結する部分で、個性的で多様な地域づくりを可能にする分権の内実の拡充が図られることを、大いに期待したいと思います。
この観点に立って考えてみますると、改めて、地方事務官制度の問題あたりも、今回の一括法で指摘されている部分については疑問符を持ちたくなります。といいますのは、都道府県知事のもとで社会保険や職業安定の仕事をしている国家公務員の地方事務官制度を廃止して、通常の国家公務員とするということは、改めて、国民や市民の利便性や効率性の観点から見て、大いに問題が残るかなと思われてならないからです。
なお、私の持ち時間は二十分ぐらいで、十五分が終わりますので、もう少々急がさせてください。
第五点に移ります。
第五点は、都道府県による市町村への関与の部分についても疑問があります。といいますのは、都道府県が国と並んで市町村に対する関与機関となっている部分が、これまたどうかなと思われる部分を含んでいるからです。
地方自治法の改正案は、都道府県を国と並ぶ市町村への関与機関としています。例示すれば、新設される第十一章第一節のタイトルは「普通地方公共団体に対する国又は都道府県の関与等」であり、条文にも同様な表現が幾つか示されています。現に普通地方公共団体は市町村のみを指しているようにうかがわれてなりませんけれども、実際にも、市町村は都道府県の機関から広く関与を受ける規定になっているところに問題が残っているかなと思います。この点でも改めて御検討いただければありがたいと思います。
そして、用意してきましたのは実はたくさんありますけれども、もう一点だけ申し上げて、私の方の公述を終わらせていただきたいと思います。
といいますのは、この分権改革一括法案は、同時に国レベルの省庁再編の問題と大きなかかわりを持っているわけですから、その観点に立って、今私は、六点目の問題提起をさせていただきたいと思います。
御承知のように、政府、各省庁は、その政策を通じて、その行政分野のあり方を決定づける面と、政府、各省庁、それ自体が事業体であるという二つの側面を持っているわけです。
先月、五月のおしまいに、九八年度の新しい環境白書が公表されました。そこでは、環境の負荷を減らすグリーン化を進めて、環境立国の道を歩むべきだと提言されています。私もまた、この部分については大いに賛成したいと思います。
この部分を補強する観点で、今私は、せっかく明後二〇〇一年から環境省が発足するように伺っておりますけれども、ひとり環境省だけではなくて、政府の一府十二省に期待したいのは、行政の仕事の質とその内容を問うエコ政府をぜひともつくり上げてほしいと思います。繰り返し申し上げますけれども、行政の仕事の質と内容を問うエコ政府の形成と、当該行政分野で最も大きな事業体であることから事業活動のあり方が問われているわけですから、言うならば、政府活動は、他方ではエコオフィスの形成が問われているかなと思います。
一方では、今申しましたように、せっかくの省庁再編の動きが示されているわけですから、このような観点を下敷きにして、できることならば政府、省庁の再編の部分について、いずれ午後のお時間で、これまたこの場などでも御論議が繰り返されるかなと思いますけれども、それだけに改めて、政府活動のすべての領域で環境主義を取り入れて、政府自体と政府活動をエコロジカルに変革してもらえないでしょうか。
国民の政治や行政不信が厳しい今日のことです。省利省益を優先して、時によっては行政のうまみを温存し、さらに焼け太りの巨大官庁づくりを目指すものでは決してあってほしくないと思います。二十一世紀のキーワードの一つは、やはり環境の時代だろうと思います。せっかく始まるであろう省庁再編のその下敷きに、政府みずからがエコロジカルに変わっていってほしいと願いたいところです。
もしもこのような部分が実現できるならば、市民や国民、地域社会で生活しておりまする私ども多くの国民にとって、今は政府、官庁がとても遠いところに位置づけられていますが、遠い政府、官庁を、国民にとって近くの政府機関へ変身させることができるに違いありません。お集まりの委員の先生方、どうぞ熟考を心から期待したいと思います。
私の方の公述は、以上でお開きにさせていただきます。ありがとうございました。(拍手)