佐々木秀典の発言 (内閣委員会)
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○佐々木(秀)委員 どうもそこのところが私は納得いきません。我が国の旗として日の丸を法制化することによって、例えば子供たちが外国の国旗に対する尊敬の念を持つということにつながるのかどうか、これは全く別の問題じゃないでしょうか。
私は、国際的な日本の位置づけの中で、よその国と仲よくし、よその国の人々を敬い、そしてまたそこで用いられている国旗を大事にするというようなことは、別にこの法制化とはつながらない問題だと思うんです。そんなことは子供たちの中に、いろいろな教育の仕方で幾らだって教えていけることだし、それによって他の国に若者たちが迷惑をかけた事例があるのかというと、そんなことを私はつまびらかに聞いておりません。
むしろ、かつて一時期、長崎において、在日中国人の方だったでしょうか、日本の国旗を燃やしたことがあったということで物議を醸したことがあったというようなことはありましたけれども、今、我が国の少年、青年たちが海外に出ていく。このごろは、例のワールドカップのときなんかにも随分サポート、行きましたよね。だけれども、彼らなんというのは、大変姿勢がいいということで褒められてもいるわけですね。そういう人たちが以前に比べて、他国に対して、その国旗などに対して無礼を働いているなんということで問題になったことは余りないんじゃないでしょうか。それだけに私は、今の官房長官のお話というのはどうもちょっと納得がいかないんですね。
それから、幾つか腑に落ちないことがあるわけですけれども、盛んに国民の間の定着性ということを言われる。私は逆に、定着しているんだったら何も法律で決めなくたっていいじゃないかという議論だって成り立つと思うんですが、しかしもう一つ、果たして定着しているかどうかということについては、何によって、何を根拠にして、何を検証されてそう言われているのか、これもまたはっきりしないところがある。
確かに、この問題をめぐって報道機関が独自の調査をされて、たびたび発表をされておられます。例えば最近では、六月三十日付の朝日新聞では、これについての世論調査の結果を発表しておられます。
ところが、これについては、少なくとも全部が全部日の丸・君が代の法制化に賛成しているというわけではない。法制化について、必要だという意見が四七%に対して、必要のないという意見が四五%、ほとんど拮抗しているわけであります。しかも、これを今通常国会で成立させなければならないかどうかということについては、この通常国会で成立させることについては急ぐべきでない、もっと議論を尽くすべきだというのが全体の六六%にも及んでいるというわけであります。
そんなことを考えますと、一つは、定着の度合いというのは、これで見るように、いろいろ認識はあります。しかし、少なくとも八〇%、九〇%というところまでいっているかということになると、いろいろ問題がある。しかも、国旗と国歌が一様ではない。国旗の方については、日の丸については国旗と認めるにやぶさかでないという人が確かに多いけれども、君が代については、その歌詞あるいはメロディーなどからいって、どうも違和感を感じるとか親しめないとかいうような意見が旗に比べると大分多いんですね。こういうように、一様ではないということもあります。
ところが、今政府が出されている法案は、国旗及び国歌に関する法律ということで、条文としてはたった二条しかない。極めて少ないんですね。これを旗と歌と一緒にしている。それで、旗についてはこういうデザインが入っている、そしてこういう楽譜がついている。珍しいですね。
今まである日本の法律、どのぐらいになるか数知れずですけれども、こういう法律というのは初めてでしょう、文字以外のものがこうやって法律の中に書かれるというのは。極めて異例だと私は思うんだけれども、せめて、今の国民の世論などを考えた場合に、国旗と国歌の扱いというのは、私は別であってもいいのではないかという思いがするんですよ。なぜこれを一緒にしなければならないのか。
これを一緒にするんだったら、もう一つ、国花というのがあります。日本の国の花、何。何でしょう。私はよく聞くのは、直ちに言われるのは、菊じゃないかとか、あるいは桜じゃないかとか、これはいろいろ違うんでしょうね。
実は私の地元の旭川市は市の花として決めている花があるんです、ナナカマド。市の鳥としては、このナナカマドの実をついばみに来るキレンジャクという鳥がいて、これを旭川の鳥だなんて勝手に決めているんですけれども、別に条例で決めているわけではありません。しかし、市民の間には定着して、みんなそう思っています。いろいろなデザインにも使っています。
こういう国旗だとか国歌だとかというのを法律化するんだったら、それじゃ日本の国の花、フラワー、これについても、菊なのか桜なのか決めようかという議論が出てきてもおかしくないし、だけれどもやはり、こんなものは私は必要がない、みんながそう思っていればいいことだ。あるいは、日本の国の山は何か。これはだれしも富士山と言うと思うんです。これもそれじゃ法制化する必要があるか。こんなことは意味がないと思うんです。
それぞれのことを考えると、私は、何もここで法律で決めたから大事にされる、大事にされないなんということになるものではないんだろうと思うんです。むしろ、国民がその旗にあるいは歌に親しみを覚えるかどうか、そしてそれを大事なものと受けとめていくかどうか。むしろそちらにかかっているんじゃないかなと思うんですね。そういう意味では、日の丸と君が代とには大分差があるんだろうと私は思うんです。
特に君が代については、政府の全体の歌詞の解釈といいますか、その意味内容、ここのところ、いろいろな答弁を見ていますと随分違ってきていますね。これは、質問主意書、非常に石垣先生から丁寧な御質問があって、それに対して政府が答弁しているのがありますけれども、このときの答弁と、今度のこの国会での論議が始まってからの本会議での答弁なんか、この歌詞の解釈、随分違っていますよね。
そして、例えば君が代について言うと、「君が代は」というのは時代的なものだけではなくて国もあらわすんだというようなことまで言われている。ところが、その後に「君が代は千代に八千代に」と続いてくる。ここで使われている「君が代」の「代」と「千代に八千代に」の「代」とは同じ文字なんですよ。
そうすると、これはどういうことになるんですか。君が代の「代」は国だとすると、千代の方も、これは時代的な感覚じゃなくて国の意味もあるんだ、これはどう考えたって、どう解釈したっておかしいでしょう。
私は、せめてこの「代」が世の中の世、世界の世だというのならまだわかりますよ、社会だとか国だとかということをあらわすと。だけれども、「代」というのは、これはだれがどう見たって時代の代じゃないですか。事ほどさように政府の態度というのは一貫していない。どれが本当に正しいのかということについて、むしろ国民の皆さんに混乱を与えているんじゃないでしょうか。
それと、大体法制化についての態度も違うでしょう。ことしの二月段階では、小渕総理大臣は法制化しませんとはっきり言っていたじゃないですか。それを二転三転して出してくる。この間、本会議での答弁では、よくよく考えたらということをおっしゃった。よくよく考えた結果どうなったから法制化するんだというそこがない、欠落しているじゃないですか。よくよく考えたら、もう一遍やめればいいじゃないですか、そんなことなら。そう言ったっておかしくないでしょう。
官房長官、そこをどうすり合わせたんですか。そのよくよくの話と今の君が代の解釈の違い、変遷、この辺についても全くこれは無責任だと私は思いますよ。これはどうなんですか。