上杉聰の発言 (内閣委員会公聴会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○上杉公述人 お手元に資料が三種類あります。一つはカラーのものです。それから、あとはレジュメと資料がついておりますので、これにのっとって話をさせていただきたいと思います。
私は戦後生まれでございます。昭和二十二年、一九四七年生まれです。そのような意味では、いわゆる日の丸・君が代に対する非常に強い反発もなければ、強い愛着心もないという世代でございます。
そういう立場から、きょう、何をしゃべるのかということになりますけれども、実は、アジアの戦争の被害者の方たちを毎年お招きして、十四年間やってまいりました。話を伺って、二千万人を超すと言われるアジアの方たちの追悼を行ってまいりました。
そういう中で、実は、この日の丸・君が代の問題について正面からお話を伺ったことはありません。というのは、余りにも当然のことで、聞くこともないだろうというふうな思いでおりました。それで、今回公述人に指名されまして、急遽、私の身辺にありますアジアの方たちの日の丸・君が代に対する思いを少しまとめてみました。それがきょうお持ちした資料です。
アジアの人たちの思いを入れるということについては、これを決めるのは日本人であるからという意見が当然出てくると思います。それは私は全くそのとおりだろうと思います。また、日の丸・君が代であるかどうかは別として、国旗・国歌を制定するということについては、意味があることだろうとは思います。
ただ、この国旗・国歌、特に国旗は国際的な友好ないし交流の場で使われるものです。そこでマイナスのイメージとか、これは嫌いだとかという反発をもし生むようなものであるならば、これはふさわしくないだろうというふうに思うわけですね。
そういう意味で、一体これがアジアの方たちにどのように受け取られているのかというものを少し紹介させていただきたいと思います。
資料の一枚目には、これは、元慰安婦の金学順さんという方が日本においでになったときのお話です。全部読む時間がありませんので、「日の丸を見て……」の第三段落目以降を読んでみたいと思います。
そして私は機内で「日本の飛行機に乗って日本に行って、私は何をしようとしているのか」と自分自身に問いかけました。そして途中、機内の窓から外を見ますと、赤い日の丸に似たもの
いわゆる日本航空のマークですが、それが目に入り、これを日の丸と彼女は感じてしまったわけですね。
それを見た瞬間、五〇年間の私の人生を目茶苦茶にした日本にたいする思いが一気にこみ上げてきて、胸をしめつけるような感じがしました。軍人たちがどこへ行っても日の丸を掲げて、「天皇陛下万歳」と言いました。日の丸という言葉を聞くだけでも、頭の中が腐ってしまうほど嫌な思いがする体験をしてきたのです。そのことがよみがえり、いまでも日の丸を見ると胸がドキドキするのです。
皆さんは私の思いがどのような思いなのか、たぶん想像がつかないものだと思います。
飛行機で日の丸を見て、過去の嫌なことが思い出されて、非常に胸が苦しかったのです。
従軍慰安婦として犬よりもひどいような仕打ちをされて、あっちこっち引きずりまわされた私は、日の丸は好きになれません。これから何がおこっても、何があったとしても私のこの思いが解きほぐれることはないと思います。
このようなことを語っておられます。実は、彼女はこの後一日このショックで動けておりません。
そして、このような目で見てみますと、ハルモニ、おばあさんたちがかいた絵があるんですね。それが絵はがきになっております。これは私の家にもあったものですが、それをぱらぱらとめくってみましたら、必ず日の丸が描かれているのです。
例えば、一ページ目の左に、金順徳さんの「連行される船の中」。船に日の丸がついております、ここに本当についていたかどうかは別として。あるいは、右上の李さんの船にも日の丸がついております。
船というのは、彼女たちがここに乗せられたならばもう引き返すことができない、強制の手段なんです。海を越えて移動するということが、彼女たちに対する大変強い強制力として作用しました。その船に日の丸がくっついているわけです。
右下に、姜徳景さんの「憤り」。その憤りは、まさに日の丸に短刀を刺すという形で向けられております。その下には、恐らく軍人ないし天皇であろうと思いますけれども、そういう表現が行われているわけですね。
それから、こういうことが行われます背景には、資料の1’のところを見ていただきたいと思いますが、これは、ソウルにあります景福宮の正面に、植民地支配に伴って日の丸が掲げられているわけです。
つまり、日の丸というのは主権を剥奪しましたということの表明であったわけです。そのような意味で、日の丸というのは、韓国の方、朝鮮の方にとってみるならば、これは植民地支配の象徴であるわけです。
これがまず韓国の典型的な例だろうと思います。
それから、この絵では二枚目に行ってみたいと思います。
これは中国の南京大虐殺を描いた絵です。左の上には、まさに首を切ろうとしている軍人の背後に日の丸が輝いております。これをかいた人は戦後世代であるということを覚えておいていただきたいと思います。
それから、右上に、これは日本で南京大虐殺美術館を主宰しておられます郭さんという方の絵ですけれども、ここにも日の丸が描かれております。これも戦後世代です。
その下に、傳さんという方がかいておられる、これは「同胞を忘れるな」という、この左の二枚はいずれもニューヨークにいる中国人の人たちがかいたものなんですけれども、中国の同胞を忘れないという警告として、日の丸、これは海軍旗だと思いますけれども、その上で燃えている中国の民家、そしてその上に首を切られた人の姿が描かれている。
これが、中国の方たちの日の丸に対してのイメージの一端だろうと思います。
そして、それが単に一部分でないということは、資料の2を見ていただきたいのですけれども、これは二年前に、一万五千人の中国の青年たちに対して、日の丸などに関するアンケートをとったものです。
非常に大きなものですので縮小をしておりますが、ちょうど左から二行目の真ん中のところに、中国語で、太陽旗、いわゆる日の丸を見て、これを軍国主義の暴行の印と思いますかというふうな質問に対して、はいという人が七六・四%、大体そうだという人が二〇・二%、合わせて九六・六%の人が日の丸に対して侵略時代を思い出すというふうに答えているわけですね。この回答した平均の年齢が、左の下にチェックをしておりますが、二十五・二歳です。戦後世代がこのように感じているということです。
なぜこのように若い世代まで感じるのかといいますと、その次を見ていただきたいと思います。これは当時の朝日新聞の記事ですが、南京に入っていったときの姿は、ページの右上では日の丸が三つ描かれております、下でも三つです。それから左には、国民政府の上に輝く日章旗という形で描かれております。これも、中国を侵略したシンボルとしてとらえられているということです。
そしてもう一つ、マレーシアの現在の南洋商報と呼ばれる新聞をちょっと御紹介しておきたいと思います。これもカラーでしたが、残念ながらそれを持ってくることができませんでした。日の丸が法制化される、君が代が法制化されるのは、日本の軍国主義の亡霊が消えていないからだ、こういうふうな解説が書かれております。見出しが出されております。その後二枚について、これの訳が載っております。
その次に3’を見ていただきますと、これはシンガポールの高校の歴史教科書の一部から持ってきましたけれども、日本が占領しますと日の丸が各地に掲げられたということを教科書できちんと教えているわけですね。そして、その下に教科書の記述があります。
このように、現在にもわたって、アジアの方たちが、戦後世代も含めて、日の丸に対して非常に不快感を持っているわけです。これは日の丸の責任ではないという面もありますけれども、こういう負のイメージ、マイナスのイメージが日の丸にはくっついております。
そして、若い世代は、このような日の丸を掲げる日本に拘束をされるわけですね。ということは、そのような負担を若い世代は背負い込むということになります。そういうことを国会で簡単に決めてよいのかどうなのかという問題があります。
私たちは、あるいは若い世代は、アジアの人たちと仲よくする権利を持っております。それを持ち出せば不快感を覚える、それを持ち出せば嫌な思いがわき起こってくるようなものを、私たちが友好や交流の際使うということが得策であるかどうかということです。私たちは、そのような意味では、我々がアジアの人たちと仲よくする権利を、この日の丸を掲げることによって、法制化することによって奪わないでいただきたいということを訴えたいと思います。
次に、君が代についてですが、政府の御努力がありまして、いわゆる君が代に関するさまざまな解釈が行われております。資料では4になりますけれども、これは、憲法の国民主権の原則との調整を行おうという御努力だろうと思います。
それで、「代」というのは国であるという解釈まで出されておられますが、大漢和辞典、これは諸橋轍次さんの日本で一番権威のある漢和辞典のどこを見ても、「代」を国というふうに解釈するものはありません。ただ一つだけ、七番目に「國の名。」というのがあります。これは、戦国時代の趙にあった代国という固有名詞です。そうしますと、この代国の歌をつくるわけではないだろう、それが君が代ではないだろうと思います。
あるいは、歌詞を見ますと、「君が代は 千代に八千代に」です。こういう流れから見ますと、国というふうにもしこの「代」を解釈するならば、歌詞さえ意味が不明になってまいります。これは大変なミスリードであろうというふうに思います。
百歩譲って、このような憲法との調整が行われたとしても、そうするならば、この君が代の意味は、天皇を象徴とする国がいつまでも続くようにという意味の歌詞になります。ならば、憲法改正も同時に保障しているのが憲法であります。この九十六条違反ということにならないでしょうか。
いずれの意味でも、君が代を国歌と制定することには憲法違反の疑いが濃厚です。
結論を申し上げたいと思います。
日の丸の評判について、特にアジアの方たちの気持ちをもっときちんとリサーチすべきではないかと思います。
実は、きょうお持ちしたようなこのような資料というものは私の手元にあったものです。きちんとしたことはどこでも行われておりません。もし、ある企業が会社のシンボルマークを決めようとするならば、きちんとしたリサーチをされるだろうと思います。つまり、会社の社員がどのように感じるかということだけではなく、対外的にどのようなイメージをもたらすのかということを真剣になって考えるだろうと思います。そのようなリサーチが行われるべきだろうと思いますし、そういう努力をぜひお願いしたいと思います。国会でぜひそのようなイニシアチブをとっていただきたいと思いますし、我々市民の側もこれに協力をしたいというふうに思っております。
次に、君が代については、憲法違反の疑義が濃厚です。これに対するきちんとした議論が行われる必要があるだろうと思います。そして、もしそうでないという解釈が行われるならば、また、時の政治によってころころと解釈が変えられていって、いずれ憲法違反になっていくという危険性をどのように排除するのかという歯どめの議論を行うべきではないかというふうに思います。
そして、この議論のきっかけになりましたのは、何といっても広島の校長先生の自殺の件ですけれども、そういう問題から少し離れて、資料の八枚目を見ていただきたいと思います。
これは、昨日、全国の日本の公立学校に子供たちを送っている父母の方たちの在日コリアン保護者会が出された声明です。左のページの下から三行目を見ていただきたいと思いますが、「最近、京都市においても、日頃から「君が代」を歌いたくないと意思表示している在日コリアンの子どもに対して、小学校の校長先生が全校児童の前で、強圧的に「立ちなさい」と命令して、いやがる子どもに起立を強いる、という事件が起こっています。恫喝してまで子どもを屈服させようとするのは、いったい何故なのでしょう。」
現在、学習指導要領によって、国旗の掲揚と国歌の斉唱を指導するものとするということが書かれております。ここに法的な裏づけが行われるならば、これは飛躍的な強制力として作用するだろうと思います。このような悲鳴を上げる子供たちが各地で出てくるというのは、恐らく明白なことだろうと思います。
教育というのは、先生と子供の場で決め、進められることです。そこに教育行政が日の丸の問題で強権的に入っていくということがあるならば、これは先生と子供の関係を壊します。そのようなことが絶対にないように、国会の御努力をお願いしたいと思います。
以上です。(拍手)