石田英敬の発言 (国旗及び国歌に関する特別委員会)
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○参考人(石田英敬君) 私、今四十五歳ですので、その五十年の責任を私がとるということはできないんですけれども。
それから、先ほどの御質問にちょっと戻りますが、ネーションステートの世界システムの中で国旗・国歌が認知されるという問題は、そもそも日の丸・君が代がつくり出されたときの問題でもあるわけです。つまり、日本にはその前こういう国旗・国歌が、日の丸・君が代がなかったわけです。ただ、日本がネーションステートのシステムの中に十九世紀の半ばに入るときにそれを求められたということです。ですから、それは問題としては、認知されているかどうかというよりは、認知されるためにこそつくられたものだという意味においては認知されているということですね。
それから、今の御質問ですが、こうした問題について議論が十分に行われてこなかったと。私も恐らくそうだと思います。それは冷戦下の問題だと思います。第二の国民国家期と今私のお話の中で申し上げましたが、第二の国民国家期の最大の特徴というのは、これは冷戦時代である、世界システムが冷戦によってさまざまなオピニオンの分断をつくっている、こういう時代であったかと。
私は、今、第三の国民国家期に日本は入りつつある、ほかの世界のさまざまな国々と同様に入りつつあるであろうと。このときこそやはりこういう問題はきちんと議論していくべきだろうという立場ですので、第二の冷戦下におけるこういう問いかけがうまく機能してこなかったということについては、事実そのとおりだと思いますが、今こそ、第三の国民国家期に入るときにこうした問題をきちんと国民的に討議していくことが重要であろうかと思います。