石田英敬の発言 (国旗及び国歌に関する特別委員会)

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○参考人(石田英敬君) お答えいたします。
 スポーツのワールドカップとかオリンピックについての流布している見方、国家シンボルが国民に定着していると。これは小渕首相の説明等の中にも言及があったかと思うんですけれども、その議論を念頭に置いて私が述べたいのは、その二つ、つまりスポーツイベント等における国家シンボルの経験と、それから国民社会、国民国家の中におけるナショナルシンボルの機能の仕方とは分けて考えるべきだということを強調したいために言った問題です。
 それで、これは既にスポーツ愛好家の中でも論争がありまして、インターネット等でその論争が行われているんですけれども、つまり、自分がそのワールドカップのときは日の丸・君が代を含めてそれに同調した、共感したわけだけれども、実は私は、そういう今の問題になっているような日の丸・君が代の制定の仕方については疑問を持っている、これは一体自分の中でどういうことが起こっているのかという、そういう問いを立てている人はたくさんいるわけです。
 それは、学問的に説明すると、先ほどちょっと述べさせていただきましたような経験の質の違いというものがあって、そしてその二つを区別して考えていかないとさまざまな歴史的な混乱の中に陥ることになりますよと。
 特に、例えばサラエボ・オリンピックのときのユーゴスラビア国民の熱狂と、その後のバルカンの状況というような問題は、まさにこういう問題をはっきりと区別して論じなければ見えてこない問題だと思いますし、あるいは、意識的にそういうスポーツイベント等を利用するような権力のあり方としてのナチス・ドイツとか、そういう問題も歴史的に既に前例があるということを申し上げたということです。

発言情報

speech_id: 114514299X00519990803_021

発言者: 石田英敬

speaker_id: 17153

日付: 1999-08-03

院: 参議院

会議名: 国旗及び国歌に関する特別委員会