鈴木正孝の発言 (災害対策特別委員会)
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○鈴木正孝君 派遣報告を申し上げます。
去る十月六日、但馬委員長、海野理事、木村委員、三浦委員、本田委員、大沢委員、大渕委員、岩本委員、そして私、鈴木の九名は、熊本県における平成十一年台風第十八号と前線に伴う大雨による被害の実情を調査してまいりましたので、その概要を御報告申し上げます。
なお、衆議院の災害対策特別委員会においても、同日同行程で委員派遣が実施されたことを申し添えます。
台風第十八号は、九月十九日九時、宮古島の南東約四百二十キロメートルの海上で発生し、二十四日六時ごろ熊本県北部に中型で強い勢力で上陸した後、九州北部から中国地方西部を通って、同日十時ごろ島根県西部で日本海へ抜けました。日本海を北東に進んだ台風は、二十五日二時ごろ北海道渡島半島に再上陸し、北海道の日本海側を北上、十時ごろオホーツク海に抜けました。この間、台風の影響により、各地で暴風、大雨、高潮などになりました。
また、二十日から二十四日にかけては、日本付近を東西に伸びる前線の影響もあって、東日本から西日本の広い範囲にわたって大雨となりました。
この台風第十八号と前線に伴う大雨による被害は、消防庁の十月十八日十一時現在の調べによりますと、人的被害は死者三十名、負傷者千九十名、また、住家被害は床上・床下浸水を含め全体で十万七千九百七十七棟に上るなど極めて甚大なものとなっております。
私たち派遣委員は、台風第十八号の直撃を受け最も人的被害の大きかった熊本県について調査を行いました。
当日は、まず、熊本県庁において福島知事、島津県議会議長など関係者から同県の台風被害の状況及び要望を伺いました。その後、県内でも特に人的被害が集中した宇土郡不知火町に赴き、森町長など関係者から同町の台風被害の状況及び要望を伺うとともに、被災現場を視察いたしました。
なお、同町では高潮により十二名の住民の方が亡くなられ、その被災現場におきましては、献花と黙祷を行い、犠牲者の御冥福をお祈りいたしました。
以下、調査の概要を申し述べます。
まず、熊本県全体の台風被害の状況でありますが、九月二十三日深夜から二十四日午前中にかけて同県を襲った台風第十八号は、牛深市で観測史上最高の六十六・二メートルの最大瞬間風速を記録するなど猛烈な台風で、不知火海沿岸では高潮が発生し、また、県内全域にわたって暴風が猛威を振るい、甚大な被害をもたらしました。
県の十月一日十二時現在のまとめによりますと、人的被害は死者十六名、負傷者二百六十八名、住家被害は全半壊千六百五十四棟、一部破損三万九千六百五十六棟に上り、また、被害額は農業部門三百二億円、林業水産部門百一億円、土木部門九十九億円など総額六百十五億円に達しております。
こうした被害状況については、車中からではありましたが、各所において、水稲の倒伏や塩害による稲の変色、ミカンの落果や倒伏、ビニールハウスの倒壊、海岸に打ち寄せられた多数の栽培用ノリ竹などの状況を実際に確認することができました。
県からは台風被害への対策の概要説明もありましたが、その中で県議会九月定例会に追加提案することになっていた台風被害に係る補正予算についての説明がありました。その予算規模は百三十一億円で、被災者支援と災害復旧事業が大きな柱となっていました。
なお、同補正予算は、その後、会期最終日の十月七日に提出され、同日、本会議で可決されたと聞いております。
また、県からは、激甚災害の指定、災害復旧関係予算の確保、被災農業者、中小企業者に対する融資等の支援措置など多数にわたる事項についての要望がありました。
台風被害に関する県の説明及び要望に対し、派遣委員からは、農作物等被害の内訳、最も強く要望したい事項、被災農家への支援策等についての質問が行われております。
次に、不知火町の台風被害の状況についてであります。
同町は熊本県のほぼ中央、宇土半島の基幹部位に位置しておりますが、九月二十四日未明から朝方にかけて暴風、高潮が猛威を振るい、死者十二名を出すなど町全域にわたって甚大な被害を受けております。暴風が猛威を振るったことは、調査当日も窓ガラスが割れたままになっていた町役場の庁舎を見てもうかがい知ることができました。
同町にとりわけ甚大な被害をもたらしたのは、九月二十四日の五時三十分から五十分ごろをピークとする高潮の発生であります。特に松合地区においてその被害が集中し、その状況は死者十一名、住家被害は全壊三十棟、半壊二十棟といった極めて深刻なものとなっております。このため、同町からは、局地激甚災害の指定、災害復旧の早期完成、被災者生活再建等の支援、災害に係る財政支援についての要望が行われております。
今回、高潮被害が集中した松合地区は、宇土半島の南側、不知火海の湾奥部に位置する小さな漁港の集落であり、国道二百六十六号に囲まれた低地帯にあります。もともとは埋立地であり、町営住宅の建設も進められてきました。こうした同地区で高潮被害が発生した原因については、台風と大潮の満潮が重なったこと、気圧の低下により海面が上昇したこと、風向きが強い南風に変わったこと、地形的に湾奥部に位置していることなどの条件が重なったことによるものと考えられております。
同地区の高潮対策の堤防は、国道二百六十六号をかさ上げする方法で、高さ七メートルの堤防が昭和四十七年に完成しており、今回、ピーク時には七メートル近くになった高潮に対して、この国道堤防自体はその役割を果たしたものと考えられます。しかし、同地区には住宅地に入り込むように三つの船だまりがあり、その両わきの階段堤防は五・五メートルと国道堤防より一・五メートルも低かったため、船だまりに押し寄せた海水が階段堤防を越えて低地帯の集落に一気に流れ込んだものと見られております。
未明の集落に流れ込んだ大量の海水は多数の住家の一階天井部付近まで達し、このため亡くなられた住民のほとんどは一階建てに住まわれていた方々で、しかも高齢者が大半という結果になってしまいました。二階という避難場所がなく、素早く逃げることができない方々が犠牲の中心となってしまったのであります。
高潮から助かった住民の方々に対する行政のヒアリングが行われていますが、その内容を伺いましても、一階部分の冠水はあっという間のことであり、中には一階の天井板を突き破り、屋根まで達してようやく助かった方もいたとのことでありました。
高潮の被災現場では、既に全壊家屋の解体撤去等の復旧作業が進んでおりましたが、犠牲者が多く出た平屋の町営住宅はまだ何戸か形を残しており、その中に実際に入ることもできました。天井まで海水につかった室内にはヘドロが薄く堆積しているなど極めて悲惨な状況であり、高潮発生時のありさまはいかばかりであったかとの思いをいたした次第でございます。
今回の高潮被害については、悪条件が重なったことなどにより十分な防災体制をとる余裕がなかったことは極めて残念なことでありました。これに関しては、台風の進路や大潮等を考え合わせれば高潮の発生は予想できたのではないかとの質問がありましたが、森町長は、松合地区では百年以上大きな高潮被害を経験しておらず、むしろ土砂災害等を警戒していた、当日の満潮時間は七時五十七分であり、これに備えての消防団の出動要請は四時三十分に行っていたものの、満潮の二時間も前に高潮が発生することは予想外のことであったとしております。
また、今回の高潮を船だまりの階段堤防で防げなかった点については、県の担当者から、同堤防は潮位偏差に関する確率を計算して設計されているが、今回の高潮は想定外のものであったとの見解が示されました。その一方で、不知火海については、有明海に比べると潮位偏差に関する研究が進んでおらず、今後十分な研究が必要であるとの説明もなされております。
以上が調査の概要であります。
最後に、復旧作業等でお忙しい中、調査に御協力いただきました方々に厚く御礼を申し上げるとともに、被災地の一日も早い復興を心からお祈り申し上げまして、報告を終わらせていただきます。
以上でございます。