森本敏の発言 (日米防衛協力のための指針に関する特別委員会)
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○参考人(森本敏君) 日米安全保障体制のもとで日米がいかなる役割を分担するかということについては、日米両国の持っている防衛力の機能、能力というものによって、時代を経て変質してきたのではないかと考えます。
もともと六〇年安保の改定が行われた後の我が国の防衛力というのは、まだ自衛隊が本当に草創期で、アメリカの一部であれ役割を果たすということはとてもできる状態にはありませんでした。七八年に旧ガイドラインができたときに、我が国の防衛力は、一応我が国を短期間であれ独自で防衛する能力をやっと身につけたという状態でありましたが、それでも圧倒的に米国の極東におけるプレゼンスと機能のごく一部を我が国が自国の防衛力というか自衛力で補って、トータルで何とか抑止と防衛の機能を果たすという状態にあったと考えます。
しかし、冷戦が終わってみますと、アメリカの国内におけるいろいろな事情もあり、東アジアにおけるプレゼンスや機能というものの変化というものを考えた場合に、また、日本が育ててきた防衛力の持っておる役割というものを考えた場合に、我が国がいわば日本に対する武力攻撃に主体的にまず対応し、アメリカに必要な部分を補ってもらうという、そういう役割を双方に、協議をした結果、常に冷戦時代から日米が相互補完という役割をずっと果たしてきたわけですが、その相互補完の比率がどちらかといえば日本に大きくなって日本の果たすべき役割が大きくなってきている、それがこのような文書の形にあらわれたのではないかと考えます。
しかしながら一方、先生が後段において御指摘になったように、九六年四月に日米共同宣言ができて、九七年九月にガイドラインができて、去年の四月にこの草案を閣議で御承認いただいて、今日に至るここ二年の間、日本は随分、いわば日米同盟に基づく宿題というものを行うに際して、アメリカ側から見ると大変ぐずぐずとしてきたと思います。アメリカは日本の政府が力強い政治的なリーダーシップをとってこの問題を解決してくれることを常に願って、いわばはっきり言うと言いたいことも言わないでずっと我慢してきているという状態が今日でも続いているのではないかと思います。
そのことは、日本という国は、いわば外側から余り要らざる圧力だとか干渉というものを安全保障の分野についてかけるということは、逆効果になるのではないかとアメリカの政策決定者が長いこれまでの日米関係の経緯の中で、教訓として学び取ってきているのではないかという強い印象を私は受けるわけです。だから、アメリカが言わないのは、言うことがないからではなく、我慢して、日本の政治的リーダーシップがとられて、順調に日米同盟強化の道が確実に進められるということを期待しながら見守っている、このような状況にあるのではないかと考えます。