日米防衛協力のための指針に関する特別委員会

1999-05-13 参議院 全224発言

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会議録情報#0
平成十一年五月十三日(木曜日)
   午前九時二分開会
    ─────────────
   委員の異動
 五月十二日
    辞任         補欠選任
     寺崎 昭久君     吉田 之久君
     荒木 清寛君     魚住裕一郎君
     宮本 岳志君     小池  晃君
 五月十三日
    辞任         補欠選任
     小川 勝也君     久保  亘君
     佐藤 泰介君     輿石  東君
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    委員長         井上 吉夫君
    理 事
                鈴木 正孝君
                竹山  裕君
                山本 一太君
                若林 正俊君
                齋藤  勁君
                柳田  稔君
                日笠 勝之君
                笠井  亮君
                山本 正和君
    委 員
                市川 一朗君
                加納 時男君
                亀井 郁夫君
                木村  仁君
                世耕 弘成君
                常田 享詳君
                長谷川道郎君
                松村 龍二君
                森山  裕君
                依田 智治君
                吉村剛太郎君
                伊藤 基隆君
                木俣 佳丈君
                久保  亘君
                輿石  東君
                佐藤 泰介君
                千葉 景子君
                前川 忠夫君
                吉田 之久君
                魚住裕一郎君
                高野 博師君
                益田 洋介君
                緒方 靖夫君
                小池  晃君
                小泉 親司君
                照屋 寛徳君
                田  英夫君
                田村 秀昭君
                月原 茂皓君
                椎名 素夫君
                山崎  力君
                島袋 宗康君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        櫻川 明巧君
   参考人
       中央大学総合政
       策学部大学院客
       員教授      森本  敏君
       名古屋大学大学
       院法学研究科教
       授        森  英樹君
       弁護士      金城  睦君
       駒澤大学法学部
       教授       西   修君
       松阪大学政治経
       済学部教授    浜谷 英博君
       帝京大学法学部
       教授       志方 俊之君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○日本国の自衛隊とアメリカ合衆国軍隊との間に
 おける後方支援、物品又は役務の相互の提供に
 関する日本国政府とアメリカ合衆国政府との間
 の協定を改正する協定の締結について承認を求
 めるの件(第百四十二回国会内閣提出、第百四
 十五回国会衆議院送付)
○周辺事態に際して我が国の平和及び安全を確保
 するための措置に関する法律案(第百四十二回
 国会内閣提出、第百四十五回国会衆議院送付)
○自衛隊法の一部を改正する法律案(第百四十二
 回国会内閣提出、第百四十五回国会衆議院送付
 )

    ─────────────
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井上吉夫#1
○委員長(井上吉夫君) ただいまから日米防衛協力のための指針に関する特別委員会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 昨日、寺崎昭久君、荒木清寛君及び宮本岳志君が委員を辞任され、その補欠として吉田之久君、魚住裕一郎君及び小池晃君が選任されました。
 また、本日、小川勝也君が委員を辞任され、その補欠として久保亘君が選任されました。
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井上吉夫#2
○委員長(井上吉夫君) 日本国の自衛隊とアメリカ合衆国軍隊との間における後方支援、物品又は役務の相互の提供に関する日本国政府とアメリカ合衆国政府との間の協定を改正する協定の締結について承認を求めるの件、周辺事態に際して我が国の平和及び安全を確保するための措置に関する法律案及び自衛隊法の一部を改正する法律案の三案件を一括して議題といたします。
 本日は、三案件の審査のため、参考人の方々から御意見を承ります。
 午前は、中央大学総合政策学部大学院客員教授森本敏君、名古屋大学大学院法学研究科教授森英樹君、弁護士金城睦君、以上三名の方々に御出席をいただいております。
 この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多忙のところ、本委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。委員会を代表いたしまして厚く御礼申し上げます。
 参考人の方々から忌憚のない御意見を承りまして、今後の審査の参考にいたしたいと存じますので、よろしくお願いいたします。
 本日の議事の進め方でございますが、参考人の方々からお一人十五分程度ずつ御意見をお述べいただきまして、その後、各委員からの質疑にお答えいただきたいと存じます。
 それでは、まず、森本参考人からお願いいたします。森本参考人。
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森本敏#3
○参考人(森本敏君) 本日は、当特別委員会にお招きをいただき、大変光栄に思います。また、お礼も申し上げたいと思います。
 本日は、当特別委員会において御審議いただいているガイドライン関係法、とりわけ周辺事態安全確保法について、参考人として所見を申し上げたいと思います。
 御案内のとおり、我々は現在冷戦後の世界に住んでおりますが、冷戦期に構築をした同盟関係を冷戦後の世界にどのようにして役立てるのか、同盟の意義とは何であるのかということについて、九二年から九四年ぐらいまで随分と関係諸国で審議も行われ、議論も行われたと考えています。大体九四年の末ごろまでに、冷戦時代に構築した同盟をどのようにするのかということについては、冷戦期に築き上げた同盟をいわばもう一度冷戦後の安全保障環境の中で再構築をして、できれば強化をして、新しい国際秩序ができるまでの間、これで切り抜けていくという考え方についてコンセンサスが得られたのではないかと思います。
 それが欧州においてはNATOのパートナーシップ・フォー・ピース、やがてそれはNATOの東方拡大、そして現在のユーゴ作戦といった、同盟が生き残りを図るための熾烈な作戦を行っていると考えていいと思います。
 一方、ヨーロッパのもう一つの正面であるアジア太平洋においては、ソ連の崩壊はもちろん、旧ソ連軍の軍事的な脅威のいわば劇的な低下という安全保障環境の変化を招きましたが、依然として南シナ海あるいは朝鮮半島、中国と台湾の関係、その他この地域における非常に不安定な状況にどのように対応していくのかということについて日米間で同盟の再定義の作業が行われ、その結果が一九九四年の四月、日米共同宣言という形で作業の結論が出たことは御案内のとおりであると思います。
 この共同宣言に基づいて、いわばガイドラインの見直し、あるいは沖縄問題の解決、あるいはTMDの共同研究等いろいろな課題に日米両国で取り組むことになりました。とりわけこのガイドラインというのは、今後のアジア太平洋における不安定な状況に、日米が冷戦期に構築をした同盟をもう一度再構築をして、いわば強化をできるだけして、日米防衛協力をいろいろな分野においてもう一度見直し、必要なことを、やるべきことをやるという、つまり日米両方がお互いに何をすべきなのかということの分野と程度を明らかにすることによって、今後アジア太平洋における同盟を強化するというプロセスを我々は踏んでいるのではないかと思います。
 その意味において、このガイドラインに基づく必要な法整備というものは、今後アジア太平洋において日米同盟が強化され、そしてこの日米同盟を軸としてこの地域の平和と安定を維持するために不可欠の作業であると考えます。その意味において、この二年の間、国会や各政党を通じて御議論いただいた成果は大変重要なプロセスであり、できるだけ速やかにこのガイドライン関係法を国会で御採決いただき、これを実施に運ぶためのいろいろなプロセスを今後進める必要があると考えます。
 しかるに、一方、日本の国内を見ますと、日本の国民は何かしらの非常に不安感に今取りつかれていると思います。この数年、我々が経験した今までにないいろいろな事件や事案というものは、何かしら日本の周辺あるいは日本の国内における不安定な状況に、国民の平和だとか安定というものが維持できるのかどうかということについて素朴な疑問が国民の中に出ていると思います。その意味において、このガイドラインはいわば国内法でありますが、これをめぐる議論は、さきの大戦以後国内に全く見られなかった新しい安全保障論議を沸き起こしておると思います。
 昨年四月の末、現在の法案の原案が閣議で了承され、一年にわたって国内で議論しているわけですが、この一年は決してむだな一年ではなく、今後我が国が必要な安全保障政策を進めていく上において非常に大事な、かつどうしても通らなければならなかった重要なプロセスであったのではないかと思います。
 今ごろになって衆議院を通過しました法案のどこをどのように修正すべきなどということを細かく申し上げることは、これは私自身の考えですが、専門家としては余り建設的なやり方ではない。専門家というのは、常に、いかようにすればよりよい状態になり、そのことによって国民と国家の安定が維持されるのかという観点に基づいて建設的、生産的な意見を述べるのが我々の役目であると考えます。
 かかる観点から、現在御審議いただいておる法案について二、三点、私の所感がもしあるとすれば、それは次に申し上げるとおりです。
 一つは、第一条「目的」という衆議院において修正された法案の内容についてです。
 言うまでもなく、第一条の「目的」という文章は、前半に定義について述べ、後半に周辺事態法の目的について言及していると考えますが、前半の定義のところで、「そのまま放置すれば我が国に対する直接の武力攻撃に至るおそれのある事態」という言葉を周辺事態の定義として例示的に挙げたことは、この周辺事態がどういうものであるのかということについて国民に必ずしもよくわからなかった過去一年にわたる議論をわかりやすくしたということになると思います。その点について、私はこの新しい修正はそれなりに意味があるのではないかと考えます。
 しかし、一つだけ私が懸念することは、例示とはいえ、我が国周辺に起こる事態で、我が国の平和と安全に重要な影響を与える事態の中にかかる例示を入れたことによって、かねてより政府の方からお示しの幾つかのシナリオあるいはケースというものの中で例を引けば、我が国周辺で大変多量の難民が出る、あるいはある特定の国の内政や社会に非常に大きな混乱が生じて、そのことによって周辺事態と認定し必要な措置をとらなければならないような事態になったときに、かかる第一条の冒頭にある修正をそのまま読むと、仮にいかように多量の難民が出ても、それを放置しても我が国に対する直接の武力攻撃に至るおそれがある事態とは考えにくいようなケースがあった場合、一体周辺事態というものをこのように例示することによって、いわば幾つかのこれからのシナリオのうち排除されるものがあり得るのではないかということにいささかの懸念を持つわけです。
 もちろん、これは法の解釈としては、例示的に入れたものでありますので、本来の第一条の定義については定義そのものに変更をもたらさないということはそれはそれとして、この第一条の解釈をめぐって今後いろいろな議論が起こり得るということがあるとすれば、当初の目標どおり、わかりやすくするためにこの条文の修正を入れたことが適当であったかどうかという問題が起こり得るのではないかと考えます。
 第一条の後半に日米安保条約の効果的な運用に寄与するという条文の修正が入れられたことは、この全体の法律が日米防衛協力に基づく日米協力を行うものであるという趣旨にかんがみれば適切な修正であったと考えますが、しからば、例えば捜索救助活動で、日米安保条約の枠内ではとらえられない米軍人以外の戦闘員に対する捜索救助をどのように法的に担保していくのかということは、残された課題なのではないかと思います。
 その他、この現在の修正された法案についていろいろな所感があるわけでありますが、むしろ個々の問題について細かく触れるより、今後この法案を我が国としてどのようにとらえ、どのように扱っていくのかということが、今後の大きな課題であると思います。その点について三つ申し上げたいと思います。
 第一は、できるだけこの法案を速やかに成立させ、その後、この法案の趣旨、内容、そして地方公共団体や一般の我々国民がいかような協力や支援を求められるのかということについては、必ずしもまだ国民の中に浸透しているわけではありませんので、この点について広く国民にわかりやすく、一般の地方公共団体や国民がこの法律に基づいていかなる支援や協力を求められることになるのかということについては十分な説明も行い、地方議会にも十分な説明が行われ、場合によってはどこかでモデルケースの演習をして、一般の国民にもう少しわかりやすく、広くこの法律に基づく国民の協力と支援が求められる必要があると考えます。
 これが第一の点であります。
 第二は、この法案はガイドラインを実施するためのいわば前段部分でありまして、周辺事態の法整備はこれでようやく終結を迎えるとしても、問題の日本に対する直接の武力攻撃があった場合の日米協力は、いわばこの法整備の中の奥の院ともいう中核的な問題で、余り言葉が適当とは思いませんが、有事法制あるいは領域警備といった分野の法整備をできるだけ早く着手し、これを速やかに成立させるということが、次の段階として重要なのではないかと考えます。
 最後に、この法案の中で、いわば残された船舶検査については、今後いろいろなまだ議論が残っていると思います。
 そもそも船舶検査とはいかなる活動をいうのか、あるいは国連決議や旗国主義との関係においてこれをどう考えるのか、あるいはこの船舶検査の際の武器の使用等いろいろな問題については、法理論上のみならず実態として、このようないわば日米協力というものからやや離れて、広い意味での国連協力というものを実際の法律としてどのような形でつくり上げていくのかということが、もう一つの大きな課題であります。
 日米防衛協力というコンテキストでもともとの法案に入っていた船舶検査を外すことによって、日米協力というよりむしろ広い意味での国際協力あるいは国連協力というコンテキストでこの法律が、実態として我が国の船舶検査活動に意味のある貢献ができるよう法整備が進められることがぜひとも必要であると考えます。
 以上がこの周辺事態安全確保法に関する私の所感でございます。
 ありがとうございます。拍手
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井上吉夫#4
○委員長(井上吉夫君) ありがとうございました。
 次に、森参考人にお願いいたします。森参考人。
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森英樹#5
○参考人(森英樹君) 名古屋大学の森でございます。
 私は、法律学、とりわけ憲法学を専門にする研究者としまして、本委員会で審議中の指針関連法案について、国民的な不安にも留意しつつ、専ら法的な観点から意見を申し述べます。
 本件につきましては、国際政治とか外交とかあるいは安全保障など、さまざまな観点からの議論が可能でありますが、何よりも国会が行う立法でございますので、最高法規たる憲法に違反しないか、あるいは手続、内容の両面で立憲主義、法治主義に背くことにならないかということが問われるわけであります。この点をおざなりにしたままでの国家意思決定は、それだけで立憲主義、法治主義に背くことになりまして、ひいては国際社会において名誉ある地位を占めるということから遠のきます。
 さて、最初に触れておきたいのは、衆議院でなされました修正可決の経過についてです。
 院の独自性ということからすれば、この参議院には関知しないところかもしれませんが、あの経過自身が指針関連法案の性格をある意味ではあらわしている、暗示しているように思えますので、一言最初に触れておきます。
 二点についてのみ触れます。
 一点は、一部政党によるいわゆる修正協議が最後の最後まで正規の委員会の外で非公式あるいは非公開で進められ、修正内容は、後述いたしますように、法案の根幹にかかわる変更を含んでいたにもかかわらず、その修正協議が整うや否や、正規の委員会審議はほとんど経ないまま、脱兎のごとく採決されたことであります。
 もとより、政党政治ですから政党間協議の存在意義は否定すべきではありません。しかし、法案審議自体は、あくまでも国会内で公式に国民に公開された形で行うのが国民代表議会制の最低限の要請であります。
 それからもう一点は、こうした慌ただしい修正になった背景に、四月二十九日からの首相訪米の手土産にしたいということが政府・与党筋からも公然と語られておりました。
 自然成立があり得る条約は別といたしまして、衆議院を通過しただけの法案がいわば手土産になるというのは、参議院制度を軽視するも甚だしい言い回しでありまして、本参議院からも抗議があってしかるべきであったと思いますが、一国の根幹にかかわる国内法審議日程が首相訪米日程なるもので左右されるというのも主権国家には恥ずべき振る舞いであります。
 以上の二点をあえて取り上げますのは、問題の対米軍事協力システムの発動が実はこういう形で進行するであろうということをはしなくも示したと思われるからであります。
 すなわち、第一点で見せました本来の国会審議よりも非公式、非公開の政党間折衝が重視されて、そこで決着すれば議会決定が即座にとられるというその姿には、指針関連法案審議の焦点とされておりました国会関与のその関与の実像をかいま見る思いがしますし、第二点で見せました対米配慮が国権の最高機関の審議日程さえも拘束するというその姿には、要するに対米配慮がすべてを凌駕することをかいま見せたように思われるからであります。これを見て国民的不安は一層増幅されたに違いありません。
 さて、周辺事態法案は、修正されたことにより法的な問題点をさらに深刻に示したと思われます。したがって、一層の審議が本院でも必要かと思います。
 第一に、自衛隊の行う船舶検査活動関連規定をすべて削除し、残った後方地域支援及び後方地域捜索救助活動の実施の可否についてはこれを国会承認事項とする修正を行ったため、法案の原案は、第七条を全文削除し、多くの条文で項、号、文言にわたる大幅な削除、変更がなされ、他方では新条項も新設され、条文も動くといったようなことが起こっておりまして、外見はもとより法案の構造そのものが大きく変わってしまいましたが、そうであるならば、編成し直された条項の相互関連も含めまして法的に厳密な審議を必要とするはずであります。
 それから第二に、周辺事態の定義にかかわりまして、第一条には「そのまま放置すれば我が国に対する直接の武力攻撃に至るおそれのある事態等」という例示文言と、日米安保条約の効果的な運用に寄与しとの文言を目的に挿入する修正がなされましたが、これは政府・自民党の従来の説明からしても、法案の建前を根本的に変えた可能性が強いと思われます。
 日本有事ではない周辺事態を準有事とみなしましてこの種の例示文言を挿入することは、かねて自由党の要求してきたことでありましたが、政府・自民党は審議過程でも、この要求をのめば集団的自衛権の行使は違憲とする従来の政府解釈に抵触するといたしまして、他国間の武力紛争である周辺事態に際しての米軍支援は自衛権行使の問題ではないとしつつ、この自由党の要求には法案の前提が崩れるとして拒否してきたという経過があります。したがいまして、この修正は政府解釈の従来の建前を崩したことを意味し、集団的自衛権の行使に法的筋道を開いたことになります。法文上でも、自衛隊法七十六条の防衛出動の要件である「外部からの武力攻撃のおそれ」とどのように峻別されるのでありましょうか。
 また、周辺事態法案は現行日米安保条約の枠組みさえも突破するという批判がありましたが、安保条約の効果的運用といった、政策文書の文言ならともかく、法的文書の文言としては極めて画定力の乏しい文言を目的に挿入することで、効果的運用のためには安保条約の枠組みを超えるということをはしなくも自己告白したに等しいと私には思われます。周辺事態措置法は、ますます安保条約の枠組みからさえも遠ざかる、あるいはそれを超える懸念を与えております。
 第三に、かねてから批判のあった脆弱な国会関与に関しましては、新たに第五条が置かれて、「自衛隊の部隊等が実施する後方地域支援又は後方地域捜索救助活動」は、その実施の可否のみが原則として国会の事前承認事項とされました。しかし、「緊急の必要がある場合」には、事後の速やかな国会承認、そして「不承認の議決があったとき」は速やかに終了させなければならないとしています。一見したところ、自衛隊法七十六条の防衛出動の国会承認制度に似ておりますが、自衛隊法上の場合は、ただし書きにおいて「特に緊急の必要がある場合」とされ、国会の事後承認も直ちにとされておりまして、「不承認の議決があったとき」も直ちに撤収とされておりまして、これら要件の強弱に微妙以上の差異があることは看過できません。
 なお、自衛隊法の防衛出動には、衆議院解散時の場合をも想定した参議院緊急集会での承認の制度が定められているのに、修正法案には同じような規定がありません。これはいわば法の欠缺ではないのでしょうか。いずれにせよ、このような修正がなされても、周辺事態が常に緊急の場合とされる可能性が強いことにかんがみますと、自衛隊出動自体への国会による事前統制は依然として脆弱なままであります。
 また、憲法の平和主義原則はもとより、地方自治や国民の権利義務にも重大な影響のある基本計画は、なおも国会の立憲的統制を受けることがないままにされています。国民的不安は何ら解消されていません。
 第四に、自衛隊の部隊等の自衛官による武器の使用につきましては、原案をむしろ拡大しまして、後方地域支援においても認める修正を行いました。後方地域支援は、戦闘地域と一線を画した後方地域であるがゆえに安全という論理から武器使用規定を置いてこなかったのですから、ここでも法案の前提が崩れたことになります。
 後方地域捜索救助活動は自衛官、自衛隊のみの活動ですから、武器使用によって防護すべき生命または身体の持ち主である「自己又は自己と共に当該職務に従事する者」とはともに自衛官でありましょうが、後方地域支援の場合は国家公務員、自治体職員、民間人の職務や業務も想定されておりますので、どこまでが「自己と共に当該職務に従事する者」なのかが新たに問われます。いずれにせよ、後方地域支援への武器使用規定の拡大は、さらに一気に国民の不安を高めることになりましょう。
 それにしましても、審議、解明すべきでありながら残されたままの問題点は余りにも多過ぎます。周辺事態概念の周辺について、提案者は地理的概念ではないという態度を維持したままで、自由党の見解とはずれがあるように見受けられます。さきの修正文言の含意につきましても三党間でずれがあるようですが、いずれにしましても軍事法の規定は、その性格上一義的に明確にしておかないと危険であるという常識からして、あいまいな規定が余りにも多過ぎます。
 あるいは、自衛隊による邦人等の輸送の強化を内容とする自衛隊法改定案というのは、船舶、ヘリの投入と武器使用規定の新設によりまして、地理的限定も、それから国会関与もない自衛隊の本格的な海外出動を可能とする改定案になっておりますが、その重大さに見合った審議がなされているのでありましょうか。
 また例えば、細かいことのようですけれども、指針では、日本有事には個別的自衛権発動としてのロジスティックサポートという用語を使ってこれを後方支援と訳し、しかし周辺事態には自衛権発動とは無縁の安全なリアエリアサポートという造語を当てましてこれを後方地域支援と呼びつつ、両者を厳格に使い分けておりましたし、その使い分け原則からしまして、周辺事態法案においても後方地域支援という用語しか当てておりませんが、この建前からしますと、日米ACSAは改定によって周辺事態に際しての後方支援における物品役務の相互提供ということを行うことになり、その論理的自己矛盾も放置されたままになっております。
 その後方地域支援を定めた周辺事態法案の審議では、当該支援が敵性を帯び、報復攻撃あるいはテロ攻撃を受けてもやむを得ない兵たん支援であることがようやく国民的に明らかになり始めたばかりであります。これとの関連で、国民の最大の関心事になりつつあります自治体協力、国民協力についても、その内容、手続ともに依然として不透明なままであります。
 四月二十三日でしたか、政府はようやく自治体、民間の具体的協力項目例というのを示しましたが、その審議も本院で行われなければならないはずです。参議院の審議は、これら積み残しの問題とそれから修正によって生じた問題によって衆議院を上回る審議をぜひとも必要とするはずであります。
 最後に、指針関連法案は、自衛隊をいわば米軍の兵たん部隊として組み込むだけでなく、自治体、民間協力と相まって、日本全土をいわば不沈空母化する方向に向かわしめます。空母は攻撃用艦船にほかならず、経済力と軍事力で世界第一位の米国と第二位の日本が一体化し、こうした軍事的プレゼンスでそれこそ周辺を威圧するシステムを構築することは、かえってアジアの緊張を高め、日本国憲法の目指す平和環境構築とは正反対の方向にかじを切ることを意味しております。
 仮に日本の平和と安全に重要な影響を与える事態に対する軍事的対処を構想するにしましても、提案者や修正者は、日本が官民挙げていわば不沈空母となる、場合によってはコソボ紛争のごとき事態にもなるというその覚悟を正面から国民に求めてその審判を仰ぐのが筋でありましょう。その意味では森本参考人がおっしゃった「今後の対応」の一のところと私はその趣旨において同じであります。
 参議院は、独自の院としまして、この法案のそうした深刻な意味をきちんと示すべきであります。そのためにも拙速を避け、良識の府、理性の府にふさわしい参議院独自の慎重審議を強く望みたいところであります。
 この参考人質疑のチャンスも決して通過儀式にはしないでいただきたいということを申し述べて、私の意見陳述を終わります。拍手
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井上吉夫#6
○委員長(井上吉夫君) ありがとうございました。
 次に、金城参考人にお願いいたします。金城参考人。
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金城睦#7
○参考人(金城睦君) 沖縄の弁護士の金城です。
 良識の府と言われていますこの参議院で意見を申し述べる機会を与えていただき、光栄に存じますとともに、感謝申し上げたいと思います。
 同時に、二十一世紀に向けて私たちのこの日本という国のあり方、その命運を決することになるほどのとてつもなく大きな問題を含んでおります周辺事態法などの新ガイドライン関連法案の審議においてわずか数名の者の意見を一日や二日聞くとか、あるいは公聴会を形式的に開くといった程度で事足れりとするようなことがあってはならない。何としてもたっぷり時間をかけて国民各界各層の声をじっくりお聞きになり、十分な情報公開のもとにあらゆる角度から問題点を掘り下げて検討し、慎重審議を尽くされるよう、まず要望したいという気持ちもいっぱいであります。
 私はいささか体調を崩して、またスケジュールも詰まっていましたけれども、事の重大性にかんがみ、万難を排した形で昨晩急遽沖縄から飛んでまいりました。
 一昨日の十一日、この場ででしょうか、野呂田防衛庁長官が、地理的条件からいっても基地が多く存在することを考えても、沖縄が真っ先に周辺事態の影響をもろに受ける、周辺事態に巻き込まれる可能性は沖縄が一番高いという趣旨の認識を示されました。その沖縄から参ったわけであります。後に舌足らずだったということで訂正をされたり、総理大臣が陳謝されるということもあったようですけれども、この点は沖縄ではマスコミでも大々的に報じられ、大きな関心を呼び起こし問題となっております。
 それはなぜか。言われるところの周辺事態、想定される周辺事態というものが沖縄の現実と直結しているからであります。沖縄には百三十万の人間が住んでいます。そして、そのほとんどが沖縄戦における犠牲者を親族に抱えており、いわばみんなが沖縄戦の遺族といったようなものです。日本政府の行為によって遂行された戦争、その沖縄戦において住民の三分の一から四分の一という者が犠牲となりました。その沖縄戦から五十有余年経過した今日においても、全国の七五%に及ぶ米軍基地が集中し、日夜基地被害に悩まされ、ミリタリーカラーに覆われ、準戦時体制といってもいいような状況下に置かれております。
 準戦時体制と申しましたが、朝鮮戦争やベトナム戦争あるいは湾岸戦争、こういった私たちの記憶に新しい戦争においては沖縄の米軍基地の動きは慌ただしく、直接的な攻撃基地あるいは後方としての兵たん基地といった役割が遺憾なく発揮され、そのときの状況は、準を取ってまさしく戦時体制そのものだったと言っても過言ではないものでありました。アメリカが戦争をすれば沖縄基地が使われる。そのため沖縄が戦時体制の一角に組み込まれて、沖縄県民の日常生活はもとより、生命にもかかわる重大な事態が生じたのであります。
 ベトナム戦争の最中に日本人船舶の修理工たちが大型タグボートでベトナム海域に派遣されたり、あるいは日本人がそのベトナムの戦場で負傷させられたり、あるいは大量の米兵たちが殺され、その死体処理のために沖縄の基地が使われたり、さらには、B52戦略爆撃機が核兵器の貯蔵が疑われていた弾薬庫のすぐ近くで墜落、炎上し、付近住民をしていきなり戦争だ、原爆が落ちたといったような恐怖に陥れられたり、原子力潜水艦が寄港して、コバルト60が検出され、放射能汚染の危険性が現実化したり、あすの命のない戦場に駆り立てられていく米兵たちが荒れ狂って基地周辺で強盗、殺人、暴行、傷害、器物損壊等、事件、事故を頻繁に起こしたり等々、まさに戦時体制状態でありました。
 このような戦場と直結する状態のもとで、沖縄県民は日常的に多くの困難を強いられ、無数の被害をこうむったのですが、海のかなたのベトナムなどにおいてはおびただしい数の無辜のベトナム民衆が無惨にも殺されていったのでありますし、さらにベトナムに派遣されたアメリカ兵たちもたくさん死んでいったのであります。
 このような状況が真っ先に生ずる可能性のあることを認識しながら、そして自衛隊も参加した新しい形で全国的にこれを拡大した形で到来することを想定し、これを可能にするような法的仕組み、整備、整理をしようとするのが今回の、ただいま審議中の新ガイドライン関連法の制定のねらいであり、問題の本質ではないかと思うのであります。ですから、沖縄では圧倒的多数の県民がこの法案に危惧を示し、反対しております。
 お配りしてあります資料、地元の沖縄タイムスの調査によれば、反対が五五%、賛成はその半分以下の二六%にすぎません。共同通信の全国調査では、これとは逆に賛成が六六%と大変多かったようでありますけれども、あれはあの不審船騒動の直後の調査でありました。
 実は、安保体制といいますか安保の問題そのものについても、あの九五年の少女の事件以前と以後とで、沖縄の問題、安保の問題の核心が全国民に知らされると、安保への評価もがらっと変わるのであります。それまでは、安保賛成派が圧倒的多数であったのに、あの問題が起こって後の九六年の春には、見直すべきだ、安保反対だというのと、賛成だ、維持すべきだという意見は五分五分でありました。そこまで変わるのであります。
 衆議院では多数の先生方が、ごく一部、何かささい、瑣末と言ったら怒られるかもしれませんが、そういう感じのする修正をし、賛成、可決いたしておりますけれども、良識の府でありますこの参議院におきましては、ぜひ先生方が、日本が戦争への道を開くという、参戦するための戦争法と言っていい本質を持つこの法案を簡単に認めてはならないのではないかと思うのであります。
 戦争は、ある日突然起こるものではありません。それに至るまでのさまざまな準備の蓄積があり、そして過程があります。今度の法案もその中での極めて重要な一里塚である、ターニングポイントをなすものだと思います。沖縄戦や広島、長崎の悲劇を生んだあの太平洋戦争への過程における国家総動員法に匹敵するくらいのものではないかとさえ思われるのであります。
 私たち日本国民は、あの太平洋戦争の反省の上に立って、もう二度と戦争はしないと誓い合って日本国憲法、平和憲法を制定したはずであります。沖縄戦や広島、長崎の悲劇に見られるように、はかり知れない自国民の犠牲と、二千万人に及ぶというアジアの民衆を殺害したほどの残酷な戦争の惨禍、この結末に対する反省はうそではなかったはずです。その場限りのいいかげんなものでもなかったはずです。全国民的な道義がかかっていたと思います。戦争はしない、武力による威嚇または武力の行使は放棄する、国の交戦権は認めないと明示した憲法のもとで、ウオーマニュアルと言われていますようなこの戦争をするための法律を制定するということは矛盾も甚だしいものではないでしょうか。
 国際社会に向かって国家的規模で大うそをつくということになりかねないと思うのです。本音と建前というものの使い分けの上手な日本人と言われますけれども、今度の場合はそんな生易しいものではないと思うんです。日本人全体が、日本全体がうそをつく国家との烙印を押されて、そうなっても返す言葉がないといったのではたまりません。
 今、沖縄ではSACOの合意の実施という形で新たに基地の強化が進められております。全国を覆う新ガイドライン法、この関連法の制定の動向と沖縄における基地強化の動向は車の両輪のごとく今進められているように思われます。安全保障とか国の生命線とか邦人の救助とか、いろいろその言葉そのものの持つ意味は重要だと思いますけれども、そういう言葉を使って行われたのが結末において間違いなく否定しようのない戦争の惨禍でありました。
 私は、もう時間がありませんので、最後に沖縄戦の実相に触れた後で、あの沖縄戦終えんの地、摩文仁の丘の一角に立ちます平和祈念資料館の展示の結びの言葉を御紹介申し上げて、私の意見を終わりたいんですが、それは、
 沖縄戦の実相にふれるたびに
 戦争というものは
 これほど残忍で これほど汚辱にまみれたものはないと思うのです
 この なまなましい体験の前では
 いかなる人でも
 戦争を肯定し美化することは できないはずです
 戦争をおこすのは たしかに 人間です
 しかし それ以上に
 戦争を 許さない努力のできるのも
 私たち 人間 ではないでしょうか
 戦後このかた 私たちは
 あらゆる戦争を憎み
 平和な島を建設せねば と思いつづけてきました
 これが
 あまりにも大きすぎた代償を払って得た
 ゆずることのできない
 私たちの信条なのです
 いろんな危機や問題があるときに、その危機をあおったり、それに武力で対抗するというような形ではなくて、この危機をなくすための努力、平和をつくる努力、そこにこそ全力を注ぐべきであるということを強調して終わりたいと思います。よろしくお願いしたいと思います。
 ありがとうございました。拍手
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井上吉夫#8
○委員長(井上吉夫君) ありがとうございました。
 以上で参考人の御意見の陳述は終わりました。
 これより参考人に対する質疑に入ります。
 なお、参考人の方々にお願い申し上げます。
 御発言の際は、その都度委員長の許可を得ることになっております。また、各委員の質疑時間が限られておりますので、御答弁は簡潔にお願いいたしたいと存じます。
 それでは質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
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世耕弘成#9
○世耕弘成君 自由民主党の世耕弘成でございます。
 本日は、三人の参考人の先生方、御多忙のところ本委員会に御出席をいただきまして本当にありがとうございました。
 時間も限られておりますので早速質疑の方へ移らせていただきます。
 今、三人の参考人の御見解を聞かせていただきました。今回議論になっておりますガイドライン関連法案につきまして、森本参考人は内容に関しては幾つか問題があるものの賛成、そして森参考人、金城参考人は反対という立場であられると思っております。
 私の立場を申しますと、今回のガイドライン関連法案、あるいは周辺事態に日本がきっちりと対応するということに関して国民の中で賛否が出ているという原因、二つあると思うんですけれども、まず一つは、やはり今回のこの周辺事態への対応というのがどうも米国のためにやっているんじゃないかというふうに誤解をされているんじゃないかと思っております。
 私は、日本の周辺で争乱が起こる、そしてそれが長引くということは、これは食糧や燃料を輸入に頼って、あるいはそれを買うための外貨を貿易という形で、輸出という形で獲得しているこの日本にとって、周辺の争乱が続くということは、これは国民の生活に影響するゆゆしき問題であって、周辺事態に日本がきっちりと対応するということは、これは決して他国のためではなくて日本のためであるということを明確にしておく必要があるんじゃないかと思っております。
 そして、もう一つ。このガイドライン関連に関する賛否の根底にあるのは、やはり日米安保に対する評価ではないかというふうに思っております。私自身、この日米安保を評価するということをこういう公の場でやるのは非常にちゅうちょがあります。
 私は昭和三十七年の生まれでございまして、もちろん戦争を知らない子供たちの一人であります。それどころか、六〇年の安保改定に伴うあの大きな社会混乱、これも私が生まれる前の出来事でありました。ついでに申し上げますと、東京オリンピックは生まれた後でありましたけれども記憶にはなくて、物心ついたときにはもう日本は高度成長の軌道に乗っていたという非常に幸せな環境の中で育った世代であります。
 しかし、だからこそ今の日本の繁栄を守りたい、そしてこの繁栄をきちんとした姿で自分の次に続く世代につなげていきたいという気持ちが非常に強い。他国に侵略をされて国土がじゅうりんされるようなことがあっては絶対ならないし、あるいは他国の軍事的な恫喝に屈して日本が、日本人が一生懸命積み上げた富が奪われるようなことがあってもいけない、そういうふうに考えております。そして、戦争やあるいは安保闘争の実体験がないからこそ、私は感情や過去の経緯に左右されることなく比較的客観的に、どうすれば日本を守っていけるのか、あるいは過去、戦後日本はどういう形で守られてきたのかということを冷静に評価できるというふうに考えております。
 私は、国を守るということには二つしかやり方はないと思っています。自力で守るか、あるいはほかの国と組んで守るか、あるいは守らなくてもいいという発想もあるかもしれませんけれども、それはおいておくことにしたいと思います。そして、過去、日本は米国を同盟相手として選んで、実質的に米国の軍事力の傘に守られてきた。そして、その選択がもたらした果実というのは非常に大きくて、日本が戦争に巻き込まれることはなかったし、あるいは切迫した危機に迫られることもなかった。経済面でも、国防費の負担という面で大変な得をさせてもらって経済の発展につながった。そういう面で、私は、日米安保というものを大きく評価しております。
 逆に、中国がいる、ソ連があった、そして南北朝鮮の問題がある、台湾の問題があるという環境の中で、日米安保なかりせばということを考えると、私は非常にぞっとするわけであります。
 そこで、三参考人にお伺いをしたいのですけれども、この日米安保について、今までの成果というものに関してどういう評価をされているか、それぞれお答えをいただきたいと思います。まず、森本参考人から。
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森本敏#10
○参考人(森本敏君) 日米安保体制の評価については、まさに先生の御指摘のとおり、我が国がさきの大戦後、日米同盟という道を選択したことが今日の安定と今日の繁栄をもたらしていると思います。その点について国民の多くが冷戦時代から日米安保体制を支持してきたことは御案内のとおりであると思います。
 今回のこのガイドライン及びそのガイドライン関係法の持っておる意味というのは、先生今御指摘のように、いわば日米安保体制というものを、日米両国の防衛協力をきちっとしたものにすることによってアメリカのプレゼンスというものとコミットメントをこの地域に確保し、そのことによって日本の平和と安全を維持すると同時に、アジア太平洋全体の平和と安全を維持するという、いわばそういう役割と、もう一つは、このガイドライン及びガイドライン関係法には必ずしも明記していないわけですが、この関係法を整備することによって、結果として日本の国家の危機管理あるいは安全のための法整備を含む体制を整えるという間接的な役割、この二つの面を持っているのではないかと考えます。
 いずれにしても、日米安保体制が日本やアメリカのみならず、この地域全体の平和と安定に重要な役割を果たしているということについては多くのアジア諸国の共通した認識である、このように考えております。
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森英樹#11
○参考人(森英樹君) 世耕委員の御質問は、日米安保条約に基づく仕方に対する評価を伺いたいということかと思います。
 委員御発言のとおり、自力で守るか、他国と組んで守るかというチョイスがあるというふうに問題を立てる立て方が委員の立て方ですが、それは言うまでもなく、軍事的に自力で守るか、軍事的に他国と組んで守るかというふうに問題を立てておられるようです。
 憲法の規範的な命題は、軍事的に国際紛争解決にコミットすることをしないということを命じているというふうに私は理解しているし、多くの憲法学者もそのように理解をしております。
 したがいまして、その延長線上で考えれば、憲法の規範命題は、日米安保体制のごとき、軍事的プレゼンスというふうに今も森本参考人が使われましたが、そういうことをも含めた軍事的対応で国際紛争に対応することを丸ごと否定しているというふうに理解するほかございません。
 なお、軍事的プレゼンスという言葉は、憲法用語で言い直せば武力による威嚇というふうに翻訳できる言葉かと私には理解できます。それはともあれ、そのような規範体系を持っている憲法のもとで、立憲主義、法治主義に基づいて政策立案を法的にも進めていくという場合に憲法と矛盾することは明確でございますので、妙な言い方ですが、その種の議論は憲法を変えてから行うか、憲法に基づいて実態を改めてから議論を起こすか、どちらかしか選択肢はないのではないかというふうに私には思われます。
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金城睦#12
○参考人(金城睦君) 世耕委員のおっしゃったように、評価できる面と、ただいま森参考人の言われたように絶対的に否定されなきゃならない面と、二面があると私は思います。
 確かに、経済成長をもたらしましたし、日本にとって一般の国民がこれはいいと評価できるような内容が結果としてあったこと、そのこと自体は否定できない側面だろうと思います。
 ただ、では日本国民というのは本土に住んでいる人間だけかということをこの際お考えいただきたいという感じがいたします。本土であっても、全国民が安保のもたらすそれこそ恵沢を受けているのかというと、逆の面も少なくない。それどころか、現在では百三十万になっております、百万前後の沖縄県民にとっては安保は全く害でありました。
 安保が成立したのが一九五二年四月二十八日、日本の独立と沖縄が切り離されてアメリカの占領支配がそのまま続けられる。そして、安保体制が形成されるというときと同じであります。それを通じて日本本土はそれなりの平和あるいは経済成長があったかもしれませんが、それから後の沖縄はずっと人権は抑圧され、非人間的な扱いを受け、安保のために日本人であって日本人でないような扱いをされました。そういうことが安保の評価として、忘れていいでしょうか。
 これは私が沖縄の人間だからだけで言うのではなくて、人間としてそれだけではいけないんだろうと思うんです。自分たちが経済が豊かであるならば、その豊かな経済をつくる上において他に犠牲を強いる、他民族を抑圧したり収奪したりする、そういう形で平和とかあるいは経済発展とかというものは人間として許せるだろうかという感じがありまして、このことはどうしても深刻に考えなきゃならない点だろうと思っています。
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世耕弘成#13
○世耕弘成君 ありがとうございました。
 私、決して安保を評価するに当たって沖縄を忘れているわけではありません。沖縄の皆さんが御苦労なさっていることについては非常に私も深刻に考えておりますし、経済発展の果実を一緒に味わえるような形に持っていく努力をしていきたいと思っております。
 さて、先ほど森本参考人は陳述の中で、今回のガイドラインの見直しの動きを冷戦期の同盟の再構築あるいは強化という形で定義されたと私は把握いたしました。しかし、私、今回の新ガイドラインと前の旧ガイドラインを読み比べると、ちょっと不安になる部分があるんです。米国政府のスタンスが同盟強化とは反対の方向に相当変化しているんじゃないかという気がしています。
 特に、日本有事の場合の規定というのを読ませていただきますと、旧ガイドラインでは、日本は、原則、限定的小規模な侵略を独力で排除するけれども、規模や態様の面でそれが難しいのなら米国の協力を待って排除するという形になっています。ところが、新ガイドラインでは、日本は日本に対する武力攻撃に即応して主体的に行動し、米国はそれに適切に協力をするという趣旨になっております。
 きょうは外務省見えていませんけれども、日本語は主体的に行動するという何だかよくわからない表現になっていますけれども、これ英文ではプライマリーレスポンシビリティー、すなわち第一義的な責任を負うという用語になっています。どうもアメリカは気持ちが変わってきているんじゃないかという気がします。
 これまた米国の立場に立てば、私はその気持ちもよくわかるんです。日本は米国に軍事的な負担だけをさせて自分たちは経済発展を謳歌しているんじゃないか、もうこれからはどうぞ自分らのことはまず第一に自分らでやってくださいという気持ちがこの文言に非常にあらわれているんじゃないかという気がしています。日本有事の際に米国は、この新ガイドラインの適切な協力というところを盾にとって、それは適切な協力に当たらないからうちはやらないよというようなことが出てくるんじゃないかという私は憂慮を持っております。
 森本参考人にお伺いしたいんですけれども、新ガイドライン下で、日本有事に当たって米国は、旧ガイドライン下で米国がとったであろうレベルと同レベルの協力をしてくれるとお考えになりますでしょうか。
 そして、私、有事に当たって確実に協力をしてもらうのは、このガイドラインという紙の上の文字の世界だけではなくて、やっぱり日常の信頼関係というものが非常に重要になってくるというふうに思っています。
 しかし、今回のガイドライン、これ合意してからもう二年近くたつのに、まだ関連国内法の整備ができていないという状況であります。よく手土産にした、手土産にしたと批判をされますけれども、これが米国への手土産としたら、もうとっくに賞味期限が切れたものじゃないか、あるいは、もらった人がふたをあけてみたら十個入りのおまんじゅうが六個しか入っていない、重要な船舶検査が落ちている、そんな手土産なんじゃないかなというふうに思っております。
 こういう現状が米国を一層失望させて、日本に対する信頼感、あるいは有事になったら日本のために一肌脱ごうという気持ちを薄れさせる結果になっているんじゃないか。この辺、森本参考人の御見解を伺いたいと思います。
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森本敏#14
○参考人(森本敏君) 日米安全保障体制のもとで日米がいかなる役割を分担するかということについては、日米両国の持っている防衛力の機能、能力というものによって、時代を経て変質してきたのではないかと考えます。
 もともと六〇年安保の改定が行われた後の我が国の防衛力というのは、まだ自衛隊が本当に草創期で、アメリカの一部であれ役割を果たすということはとてもできる状態にはありませんでした。七八年に旧ガイドラインができたときに、我が国の防衛力は、一応我が国を短期間であれ独自で防衛する能力をやっと身につけたという状態でありましたが、それでも圧倒的に米国の極東におけるプレゼンスと機能のごく一部を我が国が自国の防衛力というか自衛力で補って、トータルで何とか抑止と防衛の機能を果たすという状態にあったと考えます。
 しかし、冷戦が終わってみますと、アメリカの国内におけるいろいろな事情もあり、東アジアにおけるプレゼンスや機能というものの変化というものを考えた場合に、また、日本が育ててきた防衛力の持っておる役割というものを考えた場合に、我が国がいわば日本に対する武力攻撃に主体的にまず対応し、アメリカに必要な部分を補ってもらうという、そういう役割を双方に、協議をした結果、常に冷戦時代から日米が相互補完という役割をずっと果たしてきたわけですが、その相互補完の比率がどちらかといえば日本に大きくなって日本の果たすべき役割が大きくなってきている、それがこのような文書の形にあらわれたのではないかと考えます。
 しかしながら一方、先生が後段において御指摘になったように、九六年四月に日米共同宣言ができて、九七年九月にガイドラインができて、去年の四月にこの草案を閣議で御承認いただいて、今日に至るここ二年の間、日本は随分、いわば日米同盟に基づく宿題というものを行うに際して、アメリカ側から見ると大変ぐずぐずとしてきたと思います。アメリカは日本の政府が力強い政治的なリーダーシップをとってこの問題を解決してくれることを常に願って、いわばはっきり言うと言いたいことも言わないでずっと我慢してきているという状態が今日でも続いているのではないかと思います。
 そのことは、日本という国は、いわば外側から余り要らざる圧力だとか干渉というものを安全保障の分野についてかけるということは、逆効果になるのではないかとアメリカの政策決定者が長いこれまでの日米関係の経緯の中で、教訓として学び取ってきているのではないかという強い印象を私は受けるわけです。だから、アメリカが言わないのは、言うことがないからではなく、我慢して、日本の政治的リーダーシップがとられて、順調に日米同盟強化の道が確実に進められるということを期待しながら見守っている、このような状況にあるのではないかと考えます。
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世耕弘成#15
○世耕弘成君 よくわかりました。
 しかし、一方で、現実の今、日本の周辺を取り巻く状況を見ておりますと、例えば先日の不審船の問題ですとか、あるいはテポドンの問題を見ておりますと、どうも現実問題として有事に当たっての日米協調というものが弱くなりつつあるんじゃないかと日本の周辺諸国から読まれているんじゃないかという気が私はしてならないんです。日本と米国の非常に緊密な関係というものが見えていれば北朝鮮も安易にテポドンなどは打ち込めなかったはずじゃないかというふうに私は思っております。
 今、北朝鮮が非常に心配の種になっているわけですけれども、それに対する特効薬は、私は偵察衛星やTMDも非常に重要だとは思いますけれども、それがまず第一義的にあるのではなくて、まず第一に日米の協調をしっかりさせておく、何かあったら日米は一緒に頑張るんだという姿勢を外国にきっちりと見せておくことが特効薬ではないかと思うんですけれども、その辺、森本参考人のお考えはいかがでしょうか。
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森本敏#16
○参考人(森本敏君) 先生の御指摘ですが、全く私もこの点については同感です。
 昨年八月にミサイルが北朝鮮から飛んできて、今年になって不審船が入ってきたという事例によって、日本の国内はどちらかというとアメリカ側から見てややナショナリスティックな方向に進んでいると考えますが、日本が行うべきことは、日本として独自に対応する能力を持つということはもちろん重要ですけれども、それよりもとにかく今は日米間の抑止の機能をいかにしてきちっとしたものにしていくかということと、外交的にも日米のみならず韓国を含めた日米韓の三カ国の抑止の体制をどのようにして緊密できちっとしたものにしていくか、これが我が国周辺の、特に半島における不安定な状況をこれから解決していく一番重要な方法なのではないか、このように考えております。
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世耕弘成#17
○世耕弘成君 それではちょっと質問の方向を変えますけれども、防衛問題というのは、国にとりましては究極の危機管理になるわけでございます。
 私は長年、ついこの間まで企業の危機管理の一翼を担って仕事をしておったわけでありますけれども、危機管理というのは危機のいろいろなフェーズに合わせていろいろな準備をして初めて成立するものであって、しかもそれが有機的にリンクをしていなければいけない。今、いろいろ湾岸戦争ですとか阪神大震災がありまして、危機管理ブームのようなところがあるんですけれども、企業の危機管理で陥りがちな誤りというのは、立派なマニュアルを一つつくって、これがあるから我が社の危機管理は大丈夫ですというのが陥りがちな誤りなんです。私は、危機管理というのはそういうものではなくて、多面的にいろんなフェーズに合わせたいろんな準備をしておくことが重要だというふうに思っております。
 そして、今回の周辺事態関連法、これだけで私は日本の危機管理というものが完了するわけでは決してないというふうに思っております。いろんなフェーズに合わせたさらなる準備が必要だと思っております。
 先ほど森本参考人は、今後の有事法制の必要性ということを訴えられました。私も全く同感でございます。しかし、この有事法制と今回の周辺事態関連法案、この辺はきっちりとリンクしてなきゃいけない、あるいは相当オーバーラップする部分もあるのではないかというふうに考えています。
 森本参考人にお伺いしますが、今後有事法制を考えていくに当たって、今回の周辺事態関連法とのリンクをどういうふうに考えていけばいいとお考えでしょうか。
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森本敏#18
○参考人(森本敏君) 有事法制という言葉が必ずしも適当とは考えませんが、ガイドラインができた後、法整備を進めるに際し、我が国の周辺で起きた事態を最初に法整備の対象とし、その後で我が国の領域、領土に対する直接の武力攻撃を後の法整備にゆだねるというか任せるといういわば二段構えをやって今回周辺事態法が先に審議されていると考えます。
 しかし、先生御指摘のように、これは後に続く有事法制あるいは領域警備につながるものでなければならない。つながるということはどういう意味であるかというと、私は二つの考えるべき、あるいは考慮すべき要素があると思います。
 第一は、周辺事態安全確保法というものと、それからこれから行う有事法、特にその中での第三分類の法の中で国として対応すべき、例えば総理大臣のとるべき権限や手続、あるいは内閣のいろいろな手続、地方公共団体との手続、国会承認のいろいろなルール、そういったものは法がばらばらであっては困ると思います。
 つまり、先生も今おっしゃったように、緊急事態と日本有事とがオーバーラップしていて分けられないときに、例えば実際の現地の部隊指揮官が法律によってことごとく手続が違うなどという複雑な行動をできるかどうかということを考えた場合に一つのルールが、二つの大きな法体系の中で共通部分がないといけない。その意味において、今回の周辺事態法の原理原則部分というのは、今後法整備が行われる有事法制や領域警備に十分に適用できるものでなければならないし、またオーバーラップしている部分については共通の手続でなければ、個々の事態に対して法体系や手続がことごとく違うなどということを迅速かつ柔軟に対応する部隊の指揮官に求めることはそもそもが実際的でないと思います。それがまず第一です。
 それから二番目に、そのことは結局のところもう少し包括的な法体系に全体としてすべきであって、したがって原則的な、例えば国家にとって緊急事態、つまり平時から有事に至る間のプロセスの、いろいろな総理大臣の権限、立法府の手続あるいは行政府の責任、あるいは地方公共団体や国民の権利義務といった国の基本的な問題を、有事あるいは緊急事態、それから平時並びに国連に対する取り組み方、あるいはそのいずれでもない例えば人道援助や邦人保護といったいろいろな活動、そのトータルな法体系が、できれば一つの法体系の中でおさまっているということがむしろ法を運用するときに実際上運用しやすいのではないかと思います。
 その意味において、今回の周辺事態法が、後に続く法整備にとって非常に適用される部分が多く、かつまたそこは十分に参考にされなければならない、このように考えています。
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世耕弘成#19
○世耕弘成君 ありがとうございました。
 時間でございますので、これで質疑を終わります。拍手
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柳田稔#20
○柳田稔君 おはようございます。
 きょうは、参考人の皆様、大変ありがとうございます。私は、民主党を代表して質問させていただきたいと思います。
 まず、森本先生にいろいろ教えていただきたいのでありますが、私もこの政治の道に入ってから大分森本先生には御指導いただいておりますので、おまえが民主党の代表かというとちょっとお考えになるかもしれませんけれども、きょうは大分個人的な意見も入れて質問させていただきたいと思うのであります。
 先日の当委員会におきます質問で、時間をいただきましていろいろと質問させてもらったんですけれども、日本国内のことはさておきまして、今回の周辺事態法、海外から見たときにどうなのかなと。
 海外の軍隊がどういう活動をされているかというと、るる説明したんですけれども、ないけれども国連軍があるだろうと、考えとして。その次、PKOがあるなと。国連決議に基づく多国籍軍ですね。世界に行くと同盟軍と言われていますけれども、同盟軍がある。これは国連が関係している。それ以外考えると、集団的自衛権と個別的自衛権かなと。それ以外、私の頭では考えつかないのでありますが、そんなもんだろうかと思うんですね。
 そうしたときに、今回の周辺事態法で自衛隊が活動できるようになるわけですね、海外で、日本の領海外で。とすると、この活動というのは、海外から見ると一体どういうふうに考えればいいのかなと。
 私の考えは、これはもう当然、集団的自衛権の行使と海外の人は考えるだろうというふうに思っているんですが、政府はそうではありませんと、新しい概念ですとお答えになるんですね。世界にない新しい概念がこの周辺事態法なんですと答えるんですが、日本政府がいかに新しいと言っても世界にとってはわからないわけです。
 だから、世界の常識で言うと、この周辺事態法というのは集団的自衛権の行使の一部になるんじゃないかなと思うんですけれども、先生、どうでしょうか。
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森本敏#21
○参考人(森本敏君) 今、先生の御質問の趣旨を私なりに理解すれば、例えば、日本の憲法の解釈のもとで自衛隊が日本の領域の外で行う活動は、まさに先生の御指摘のように、理論上は、第一に国連協力。この国連協力にはいろいろな形がありますが、既に国際平和協力法で行っているPKOや国際的な人道援助、その他、理屈上は多国籍軍等に対する協力というのが将来あるかもしれませんが、そういういわゆる広い意味での国連協力あるいは国際協力。
 第二が、自衛権を行使する場合。それには集団的自衛権を行使する場合と個別的自衛権を行使する場合と二つあると思います。
 しかし、私は、それ以外にいわゆる同盟協力という分類があって、つまり、同盟国として領域の外で協力するということは、国連協力でもないし、それから自衛権を直接行使する場合でもないケースがある。もちろんこの場合、同盟協力の中で、集団的自衛権を行使する場合というのはオーバーラップしていると思いますが、例えばある事態が起きて日米が領域の外で情報交換をするということを仮に考えた場合、そのような情報交換が一体自衛権の行使に当たるのかというと、私は必ずしもそうではないと考えます。
 つまり、広い意味での同盟協力というのがあって、一緒に例えばPKOの活動をやるためにいろいろな地図を交換したりあるいは情勢を分析したものを意見交換したりする、あるいは同盟国として双方がいろいろな協力を領域の外で行う、これを一体自衛権と国連協力の二つだけで解釈できるのかというと、私は必ずしもそうできないのではないか、つまりできない分野があるのではないかと思います。
 今回のこの法案に基づいて日本が領域の外で米軍のために行う後方支援活動というのは、国連協力でもないし自衛権を行使するわけでもない、したがって、広い意味での同盟協力の部類というふうに考えてよいのではないか、このように考えています。
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柳田稔#22
○柳田稔君 周辺事態というのを政府が六つぐらい例示されております。その中に、周辺で有事という場合も想定されていますよね、有事がもしあった場合とかございましたね、一つ。それをもとにして、日本の平和と安全を脅かす、だからそれは周辺事態と認定して自衛隊が行動できるように、輸送ですけれども、後方支援とか後方地域支援とか呼んでいますけれども、その事態を考えたときに、ある地域で紛争が起きた、これにアメリカ軍は関与している、日本の周辺のある地域において、これは特定できませんけれども、有事が起きた、それにアメリカ軍が参加をしていると。ところが、日本の周辺ですから、この事態は周辺事態と日本政府が認定して後方地域支援活動をするわけです、物を運ぶわけです、水とか食糧というのは大切な軍事物資ですからね。これを運ぶということを考えたときに、これは集団的自衛権の行使になりませんでしょうか。
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森本敏#23
○参考人(森本敏君) 集団的自衛権というのは、あくまである国が別の国と同盟関係を結んでいるときに同盟関係にある国が他国から武力攻撃を受けた場合、当該国が武力攻撃を受けていないにもかかわらず、同盟国に対する武力攻撃をみずからの国に対する攻撃とみなして共同して対応するという国の権利をこの場合集団的自衛権と概念しておりますので、水や物資を補給するという活動は、そのことが今申し上げたように武力の行使に当たるとは考えられませんし、また米軍が例えばどこかの国に攻撃を受けていてともになって戦うという活動とは概念されませんので、したがって、厳密に言うと集団的自衛権の行使には当たらないのではないか、このように考えます。
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柳田稔#24
○柳田稔君 もう一つ、前線と、俗に言う兵たん、日本の政府の考えはよくこれを区別するんですね。
   〔委員長退席、理事竹山裕君着席〕
前線と後方支援は違うと区別されて考えるんですけれども、世界の軍隊の常識で、こんなに前線と後方の支援、兵たん、区別している国というのは、言葉をかえますと、そう言って別々に作戦を立てている国というのは、軍隊というのはあるんでしょうか、先生。
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森本敏#25
○参考人(森本敏君) 作戦計画として区別しているということはありますが、法としてそのように区別して対応措置を変えるということは戦闘行為の現状に必ずしも現実的でない対応になるので、余りそういうことはないと思います。
 ただ、明らかに戦闘地域だという地域と戦闘地域でない地域というのは分けられると思いますが、両方が判別しがたい、区別しがたいという地域は恐らくあって、その地域の方がはるかに広いというのが戦闘の実態に近いんじゃないかと思います。
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柳田稔#26
○柳田稔君 こればかりやっていますと一日かかりますので、そろそろ話題を変えないといけないんですが、もう一回聞きますけれども、作戦行動としては一緒ですよね。地域は別として、作戦行動としては一体であると。
 ある地域で紛争が起きたときに、米軍とともに行動している日本、兵たん活動なんでしょうけれども、その有事が起きている地域から見ると、同じ作戦行動をとっておる同盟軍とみなされてもおかしくないのではないのかなと思うんです、地域じゃなくて作戦ということを考えると。その辺は先生どうなんでしょうか。
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森本敏#27
○参考人(森本敏君) 相手から見て同盟軍とみなされるかどうかということと集団的自衛権を行使するということとは必ずしもイコールではないと考えます。
 例えば、日米が同盟国であり、我が国の施設・区域を安保条約に基づいて米軍に提供しているという同盟国としての行為そのものが、相手からどう見えるかは別ですが、しかしそのことが先ほど申し上げた集団的自衛権の行使そのものに当たるということには必ずしもならないんです。
 あくまで、例えば日本の領域の外で米国の艦艇が他の国から攻撃を受けているときに、日本は攻撃を受けていないにもかかわらず、米艦艇に対する攻撃を自分の国、この場合日本に対する攻撃とみなして、日米双方でともになってこの攻撃を排除する行動をとるという行為をこの場合集団的自衛権の行使というふうに概念すれば、そのような同盟国として見られるかどうかということと集団的自衛権の行使というものとは区別して考えられるべきではないかと、このように考えます。
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柳田稔#28
○柳田稔君 今回、この法案の第一条の「目的」を修正いたしました。内容は先ほど先生がお触れになったとおりなんですが、政府も修正した三会派も、これは一つの例示だとおっしゃっているんですね。その内容は「そのまま放置すれば我が国に対する直接の武力攻撃に至るおそれのある事態」と書いてあるんですね、これ。
 それで、この委員会でも大分議論したんですけれども、言葉をかえて抽象的に言いますと、青信号、黄色信号、赤信号と。もう赤信号というのは日本有事ですという大体そういう考えで、赤信号というのは日本有事ですと。平時というのは青信号ですと。これは海外にとってじゃなくて、日本にとって平時というのは青信号ですと。でも、いつか青信号から、平時からだんだん変わっていって変遷して最後は赤信号、有事になるだろう、これは黄信号の例示ですと、実は提案者がそう答弁しているんですよ。もっと突っ込んだ答弁は、この事態は黄かもしれないけれども実態は赤だ、逆に、これは赤かもしれないけれども実態は黄だという場合もあります、そういった状況も例示として挙げていますとおっしゃるんですよ。
 ところが、政府が提案して衆議院でいろいろ議論をしてきた内容を聞きますと、あくまでも平時なんです、青の段階なんですと。ですから、後方地域、安全な地域として国が指定したところは絶対にと言っていいほど攻撃を受けません、安全な地域なんですと答弁されるんですよ。ですから、日本は武力の行使とか一切そんなことはしなくて済むんです、だから御安心くださいといって衆議院ではずっと説明してこられたんですね。
 だから僕は、これは平時だ、日本にとっては青信号、そういう状況であれば、まあ、うんという感じで聞いていたんですけれども、参議院に持ってきた途端に、先生も御存じのように、衆議院では採決する直前に修正しましたので、その修正部分を読むと、そしてここに来た修正者の話を聞くと、黄信号態様も含まれていますとおっしゃるんですよ。
 とすると、この法案自体の本当の目的が、法案に書いてある目的が変わったのではないか。変わった、平時と。要するに、青信号だけではなくて黄信号も含めますというふうに変わったのではないかと私は思うんですけれども、先生はどうでしょうか。
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森本敏#29
○参考人(森本敏君) 私は、今の例をそのまま引けば、この事態は、仮に黄信号というのは日本にとっての黄信号と先生がおっしゃるとすれば、私はこの定義そのものは……
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