冨澤暉の発言 (日米防衛協力のための指針に関する特別委員会公聴会)

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○公述人(冨澤暉君) 冨澤であります。
 私は、ガイドライン関連法案という略称を使わせていただきますが、この法案に対しまして全面的に賛成であります。考えてみますと、恐らくこの五十年で初めてできる有事法制だと思いますが、まさに待望のものであります。一日も早く成立していただくことを皆様にお願いしたいと思います。
 それでは、なぜ私がこの法案に賛成するのかということをまず述べさせていただきます。
 ここに、対話と抑止と対処という言葉が書いてございます。現在、特に、例えば朝鮮半島をめぐって対話が続いております。これを太陽政策とかあるいは宥和政策と申しておりますが、これはそういう太陽だけが一つ存在するのではないのでありまして、必ずその後ろには抑止というものがあり、そして抑止につながる対処計画があるというところでこの対話が成り立っているものと考えます。
 すなわち、北風には北風をということではないのでありまして、北風には北風よけをしっかり持って、そしてその上で太陽をということだと認識しております。つまり、互いに北風の冷たさをよくわかる者にとって初めて太陽の暖かさがわかるんだ、こういうことであると認識いたします。まさにこの法案は、そういう意味で対処の計画をつくるもととなり、それがしっかりした抑止につながり、その上で太陽の対話政策を進めるというものであるというふうに認識いたします。
 また、有事法制と申しますと、有事法制というのは有事が本当に近づいてきたらつくればいいじゃないかと、こう言う方がおります。これが全く私は違うと思うのであります。有事法制というのは平時につくる。つまり、対話というのは平時に行われます。有事になったらもう対話はなくなるわけです。対話が大切なんです。ですから、対話をつくるために平時に有事法制をつくって、それに基づいてしっかり訓練をして即応の態勢を保つことによって初めて抑止ができる。その抑止という土台の上に本当の対話ができるんだろう、このように思います。
 その意味で、今私は平時だと思っております。この平時に有事法制ができるということはすばらしいことだ、そうでなければならない、このように考えております。これによって、まさに三者のバランスのとれた外交が我が国の平和と安定をもたらすものであろうというふうに考えますので、この法案に賛成するわけであります。
 次に、個別的自衛、集団的自衛、集団的安全保障という言葉が書いてございます。これは皆さん既に御承知のとおりでございますが、この中で一体何が大事かといいますと、これは言うまでもなく個別的自衛が一番大事であります。なぜ個別的自衛が一番大事かと申しますと、残念ながら世界の現状は他国をそこまで一〇〇%信じられないような状態にあるからであります。私は、現在は残念ながらそういう集団的なものにすべてをかけることはできないと思いますので、個別的自衛が一番大切であるとは思いますが、だからといって個別的自衛しかやらないという体制は、またこれは非常に困ったものであります。
 個別的自衛しかやらないということは他人と組まないということでありますから、当然その国は孤立いたします。孤立するということは発言力をなくすということであります。発言力をなくすということは自主性を失うということであります。自主性を失うということは、その国の存在がもうなくなるということであります。防衛の目的そのものが失してしまうということであります。ですから、個別的自衛は大切でありますが、個別的自衛だけではだめだということであります。
 我が国はこの数十年間、その個別的自衛すらどうだという議論がありまして、また、そのために個別的自衛そのものの準備も極めていまだに不十分であります。そういう事情もあろうと思いますが、そのために余りにも集団的自衛とか集団的安全保障とかということについての議論がありませんでした。したがって、それが一国平和主義とかあるいは日本は核武装をするんじゃないかなんということの原因になっているわけであります。
 要するに、一国平和主義ということは、自分だけで何でもやるということですから、世界のあらゆる脅威に対応しなきゃいけない。世界の脅威で一番怖いのは核兵器です。そうなりますと、スイスのように日本じゅうをシェルターで取り巻くか、あるいは核兵器を持つのじゃないか、シェルターの方が高いでしょうから核兵器を日本は持つのじゃないのと、キッシンジャーだけじゃなくて、私も外国へ行くといろんな人に聞かれるわけであります。こういう誤解を招いているもとを絶つためにも、やはり我が国の防衛はこれから集団的なものにシフトしていくべき時期だと思います。
 そういう意味で、今回のこの法案に関する審議というものは、我が国が一国平和主義から脱却する第一歩を踏み出したという意味で極めて画期的なものだと思いますし、この法案が成立すればまさにそれが実行に移るわけでありますから、そういう意味で大変結構だ、こういうふうに思うわけであります。
 しかし、それじゃこの大変結構な法案ができれば、この法案に基づいて米軍を支援して、あとは米軍に任せれば我々は平和で安穏と暮らしていけるのかという問題になりますと、私はこれはノーである、このように考えます。なぜノーなのかということであります。
 まず、我々が考える周辺事態、いろいろございますけれども、基本的に米軍に支援するわけですから米軍が周辺事態で戦うという前提だと思いますが、その場合、米軍及び米軍とその関係する当該国が、それぞれ個別的自衛あるいはその当該国と米軍との間の集団的自衛によって自衛戦争を始めます。この自衛戦争というのがどのくらい続くかというのはよくわかりませんが、私はこの自衛戦争の期間というのは意外に短いのではないか、こういうふうに考えております。短いということはどういうことかというと、比較的早く国連軍、多国籍軍が出現するだろう、このように考えております。
 具体的に、例えば朝鮮の場合を申しますと、一九五三年に御承知のように休戦協定が結ばれましたが、このときにそれまで国連軍として参加していた韓国を除く十六カ国は、この協定を認めるけれども、この協定が破られてもしもこの地で再び侵略が起こった場合は我々はここに再結集して戦うと共同宣言をしております。そして、それを受けるかのように、その後、国連軍は、部隊はほとんど帰ってしまいましたけれども、いまだになお韓国ソウルには国連軍の司令部がございます。そして我が日本にも、キャンプ座間に国連軍司令部の後方部門がございます。これらの部門は、いつでも、今は比較的少ないですが、その人員を拡大して国連軍を再結集して戦える準備を整えております。
 すなわち、休戦が破れれば同時に休戦以前の状態に戻る、つまり戦争の状態に戻る。そこで、休戦協定をした人は南側の国連軍総司令官マーク・クラーク大将ですから、その人はもうもちろんおられませんが、それを継ぐ人が当然それを受けて国連軍を再発動するということが考えられるわけであります。
 しかし、先ほど栗山公述人のお話にもありましたように、実際の現在の国連の状況とか、またアメリカと国連との関係がありますので、必ずしもこの国連軍がそのとおり成るかどうかということは私も一〇〇%申し上げることはできません。しかし、そういう場合には、私は、必ずそれにかわる、今度は国際慣習に基づく多国籍軍というのができるだろうというふうに考えております。
 また、逆に言いますと、いつまでたっても国連軍も多国籍軍もできないような状態の戦争のときに、日本が本当に支援しなきゃいけないのかどうかということは、また別途議論する必要が出てくるような話だろう。事ほどさように、恐らく国連軍、多国籍軍というのができるのだろう、こういうふうに考えるわけであります。
 当然、こういうものができれば、米国による米国の自衛のための戦争というのは終わるわけであります。ここのところが重要であります。そういう状態になったときに、我が国が米軍や国連軍の部隊にどういう支援ができるのかということでありますが、米軍に対しては、現在持っております米軍の地位協定と、それから今回できますガイドライン関連法案で引き続き支援が可能なのかと思います。
 ただ、私、一つだけちょっと懸念するのは、今回のガイドライン関連法案というのは日米安全保障条約に基づくものであります。この日米安保条約というのは、確かに我が国からの集団自衛権の行使はないということになっておりますが、アメリカ側からの集団的自衛権の行使は多分期待しているんだと思いますし、よくよく考えてみますとこれは同盟条約でありますから、社会常識から考えるとこれはもともとは相互の集団自衛権に基づいて締結された条約であろうと。
 そうしますと、この条約から出てきたガイドライン関連法案でもって自衛戦争を終わった米軍に本当に支援できるのかどうか。私は法律の専門家でありませんのでよくわかりませんが、ちょっと疑義がありますが、そのときは多分政府はこれは集団的自衛権に全く関係しないということで引き続き支援を続けることは多分できるのかなとも思います。
 それでは、一方、米軍を除くその他の国連軍に対してはどういう支援ができるのかといいますと、現在、一九五四年にできました国連軍地位協定、日本国における国連軍との地位協定というのがございます。これに基づいてそういった国々を支援できるということになるわけでありますが、それは実は米軍との地位協定と同じようなものでありまして、端的に言うと日本における基地をどういうふうに貸すかという協定であります。ですから、これでは基地を貸すことについてはある程度できると思いますが、今回のガイドラインで決まったようないろいろな行動に関する支援というのはとてもできないというふうに考えます。
 それからまた、基地についても、実は一九五四年当時とは基地の状況が全然変わっております。沖縄を除いては日本に外国軍のための基地というのは激減しておりますから、そういうところで基地についても私は十分にこの国連軍に対して支援ができないだろうというふうに思います。
 その結果どういうことになるかというと、日本という国は米軍にはこれだけ支援するけれども何だと、友好国軍には一切支援しないのかということになります。これは非常に大きな問題であります。こういう話を私どもの仲間でしますと、私どもの仲間の中には、いや大丈夫だよと、これは米軍にさえ支援しておけば米軍がトンネルになって横流しで全部行くんだから結果は同じだよと言うんですが、私はこれは困ると思うんですね。これこそ、こういったことを認めるということこそ日本の自主性をなくすことであります。国連軍が出てきたら国連軍参加一国一国との間にきちんとした協定なり条約を結んで、それに支援するような体制をとらなきゃいけないというふうに思うわけであります。
 じゃ、どうしたらいいかということでありますが、比較的事は簡単でございまして、今回このガイドライン関連法案で米軍に支援するという内容が決まりましたら、その内容をそのまま国連軍ができたらばその国連軍にも適用するというふうに決めていただければいいわけであります。ただ、当ガイドライン関連法というのはあくまでも日米安保条約の枠内のものでありますから、これをそのまま適用するわけにはいきません。したがって、的枠組みだけは別にしなきゃいけないということであります。当関連法が憲法違反でないとするならば、これもまた当然憲法違反じゃないわけでありますから、全く法律をつくるのに当たっては問題ないと考えております。
 ただ、国連軍についてはもう現実に国連憲章がありますし、司令部が現に日本にありますし、地位協定もありますから余り問題ないと思いますが、多国籍軍というのは国際慣習でありますし、まだ現実に見えていないものですから、これを対象に立法ができるかどうかは私はわかりません。そういうときには国連支援のための法律の中にそれを含めるとか、それがどうしてもできないのだったら政治的宣言にとどめておくというのも一案かと思います。そういうことが必要じゃないかということを皆様に御提言申し上げたいと思います。
 要するに、現在の日本の防衛というのは余りにも個別的防衛に偏しておりました。その我が国の防衛の実態を多少なりとも集団的なものに修正してきたという点でガイドライン関連法案の議論というのは大変大きな成果をおさめたものと思います。
 しかし、一方でそれはいいけれども、何となく米国一辺倒なんじゃないかなという感じを国民に与えていることもまた否めないと思います。そういうような感じを払拭するためにも、今こそ国連軍とか多国籍軍とかPKOとかいういわゆる集団的安全保障の分野に目を向ける時期だと思います。
 要は国連軍、それから多国籍軍のことについて主として申し上げましたけれども、実はその他にも残っている問題がたくさんございます。この下に書いてございますけれども、私ども何十年と長い間待望しておりました本来の日本有事における法制の整備、それから最近問題になっております領域警備あるいは部隊警備というようなことに関する任務、権限を自衛隊に付与すること。さらに、今PKF凍結解除をしようという話がたくさんあるようでありますけれども、それは大変結構ですが、そうした場合に武器使用基準が今のままでできるのかというような非常に重要な問題があります。
 これらの問題は当法案と直接関係するものではございませんが、我が国の平和と安定のために大変大事である、この有事法制をできるだけ早くこの平時のうちにつくっておいていただきたいということをお願いしまして、私の話を終わらせていただきます。(拍手)

発言情報

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発言者: 冨澤暉

speaker_id: 27969

日付: 1999-05-18

院: 参議院

会議名: 日米防衛協力のための指針に関する特別委員会公聴会