神野直彦の発言 (予算委員会公聴会)

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○公述人(神野直彦君) 東京大学の神野でございます。よろしくお願いいたします。
 本日、ここに御列席の方々すべてが現在、日本のこの危機的な状況に心を痛め、日夜、血のにじむような努力をお続けのことと存じます。今すべての国民がこの不況に苦しみながら歯を食いしばって懸命に努力をいたしております。
 しかしながら、残念なことに、すべての国民が懸命に努力をしているんだけれども、結果は空回りしてうまくいかない。それはどうしてなのか。我々は、この不況が構造的な不況でもって、どうも努力をしてもシステムを変えない限り結果はうまくいかないのではないか、そういう観点から大幅な大胆な構造的な改革を進める必要があるのではないかというふうに考えております。
 先日発表されました経済戦略会議の報告によりますと、私の専門にしております税制、財政については、国民を二種類に分けて、努力をした人とそれから努力をしない人に分けた上で、努力をした人が報われる税制、それが公正な税制だというふうに書いてございます。
 私は、国民をこのように努力をした人それからしない人というふうに分けてしまうということに、そういう国民観あるいは人間観に深い悲しみと絶望を覚えます。国民はすべて必死になって今努力をしています。ところが、市場の方では一生懸命努力をしても報われる人もそれから報われない人も出てくるんです。したがって、財政の方ではすべての国民が報われる、そういう仕組みをつくってあげること、そして今人々が感じている将来の不安をいち早く解消してあげること、それが重要なのではないかというふうに考えております。
 そういう観点から現在の予算案を見てみたいと思いますが、お手元に資料をお配りしてございますので、ちょっと第一表と第二表をごらんいただきながら現在の日本の財政の姿を御確認いただきたいと思います。
 第一表の方を見ていただきますと、日本の総支出の方を見ていただきたいと思いますが、総支出は一九九八年の見込みでもって三七・二でございますので、これはアメリカに次いで小さな政府でございますから、既に日本は世界的に見て小さな政府になっている。ところが、経常収入の方を見ていただきますと、経常収入の方は三一・一で、これは異常に小さな数値になっていることが御理解いただけるだろうと思います。つまり、租税などのような経常収入の比重が非常に低い、その結果、財政収支の方を見ていただきますと、一九九八年の見込みでもってマイナス六・一でございます。つまり、日本は小さな政府なんだけれども、大きな借金、大きな赤字、そういう財政構造になっているということがおわかりいただけるだろうと思います。
 そして、第二表の方をちょっとごらんいただきたいと思いますが、第二表を見ていただきますと、日本の小さな政府という現状で一般政府支出、これは一般政府というのは地方政府と中央政府と社会保障基金、この三つの政府を合わせたものでございますが、この一般政府支出で見てみますと、消費支出、つまり人件費とかそれから物件費の消費支出は世界的に見てこれはもう異常に小さな値になっている。ところが、資本支出の方が小さな政府の中でも七・七と大きな数値になっているということですね。
 それから、租税・社会保険料のGDP比の方をちょっと見ていただきたいと思いますが、これを見ていただきますと、日本は全体の負担率が世界的に見て極めて低い二八・四、一番低い値になっております。その中でも異常に低い値を示しているのが個人所得税で、この個人所得税の比率、個人所得税というのはこれは地方の住民税も含んだ値でございますが、これが五・七という低い値になっていて、異常に低い値になっている。
 先ほど見ました、小さな政府なんだけれども借金が多い、公債の発行高が多くなっているというのは、恐らく資本支出の多さに反映されている。資本支出が多いものですから、ある程度公債を発行してもいいんじゃないかという論理になっているんではないか。それから、収入の低さは特に個人所得税の低さにあらわれているということをちょっと御理解いただきたいというふうに思います。
 この結果、今現在の予算案を見てみますと、どうも私の感じからいうと悲観的にならざるを得ません。と申しますのは、これから必要なことはこの構造を、先ほど申しましたように今は一八七〇年代、今から百年前に起きたような一八七〇年代と同じように構造的な不況なんですね。つまり、世界が近代から現代に動くように、現代からポスト現代に動くような非常に大きな転換点でございますので、大きな構造改革が必要です。
 そうしますと、財政の構造も大きく変えなければならないということになるのですが、どうもこの構造をいわば増幅するような形になるのではないか。個人所得税の方は減税になる、それから公共事業の方はふえていくということになるわけですから、やや今の構造をそのまま追認して増幅するようなそういう予算案になっているのではないかというふうに考えています。
 かつ、この予算案が景気に大きな刺激効果があるかというと、これについても私は悲観的にならざるを得ません。というのは、この世紀末の不況というのは、繰り返すようですが、構造的な不況なんですね。したがって、これまでも繰り返し減税と公共事業でもって、いわば病気になった人に解熱剤を与えるような形で景気の回復を図ろうとしてきました。しかし、そうすると、解熱剤をやめると本来の病気が治っていないものですからまた不況になってしまう、これを繰り返してきたわけですね。
 皆さんは御記憶がおありでしょうが、一九九五年、一九九六年、一時的に景気がフローでもって回復いたしました。その後すぐに財政構造改革に移ってしまったわけですが、結局、構造的な改革をしない限り、解熱剤をやめるとまた不況に陥るということを繰り返すだけだ。解熱剤を多用すると私たちでも胃に穴があいたり副作用が起こるように、解熱剤のみを使い過ぎると副作用は大きくなる。それよりも今必要なのは、基本的な患部、最も根本的な問題点を外科的な手術によってえぐり出す制度改革を行うことではないかというふうに考えております。
 減税一つとってみましても、最高税率の引き下げ、それから定率減税、それから法人税の減税というようなものがどうも景気に直ちに効果を与えるようには思えません。これは恐らく一九八一年のレーガン政権がやった経済再建税法を模範にとっているのではないかと推察することができますけれども、アメリカの経済は消費が多過ぎて困っている経済なのに対し、日本の経済というのは消費が少な過ぎて困っている経済で、貯蓄が多過ぎて不況になっているわけですね。必要なことは消費を開放してあげることで、消費を拡充してあげるそういう税制・財政政策が必要ではないかというふうに思っております。
 さてそこで、では私たちはどういうことに手を出したらいいのかということでございますが、繰り返すようですけれども、抜本的な制度改革を織り込んだ予算を組むしかない。もちろん抜本的な改革というのは年月がかかりますけれども、そういう長期的な改革を視野に入れた予算を組むしかないだろうというふうに考えております。
 やらなければならないことは二つありまして、一つは地方分権、もう一つは社会保障の総合化という制度改革だというふうに考えております。この二つの改革によって人々が安心して子供を育てて、そして安心して年を終えることのできるそういう生活を保障してあげること、言いかえれば社会的な安全のネットをもう一度張ってあげることだろうというふうに考えています。
 第一の地方分権の方でございますが、これはこれまでも分権推進計画を立て政府はおやりになっていただいておりますけれども、税源移譲、国から地方への税源移譲を含んだ抜本的な地方分権に取り組む必要があるだろうというふうに考えております。こうした地方の抜本的な改革を行わなければ、現在の大量の公共事業、これが地方でもって消化できるかどうかわかりません。
 御案内のとおり、日本のシステムでは公共事業を実施するのは地方ですから、現在の予算案を今消化できるだけのそういう体質、体力が地方財政の方に備わっているかどうか、私は甚だ疑問だというふうに言わざるを得ないと思います。
 一九三〇年代にニューディール政策という政策が行われましたけれども、これは景気政策としてはうまくいきませんでした。それはなぜかというと、ルーズベルト大統領が公共事業を行って積極財政を打ったのですけれども、州、地方が緊縮財政を打たざるを得なかった、そのために、結果、政府部門全体として見ると景気をむしろ浮揚する効果にならなかったという経験がございます。
 こうした経験にかんがみても、今景気政策を仮に実行してやるにしても、まず地方の財政、体力というものを拡充しておく必要があるというふうに思います。それには、税源を移譲すること。私は、所得税の定率的にかかっている基礎的な部分を国税から地方税に移していくことが基本になるだろうと思います。それに加えて、法人事業税の外形標準化、それから地方消費税を充実していく。こういったことを組み合わせて地方の税源の充実を図るべきだというふうに考えています。
 このように分権を進めた上で、これまでのような国が現金給付で社会保障と公的扶助、社会保険と公的扶助というような、現金、お金を配ることによって人々の生活を守るのではなくて、地方政府が現物給付、実際にサービスを給付することによって社会的な安全のネットを張るということが必要なのではないかというふうに思います。
 と申しますのも、現在のような現金による所得再分配、つまり市場で負けた人、市場で報われなかった人に市場の外側でお金を配るというやり方が現在うまくいかなくなっています。これは経済がグローバル化しボーダーレス化したからで、金融が非常に不安定になって振られているからでございます。
 そこで、地方政府が福祉、医療、教育そして環境というような分野で人々の生活の不安を取り除くようなそういうサービス給付を行っていく、このことによって人々の生活を保障し守っていくという政策が必要だろうというふうに考えています。
 こういう福祉サービスを充実していくと、そこから恐らく今後の新しい産業の芽が出てくるのではないか。そういう福祉サービスの中に、単純にそれを公共部門だけでやるのではなくて、民間部門も参入できるように取り上げてやる、そのことによって雇用の受け皿をつくってあげる。つまり、地方に福祉サービスをやらせることによって雇用の受け皿をつくる。短期的に受け皿をつくりながら、恐らくそこから技術革新が起こり、新しい福祉サービスのあり方というような産業が出てくるはずでございます。
 もちろん、長期的に見ますと、国が新産業、技術革新をサポートするような研究開発、技術開発を進めていくということも必要ですけれども、同時に恐らく、必要は発明の母と申しますので、人々の生活の不便を取り除いてやるというところから新たな産業も出てくるというふうに考えています。
 それから、公共事業の方もこれは思い切って分権化し、ユニバーサルデザインによる町づくりをすべきだというふうに考えます。これは、私も既に網膜剥離で目から血が出ているわけですが、例えば今のシステムですと、バリアをつくってフリーにするバリアフリーということが進んでいます。つまり、階段というバリアをつくっておいて、そして障害者専用の昇降機をつくってフリーにしてあげるということを進めているわけです。もちろんこれも重要なことでございますけれども、これではすべての人がユニバーサルにアクセスできる町じゃなくなってしまいます。
 例えば、今ようやく乳母車を引いた母親が乳母車のまま電車に乗れるようになりましたけれども、乳母車を引いた母親があの昇降機を使わせてくださいと言っても使えないんですね。そうではなくて、むしろエレベーターとエスカレーターと階段、これはスウェーデンではセットにするということで運動を進めていますけれども、これをセットにしてあげる。そうすればすべての人がアクセスできる町になるんです。そうすると、今町は大改造しなければいけません。公共事業もそういう方向で進めていくときに来ているのではないかというふうに考えています。
 私たちはそういうことをやると何かむだ遣いをしたような気がしますけれども、決してそうではありません。私たちは階段を上るときにはエネルギーを使いますけれども、おりるときには筋力を使います。そのためにお年寄りが階段から足を踏み外して頭を打って死ぬ人がふえていることは御存じのとおりでございます。エスカレーターをつくるにしても、上りのエスカレーターであれば、これは若い人たちのため、エネルギーを省略するためになりますが、下りのエスカレーターにすればお年寄りに優しい配慮をしたということになるんですね。
 だから、今必要なことは、すべての人がアクセスできる町づくりをやれば、いずれ私たちが年をとったときにも必ず助けてくれることになるし、重い荷物を持ったとき、けがをしたとき、そういったときにすべて、情けは人のためならずで、必ず自分にも返ってくる、そういうユニバーサルな町づくりを進めるということをやらせることだと思います。
 そのためには、公共の空間を人々の手の届くところに、目に見えるところに持ってきて、そこで人々に考えさせ、選択させる、そういうシステムをつくっていかなければなりませんので、分権を推し進める必要があるというふうに考えます。
 それからもう一つは、同時に、今不安定化している社会保障を安定化させる、この努力を進めていかなければなりません。
 私は、財政は競争ではなくて協力にすべきだ、つまり協力社会をつくるべきだというふうに考えています。市場の方では競争をやってもらって構いませんが、財政の方では協力社会をつくるべきだというふうに考えております。こういう協力社会にふさわしい年金、これは経済成長をしなくなれば現役世代も退役世代もお互いに痛みを分かち合えるような連帯のシステムをつくっていくということだと思います。そのためには、現在の方式を改めてすべて賦課方式にしてしまう、その上でもって確定拠出方式にして所得比例にする、かつこれを経済成長にリンクさせて給付を動かすようにする、この三つの仕組みをつくるということが重要だと思います。
 私の時計でちょうど二十分でございますので、これで私のつたないお話を終えさせていただきます。(拍手)

発言情報

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発言者: 神野直彦

speaker_id: 25094

日付: 1999-03-04

院: 参議院

会議名: 予算委員会公聴会