小野善康の発言 (予算委員会公聴会)

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○公述人(小野善康君) ただいま御紹介いただきました小野でございます。
 きょうの私のお話は、経済運営の目的というのはまずそもそも何であるかという話、それから景気が今非常に悪いわけですが、これはなぜ起こったかという理解の話、それからそれに対する対策は何であるかという話、そういうことについて二十分お話をさせていただこうと思います。
 まず、一番最初に申し上げた経済運営の目的とは何かということですが、これは実は大原理からいうと簡単であります。要するに、各国みんなそうでしょうけれども、日本という国が持っている経済的な資源、日本で一番重要な経済的資源というと実は労働力でありまして、人間をいかに有効に使うかということに尽きるんじゃないか。これは別に主義主張と関係なく正しいわけで、日本はもちろん資本主義社会にいるわけですが、たとえ共産主義社会においても、それはその国にいる労働者をいかに使うかということを考えているわけで、もちろん手段のよしあしはあるわけですが、全く同じであります。
 資本主義社会の場合にはそれを市場の力というものでいかにうまく使っていくか、実は市場の力の方がいいんだという発想で多分資本主義社会は成り立っているんじゃないか。その点については私も全く同じでありまして、資本主義社会の方がよほど効率よく労働資源を使うと思うんですが、それでは万全かというと実は万全ではない。それが特に激しく出てきたのはバブル以降この十年ぐらい、特にこの二、三年皆さんそれについてちゃんと意識をし出したということです。
 労働資源をちゃんと使うということでありますが、それは景気のいいときと悪いときではかなり違ってくる。景気のいいときというのは皆さん忙しい、全員が働いているわけです。そのときに、じゃ有効に使うというのは何かというと、既に使われている人をさらに有効に使うということでありますから、効率の悪いところで生産している人たちに対して、その人たちの生産をやめさせて効率のいいところに人を配置し直して、よりその生産性を上げていただく。
 ここで、皆さん誤解はないと思いますが、私が申し上げたい生産性というのは、何もいわゆる衣食住というか、自分が消費するものだけを言っているわけではないわけでありまして、自然環境でももちろんいいわけですし、すべて含めて、例えば介護のための設備でももちろんいいわけですし、我々国民がいかに快適に過ごしていくか、何が欲しくて、どうやってどういう環境の中で生きていきたいかという、こういう総体的なものを含めて何を生み出すことができるか、もちろんそういう意味で申し上げているわけです。今申し上げたように、完全雇用のときは、それぞれ働いている人たちをいかに再配分して最も効率のいい生産体制に持っていくかということが重要なわけです。
 そのとき市場のメカニズムというのは非常にいいわけでありまして、みんな欲しいし、かつ余りないというものについては価格が高くなるわけですから、そちらがもうかる、だから民間に任せておけばどんどん民間は参入してそこの生産はふえていく。さらに、みんな欲しくない、かつ生産が安くできるというようなところはどんどん価格が下がるわけでありまして、その場合には、そこは余りもうからないというので企業が抜けていくというように、非常にうまくメカニズムが働くわけです。
 さて、失業の場合はどうであるか。
 現在のような不況の場合でありますが、このときも全く同じでありまして、日本にある労働資源をちゃんと使おう、そういうことが目的であります。ただし、その状況の大きな差というのは、日本に完全雇用のときにはなかった大きな部門が存在しているんだと。その大きな部門というのは何かというと、これは最も効率が悪い部門でありまして、これはあえて名前をつければ失業部門という部門であります。
 これは、一昨日ですかの新聞でも出ていて、三百万人近い人が働いていない。それから、さらに実際に企業に一応所属はしているけれどもちゃんと働いていないという人まで含めれば、それはもう倍をはるかに超えるんではないか。それだけの人が働いていないという部門、これは、完全雇用のときの少々効率が悪い部門でこんな要らないものはないとかいうようなレベルではない、とてつもなく効率の悪い部門なわけです。
 しかも、我々は、別にそういう人たちを無理に働かそうと言っているわけではなくて、そういう人たちは働きたいわけであります。つまり、雇用も欲しいし、ちゃんと自分は役立って働きたいと思っている。にもかかわらずそういう場が与えられないということになっている。この点は、先ほど神野さんがおっしゃっていた、経済戦略会議の言っている、努力をする人は報われ、しない人は報われない、報われないというかある程度罰があるような社会ということをおっしゃっていて、それについては疑問があるとおっしゃっていましたが、全くそれを私もシェアするあれでありまして、みんな努力をしようとしても場が与えられていないというのが現状なのであります。
 さて、そのような状況は何で起こったかということをちゃんと理解してからそれに対処する方法を考えなければいけないわけで、これは、ごく簡単に言えばみんな物を買わなくなった、こういうことであります。なぜ物を買わなくなったかというと、これも単純なことでありますが、要素は二つあります。一つは、皆さんの財布の中身が貧しくなった。これは一見、我々の生産性あるいはみんなの努力、能力はほとんどバブルのときと、ほとんどというよりも全く変わっていない。あるいは、今はもっと真剣になっているのでその意味では生産性が上がっているかもしれない、潜在的には。にもかかわらず皆さんの財布の中身は縮んじゃった。
 なぜかと言うと、これはバブルが崩壊したからであります。すなわち、地価も下がり、株価も下がってしまった。この二つは、実は物理的な量、例えば土地の量は全く同じでありますし、それから株だって、企業の数は余り変わっていない。もちろん、小さな中小企業がつぶれる数が多いとか、そういうことは実際あるわけですが、ともかく株式の少なくとも紙としての数はほとんど変わっていない。
 ところが、それ自身の価値が、皆さんの評価額が激しく変わってしまった。昨年暮れの日経新聞の夕刊を見ると、バブル以降千二百八十五兆円消えてしまった、こういうことを言っている。皆さん御存じのとおり、現在の民間の金融資産の量自身が千二百兆であります。ですから、その規模と同じ量がなくなっちゃったわけですから、直接、間接に皆さんの財布の中身は激しく減ってしまったということがあります。
 それからもう一つ、これは重要なことですが、皆さんの欲しい物がなくなってしまった。これはもうちょっと長期的な構造的な問題かもしれませんが、日本は戦後追いつき追い越せという形で一生懸命アメリカを具体的に言えば追っかけてきたと思うんですが、実際に欲しい物はいつもアメリカの生活の中にあったという状況ですから、欲しい物をつくればどんどんみんな買ってくれた。つまり需要を心配する必要はなかった。ところが、今考えてみればほとんどみんなある。ですから、よく不況の話でいろいろな方とお話ししていると、これはそんなにまずい状況なのかと言う人がどんどん出てくるわけです。つまり、自分の身の回りに全部ある、別に困ってもいない、バブルのときは異常だった、こういうことをおっしゃるわけです。そういうことがある。
 それは実は非常に危険なことの前兆でありまして、つまり不況が長引くということは、私は国立大学というところに籍を置いていますので私も含めてですが、要するに雇用が安定している者、それから企業にとっても、もちろんこういう状況にあっても非常に成績のいい企業があるわけで、それは新しい製品を開発したり世界で大きなシェアを持ったりするような企業があるわけですが、そういうところで働いている方たちは別に困っていないわけです。困っていなくて、かつ物価は安定している。すなわち逆に言うと下がってくる。これは落ちついて、しかも自分は生活は困らない、こんないいことはないというような状況にすら長期化すればするほどなってしまう。要するに、一時の、かつての狂乱物価のような状況、もちろん自分の所得も上がってくるけれども物価はどんどん上がっていく、そんなような状況じゃとんでもないと思っているかもしれない。
 ところが、そういうしわ寄せが全部失業者に来てしまっている。そこに問題があるわけでありまして、その失業者の人たちは、じゃ、そのときどうしたらいいかというと、実際に力を持っているというか社会的に発言力のある人は、私は今でもいいんじゃないか、かえって落ちついていると言っているし、変えてくれなかったら自分たちは失業のままでいるし、さらに、あなたたちは努力をしない人たちだ、だから努力をすれば報われるのだ、こういう社会がいいということになってしまうと、本当に逃げ道がなくなってしまうのではないかと思われるわけです。
 さて、そういう状況にありまして、どういう論争があったかというと、いわゆる構造改革派とそれから積極財政という二つの流れがこのバブル以降両方揺れ動いていた。ほんの二、三年前まではいわゆる構造改革派という人たちが非常に力を持っていた。この予算を見ましても、非常にこの二年、一年の間にさま変わりでありまして、緊縮財政からもう一気に積極財政になっている。
 私は、その方向自身は別に悪くないと思うのでありますが、非常に注意しなければいけないのは、ちょっと振り返ると、じゃこれはついこの間の、数年前の、政府はむだ遣いばかりしているのでけしからぬと言っていた状況にただ戻るんじゃないか、それを行ったり来たりしていてもしようがないのではないかという印象を持たれるんじゃないか。それは、私は議論の軸というか議論の右左の軸がもうそもそも間違っているんじゃないか。
 これはどういうことかといいますと、金を使うか使わないかで議論されている。小さな政府というのは一生懸命倹約しよう、なるべく使わないようにしようという発想から出てくるものであって、大きな政府というのはどんどん使いましょう、お金をまけばそれに対応してどれだけGDPが上がりますというような話になる。経済企画庁長官の発言なんかをきのうラジオで聞いていましたが、そこでも、要するにこれだけの財政支出をするんだから来年度は何%ぐらいの成長は見込まれるだろう、こういう言い方をされています。しかし、そんな単純なものではないわけです。
 簡単な例で言えば、例えば全規模で八十兆円という額を出した、これをすべてコンクリートの塊に使った、さらにそれを海に捨てた、こういうことをやったとします。これはもう皆さんすぐおわかりでしょうけれども、全くのむだでありまして、何もしていないのと一緒です。強いて言えばコンクリート代がむだになった、これだけのことですが、何もしていないのと一緒だ。その結果GDPは上がるわけです。つまり、八十兆円だけ支出はふえた、今まで買われなかったコンクリートはちゃんと買われたわけだからふえた。ふえて、これでよかった、めでたしめでたしでは決してないわけです。
 ですから、お金を使ったか使わないか、需要がふえたかふえないか、これだけで経済運営はうまくいったかいかないかという判断をされては全く話にならないと思われるわけです。
 さて、そういうような発想で見ますと、結局結論は簡単でありまして、じゃそのお金をどう使えばいいんだというその使い道が重要だと。
 だから、別に八十兆円でなくてもいいわけでありまして、十兆円でもいいからちゃんと使おう、あるいは百兆でもいいからちゃんと使おうと。そのちゃんと使うということだけが重要なわけであります。ちゃんと使うという意味では、いわば経済の規模を大きくしようという方向で申し上げているんですが、これは実質上多くしようという意味で申し上げているわけです。
 構造改革について私は批判的な言い方を少ししたんですが、実はこれは構造改革というものも二つあるということを今ここで申し上げたい。一つは内向きの構造改革でありまして、もう一つは外向きだと。
 内向きというのはどういうことかというと、今まで使っていたものをなるべく倹約しましょう、悪いところはどんどんつぶしましょうという、いわばむだの排除というか、スリム化とよく言いますけれども、そういうものですね。これは既存のあるものをどんどんつぶしましょうという発想です。この発想の裏には失業というものが一切思考の中から欠落している。すなわち、効率悪いけれども何とか働いている人たちあるいは機械、そういうものを一生懸命スリム化すると、行き着く先は何かといえば失業であり、何も使わないという状況であります。
 もう一つ。私はこの構造改革ならどんどんやれということですが、外向きの構造改革。これは何かというと、新しい産業をつくるとか新しい事業をつくるとか、これは知恵が要るわけです。すなわち倹約して、要するにけちけちやるということは知恵は要らない。要らないと言うと言い過ぎになりますが、大した知恵は要らない。しかし、何かいいことに使おうというのは必ず知恵が要るわけです。民間の企業を見てみましても、知恵のある企業というか大きく発展する企業というのは、一生懸命けちけちやって紙は半分使い、それから人員も一生懸命削減しよう、こういう企業が大きく世界に発展したというのは私は余り聞いたことがありません。そうじゃなくて、何かいいものをつくろう、みんなが驚くようなものをつくろう、みんなが欲しがるものをつくろうと、こういう企業がまさに発展していくわけであります。そういう意味でいうと、国の公共支出もそういうものだというふうに思うわけです。
 そういう点から見まして、じゃ公共支出というか積極財政の中身を点検してみますと、本年度の予算の概要みたいなものを少し見させていただくと、一番最初にまず減税だと書いてある。恒久減税とかそういう表現をしています。しかし、よく考えてみますと、これほどむだな金の使い方はないわけであります。減税というのは何かというと、皆さんから今、国債であれば将来ですが、増税であればもちろん現在ですが、どこかからお金を取ってきてただ配る、これが減税であります。あるいは、地域振興券もあえて言えばそうでありまして、これは皆さんからお金を取ってきて二万円ずつその資格者に配る、こういうことであります。しかし、よく考えてみますと、二万円だけ配るというのは、ただお金を持ってきて返すだけですから、合計からいえば全然変わっていないわけです。実際何にもお金を多くしているわけじゃないわけです。国債を今度ふやすということは、皆さんの資産がふえているかというと、やっぱりふえていないわけでありまして、同額だけ国の負債がふえている。
 だから、結局、そういうお金を右から左に持っていくということを一生懸命やろうとしてもほとんど何の効果もないということは想像がつくと思います。さらに、一番最初に申し上げた千二百八十五兆という資産がなくなっちゃっている状況で数十兆を、しかも右から左に回して景気が回復すると考えられるほど単純な状況じゃないというのはちょっと考えればすぐおわかりになると思う。
 そのときに、例えば先ほどの地域振興券的なものは非常にわかりやすいと思うんですが、二万円ずつ皆さんにお配りするというときに、その二万円に対応して何か社会に役立つことをやってください、二万円お支払いします、しかし役立つことをやってくださいと。例えばお隣に御老人がいらっしゃる。じゃ、その方をおふろに入れてあげてくださいと。これをやりますと大量の介護人員ができて、しかも日本の介護問題は少なくともその日一日は解決するかもしれないというように、ただ金を回す減税に対して、実際それをどうやって使おうかということを考えることが物すごく重要じゃないか。
 それは、先ほどから申し上げているように知恵が要ることでありまして、現在は民間が知恵を出して一生懸命必要な資源である労働資源を使おうということができない状況でありますから、これをやるところはだれかといったら皆さんしかいない、つまり政府部門しかないわけです。その政府部門が知恵を出さずに、単にお金を回すだけというような一番安易な方法でやっていたら全く何の解決にもならない、これが景気の回復につながるというのも全く私は起こらないんじゃないかと、こういうふうに思うわけであります。
 もう時間になりましたので、一つだけ最後に、最近ちょっと新聞に書かせていただいたダイオキシン問題のことで例だけ申し上げます。
 ダイオキシン問題で今大騒ぎしていて、これは解決するにはどうしたらいいかというのは簡単でありまして、設備をつくり変えればいいわけです。簡単な話です。一生懸命調査したってしようがない。つくり変えればいいわけです。ところが、つくり変えるのに何が問題かというと、金がかかる、こういうことであります。
 金がかかるからいけないと言っているんですが、よく考えてみますと、金がかかるために、じゃ皆さんから増税しようと。増税してその分で設備をつくり変えた。全然ダイオキシンが出ない設備が例えばできたとします。では、そのときお金は皆さんから取ったからなくなったか。なくならないわけであります。なぜか。それをつくるときに皆さんにまたお返ししているわけです。皆さんというのは民間ですね、民間に返している。そのとき、もちろん所得の再分配の不公平が起こるかもしれない。それは調整すればいいわけです。
 いずれにしても、金を回しただけで一銭も使わないでダイオキシンの設備はきれいになる、こういうことであります。ですから、単に金を回すことだけじゃなくて、それに伴って一つでもいいからきれいな設備に直していくというようなことを考えていただいたらいかがでしょうか。
 以上で終わらせていただきます。(拍手)

発言情報

speech_id: 114515262X00119990304_004

発言者: 小野善康

speaker_id: 5072

日付: 1999-03-04

院: 参議院

会議名: 予算委員会公聴会