河瀬一治の発言 (経済・産業委員会)
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○参考人(河瀬一治君) おはようございます。
私は福井県の敦賀市長を務めております河瀬一治と申します。また、全国に原子力発電所を持っております所在市町村協議会というのがございまして、その会長も今仰せつかっておりまして、本日は参議院の先生方に私どもの気持ちを聞いていただけるという大変ありがたい機会を設けていただいたわけでございまして、まずもって心から感謝を申し上げる次第でございます。
ことしは、ちょうど衆議院の科学技術委員会の方でも使用済み燃料の中間貯蔵に係ります原子炉等規制法の改正の中でも参考人として出席をさせていただきまして、意見を述べさせていただいたわけでございます。
敦賀のことを少しお話しさせていただきたいというふうに思います。
私ども敦賀市には、原子力発電所が、昭和四十五年三月に運転を開始いたしました日本で最初の商業用軽水炉型原子力発電所があります。これは日本原電の一号機でございます。また、同じく日本原電の二号機、またさらには核燃料サイクル開発機構の「ふげん」、これは間もなく廃炉になるということで今廃炉研究にも入っておりますけれども、この「ふげん」。また、御承知のように「もんじゅ」が実は立地をいたしておりまして、全部型の違った四つの発電所を持っている、発電所を持っている地域としても少し特殊な地域ではなかろうかなというふうに思っております。
また、さらには北陸電力の石炭火力発電所の一号機がございますし、現在二号機を建設中でございます。また、隣接をいたします美浜町であります、五木ひろしさんのふるさとでございますけれども、ここにも三基の原子力発電所が立地をされております。これは関西電力の発電所でございます。
そういうことで、福井県の私どもの地域は嶺南地域、若狭地域とも言いますけれども、その地域にはまだ高浜、大飯町というのがございまして、全部で今十五基の原子力発電所が立地をいたしておる地域でございます。
特に、私どもにとりまして大きなショックであったわけでありますけれども、「もんじゅ」でございます。これは御承知のように七年ですね。私の記憶では七年の就任したときでございました。七年の十二月にナトリウムの漏えい事故を起こしまして、またその後は東海の再処理工場の事故もございました。
そういう中で、原子力政策のあり方が問題となりまして、動燃の改革が行われましたし、現在原子力長計の見直しの議論がされているところでございます。
また、日本原電におきましても、かつては昭和五十六年に放射能を含んだ水が漏えいしたこともございました。また、日本原電二号機におきましては、ことしの七月十二日に一次冷却水の漏えい事故がございまして、これもマスコミに大きく取り上げられたところでございます。こういう事故等がございまして、非常にこの地域の実はイメージダウンがあったわけでございます。
私も、振り返りますと、まだ当時子供であったわけでありますが、最初敦賀に発電所が来たときには非常に歓迎といいますか、また初めて電気を送ったのが、たしか昭和四十五年の大阪万博の会場に私ども原子力発電所でつくった電気を送ったときには、新聞に原子の灯がいよいよともってというような大変明るい見出しが出ておったのも記憶をいたしております。しかし、昨今のそのような事故が続きますと、私ども立地をいたしております、原子力を持っております地域にとりまして非常にイメージダウンになっていることも事実でございます。
そういう中で、ついせんだって、九月にはジェー・シー・オーの加工施設での臨界事故という今までかつてないようなすさまじい事故が発生をいたしまして、そういう中で国民の皆さん方の原子力というものに対します不安が非常に今増長しているのも事実ではなかろうかなというふうに認識をいたしておるところでございます。
ただ、私の思いでは、加工施設と原子力発電所というのは全く別のものであるというふうに思っておりますし、私どもの施設は、臨界を起こしてそれで熱をとって水蒸気を起こし、そのために何重もの防護をしていることも事実でありますが、いざ国民の皆さん方にしますと、加工施設も原子力発電所も一緒だというふうな思いの皆さん方がたくさんいる、そのような状況を変えていくべきだなというように実は思っておるところでございます。
そういう中で、今回は原子力災害対策特別措置法の制定をしていただけるということで私どもの意見を聞いていただくわけでございまして、特にこの原子力災害対策特措法につきましては、実は私ども、先ほどの全国原子力発電所というのは長うございますので全原協というふうに略させていただきますけれども、全原協が、昭和五十四年の米国のスリーマイル島の発電所で事故がございました、それ以来長年にわたりましてこれは実は要望をしてきておった法律でございます。
そういう中で、ジェー・シー・オーの臨界事故が起きて初めて立法化されるということは私どもは少し遅いんじゃないかなというふうな気も実はいたしておりましたけれども、今回このような形で動いていただいておりますのは大変ありがたく思っております。反省に立ちますと、こういうことがもっと早く制定されておれば東海村での損失がもっと少なかったんではなかろうかなというふうなことも今思っておるところでございます。
今回の立法化ということで本当に関係の先生方にも大変お世話になっておりますし、今後のやはり原子力行政には、何といいましても国民の信頼、また安心感、このことを得ることが非常に大事だというふうに思っております。そういう中では、大きく貢献ができるものじゃなかろうかなというふうに認識を持っておる次第であります。
ただ、やはりこの法案につきましては運用方法も非常に大切でございますし、実効性のあるものとして国民が安心を得られるものにしていただきたいというふうに思っておる次第でございます。ただ、こういう法律ができましても、決してその法律が適用されることのないようにということはもういつも願っておることでございます。
まず、そういう中で具体的な意見といたしまして、この法案に定めます市町村の原子力防災業務の主なものといいますのは住民退避措置、また住民広報措置であるわけでございます。特に住民の退避措置につきましては、これは予期しないときに、それも短時間のうちに放射能被曝環境のもとで、私どもの地域ですと数百人から数千人の住民を退避させるということでありまして、これは極めて難しい業務ではなかろうかなというふうに思います。特に、自然災害と違いまして、やはりその地域からいかに短時間でたくさんの皆さん方が離れるか。一般災害ですと、その後ボランティアの皆さんがやってきていただいたり、瓦れきをのけたりという作業がございますけれども、この災害につきましてはともかくそこから早く離れていくということでありまして、そういう意味で短時間のうちにたくさんの皆さん方を退避させるというのは非常に難しいものがあるなというふうに考えておるところでございます。
そういうことで、次の点の運用についても御配慮いただきたいというふうに思っているわけであります。
その一つといたしまして、原子力事故の事故想定でありますけれども、こういうものをやはり明確にしていただきまして、特に退避の時間的余裕というのを示してほしいというように思います。これはいろんな気象条件によって変わってきますし、いろんなことが考えられるわけでありますけれども、そういうものを細かく明記をしていただきたいなというふうに思っております。
またあわせまして、防災の重点対策区域といたしまして今八キロから十キロというふうになっておるんですけれども、この根拠を明確にすべきだというふうに思います。また、住民に納得のいく説明が必要ではなかろうかなというふうに思っておる次第でございます。
また二つ目として、避難マニュアルの整備をしていただきますとともに、避難道路、また避難施設等の整備が必要であるというふうに思っております。
また三つ目といたしまして、陸上そして海上の避難輸送手段の確保がこれは必要であるというふうに思います。
先ほど言いましたように、たくさんの人がいっときに、今現在私どもの地域では道が一本しかございません、その道でもし事故でも起こせばそこがもうふさがってしまうという状況等もございますので、そういう避難道路、また避難施設、そして先ほどの海上の輸送などもやはり考えていかなければならないなというふうに思っておるところでございます。また、その地域におきましては、当然過疎の地域でございまして、バス等の手段も数が少のうございます。そうなりますと、自家用車でいかにスムーズに避難できるかというような検討もすべきじゃなかろうかなというふうに思っておる次第であります。
また四番目といたしまして、避難誘導の人員また救命活動の人員、これは充実をしておかなくてはならないというふうに思います。
特に、避難誘導の人員また救命活動の人員におきましては、原子力災害という特殊な災害のいろんな判断能力を持つ必要があるというふうに思います。当然、教育的な研修をするだけじゃなく、やはり人的な支援を求めたいなというふうに思っておるわけであります。そして、やはり原子力災害という特殊な事故でございますので、その特殊作業を行うことができる原子力レスキュー隊、これを設置すべきであるというふうに考えておるところであります。
また五番目といたしまして、住民退避措置の一部を原子力事業者へ委託できるようにすべきであるというふうに考えております。
原子力事業者におきましては、原子力災害の発生を即座に知ることができるわけでありますし、原子力の知識、また資機材を有している関係から、原子力施設のごく隣接の住民避難措置、例えば三キロ程度までは委託できるようにすべきであるというふうに考えております。なお、アメリカの方では防災対策は事業者の責任として位置づけられております。
また、住民広報措置を確実にすべきでございまして、広報施設の充実強化が必要であるというふうに考えております。
また七つ目といたしまして、特に原子力発電所の事故や災害といいますのは地域経済に大きな悪影響を及ぼしたり、また大きなイメージダウンを与えるものでございます、先ほど触れたとおりでありますけれども。そうなりますと、地元産業に大きな風評被害を招いているのも現状でございます。もう皆さん方も最近ではジェー・シー・オーの事故で御承知のとおり、茨城県産の農作物がほとんど売れないという大変気の毒な状況が起きております。実質的な被害は何にもないわけでありますけれども、人の思いというのは大変悲しいものがございまして、私ども昭和五十六年に敦賀で事故が起きました。大した事故じゃなかったんですけれども、バスが通りますとバスガイドさんが、ここは敦賀で、事故が起こったから窓を閉めなさいと言ったりする例が実際ございました。それで、おもしろい話ですけれども、あんなところに嫁さんに行ったらあかん、また、あんなところから嫁さんもろうたらあかんというような被害が出る。私、これいつも言っておったんですけれども、ついせんだって東海の村長さんといろんな会議でお会いしましたら、私の言っておったことがほんまやなというふうにしみじみと語ってくれたわけでございます。
そのような風評被害、当然これは原子力損害賠償法というのがございまして、例えば放射能汚染をされたりそういう被害にはこのような賠償法があるわけでありますけれども、この風評被害といいますのは全くそういうような補償がないわけでありまして、私どもいろんな、例えば私どもの場合ですと会社の方等々に御支援をいただいて、またPR活動に一生懸命努めてイメージを回復しようということでさいの河原を積むように努力するんですけれども、何かありますと一挙にもうがたがたとそれが崩れ落ちまして、先ほど言いました悪いイメージの方につながっていくのが現状でございます。そういう意味で、原子力損害賠償法のような形で風評被害にも対応していただいて、地元の産業を支えるというようなこともお願いしたいなというふうに思っておる次第でございます。
また、東海の方でもそうですけれども、やはり事故後の住民ケア対策方法というのもしっかりしたものに確立をしていただきたい、このようにも思っております。
そういうことで、今細かく分散しまして具体的な意見を述べさせていただきましたけれども、またいろいろと御指導をお願いしたいというふうに思っております。
また、国の対応関係についてでございますけれども、東海の村長もやはり初動体制が大事なんだということを痛切にお話をしておりました。国の初期対応の活動を確実に行えるような形にしていただきたい。また、この法律は事故の初期判断を国の一元的責任として対応していただくようになっていることは大変望ましいというふうに考えておる次第でありますけれども、その体制また機能を確固たるものにしていただきまして、地元が安心できますようにしていただきたいというふうに思います。私ども地元の首長というのは地域住民の生命、財産を守るのが第一の仕事でございますので、当然それなりの対応はいたしますけれども、最終的には国が責任を持っていただくんだというその姿勢がやはり地域住民に大変な安心感を与えますので、そのような形でお願いしたいというふうに思っております。
そういう中で、今オフサイトセンターの建設ということが打ち出されておりまして、これも防災の一つの安心の拠点になるものというふうに思っておりますが、この運用方法につきましてもこれを明確にすべきだというふうに思っておる次第でございます。
それと、先ほどから風評被害等々のお話をさせていただいておりますけれども、やはり国民の皆さん方の原子力に対します知識の普及が私は必要じゃなかろうかなというふうに思います。特に、報道の皆さん方は原発というこういう言い方をして、これはもういつも言われておりますけれども、それでは火力発電所をだれも火発と言わぬですね。水力発電所を水発と言う人はおらぬです。原発と言いますね。これはやはり原爆にどこか何かひっかかったような形で、特に被爆国であります日本人にとりまして非常にイメージが重なっておるようなことを私は実は感じております。
また、確かにトラブルはございますけれども、放射能が相当に漏れてかつてそのような大事故といいますか、住民が大きく避難することは起きたことがないのもこれは事実でございますし、そういう知識をやはりもっともっと普及すべきだというふうに考えておりまして、そういう面でもこれから学校教育の中でももっと取り入れるべきだなというふうに思っております。
そういうようなことで、やはり原子力災害といいますのは技術的また社会的観点から見ましても極めて特殊なものでございますので、住民の安全、安心のために原子力災害対策特別措置法を早急に制定すべきであるというふうに考えておる次第でございます。
ただ、総括的に見ますと、今回のことにつきましては本当に私どもは、先ほど言いましたように一定の評価もさせていただいております。
次に、原子炉規制法の一部改正ということで、もうすぐ終わりますので、よろしくお願いします。
今回の規制法でありますけれども、これはやはりジェー・シー・オーの事故のみを想定した改正案であるというふうに言わざるを得ません。やはり原子力発電所というのは、先ほど言いましたように、いろんな関連でいろんなイメージを与えるところでございますし、私ども原子力を立地しておる二十七の地域がございますけれども、それぞれ悩み、また当然安全にやってほしいということはこれはもう地域住民すべての願いでございますので、今回の規制法につきましても、やはり私ども原子力発電所というものも認識に持っていただいていろいろと改正をお願いしたいというふうに思っております。
また、今回の行政改革によりまして原子力安全委員会が内閣府に移行いたしまして、省庁との区切りを一層明確にしていただいているということは一定の評価もしたいというふうに思っておる次第でございます。
なお、将来的な目標といたしましては、私ども全原協は創立三十周年を昨年迎えましたけれども、やはり国民の視点に立って安全性を厳しく監視する国民の代理人といいますか、そのような組織をつくりまして国の安全規制部門の抜本的な改革を断行していただいて、もって国民合意の形成を図っていただきたい、このようにも思っておる次第でございます。
最後に、地域振興につきましては、当然私どもの地域も発電所と共存共栄をしたいという思いはいっぱいでございます。しかし、いろんな法的な関係等々で、発電所を持ちながらも非常に苦しい地域が実はたくさんございます。そういうことも配慮をいただきながら、地域振興につきましても今後ともいろいろとお力をいただければ幸いでございます。
最後になりましたけれども、本当にこのようないい機会をお与えいただきまして、心から感謝を申し上げる次第でございます。
ちょっと時間をオーバーしましたので、これで失礼申し上げます。ありがとうございました。