中島篤之助の発言 (経済・産業委員会)
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○参考人(中島篤之助君) 御紹介いただきました中島でございます。
それでは、座って御説明させていただきます。
最初に、お手元に二つの資料を配付させていただきました。
一つは、もう皆様よく御存じの資料でございますが、これはきょう、原本はINSAGレポートというものであります。これはIAEAのセーフティーシリーズのナンバー75、INSAG3というものでありまして、原子力発電所のベーシック・セーフティー・プリンシプルと題するものの最後のページのものでありまして、その図をお手元に配付してございます。
これを配付した理由は、先ほど前田参考人もおっしゃいましたが、現在の原子力発電所というのは多重防護の思想で設計、建設がされている。その多重防護というものの実は一番最後の外側の段階のところでオフサイト・エマージェンシー・レスポンスというのがありまして、そのことを指摘したかったのであります。つまり、日本では防災対策と申しますが、正確に言えば緊急時の対応というのは、本当は許認可のときに、その許認可の条件としてなければならないということを申し上げたかったのであります。日本では実はそうなっておりません。これはアメリカでは明確にそうなっておりまして、緊急時計画が出されて初めて建設、運転が許可されるというふうになっておりまして、今度の防災対策法で私はそういう方向に進むことを期待したい。
このセーフティーシリーズというのは、これは全部で二百九十六条、一々原子力発電所というのはこういうふうにしなきゃいけない。口の悪い私の友人は、これは世界的な原子力の教育勅語だということを言った人がおります。私は教育勅語というのは余りありがたくありませんが、とにかく拳々服膺しなきゃいけないものであるというふうにして、条文、箇条書きで書いてあるわけです。そういうものであるということをちょっと申し上げておきます。
それから次に、もう一つ配付いたしましたのは、JAERIの、JAERIというのは、原研の半公開資料でありますが、そのもとになったものは、スリーマイルアイランドの事故に関する大統領委員会、皆さんも御存じのケメニー委員会というのがございました。これがその日本語の訳でありますが、スリーマイル島(TMI)原発事故報告というものであります。このケメニーさんというのはハンガリー生まれの数学者でありまして、ダートマス大学の学長をしておられた方であります。この方が大統領の直接の指名で委員長を務められまして、非常に格調の高い報告書をつくったというのは皆さんもよく御存じだと思いますが、それだけではありませんで、そのケメニー委員会の報告が出されて十年たったものを本当にそのとおり実行しているかどうかということを今度はやったものがきょうお配りしているものでありまして、このJAERIメモはこういうものでありますが、これはまだ、もうなくなったかもしれませんが、原研の情報部に請求されれば手に入れることができるかと思います。
その中のFという項目が「緊急時計画の作成及び対応の改善についての勧告」というものでありまして、ここでは、例えば大統領委員会はどういうことを言ったか、それを十年かかって、例えばNRCや何かがちゃんとどう実行したか、どういうふうに改善されたかということが書いてあります。非常に細かいことにわたって書いてございます。これを全部御説明している時間は到底ありませんので後で御研究いただければ幸いでありますが、こういう点から比べますと、日本の防災といいますか緊急時計画に対する対応は決して十分ではなかったと私は言えるのではないかと思います。
さて、今回のジェー・シー・オー事故というのは、きょうここで御審議の対象になっております二つの法律の提案理由にもジェー・シー・オー事故のことが書かれております。これについては、私も原子力関係に関係しておりました科学者の一人として大変残念に思っておりますのは、外国のいろいろな論評を読んでおりますと、日本というのはこんなに技術レベルが低かったのか、こんなにモラルが低下していたのかというようなのが散見されるわけです。イギリスのネーチャーもそうでありますし、そのほかインディペンデントでしたか、そういう雑誌でもそういう論評が出てきている。これは我が国の原子力関係者が本当に重大と受けとめて改善をしなければいけない問題だろうと思います。
その意味におきまして、私はこのケメニー委員会の報告が示しておりますように、事故調査が徹底して行われなければいけないのではないかと。ところが、率直に申し上げまして、現在の事故調査は安全委員会のもとに事故調査委員会がつくられております。委員長は吉川先生でありますが、事務局は科学技術庁がやる。これは私はもうはっきり間違いであると申し上げたいと思います。なぜならば、NRC、つまり非常に強大な組織を持った、充実した組織を持ったNRCがケメニー委員会の調査の対象になっております。それで、その改善も勧告されているということになるわけですが、私は、安全委員会が自分でやる調査では自分の座っているいすを持ち上げることはできない、自己改革というのは非常に難しいんだという言葉がありますが、そうなってしまっているということが非常に問題ではないか。
ですから、ケメニー委員会は大統領直属でやったわけですけれども、日本でも先例がないわけではないのでありまして、これは原子力船「むつ」の事故のときのことを覚えている方がいらっしゃると思いますが、このときには三木総理大臣の私的諮問機関という形でありましたけれども、原子力行政懇談会というのがつくられました。有沢広巳先生が座長をやられまして、一年にわたって各方面の委員をお集めになって議論をされて、それが今日の実は原子力安全委員会、つまり原子力委員会から原子力安全委員会を独立させるもとになった行政改革が行われたわけであります。
私は、ことし出ました、というのは、原子力安全委員会がちょうど昨年で二十周年になるというわけで、安全白書が毎年出されておりますが、そこに原子力安全委員会の事務局から何か書いてくれというので拙文を寄稿いたしました。その中で書いたことは、もう二十年たって見直しをやっぱりすべき時期に来ている。ジェー・シー・オーが起きる前に私はそういうことを書いたわけですけれども、ジェー・シー・オーの事故が起きましてまさにそう思っております。
私が申し上げたいのは、このときにいわゆるダブルチェックということが行われるようになりました。つまり、行政庁による一次審査を安全委員会がダブルチェックしてやっているから非常に厳重な安全管理なんだと言うわけですけれども、本当にそうなんだろうか。私ははっきり言って、それは形骸化して安全委員会の能力を過剰に浪費しているような感じだったのではないか。それで、原子力発電所の方の基準は非常によく整備されていてしっかりしているのに、今度のジェー・シー・オーの事故のようにほかの分野との安全の管理のレベルが斉一でない、ばらばらだったんじゃないか、こちらは非常にラフ、ラフと言うと語弊がありますが、抜けている点があったんじゃないかと。そういう点は改正しなきゃいけない。
ですから、今度の結果、一言で言えば科学技術庁や安全委員会というのが本当に原子力行政の管理能力、安全能力というのがあったのだろうかということが疑問として出されていて、私はこれは否定できない。そのことをやはりみずからチェックできるようなことにしなければ私は立ち直れないのではないかと思います。
今からでも遅くありませんから、日本には大統領というのがありませんから首相だと思うんですけれども、首相は事故対策本部を組閣が終わるとさっさと解散されてしまったのは私は間違いだったんじゃないかと。やはり、事故調査委員会を再組織なさって、科学技術庁や安全委員会の責任、安全委員会も非常に努力されたと思いますが不十分だったわけでありますから、その点検がきちっとできるような調査委員会をつくる必要があるというふうに考えます。
それから次の問題でありますが、防災ということ、これは緊急時対応ということでありますが、これは一種の戦い、戦争のようなものでありまして、古い言葉で、敵を知りおのれを知れば百戦危うからず、孫子の兵法にあるわけです。つまり、敵を知るというのはどういうことかというと、どういう事故が想定できるかということをきちんと研究しなければいけないということになるわけです。
ですから、各原子力施設ごとに、原子力発電所あるいは今回のような加工施設等々について具体的な緊急時計画のシナリオを想定して、防災ということは、起こっては困ることでありますけれども、起こったときにその影響を緩和するというのがその目的であります。ですから、起こり得るものと考えて、その影響を軽減するというのが防災の基本でありますから、これはケメニー委員会の先ほどの資料の中にも繰り返し述べられておりますけれども、単一のシナリオではいけないんだ、幾つものシナリオを考えて、これは原子力施設の立地されている施設の地域あるいはその他の自然条件等によっても変わるんだということを考えてやっていかなければいけない。
ですから、アメリカの場合ですと、日本とシステムが違いますから一概に比較はできませんけれども、例えば住民が避難できないようなところに原子力発電所をつくってしまった、そして電力会社は建設が終わりましたと言うんですけれども、運転許可がおりない。その理由は、岬の先の方にいる住民の退避が不可能だということで、何年たっても運転ができなくて、ついに放棄した。結局その州に一ドルで売ったという話でありますが、一ドルで売ったということは放棄したということと同じですけれども、そういうような厳しい例もあったということでありまして、私は法律のつくりっ放しだけではだめであるということが重要な問題であろうと思います。
日本の法律は特にそうでありますが、法律だけを見ましても私どものような科学者には非常にわかりにくい。大変そう悪いことが書いてあるわけじゃないと思うんですけれども、具体的なことは省令であるとか規則であるとか、そういうところで決まってくるわけであります。ですから、その規則をだれがつくるのかということが非常に問題でありまして、ケメニー委員会の後の報告では、アメリカでは連邦緊急管理庁というお役所があるようでありまして、それと地方自治体が協議をしていろいろなシナリオを作成する、つまり地方自治体が受け入れられるようなものをつくる、それを国が援助するというふうにならないと実際の実行は行われないのではないか。
それからもう一つは、責任機関の問題でありますけれども、米国の責任機関はケメニー委員会の報告の後でもNRCが防災についても責任を持つということが決められております。我が国ではこの辺が非常にあいまいでありまして、推進と規制の分離が明確になっておりません。
ということは、今度安全委員会を内閣府に昇格させるというのは、よく言えば昇格するんですけれども、下手をすれば、悪い言葉を使いますと、昔お公家さんがよくやった位打ちというシステムがありまして、偉くして実権をなくす。例えば木曾義仲を偉くして失脚させるというようなことがありました。私は、そうなるとは言いませんが、どうも内閣府に入るなんというのは余り歓迎すべきことではないんじゃないだろうか。本当に安全委員会がNRCのように責任機関になるためには許認可権限を安全委員会に集中しなければ私はいけないと思います。そういう大改正が必要なのではないか。ところが、それは現在の調査委員会の報告からはどうも出てきそうもないということであろうと思います。
それから、だんだん時間になってまいりましたから一言申しますと、今回の事故で非常に深刻な被害を受けた、つまり半数致死線量を超えた被害者が二人出ておりますね。大内さんという方は十八シーベルトといいますか、要するに六グレイが半数致死線量だと言われておりますから、それをはるかに超えている。辛うじて先端医療でもって存命をされているという状況でございますし、もう一人の方もバウンダリーにある。もう一人の方は私は回復するのではないかと個人的には思っておりますが、そういう深刻な事故が発生いたしました。
被曝医療対策が非常に重要であります。我が国では医療というのは厚生省の管轄だということになるんだと思います、私は詳しくはありませんが。今度の場合も、最初に水戸の国立病院に連れていって、とても準備がないということで千葉の放医研に送られ、それからさらに東大病院に移るというような経過をたどっておるところを見ましても、今後の防災対策においてこの医療の体制を整えていくということが非常に重要であります。
それから、東海村はある意味では特殊な地域でありまして、旧動燃、核燃料サイクル開発機構があり、原研があります。ですから、そういうところのホール・ボディー・カウンターを使って住民の後の被曝管理ができました、被曝測定が可能でありましたけれども、これは全国すべてそういうことが可能というわけにはいきません。これから、そのホール・ボディー・カウンターが本当にチェックされているかどうか、配備されているとしてもこれは動かしていないとすぐもう使えなくなってしまいますから、絶えず維持管理をしなきゃいけない。また、そういうことができる人員を配置しなきゃいけない。そういう具体的な問題をきちんとやっていただかないと国民の信頼を回復することは非常に難しいのではないかというふうに私は考えております。
時間が参りましたので、私の陳述はこれで終わりますが、いろいろ御質問いただければお答えをいたしたいと思っております。
ありがとうございました。