佐藤敬夫の発言 (運輸委員会)

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○佐藤(敬)委員 これは質問通告していないのですが、さっき森田委員からの羽田空港の有効活用についてのお話をずっと聞いておりました。私、平成三年の運輸政務次官のときの、いわゆる成田問題の隅谷プロジェクトスタートのときの苦労がじんと胸に出てきまして、あのときにちょうど賛成派ではありましたが、私の青年会議所の後輩の鬼沢君というのが会長をやっておりまして、熱田派の皆さんとお会いしたり取りまとめに一生懸命努力していました。
 ただ、そのときに彼が言った言葉は、敬夫さん、二十年前は、実はこんなに空港を開いたら飛行機が飛んでくると思わなかった、だけれども、こんなに飛んでくるのですね。それから、農家の人たちはお金さえ出せば土地は買えると思っていた、しかし、こんなに農家の人たちが土地というものに執着するものだとは思わなかった、初めて知ったと。そういうわからなかったことがわかってくることによって、闘争の成田から平和な繁栄の成田へ持っていけるのだよということを、実は熱田派の十七人の皆さんと私が、政務次官ののりを越えてホテルの一室で七時間ほど協議をやったのです。
 そのときの彼の言葉がとても印象的であったと同時に、さっき大臣が、東京都の議員の皆さんと千葉の議員の皆さんがそういう部分でもっとしっかりと、自分の主張だけではなくて、どうしたらこのことが本当に効率のいい有効需要になるのかということを、大ぶろしきじゃなくて、もうステップ・バイ・ステップで、一つ一つ課題を解いていく。お役所の方も、現実に、その責任者、当時の高橋課長なんかでも、本当に努力されていましたですよね。やはり、そういうものが一つ一つ実って今の成田があるんだ、まだ十分解決はしていなくとも。
 そういう意味から考えますと、第六次空整のときに新しいカテゴリーを運輸省はつくりましたね、空港問題について。今までは空港というのは全部国だった。だから、全部国がやるべきものというのを、第六次空整の地方空港をつくるときは、地方がやるべきこと、地域住民がやるべきこと、国がお手伝いすべきこと、こういうカテゴリーを決めて、六つぐらいの空港の対応をさせて、ですから、例えばあのときに大館能代空港というのは完成をしているわけですが、一筆も反対の立て札もない。住民の方は、飛行機が乗り入れしてきたら、あの三十万人の名簿も集まるかどうかわからない地域で七十何億の積み立てをして、必ず最後までこれは利用するんだ、こういう意思表示をしていた。そして工事も順調に進んだ。
 やはり、これからの空港問題というのは、そういうふうに三位一体になって本当に努力していかなかったら、言いたいことは片一方でどんどん言う、そして、何か知らないけれども絵だけが大きくできる、こういうことではやはりなかなか物事がうまくいかないのではないか。それぞれが責任の立場で、きちんとそのことをまとめ合う努力と責任というものを踏まえていくということが非常に大事なんじゃないかなと思うのです。
 そういう意味で、岩村局長は、少なくとも羽田空港有効活用検討委員会の長であるわけでありますから、私は、いつまでも何かぼんと議論を重ねるんじゃなくて、本当に一つ一つステップ・バイ・ステップでいこうという責任を持って物事を進めるべきだ、今はそういう時代だということを申し上げたいんです。決意のほどをひとつ聞かせてください。

発言情報

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発言者: 佐藤敬夫

speaker_id: 30433

日付: 2000-04-28

院: 衆議院

会議名: 運輸委員会