佐々木陸海の発言 (憲法調査会)
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○佐々木(陸)委員 日本共産党の佐々木陸海です。
私、一九四四年一月の生まれですから、日本国憲法の制定過程を直接的に判断し得る年齢ではありませんでした。したがって、今回の調査にはそれなりの関心を持って参加をいたしました。
感想的に幾つかの点を述べたいと思います。
第一に、調査を受けて、私は次の点を確認したいと思います。
すなわち、日本国憲法の制定過程というのは、アジア諸国民と日本国民に巨大な惨害をもたらした日本の軍国主義、その軍国主義が圧倒的に国民を支配していた時代から、ポツダム宣言を受け入れ、平和、民主主義の時代に転換する激動の時期だったということであります。この激動の中で、国際的な世論と国内で声を上げ始めた平和、民主主義の世論が合流しつつ、日本国憲法は生まれました。その過程に内外のさまざまな動きがあり、また、国際的な世論がさまざまな形で憲法に反映したのは当たり前のことであります。
日本国憲法の施行から五十三年もたった今なお、当時、憲法の案文が一週間でつくられたとかGHQの押しつけがあったとかいう議論を殊さらに強調する改憲論者の立場とは一体どういうものか。この当時の大きくかつ急激な時代の変化の意味を全く理解せず、しかも、日本が遂行した侵略戦争がいかなるもので、それを当時我々がどう克服しようとしていたかということへの謙虚な認識も欠いた立場、いわば半世紀間に及ぶ思考停止か半世紀の時代逆行の立場であると言わざるを得ません。半世紀おくれのこの立場からは、二十一世紀へのまともな展望が生まれるはずがありません。
第二に、憲法制定直後の時期から、アメリカは、ソ連との全面対決を軸とするいわゆる冷戦の体制に移行し、それに伴って憲法九条の改定、日本の再軍備を求めるようになったこと、これも調査の中で再確認されました。歴史の事実であります。その後、アメリカによる日本全面占領が安保条約による日本の基地化という方向に変わり、アメリカの冷戦政策に沿って日本の軍備増強が続けられました。今日の九条改憲論者たちはその延長線上にいるのでありますが、この面でも、改憲論者たちは思考停止、時代逆行に陥っているのではないかと言わざるを得ないのであります。
ソ連の崩壊によって米ソの対立は終わりました。それから既に十年になります。ところが、まさにそういう時期になって、国連協力などに名をかりた自衛隊の海外派兵や有事立法などへの衝動が強まり、米軍の戦争への協力法まで制定されました。これらは、米ソ対立が激化した時代にも持ち出されなかったものばかりで、アメリカの武力介入政策への同調を基本とするものであります。こういう方向は、アジアと世界の平和の流れに反する逆流であります。
この十年間、アメリカの一国覇権主義への批判が国際的にも強まり、とりわけアジア諸国では、軍事同盟も要らない、核兵器も要らない、どんな国際紛争も、軍事的対応優先ではなく話し合いで、外交でという流れが大きくなり、広がっています。軍事同盟による秩序、軍事力による秩序ではなく、平和の秩序をどうつくるかが、憲法制定から半世紀以上経た今日、二十一世紀に向けた世界の大きな課題になっているのであります。
私は、日本国憲法制定当時の理想とした新しい世界の方向が見え始めた今、憲法九条を変えるのではなく、憲法九条を生かした平和外交で日本が二十一世紀にどのように世界に貢献していくのか、その方向が問われる段階に来ている、このことを強調して、発言を終わります。ありがとうございました。