高市早苗の発言 (憲法調査会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○高市委員 ありがとうございます。自由民主党の高市早苗でございます。
そもそも、昨年あたりまでは憲法を議論すること自体の正当性を議論しなくてはなりませんでした。憲法論議そのものの是非を論ずることに長年多大なエネルギーを費やしてきましたことを私は残念に思っております。ところが、この憲法調査会の席では改憲を前提にした議論も堂々と行えますし、実際、私も前回改憲を期待した意見を申し上げました。これは大変な前進であると喜んでおります。
しかしながら、現在もまだ国会の中に改憲を前提にした議論そのものが違憲であるといったような御意見もあるようでございますし、また、閣僚が憲法改正の必要を述べることが憲法遵守義務に違反すると考えておられる議員もおられるようでございます。私は、こういった考え方に反論をしたいと思っております。
現行の憲法は、九十六条に改憲の手続を規定いたしております。つまり、もともと将来の改憲の可能性を前提につくられた憲法でございます。起草した人たちも未来永劫にわたってこの憲法がパーフェクトであるということなどはないと考えていたことが読み取れます。事実、現在でも多くの時代に合わなくなった法律が日々改正されておりますし、現在の法律がすべて完璧なものであると思っているような国会議員はほとんどいらっしゃらないと思います。最高法規の憲法であってもそれは同じで、プライバシー権、環境権などといった当調査会で出ているような議論も、五十年以上前の人々には想像ができなかった概念でございます。
先ほど、社民党の深田委員が、憲法によって権利が制限されたことなどなかったというような御発言をされましたけれども、憲法に保障されている自由とか権利を盾にとって他人の権利を侵しているケースは非常に多くございます。また、経済活動の自由だといいながら環境を破壊しているケースも当然ございます。
前回も私は述べましたけれども、十二条に、国民は憲法が保障する自由、権利を乱用してはならない、常に公共の福祉のためにこれを利用する義務を持つ、こう規定されているにもかかわらず、やはり自由、権利に関する規定が非常に多くて、義務や責任といったようなところに対する規定がまだまだ甘い。私は、憲法によって権利が制限されたことなどなかったということでこの問題を放置することには明確に反対であります。
私たち国政の場で働く政治家には、時代の潮流を的確にとらえて新しい事態に対応できる法規をきちっとつくり上げていく、それで国民の幸せとこの国の発展を目指していく、そういう責務があると思っておりますので、五十年前の皆さんがそうであったように、予想しがたい未来のための憲法を書き上げる大変な責任を負っているわけでございます。
そこで、改めて申し上げたいんですけれども、現憲法はもともと改正を前提につくられたものであるから、閣僚であっても改憲に触れることは何ら問題はない、むしろ、それは政治家としての責任を果たすことであると私は考えております。今後は、この国会内で改憲問題と閣僚の憲法遵守義務を絡めたような議論はなされないことを期待申し上げます。
本日まで、制定経緯につきまして専門家の先生方の貴重な御発言をいただき、勉強できたことは、大変すばらしかったです。しかし、敗戦でアメリカに押しつけられた憲法だから変えるべきといった改憲論者の御意見もございますが、私自身は、制定過程の正当性といったものには全く興味を持っておりません。むしろ、制定過程が正当だったかどうかというようなことよりも、これからの時代の日本をどうつくっていくか、そのためにどのような新しい法規が必要かといった視点に立って、近い将来、私たちの時代の日本国憲法を書き上げる作業に参加させていただきたいと切に希望しております。ありがとうございました。