阿藤誠の発言 (厚生委員会)
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○阿藤参考人 一つは、少子化対策という言葉は余り安易には使いたくないのでありますが、私の冒頭陳述でもお話ししましたように、先進国、西欧先進諸国では、確かに相対的に低い出生率を経験し、マクロ的には多くの問題に直面している側面があります。しかしながら、それらの国の中で、少子化対策というのを外国語で何と言うのか難しいのでありますが、日本語でこれを出生政策というふうにもし置きかえるのだとしますと、そういうことを言っている国はほとんどないんですね。フランスぐらいが伝統的にそういう政策をとっていますが、それ以外にはないわけでありまして、その辺は我々も十分に注意する必要がある。リプロダクティブライツという考え方がやはり根本にありますから、その辺の配慮というものが大変大切ではないかというふうに思います。
その上で、さはさりながらということでありますが、言うまでもなく日本の場合には、戦後の出生力転換、多産から少産への変化、それから、それ以降の長寿化、そして七〇年代半ば以降の少子化という、一種のトリプルパンチで、日本の二十一世紀に始まる人口減少、高齢化の進展というものを諸外国に比べても大変厳しいものにしているということが一方であるわけであります。そういう意味で、それに全く手をこまねいていていいのかということは当然あるわけであります。
その際の大きな考え方としては、これもまた私の最初の陳述でお話ししましたように、やはり先進国に共通する普遍的な理念というものをある程度掲げて、その中で物を考えていく。とりわけ男女共同参画ということは、この普遍的理念にかなうものだというふうに考えるわけであります。
男女平等の教育というものがどんどん普及し、世界的に差別撤廃条約とかそういうものができている中で、さらには、二十一世紀、これまで二十五年間の少子化の結果として、若い労働力が急激に減り始める時代を日本が迎えているわけでありますから、これから女性がますます社会に出ていくことを要請もされ、それを望む状況の中で、私にとっては、何といっても男女共同参画の推進ということが大変大きな課題であるというふうに思っております。
幸いに、日本は、九〇年代から、育児休業制度であるとかその所得保障の改善、それから、公的保育サービスの改善ということを続けておりまして、考え方としてそちらの方向に進んでいるということは大変結構ではないかというふうに思います。
なお、制度をつくっても、実際に例えば育児休業をとりにくいような慣行とかそういう難しさがあるとか、男性が家事参加したくてもできないような労働条件あるいは企業の立地条件等々があるというふうな話も多く聞いております。そういう意味では、この問題は、幾つかの制度をいじれば解決するということはなかなか言えない問題であります。
そういう意味で、社会全般の取り組み、とりわけ男女共同参画、あるいは子供は社会の宝であるという、ある程度皆さんに納得されるような理念を掲げて、その中で総合的な政策を進めていったらどうかというふうに思うわけであります。