小島敏男の発言 (予算委員会第八分科会)

⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。 詳細は利用規約をご確認ください。

○小島分科員 おはようございます。自由民主党の小島敏男でございます。
 きょうは、分科会での発言の機会を与えていただき、心から感謝をしているわけであります。私ども、余り質問の機会というのがありませんけれども、今回希望の委員会を申し出いたしましたところ、建設省の方で許可をいただきまして、早速これから質問に入るわけであります。予算委員会というのは、大まかに、たくさんの視野に基づいて、日本全体のこと、世界のこと、そういうことを論じるわけでありますけれども、分科会の場合には、私どもが一番知っているところも質問してよろしいということでありますので、ただいまより質問をさせていただきます。
 公共事業のばらまきということが言われているわけでありますけれども、これはもうたくさんの方が言っておりますが、私は埼玉県に住んでおりますので、埼玉県は、現在の人口が六百九十万人、そして全国で一番人口増があるところということで、ここ数年はずうっと全国一位の人口増をしているところであります。ですから、勢い公共事業が助けになるわけでありまして、公共事業なくしてはとてもその六百九十万の人口を支えることができませんので、県民も、国民もやはり公共事業を大変に当てにしているということをぜひ御理解をいただきたいと思います。
 埼玉県そのものは、関東平野のど真ん中ということであります。しかも、人口がふえるというのは可住面積が多いということでありまして、これからなおふえていくだろうという予測が立っているわけでありますけれども、現在、全国で第五位の人口を有する場所であるということであります。そういう埼玉県におりますと、人口増に対していわゆる公共機関の追いつかない場所がたくさんあるということでありまして、その点、細かく言いますと、地下鉄や道路、河川、水路、そういう問題に多くの課題が残されているということであります。
 きょうは、全体の問題と、私が住んでおります地元熊谷市を中心とした問題について、何点かお伺いをしたいと思います。
 まず初めに、お伺いしたいわけでありますけれども、平成十六年、西暦の二〇〇四年に、埼玉県に二巡目の国体が決定されております。国体の開催というのは全国各地で行われるわけでありますけれども、この国体の開催というのは、ともかく日本全土に均衡ある発展をさせよう、これがスポーツを通じてそういうことをしながら経済効果も図ろうということでありまして、開催される土地におきましては大変に歓迎をされている。しかし、近年、ややもすると少し派手になってきたという批判もありますけれども、県民の団結、意識の高揚並びに経済的波及効果ということを考えますと、国体が来るということは非常にその地元にとっては大きなインパクトがありますし、期待をされているということであります。
 第一回目の開催というのは、大宮の隣の上尾市が中心になりました。これは、上尾市がちょうど大宮の近くにある、交通の利便もいいということでありますけれども、今回は、土屋知事が第二巡目の国体の開催地というのを決めるときに、大変にいろいろなところから立候補をされたわけであります。しかしながら、熟慮の結果、これはやはり国の均衡ある発展と同じように県土が均衡ある発展をしなきゃいけないということで、県北地域、私たちの住んでいる熊谷にメーン会場を持ってきたということであります。そういうことで、大変に熊谷市民といたしましては、また県北の地区住民といたしましては、国体のメーン会場を県北に持ってきたということに非常に感謝をしているところであります。
 六百九十万の人口ということなんですけれども、それでは、上尾にある、昭和四十年代に第一回目の国体が来たのですけれども、その上尾に来たときにつくった陸上競技場、これが第一種なんですね。第一種というのはなかなかないんですけれども、今もって二巡目になるまで、埼玉県では第一種の陸上競技場というのは上尾しかありません。ですから、人口がたくさんいても、第一種競技場というのは一つですから、利用が激しくて、上尾の場合には普通、申し込んでおいてもなかなか予約がとれないという状態なんですけれども、今度熊谷に来るということで、熊谷のいわゆるメーン会場にも第一種の陸上競技場をつくるということで、陸上関係者の期待というのは非常に大きいものがあります。
 施設設備の概要というのは、現在の景気動向並びに自治体の財政を考慮いたしまして、非常に簡素にやるということであります。それはそれで私は結構だと思うのですね。余り派手にやることはないというふうに思います。
 たまたま、私が昭和四十七年にアメリカからヨーロッパひとり旅をしたことがあります。そのときにはちょうどミュンヘンに行ったのですよ。ミュンヘンに行ったら、ミュンヘンのオリンピックをつくるというときに、私、たまたまめぐり合わせたのですけれども、そのときに、ミュンヘンの陸上競技場というのは、メーンのところは全部コンクリート、そして外側は全部木枠なんですね。ドイツ国民の堅実性をあらわしているかなと思ったのですけれども、ドイツの人たちは、もうミュンヘンにオリンピックが来ることはない、もう近々来ることはないんだ、だからオリンピックが終わった後には、一番使いやすいものだけコンクリートで残そう、そしてミュンヘン市民が、ドイツ国民が使うのに一番いいというようなものを残すんだということで、それを聞いたとき、なるほど、ドイツの国民というのはすごいなと思ったわけであります。
 そのときに、たまたま日本の方では冬季オリンピックが開かれたのですね。冬季オリンピックが開かれたときに北海道の山を何億円かけて削って、それでその冬季オリンピックのために使って、その後また埋め戻して復元をするということでありますけれども、効率から考えたときに、ドイツの国民性というのを見習わなきゃならないなということを今から三十年前に私思いました。
 ですから、今回熊谷でつくるいわゆる陸上競技場にいたしましても、大変に質素につくって、やはり取り外しができるようにするとか、また国の方で考えていることは、いわゆる観覧席だけじゃなくて、芝生に座って見る、このことも観客、顧客の人数にカウントするということに変えたようでありますけれども、今の時代を考えると、非常にそういうことは、おくればせながらとはいえ、すばらしいことであるというふうに思っております。
 そこで問題になりますのが、会場までのアクセス道路ということであります。たまたま新幹線が東京から上野から大宮から熊谷、高崎と行くんですけれども、新幹線の駅から北に三キロの地点がいわゆる国体のメーン会場なんです。その三キロの地点がメーン会場なんですけれども、その間に熊谷バイパスという大きな通りがあります、これは五十メートルの幅員でありますけれども。その五十メートルの幅員を越えたところにいわゆる十五万坪のスポーツ文化公園、プラス今度の国体のメーン会場の十五万坪、合わせて三十万坪のスポーツと文化の土地があります。その場所がメーン会場になるわけでありますけれども、一時、バイパスができたときには自動車がどんどん通ったのですけれども、今はそこも渋滞しているということであります。ですから、選手がそのところを通らない限り国体の会場には行けないということでありまして、そのところをぜひ立体化をしてもらいたい。それはもう二本あるんですけれども、その道を立体化してもらいたいということが主な要望であります。
 立体化の場所でありますけれども、主要地方道の熊谷館林線並びに県道太田熊谷線というのが二本ありますけれども、その場所を立体にして、いわゆる通過をする自動車というのはそのままどんどん通過をしてもらう。そうすれば、熊谷を通過するのがいっぱいあるんですから。ですから、その場所の二本だけ立体化をして、選手だとか何かが北に自由に行けるようにということであります。
 平成十六年ということでありますけれども、地元市町村が建設大臣並びに総括政務次官の方にも陳情を出しておりますけれども、その辺のことについてぜひお聞かせをいただきたいと思います。
 それからもう一つは、熊谷バイパスは、東京に向かって行きますと、鴻巣でちょうどとまってしまいます。その先は上尾道路ということで、いわゆる大宮バイパスから上尾道路を通って熊谷バイパスに来て、それが上武国道を通って高崎の方に行くということであります。
 その上尾道路でありますけれども、今から三十一年前、昭和四十四年に、いわゆる都市計画決定をされました。平成元年にまた都市計画決定をされて、今度は幅員を五十七メートルにしたということでありまして、三十年来の懸案の場所でありますけれども、そのことについて、見通しとしてはどのような見通しを持っているか。上尾道路の関係についてもお聞かせをいただきたいと思います。
 続けて建設関連だけ質問をさせていただきます。
 そこで、もう一つ、全体的な問題でありますけれども、これは全国的に問題になっていることでありますが、ちょうど昭和四十三年に都市計画法が改正をされまして、市街化区域と調整区域という形に線引きがされたわけです。当時、私は市会議員をしておりましたので、五年ごとの見直しということですから、五年たったらば大幅に見直すだろうということを思っていたわけでありますけれども、線引きがされた後の状態というのは、大臣初め関係議員の方も全部知ってのとおり、土地の価格がもう本当に天地、雲泥の差になったということであります。
 先ほど話した、熊谷から北に向かって行くとバイパスがあるというんですけれども、このバイパスの北側と南側を線引きして、市街化区域と調整区域に分けたわけですね。そうすると、バイパスの南側というのは坪幾ら、バイパスの向こうになると反幾らということで、非常に大きな格差が出たわけであります。
 そういうことを考えますと、この線引きというのはどういうことだったのかなということを疑問に思わざるを得ないわけであります。四十三年に線引きをしたときは、市街地のスプロール化をとめよう、どんどん畑の方に行ってしまうと。ですから、市街化区域内は快適な住環境をつくるためにいわゆる区画整理をして、そしてその区画整理に基づいてやっていこうということでやったのですけれども、三十年たった今、果たして四十三年に線引きをされた都市計画法の改正がうまく機能しているんだろうかどうだろうかということに対して、私は非常に疑問に思っているところであります。
 私のところにも相談に来ますが、恐らく国会議員の方々にも、この市街化調整区域の中で家を建てたい、分家住宅を建てたい、しかしこういう規制があるので思ったところに家が建てられないということであります。バブルがはじけて、土地も非常に均等化、いわゆる鎮静化したという嫌いがありますけれども、今こういう時期にこそ、四十三年に引かれた都市計画法の改正、つまり線引きについて大幅な見直しをするべきではないかと私は思っております。その点についてお聞かせをいただきたいと思います。
 加藤総括政務次官は埼玉県選出の国会議員でありまして、今度総括になられたということで、埼玉県の隅々まで御存じであり、しかも県北に居住されておるわけでありますので、私が質問したこと、それから国体の関係については大変お骨折りいただいたということでよく御存じなことだと思いますので、その辺についてもぜひお口添えをいただければありがたいと思います。
 きょうは、中山建設大臣、御出席いただきましてありがとうございました。

発言情報

speech_id: 114705273X00220000228_002

発言者: 小島敏男

speaker_id: 20271

日付: 2000-02-28

院: 衆議院

会議名: 予算委員会第八分科会