予算委員会第八分科会
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会
会議録情報#0
平成十二年二月二十八日(月曜日)
午前十時開議
出席分科員
主査 萩山 教嚴君
亀井 善之君 栗原 博久君
小島 敏男君 山口 泰明君
鍵田 節哉君 日野 市朗君
石垣 一夫君 佐藤 茂樹君
加藤 六月君 塩田 晋君
兼務 木村 太郎君 兼務 田中 和徳君
兼務 滝 実君 兼務 桧田 仁君
兼務 石毛えい子君 兼務 小林 守君
兼務 末松 義規君 兼務 松崎 公昭君
兼務 山本 譲司君 兼務 石井 啓一君
兼務 遠藤 和良君 兼務 金子 満広君
兼務 山原健二郎君
…………………………………
建設大臣
国務大臣
(国土庁長官) 中山 正暉君
国土政務次官 増田 敏男君
建設政務次官 加藤 卓二君
建設政務次官 岸田 文雄君
政府参考人
(内閣総理大臣官房参事官
) 阿部 一知君
政府参考人
(科学技術庁原子力安全局
長) 間宮 馨君
政府参考人
(国土庁長官官房水資源部
長) 鈴木藤一郎君
政府参考人
(国土庁地方振興局長) 芳山 達郎君
政府参考人
(国土庁防災局長) 生田 長人君
政府参考人
(厚生省生活衛生局水道環
境部水道整備課長) 入江登志男君
政府参考人
(厚生省社会・援護局長) 炭谷 茂君
政府参考人
(農林水産省構造改善局長
) 渡辺 好明君
政府参考人
(林野庁長官) 伴 次雄君
政府参考人
(運輸省鉄道局都市鉄道課
長) 柚木 浩一君
政府参考人
(運輸省鉄道局業務課長) 押田 彰君
政府参考人
(運輸省鉄道局施設課長) 野竹 和夫君
政府参考人
(運輸省航空局飛行場部長
) 上子 道雄君
政府参考人
(建設大臣官房長) 小川 忠男君
政府参考人
(建設省建設経済局長) 風岡 典之君
政府参考人
(建設省都市局長) 山本 正堯君
政府参考人
(建設省河川局長) 竹村公太郎君
政府参考人
(建設省道路局長) 大石 久和君
政府参考人
(建設省住宅局長) 那珂 正君
建設委員会専門員 福田 秀文君
予算委員会専門員 大西 勉君
—————————————
分科員の異動
二月二十八日
辞任 補欠選任
亀井 善之君 小島 敏男君
森山 眞弓君 山口 泰明君
日野 市朗君 桑原 豊君
佐藤 茂樹君 石垣 一夫君
加藤 六月君 塩田 晋君
同日
辞任 補欠選任
小島 敏男君 亀井 善之君
山口 泰明君 森山 眞弓君
桑原 豊君 藤村 修君
石垣 一夫君 近江巳記夫君
塩田 晋君 三沢 淳君
同日
辞任 補欠選任
藤村 修君 鍵田 節哉君
近江巳記夫君 石垣 一夫君
三沢 淳君 加藤 六月君
同日
辞任 補欠選任
鍵田 節哉君 日野 市朗君
石垣 一夫君 近江巳記夫君
同日
辞任 補欠選任
近江巳記夫君 佐藤 茂樹君
同日
第二分科員木村太郎君、第三分科員滝実君、末松義規君、山本譲司君、石井啓一君、第四分科員桧田仁君、小林守君、金子満広君、山原健二郎君、第五分科員松崎公昭君、第六分科員石毛えい子君、遠藤和良君及び第七分科員田中和徳君が本分科兼務となった。
—————————————
本日の会議に付した案件
平成十二年度一般会計予算
平成十二年度特別会計予算
平成十二年度政府関係機関予算
〔総理府(国土庁)及び建設省所管〕
午前十時開議
————◇—————
この発言だけを見る →午前十時開議
出席分科員
主査 萩山 教嚴君
亀井 善之君 栗原 博久君
小島 敏男君 山口 泰明君
鍵田 節哉君 日野 市朗君
石垣 一夫君 佐藤 茂樹君
加藤 六月君 塩田 晋君
兼務 木村 太郎君 兼務 田中 和徳君
兼務 滝 実君 兼務 桧田 仁君
兼務 石毛えい子君 兼務 小林 守君
兼務 末松 義規君 兼務 松崎 公昭君
兼務 山本 譲司君 兼務 石井 啓一君
兼務 遠藤 和良君 兼務 金子 満広君
兼務 山原健二郎君
…………………………………
建設大臣
国務大臣
(国土庁長官) 中山 正暉君
国土政務次官 増田 敏男君
建設政務次官 加藤 卓二君
建設政務次官 岸田 文雄君
政府参考人
(内閣総理大臣官房参事官
) 阿部 一知君
政府参考人
(科学技術庁原子力安全局
長) 間宮 馨君
政府参考人
(国土庁長官官房水資源部
長) 鈴木藤一郎君
政府参考人
(国土庁地方振興局長) 芳山 達郎君
政府参考人
(国土庁防災局長) 生田 長人君
政府参考人
(厚生省生活衛生局水道環
境部水道整備課長) 入江登志男君
政府参考人
(厚生省社会・援護局長) 炭谷 茂君
政府参考人
(農林水産省構造改善局長
) 渡辺 好明君
政府参考人
(林野庁長官) 伴 次雄君
政府参考人
(運輸省鉄道局都市鉄道課
長) 柚木 浩一君
政府参考人
(運輸省鉄道局業務課長) 押田 彰君
政府参考人
(運輸省鉄道局施設課長) 野竹 和夫君
政府参考人
(運輸省航空局飛行場部長
) 上子 道雄君
政府参考人
(建設大臣官房長) 小川 忠男君
政府参考人
(建設省建設経済局長) 風岡 典之君
政府参考人
(建設省都市局長) 山本 正堯君
政府参考人
(建設省河川局長) 竹村公太郎君
政府参考人
(建設省道路局長) 大石 久和君
政府参考人
(建設省住宅局長) 那珂 正君
建設委員会専門員 福田 秀文君
予算委員会専門員 大西 勉君
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分科員の異動
二月二十八日
辞任 補欠選任
亀井 善之君 小島 敏男君
森山 眞弓君 山口 泰明君
日野 市朗君 桑原 豊君
佐藤 茂樹君 石垣 一夫君
加藤 六月君 塩田 晋君
同日
辞任 補欠選任
小島 敏男君 亀井 善之君
山口 泰明君 森山 眞弓君
桑原 豊君 藤村 修君
石垣 一夫君 近江巳記夫君
塩田 晋君 三沢 淳君
同日
辞任 補欠選任
藤村 修君 鍵田 節哉君
近江巳記夫君 石垣 一夫君
三沢 淳君 加藤 六月君
同日
辞任 補欠選任
鍵田 節哉君 日野 市朗君
石垣 一夫君 近江巳記夫君
同日
辞任 補欠選任
近江巳記夫君 佐藤 茂樹君
同日
第二分科員木村太郎君、第三分科員滝実君、末松義規君、山本譲司君、石井啓一君、第四分科員桧田仁君、小林守君、金子満広君、山原健二郎君、第五分科員松崎公昭君、第六分科員石毛えい子君、遠藤和良君及び第七分科員田中和徳君が本分科兼務となった。
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本日の会議に付した案件
平成十二年度一般会計予算
平成十二年度特別会計予算
平成十二年度政府関係機関予算
〔総理府(国土庁)及び建設省所管〕
午前十時開議
————◇—————
萩
萩山教嚴#1
○萩山主査 これより予算委員会第八分科会を開会いたします。
平成十二年度一般会計予算、平成十二年度特別会計予算及び平成十二年度政府関係機関予算中建設省所管について、前回に引き続き質疑を行います。
質疑の申し出がありますので、順次これを許します。小島敏男君。
この発言だけを見る →平成十二年度一般会計予算、平成十二年度特別会計予算及び平成十二年度政府関係機関予算中建設省所管について、前回に引き続き質疑を行います。
質疑の申し出がありますので、順次これを許します。小島敏男君。
小
小島敏男#2
○小島分科員 おはようございます。自由民主党の小島敏男でございます。
きょうは、分科会での発言の機会を与えていただき、心から感謝をしているわけであります。私ども、余り質問の機会というのがありませんけれども、今回希望の委員会を申し出いたしましたところ、建設省の方で許可をいただきまして、早速これから質問に入るわけであります。予算委員会というのは、大まかに、たくさんの視野に基づいて、日本全体のこと、世界のこと、そういうことを論じるわけでありますけれども、分科会の場合には、私どもが一番知っているところも質問してよろしいということでありますので、ただいまより質問をさせていただきます。
公共事業のばらまきということが言われているわけでありますけれども、これはもうたくさんの方が言っておりますが、私は埼玉県に住んでおりますので、埼玉県は、現在の人口が六百九十万人、そして全国で一番人口増があるところということで、ここ数年はずうっと全国一位の人口増をしているところであります。ですから、勢い公共事業が助けになるわけでありまして、公共事業なくしてはとてもその六百九十万の人口を支えることができませんので、県民も、国民もやはり公共事業を大変に当てにしているということをぜひ御理解をいただきたいと思います。
埼玉県そのものは、関東平野のど真ん中ということであります。しかも、人口がふえるというのは可住面積が多いということでありまして、これからなおふえていくだろうという予測が立っているわけでありますけれども、現在、全国で第五位の人口を有する場所であるということであります。そういう埼玉県におりますと、人口増に対していわゆる公共機関の追いつかない場所がたくさんあるということでありまして、その点、細かく言いますと、地下鉄や道路、河川、水路、そういう問題に多くの課題が残されているということであります。
きょうは、全体の問題と、私が住んでおります地元熊谷市を中心とした問題について、何点かお伺いをしたいと思います。
まず初めに、お伺いしたいわけでありますけれども、平成十六年、西暦の二〇〇四年に、埼玉県に二巡目の国体が決定されております。国体の開催というのは全国各地で行われるわけでありますけれども、この国体の開催というのは、ともかく日本全土に均衡ある発展をさせよう、これがスポーツを通じてそういうことをしながら経済効果も図ろうということでありまして、開催される土地におきましては大変に歓迎をされている。しかし、近年、ややもすると少し派手になってきたという批判もありますけれども、県民の団結、意識の高揚並びに経済的波及効果ということを考えますと、国体が来るということは非常にその地元にとっては大きなインパクトがありますし、期待をされているということであります。
第一回目の開催というのは、大宮の隣の上尾市が中心になりました。これは、上尾市がちょうど大宮の近くにある、交通の利便もいいということでありますけれども、今回は、土屋知事が第二巡目の国体の開催地というのを決めるときに、大変にいろいろなところから立候補をされたわけであります。しかしながら、熟慮の結果、これはやはり国の均衡ある発展と同じように県土が均衡ある発展をしなきゃいけないということで、県北地域、私たちの住んでいる熊谷にメーン会場を持ってきたということであります。そういうことで、大変に熊谷市民といたしましては、また県北の地区住民といたしましては、国体のメーン会場を県北に持ってきたということに非常に感謝をしているところであります。
六百九十万の人口ということなんですけれども、それでは、上尾にある、昭和四十年代に第一回目の国体が来たのですけれども、その上尾に来たときにつくった陸上競技場、これが第一種なんですね。第一種というのはなかなかないんですけれども、今もって二巡目になるまで、埼玉県では第一種の陸上競技場というのは上尾しかありません。ですから、人口がたくさんいても、第一種競技場というのは一つですから、利用が激しくて、上尾の場合には普通、申し込んでおいてもなかなか予約がとれないという状態なんですけれども、今度熊谷に来るということで、熊谷のいわゆるメーン会場にも第一種の陸上競技場をつくるということで、陸上関係者の期待というのは非常に大きいものがあります。
施設設備の概要というのは、現在の景気動向並びに自治体の財政を考慮いたしまして、非常に簡素にやるということであります。それはそれで私は結構だと思うのですね。余り派手にやることはないというふうに思います。
たまたま、私が昭和四十七年にアメリカからヨーロッパひとり旅をしたことがあります。そのときにはちょうどミュンヘンに行ったのですよ。ミュンヘンに行ったら、ミュンヘンのオリンピックをつくるというときに、私、たまたまめぐり合わせたのですけれども、そのときに、ミュンヘンの陸上競技場というのは、メーンのところは全部コンクリート、そして外側は全部木枠なんですね。ドイツ国民の堅実性をあらわしているかなと思ったのですけれども、ドイツの人たちは、もうミュンヘンにオリンピックが来ることはない、もう近々来ることはないんだ、だからオリンピックが終わった後には、一番使いやすいものだけコンクリートで残そう、そしてミュンヘン市民が、ドイツ国民が使うのに一番いいというようなものを残すんだということで、それを聞いたとき、なるほど、ドイツの国民というのはすごいなと思ったわけであります。
そのときに、たまたま日本の方では冬季オリンピックが開かれたのですね。冬季オリンピックが開かれたときに北海道の山を何億円かけて削って、それでその冬季オリンピックのために使って、その後また埋め戻して復元をするということでありますけれども、効率から考えたときに、ドイツの国民性というのを見習わなきゃならないなということを今から三十年前に私思いました。
ですから、今回熊谷でつくるいわゆる陸上競技場にいたしましても、大変に質素につくって、やはり取り外しができるようにするとか、また国の方で考えていることは、いわゆる観覧席だけじゃなくて、芝生に座って見る、このことも観客、顧客の人数にカウントするということに変えたようでありますけれども、今の時代を考えると、非常にそういうことは、おくればせながらとはいえ、すばらしいことであるというふうに思っております。
そこで問題になりますのが、会場までのアクセス道路ということであります。たまたま新幹線が東京から上野から大宮から熊谷、高崎と行くんですけれども、新幹線の駅から北に三キロの地点がいわゆる国体のメーン会場なんです。その三キロの地点がメーン会場なんですけれども、その間に熊谷バイパスという大きな通りがあります、これは五十メートルの幅員でありますけれども。その五十メートルの幅員を越えたところにいわゆる十五万坪のスポーツ文化公園、プラス今度の国体のメーン会場の十五万坪、合わせて三十万坪のスポーツと文化の土地があります。その場所がメーン会場になるわけでありますけれども、一時、バイパスができたときには自動車がどんどん通ったのですけれども、今はそこも渋滞しているということであります。ですから、選手がそのところを通らない限り国体の会場には行けないということでありまして、そのところをぜひ立体化をしてもらいたい。それはもう二本あるんですけれども、その道を立体化してもらいたいということが主な要望であります。
立体化の場所でありますけれども、主要地方道の熊谷館林線並びに県道太田熊谷線というのが二本ありますけれども、その場所を立体にして、いわゆる通過をする自動車というのはそのままどんどん通過をしてもらう。そうすれば、熊谷を通過するのがいっぱいあるんですから。ですから、その場所の二本だけ立体化をして、選手だとか何かが北に自由に行けるようにということであります。
平成十六年ということでありますけれども、地元市町村が建設大臣並びに総括政務次官の方にも陳情を出しておりますけれども、その辺のことについてぜひお聞かせをいただきたいと思います。
それからもう一つは、熊谷バイパスは、東京に向かって行きますと、鴻巣でちょうどとまってしまいます。その先は上尾道路ということで、いわゆる大宮バイパスから上尾道路を通って熊谷バイパスに来て、それが上武国道を通って高崎の方に行くということであります。
その上尾道路でありますけれども、今から三十一年前、昭和四十四年に、いわゆる都市計画決定をされました。平成元年にまた都市計画決定をされて、今度は幅員を五十七メートルにしたということでありまして、三十年来の懸案の場所でありますけれども、そのことについて、見通しとしてはどのような見通しを持っているか。上尾道路の関係についてもお聞かせをいただきたいと思います。
続けて建設関連だけ質問をさせていただきます。
そこで、もう一つ、全体的な問題でありますけれども、これは全国的に問題になっていることでありますが、ちょうど昭和四十三年に都市計画法が改正をされまして、市街化区域と調整区域という形に線引きがされたわけです。当時、私は市会議員をしておりましたので、五年ごとの見直しということですから、五年たったらば大幅に見直すだろうということを思っていたわけでありますけれども、線引きがされた後の状態というのは、大臣初め関係議員の方も全部知ってのとおり、土地の価格がもう本当に天地、雲泥の差になったということであります。
先ほど話した、熊谷から北に向かって行くとバイパスがあるというんですけれども、このバイパスの北側と南側を線引きして、市街化区域と調整区域に分けたわけですね。そうすると、バイパスの南側というのは坪幾ら、バイパスの向こうになると反幾らということで、非常に大きな格差が出たわけであります。
そういうことを考えますと、この線引きというのはどういうことだったのかなということを疑問に思わざるを得ないわけであります。四十三年に線引きをしたときは、市街地のスプロール化をとめよう、どんどん畑の方に行ってしまうと。ですから、市街化区域内は快適な住環境をつくるためにいわゆる区画整理をして、そしてその区画整理に基づいてやっていこうということでやったのですけれども、三十年たった今、果たして四十三年に線引きをされた都市計画法の改正がうまく機能しているんだろうかどうだろうかということに対して、私は非常に疑問に思っているところであります。
私のところにも相談に来ますが、恐らく国会議員の方々にも、この市街化調整区域の中で家を建てたい、分家住宅を建てたい、しかしこういう規制があるので思ったところに家が建てられないということであります。バブルがはじけて、土地も非常に均等化、いわゆる鎮静化したという嫌いがありますけれども、今こういう時期にこそ、四十三年に引かれた都市計画法の改正、つまり線引きについて大幅な見直しをするべきではないかと私は思っております。その点についてお聞かせをいただきたいと思います。
加藤総括政務次官は埼玉県選出の国会議員でありまして、今度総括になられたということで、埼玉県の隅々まで御存じであり、しかも県北に居住されておるわけでありますので、私が質問したこと、それから国体の関係については大変お骨折りいただいたということでよく御存じなことだと思いますので、その辺についてもぜひお口添えをいただければありがたいと思います。
きょうは、中山建設大臣、御出席いただきましてありがとうございました。
この発言だけを見る →きょうは、分科会での発言の機会を与えていただき、心から感謝をしているわけであります。私ども、余り質問の機会というのがありませんけれども、今回希望の委員会を申し出いたしましたところ、建設省の方で許可をいただきまして、早速これから質問に入るわけであります。予算委員会というのは、大まかに、たくさんの視野に基づいて、日本全体のこと、世界のこと、そういうことを論じるわけでありますけれども、分科会の場合には、私どもが一番知っているところも質問してよろしいということでありますので、ただいまより質問をさせていただきます。
公共事業のばらまきということが言われているわけでありますけれども、これはもうたくさんの方が言っておりますが、私は埼玉県に住んでおりますので、埼玉県は、現在の人口が六百九十万人、そして全国で一番人口増があるところということで、ここ数年はずうっと全国一位の人口増をしているところであります。ですから、勢い公共事業が助けになるわけでありまして、公共事業なくしてはとてもその六百九十万の人口を支えることができませんので、県民も、国民もやはり公共事業を大変に当てにしているということをぜひ御理解をいただきたいと思います。
埼玉県そのものは、関東平野のど真ん中ということであります。しかも、人口がふえるというのは可住面積が多いということでありまして、これからなおふえていくだろうという予測が立っているわけでありますけれども、現在、全国で第五位の人口を有する場所であるということであります。そういう埼玉県におりますと、人口増に対していわゆる公共機関の追いつかない場所がたくさんあるということでありまして、その点、細かく言いますと、地下鉄や道路、河川、水路、そういう問題に多くの課題が残されているということであります。
きょうは、全体の問題と、私が住んでおります地元熊谷市を中心とした問題について、何点かお伺いをしたいと思います。
まず初めに、お伺いしたいわけでありますけれども、平成十六年、西暦の二〇〇四年に、埼玉県に二巡目の国体が決定されております。国体の開催というのは全国各地で行われるわけでありますけれども、この国体の開催というのは、ともかく日本全土に均衡ある発展をさせよう、これがスポーツを通じてそういうことをしながら経済効果も図ろうということでありまして、開催される土地におきましては大変に歓迎をされている。しかし、近年、ややもすると少し派手になってきたという批判もありますけれども、県民の団結、意識の高揚並びに経済的波及効果ということを考えますと、国体が来るということは非常にその地元にとっては大きなインパクトがありますし、期待をされているということであります。
第一回目の開催というのは、大宮の隣の上尾市が中心になりました。これは、上尾市がちょうど大宮の近くにある、交通の利便もいいということでありますけれども、今回は、土屋知事が第二巡目の国体の開催地というのを決めるときに、大変にいろいろなところから立候補をされたわけであります。しかしながら、熟慮の結果、これはやはり国の均衡ある発展と同じように県土が均衡ある発展をしなきゃいけないということで、県北地域、私たちの住んでいる熊谷にメーン会場を持ってきたということであります。そういうことで、大変に熊谷市民といたしましては、また県北の地区住民といたしましては、国体のメーン会場を県北に持ってきたということに非常に感謝をしているところであります。
六百九十万の人口ということなんですけれども、それでは、上尾にある、昭和四十年代に第一回目の国体が来たのですけれども、その上尾に来たときにつくった陸上競技場、これが第一種なんですね。第一種というのはなかなかないんですけれども、今もって二巡目になるまで、埼玉県では第一種の陸上競技場というのは上尾しかありません。ですから、人口がたくさんいても、第一種競技場というのは一つですから、利用が激しくて、上尾の場合には普通、申し込んでおいてもなかなか予約がとれないという状態なんですけれども、今度熊谷に来るということで、熊谷のいわゆるメーン会場にも第一種の陸上競技場をつくるということで、陸上関係者の期待というのは非常に大きいものがあります。
施設設備の概要というのは、現在の景気動向並びに自治体の財政を考慮いたしまして、非常に簡素にやるということであります。それはそれで私は結構だと思うのですね。余り派手にやることはないというふうに思います。
たまたま、私が昭和四十七年にアメリカからヨーロッパひとり旅をしたことがあります。そのときにはちょうどミュンヘンに行ったのですよ。ミュンヘンに行ったら、ミュンヘンのオリンピックをつくるというときに、私、たまたまめぐり合わせたのですけれども、そのときに、ミュンヘンの陸上競技場というのは、メーンのところは全部コンクリート、そして外側は全部木枠なんですね。ドイツ国民の堅実性をあらわしているかなと思ったのですけれども、ドイツの人たちは、もうミュンヘンにオリンピックが来ることはない、もう近々来ることはないんだ、だからオリンピックが終わった後には、一番使いやすいものだけコンクリートで残そう、そしてミュンヘン市民が、ドイツ国民が使うのに一番いいというようなものを残すんだということで、それを聞いたとき、なるほど、ドイツの国民というのはすごいなと思ったわけであります。
そのときに、たまたま日本の方では冬季オリンピックが開かれたのですね。冬季オリンピックが開かれたときに北海道の山を何億円かけて削って、それでその冬季オリンピックのために使って、その後また埋め戻して復元をするということでありますけれども、効率から考えたときに、ドイツの国民性というのを見習わなきゃならないなということを今から三十年前に私思いました。
ですから、今回熊谷でつくるいわゆる陸上競技場にいたしましても、大変に質素につくって、やはり取り外しができるようにするとか、また国の方で考えていることは、いわゆる観覧席だけじゃなくて、芝生に座って見る、このことも観客、顧客の人数にカウントするということに変えたようでありますけれども、今の時代を考えると、非常にそういうことは、おくればせながらとはいえ、すばらしいことであるというふうに思っております。
そこで問題になりますのが、会場までのアクセス道路ということであります。たまたま新幹線が東京から上野から大宮から熊谷、高崎と行くんですけれども、新幹線の駅から北に三キロの地点がいわゆる国体のメーン会場なんです。その三キロの地点がメーン会場なんですけれども、その間に熊谷バイパスという大きな通りがあります、これは五十メートルの幅員でありますけれども。その五十メートルの幅員を越えたところにいわゆる十五万坪のスポーツ文化公園、プラス今度の国体のメーン会場の十五万坪、合わせて三十万坪のスポーツと文化の土地があります。その場所がメーン会場になるわけでありますけれども、一時、バイパスができたときには自動車がどんどん通ったのですけれども、今はそこも渋滞しているということであります。ですから、選手がそのところを通らない限り国体の会場には行けないということでありまして、そのところをぜひ立体化をしてもらいたい。それはもう二本あるんですけれども、その道を立体化してもらいたいということが主な要望であります。
立体化の場所でありますけれども、主要地方道の熊谷館林線並びに県道太田熊谷線というのが二本ありますけれども、その場所を立体にして、いわゆる通過をする自動車というのはそのままどんどん通過をしてもらう。そうすれば、熊谷を通過するのがいっぱいあるんですから。ですから、その場所の二本だけ立体化をして、選手だとか何かが北に自由に行けるようにということであります。
平成十六年ということでありますけれども、地元市町村が建設大臣並びに総括政務次官の方にも陳情を出しておりますけれども、その辺のことについてぜひお聞かせをいただきたいと思います。
それからもう一つは、熊谷バイパスは、東京に向かって行きますと、鴻巣でちょうどとまってしまいます。その先は上尾道路ということで、いわゆる大宮バイパスから上尾道路を通って熊谷バイパスに来て、それが上武国道を通って高崎の方に行くということであります。
その上尾道路でありますけれども、今から三十一年前、昭和四十四年に、いわゆる都市計画決定をされました。平成元年にまた都市計画決定をされて、今度は幅員を五十七メートルにしたということでありまして、三十年来の懸案の場所でありますけれども、そのことについて、見通しとしてはどのような見通しを持っているか。上尾道路の関係についてもお聞かせをいただきたいと思います。
続けて建設関連だけ質問をさせていただきます。
そこで、もう一つ、全体的な問題でありますけれども、これは全国的に問題になっていることでありますが、ちょうど昭和四十三年に都市計画法が改正をされまして、市街化区域と調整区域という形に線引きがされたわけです。当時、私は市会議員をしておりましたので、五年ごとの見直しということですから、五年たったらば大幅に見直すだろうということを思っていたわけでありますけれども、線引きがされた後の状態というのは、大臣初め関係議員の方も全部知ってのとおり、土地の価格がもう本当に天地、雲泥の差になったということであります。
先ほど話した、熊谷から北に向かって行くとバイパスがあるというんですけれども、このバイパスの北側と南側を線引きして、市街化区域と調整区域に分けたわけですね。そうすると、バイパスの南側というのは坪幾ら、バイパスの向こうになると反幾らということで、非常に大きな格差が出たわけであります。
そういうことを考えますと、この線引きというのはどういうことだったのかなということを疑問に思わざるを得ないわけであります。四十三年に線引きをしたときは、市街地のスプロール化をとめよう、どんどん畑の方に行ってしまうと。ですから、市街化区域内は快適な住環境をつくるためにいわゆる区画整理をして、そしてその区画整理に基づいてやっていこうということでやったのですけれども、三十年たった今、果たして四十三年に線引きをされた都市計画法の改正がうまく機能しているんだろうかどうだろうかということに対して、私は非常に疑問に思っているところであります。
私のところにも相談に来ますが、恐らく国会議員の方々にも、この市街化調整区域の中で家を建てたい、分家住宅を建てたい、しかしこういう規制があるので思ったところに家が建てられないということであります。バブルがはじけて、土地も非常に均等化、いわゆる鎮静化したという嫌いがありますけれども、今こういう時期にこそ、四十三年に引かれた都市計画法の改正、つまり線引きについて大幅な見直しをするべきではないかと私は思っております。その点についてお聞かせをいただきたいと思います。
加藤総括政務次官は埼玉県選出の国会議員でありまして、今度総括になられたということで、埼玉県の隅々まで御存じであり、しかも県北に居住されておるわけでありますので、私が質問したこと、それから国体の関係については大変お骨折りいただいたということでよく御存じなことだと思いますので、その辺についてもぜひお口添えをいただければありがたいと思います。
きょうは、中山建設大臣、御出席いただきましてありがとうございました。
加
加藤卓二#3
○加藤政務次官 ただいま、地元の小島議員から微に入り細に入りの御質問、本当に地域の者にとって非常にいい質問をしていただいたな、こう思います。
大宮の操車場の跡に副都心を持ってこようといったときは、今の知事さんがまだ参議院の議長さんで、そのときに金丸三郎さんを総務庁長官にして、おまえ、元気がいいからそこの政務次官をやって埼玉県に副都心を持ってこい、こういうふうな意気込みのもとに話し合いをしまして、本当に副都心が操車場の跡へ来て、これはこの五月にみんなで完成をお祝いできることになった。
そのときに、小島議員がおっしゃっていたように、県北をどうしてくれるんだというのは、県民のひとしくみんなの意見でございました。その中で、熊谷に国体を持ってこようという機運の中で熊谷が選ばれた。これはもう本当に、当然のことを当然としたようなわけでございますが、これに関しては、地元の小島議員、また市長さん、議会の皆さん、各界各層の皆さんの大変な努力のもとだと思います。
これは、はっきり申しまして、きょうは建設省の大幹部がみんな見えておられますから、ぜひひとつ聞いていただくということも含めて、私の方からもお答えしたいと思います。
大宮のすぐ隣の上尾に大きな国体があったのは事実でございます。これを県北に持ってくるということは、南と北のバランスをよくしようという県民の総意でございます。そして、それにこたえて熊谷市が、大変大きな地所の提供、そしてまたその努力をなさっている。特に、十六年の開催予定の五十九回国民体育大会は熊谷にメーン会場を持ってこようということになって、本当にそうなると、交通の問題、アクセスの問題が大変問題になる、これはおっしゃられるとおりです。
私もこの間、議員、そしてその秘書の皆さんたちが陳情に来たときにも、担当の人によく聞いていただいて、極めて大事なことだから、努力するだけじゃなくて地元の意向に添えるようにやりますよというような前向きな答えがあったことは御承知だと思いますが、議事録に残ることでございますので、改めてぜひその旨をはっきり申し上げておきたい、こう思います。
このために、国道の十七号の柿沼交差点、それから肥塚交差点の立体化は、これはもう当然のことだと。これはもう準備は着々と進んでおりますから、その辺は心配ない。
それから、熊谷バイパスから上武道路に向けて四車線化、これをやっておくと、上武道路と今の十七号、本庄を通る道が二つ大きく生きてきますので、この四車線化も予算をつけていただいて、これも着々と準備しております。
これだけでは、南北のというよりは東西の道になるので、どうしても南北、荒川を挟んでの橋梁の整備を図らなきゃならない。橋梁の整備を図ることにおいて、メーン会場をぐるっと回る環状道路ができ上がる、こういうふうに考えております。そのように今着々と準備しておりますし、開会に間に合うように一生懸命やっておりますから、地元へ帰ったらまた、そのように皆さんにお伝え願っていいのではないかと思います。
大変地元に明るい小島議員でございますが、詳しいことは、またきょうは幹部の方でぜひお答えしたいということで、私の方は総論だけを申し上げさせていただきます。きょうは本当にありがとうございます。
この発言だけを見る →大宮の操車場の跡に副都心を持ってこようといったときは、今の知事さんがまだ参議院の議長さんで、そのときに金丸三郎さんを総務庁長官にして、おまえ、元気がいいからそこの政務次官をやって埼玉県に副都心を持ってこい、こういうふうな意気込みのもとに話し合いをしまして、本当に副都心が操車場の跡へ来て、これはこの五月にみんなで完成をお祝いできることになった。
そのときに、小島議員がおっしゃっていたように、県北をどうしてくれるんだというのは、県民のひとしくみんなの意見でございました。その中で、熊谷に国体を持ってこようという機運の中で熊谷が選ばれた。これはもう本当に、当然のことを当然としたようなわけでございますが、これに関しては、地元の小島議員、また市長さん、議会の皆さん、各界各層の皆さんの大変な努力のもとだと思います。
これは、はっきり申しまして、きょうは建設省の大幹部がみんな見えておられますから、ぜひひとつ聞いていただくということも含めて、私の方からもお答えしたいと思います。
大宮のすぐ隣の上尾に大きな国体があったのは事実でございます。これを県北に持ってくるということは、南と北のバランスをよくしようという県民の総意でございます。そして、それにこたえて熊谷市が、大変大きな地所の提供、そしてまたその努力をなさっている。特に、十六年の開催予定の五十九回国民体育大会は熊谷にメーン会場を持ってこようということになって、本当にそうなると、交通の問題、アクセスの問題が大変問題になる、これはおっしゃられるとおりです。
私もこの間、議員、そしてその秘書の皆さんたちが陳情に来たときにも、担当の人によく聞いていただいて、極めて大事なことだから、努力するだけじゃなくて地元の意向に添えるようにやりますよというような前向きな答えがあったことは御承知だと思いますが、議事録に残ることでございますので、改めてぜひその旨をはっきり申し上げておきたい、こう思います。
このために、国道の十七号の柿沼交差点、それから肥塚交差点の立体化は、これはもう当然のことだと。これはもう準備は着々と進んでおりますから、その辺は心配ない。
それから、熊谷バイパスから上武道路に向けて四車線化、これをやっておくと、上武道路と今の十七号、本庄を通る道が二つ大きく生きてきますので、この四車線化も予算をつけていただいて、これも着々と準備しております。
これだけでは、南北のというよりは東西の道になるので、どうしても南北、荒川を挟んでの橋梁の整備を図らなきゃならない。橋梁の整備を図ることにおいて、メーン会場をぐるっと回る環状道路ができ上がる、こういうふうに考えております。そのように今着々と準備しておりますし、開会に間に合うように一生懸命やっておりますから、地元へ帰ったらまた、そのように皆さんにお伝え願っていいのではないかと思います。
大変地元に明るい小島議員でございますが、詳しいことは、またきょうは幹部の方でぜひお答えしたいということで、私の方は総論だけを申し上げさせていただきます。きょうは本当にありがとうございます。
大
大石久和#4
○大石政府参考人 十七号熊谷バイパスにつきましては、今加藤総括から御説明申し上げたとおりでございます。先ほど先生から御指摘がございました熊谷館林線、太田熊谷線のそれぞれの交差点が、柿沼交差点、肥塚交差点でございます。大変大きな渋滞が発生いたしておりますので、国体までに立体化を間に合わせるべく努力いたしたいというように思います。
また、先ほど、十七号上尾道路について、整備方針、整備見通しの御質問がございました。
上尾道路は、平成元年十二月に都市計画決定がなされ、平成七年度までに、大宮市宮前から桶川市川田谷間の一般道路部、延長約十一キロメートルについて事業化し、平成九年度から一部区間の用地買収に着手いたしております。
今後とも、地域の皆様方の御協力、御理解を得まして、事業化区間の平成十年代後半の供用を目指し、事業の促進に努めたいと考えてございます。
また、未事業化区間がございますが、この未事業化区間九キロメートルにつきましては、現在事業中の区間の進捗状況、周辺の交通状況及び周辺の開発動向等を勘案し、事業の着手時期について検討していきたいと考えております。
この発言だけを見る →また、先ほど、十七号上尾道路について、整備方針、整備見通しの御質問がございました。
上尾道路は、平成元年十二月に都市計画決定がなされ、平成七年度までに、大宮市宮前から桶川市川田谷間の一般道路部、延長約十一キロメートルについて事業化し、平成九年度から一部区間の用地買収に着手いたしております。
今後とも、地域の皆様方の御協力、御理解を得まして、事業化区間の平成十年代後半の供用を目指し、事業の促進に努めたいと考えてございます。
また、未事業化区間がございますが、この未事業化区間九キロメートルにつきましては、現在事業中の区間の進捗状況、周辺の交通状況及び周辺の開発動向等を勘案し、事業の着手時期について検討していきたいと考えております。
山
山本正堯#5
○山本政府参考人 お答えをさせていただきます。
先ほど先生から線引きについて、あるいは区画整理についての、何点かについての御質問がございました。
第一点は、いわゆる市街化区域、市街化調整区域の線引きについて、三十年ぐらい経過しておるがスプロールは防ぐことができたのか、効果があったのか、こういうことでございます。
御案内のとおり、この線引き制度はスプロールを防止するために昭和四十三年の都市計画法改正によって設けられた制度でございまして、これまでに全国で三百三十七の都市計画区域において線引きがなされております。
ちなみに、昭和四十六年には全国の都市計画区域人口の六三%に当たります約五千四百万人が市街化区域に居住をしておったわけでございますが、平成九年にはこの都市計画区域人口の約七一%に当たる約八千二百万人に増加するといったようなことでございます。
また一方、市街化調整区域については人口が抑制されておる、こういうことでございまして、大都市圏を中心に、都市のスプロール化についての歯どめということで一定の効果があったというふうに考えております。
先生の具体的な地元の熊谷都市計画区域、熊谷市、江南町、川本町といったようなところの広域都市計画区域につきましても同じような傾向でございまして、昭和四十六年に都市計画区域の人口のうちの六〇%であったのが平成九年には六五%ということで、約三万五千人ほど都市計画区域内の人口がふえておる、こういうことでございます。
ただ、その後もモータリゼーションが進展をいたしまして、都市計画区域外といったようなところにスプロール、一部開発が見られるといったようなことでございますけれども、線引きによりまして全体的にはスプロールが防止を図られておる、こういうことであろうかと思います。
その中で、市街化区域の整備につきましては、先生の御指摘のように、区画整理事業で精力的に整備を進めてきたところでございます。
市街化区域内の土地区画整理事業につきましては、昭和四十三年以来、全国で約四千二百カ所、約十二万ヘクタールの市街地が区画整理事業によって整備されたところでございます。現在実施中のものも含めますと約六千地区、約十九万ヘクタールについて区画整理事業による計画的な市街地が整備されているということでございます。
先生のところの熊谷都市計画区域につきましても、熊谷第一地区等については施行済みでございますし、熊谷の籠原地区等々で施行中でございます。全体で、現在実施中のものも含めまして十九地区、約五百七十ヘクタールで計画的な市街地が整備されているところでございまして、市街化区域内の社会資本の整備あるいは都市整備が現在進捗している、こういうことであろうかというふうに思っております。
三番目に、線引きについては五年ごとに定期的に見直すということで、実際には大規模な変更は非常に難しいということで、地域の実情によっては区域区分を撤廃、大きな制度の変更をしたらどうか、こういう御指摘でございます。
御案内のとおり、区域区分の変更については、おおむね五年ごとに都市計画の基礎調査というものの結果等を踏まえまして定期的な見直しを行っております。それと同時に、区画整理事業等による計画的な市街化が確実な土地の区域につきましては、随時、市街化調整区域から市街化区域に編入をすることとしておるところでございまして、全国でこれまでに約十四万四千ヘクタールの市街化区域編入が行われておるところでございます。
熊谷市におきましても、先ほど申し上げましたような区画整理事業等々が実施されました結果、四十五年当初、市街化区域が二千三百十九ヘクタールであったものが現在二千四百四十六ヘクタールということで、約六%増しに拡大されておる、こういうふうに聞いておるところでございます。
そういう点で、市街化調整区域から市街化区域に必要に応じて着々と編入等々されておるわけでございますけれども、区域区分制度が創設されまして三十年経過しておるわけでございまして、都市への人口集中が鎮静化し、あるいは一方モータリゼーションが進展するといったように、経済社会情勢は環境が大変大きく変化をいたしておるという状況でございます。
こういう状況に応じまして、地域の実情に応じて柔軟に土地利用規制が行えるように、私どもとしても検討を重ねておるところでございます。
先日、都市計画中央審議会から答申をいただきまして、区域区分制度についても基本的には線引きの選択制といったような点についての答申をいただいております。その答申の趣旨に沿って、現在都市計画法の改正について準備をさせていただいておるという状況でございます。
以上でございます。
この発言だけを見る →先ほど先生から線引きについて、あるいは区画整理についての、何点かについての御質問がございました。
第一点は、いわゆる市街化区域、市街化調整区域の線引きについて、三十年ぐらい経過しておるがスプロールは防ぐことができたのか、効果があったのか、こういうことでございます。
御案内のとおり、この線引き制度はスプロールを防止するために昭和四十三年の都市計画法改正によって設けられた制度でございまして、これまでに全国で三百三十七の都市計画区域において線引きがなされております。
ちなみに、昭和四十六年には全国の都市計画区域人口の六三%に当たります約五千四百万人が市街化区域に居住をしておったわけでございますが、平成九年にはこの都市計画区域人口の約七一%に当たる約八千二百万人に増加するといったようなことでございます。
また一方、市街化調整区域については人口が抑制されておる、こういうことでございまして、大都市圏を中心に、都市のスプロール化についての歯どめということで一定の効果があったというふうに考えております。
先生の具体的な地元の熊谷都市計画区域、熊谷市、江南町、川本町といったようなところの広域都市計画区域につきましても同じような傾向でございまして、昭和四十六年に都市計画区域の人口のうちの六〇%であったのが平成九年には六五%ということで、約三万五千人ほど都市計画区域内の人口がふえておる、こういうことでございます。
ただ、その後もモータリゼーションが進展をいたしまして、都市計画区域外といったようなところにスプロール、一部開発が見られるといったようなことでございますけれども、線引きによりまして全体的にはスプロールが防止を図られておる、こういうことであろうかと思います。
その中で、市街化区域の整備につきましては、先生の御指摘のように、区画整理事業で精力的に整備を進めてきたところでございます。
市街化区域内の土地区画整理事業につきましては、昭和四十三年以来、全国で約四千二百カ所、約十二万ヘクタールの市街地が区画整理事業によって整備されたところでございます。現在実施中のものも含めますと約六千地区、約十九万ヘクタールについて区画整理事業による計画的な市街地が整備されているということでございます。
先生のところの熊谷都市計画区域につきましても、熊谷第一地区等については施行済みでございますし、熊谷の籠原地区等々で施行中でございます。全体で、現在実施中のものも含めまして十九地区、約五百七十ヘクタールで計画的な市街地が整備されているところでございまして、市街化区域内の社会資本の整備あるいは都市整備が現在進捗している、こういうことであろうかというふうに思っております。
三番目に、線引きについては五年ごとに定期的に見直すということで、実際には大規模な変更は非常に難しいということで、地域の実情によっては区域区分を撤廃、大きな制度の変更をしたらどうか、こういう御指摘でございます。
御案内のとおり、区域区分の変更については、おおむね五年ごとに都市計画の基礎調査というものの結果等を踏まえまして定期的な見直しを行っております。それと同時に、区画整理事業等による計画的な市街化が確実な土地の区域につきましては、随時、市街化調整区域から市街化区域に編入をすることとしておるところでございまして、全国でこれまでに約十四万四千ヘクタールの市街化区域編入が行われておるところでございます。
熊谷市におきましても、先ほど申し上げましたような区画整理事業等々が実施されました結果、四十五年当初、市街化区域が二千三百十九ヘクタールであったものが現在二千四百四十六ヘクタールということで、約六%増しに拡大されておる、こういうふうに聞いておるところでございます。
そういう点で、市街化調整区域から市街化区域に必要に応じて着々と編入等々されておるわけでございますけれども、区域区分制度が創設されまして三十年経過しておるわけでございまして、都市への人口集中が鎮静化し、あるいは一方モータリゼーションが進展するといったように、経済社会情勢は環境が大変大きく変化をいたしておるという状況でございます。
こういう状況に応じまして、地域の実情に応じて柔軟に土地利用規制が行えるように、私どもとしても検討を重ねておるところでございます。
先日、都市計画中央審議会から答申をいただきまして、区域区分制度についても基本的には線引きの選択制といったような点についての答申をいただいております。その答申の趣旨に沿って、現在都市計画法の改正について準備をさせていただいておるという状況でございます。
以上でございます。
小
小島敏男#6
○小島分科員 大変に御丁寧に御答弁をいただいて、感謝をしております。
加藤総括政務次官におかれましては熊谷市のことをよく熟知しているという話をしたのですけれども、久下橋の関係、これも南から来る道路で、やはり橋梁の整備が必要だろうということで、今進んでいる話まで言及してもらいまして、本当に感謝をしているところであります。
国体の関係については、道路の立体化について大変はっきりした御答弁をいただいて感謝しているわけでありますが、いま一つ、やはり都市計画決定をされた上尾道路の関係については、平成元年ということなんですけれども、私は、四十四年、これは上尾市で都市計画決定をしたわけでありますが、たまたまその平成元年の都市計画の変更のときに立ち会ったのですね。
それで、立ち会ったときに、物すごい住民がいて、その会場に私は入れないのですよ。みんなにガードされて入った記憶があるのです。それは何かというと、都市計画をしてそのままほうっておいて、そのあげくに今度は五十七メートルに変更したのですよ。私はその都市計画審議会で言ったのです、住民が怒るのは当たり前ですよと。こういう道路ができますからと地元に説明して街路決定して、手をつけないまま、今度は変更して広げるというのですから。こんなことをしていたら住民を納得させられるわけないでしょうということで、私はその都市計画審議会で発言をしたことがあるのです。そういうやり方はやはり住民に対してやるべきことでないということで、それの恩返しとして早く手をつけて完成させるようにお願いをしたいと思います。
それから、市街化区域、調整区域の問題ですけれども、これも私がその当時議員をしていて、簡単に、五年たてば変えるんだからという気持ちだったのですよ。ところが、以後三十年。その間に問題がどんどん噴出した。それはなぜか。四十三年以前に宅地化をされている場所ならば家が建てられますというのですよ。これは、住んでいる住民に対して、そんなに詳しく説明がなかった。だから、後で問題が起きたわけですよ。ふたをあけてみたら、さっき言ったように土地の価格が格段の差がついた。家が建てられない。四十三年前に私は持っていたんだけれども宅地にする申請をしていなかったとか何かと、いろいろな問題が出ているのですね。
それがあるわけでありますけれども、果たしてこういう線引きが四十三年に引かれ、しかも三十年たった現在、審議会等でもいろいろ答申を得ているようであります。
これは、政治の大先輩であります中山建設大臣、当時のことをよく御存知だと思うのですけれども、四十三年以前の問題等も、恐らく大臣のところにも何とかしてくれということでお願いに来たと思うのです。こんなに土地の格差が出ると全くわからなかったのですけれども、そういう政治をよく御存じの大臣の方では、この住民、国民の問題についてどういうふうに思っているか、それを最後に聞かせていただいて、気持ちで結構でございますので、よろしくお願いします。
この発言だけを見る →加藤総括政務次官におかれましては熊谷市のことをよく熟知しているという話をしたのですけれども、久下橋の関係、これも南から来る道路で、やはり橋梁の整備が必要だろうということで、今進んでいる話まで言及してもらいまして、本当に感謝をしているところであります。
国体の関係については、道路の立体化について大変はっきりした御答弁をいただいて感謝しているわけでありますが、いま一つ、やはり都市計画決定をされた上尾道路の関係については、平成元年ということなんですけれども、私は、四十四年、これは上尾市で都市計画決定をしたわけでありますが、たまたまその平成元年の都市計画の変更のときに立ち会ったのですね。
それで、立ち会ったときに、物すごい住民がいて、その会場に私は入れないのですよ。みんなにガードされて入った記憶があるのです。それは何かというと、都市計画をしてそのままほうっておいて、そのあげくに今度は五十七メートルに変更したのですよ。私はその都市計画審議会で言ったのです、住民が怒るのは当たり前ですよと。こういう道路ができますからと地元に説明して街路決定して、手をつけないまま、今度は変更して広げるというのですから。こんなことをしていたら住民を納得させられるわけないでしょうということで、私はその都市計画審議会で発言をしたことがあるのです。そういうやり方はやはり住民に対してやるべきことでないということで、それの恩返しとして早く手をつけて完成させるようにお願いをしたいと思います。
それから、市街化区域、調整区域の問題ですけれども、これも私がその当時議員をしていて、簡単に、五年たてば変えるんだからという気持ちだったのですよ。ところが、以後三十年。その間に問題がどんどん噴出した。それはなぜか。四十三年以前に宅地化をされている場所ならば家が建てられますというのですよ。これは、住んでいる住民に対して、そんなに詳しく説明がなかった。だから、後で問題が起きたわけですよ。ふたをあけてみたら、さっき言ったように土地の価格が格段の差がついた。家が建てられない。四十三年前に私は持っていたんだけれども宅地にする申請をしていなかったとか何かと、いろいろな問題が出ているのですね。
それがあるわけでありますけれども、果たしてこういう線引きが四十三年に引かれ、しかも三十年たった現在、審議会等でもいろいろ答申を得ているようであります。
これは、政治の大先輩であります中山建設大臣、当時のことをよく御存知だと思うのですけれども、四十三年以前の問題等も、恐らく大臣のところにも何とかしてくれということでお願いに来たと思うのです。こんなに土地の格差が出ると全くわからなかったのですけれども、そういう政治をよく御存じの大臣の方では、この住民、国民の問題についてどういうふうに思っているか、それを最後に聞かせていただいて、気持ちで結構でございますので、よろしくお願いします。
中
中山正暉#7
○中山国務大臣 本当に戦後の時期からいろいろな計画を立ててそれに対応してまいりましたが、経済情勢の変化、昭和三十五年であった池田内閣のときに一兆四千億の予算が、今八十四兆の予算を組むというような大変化の中で、どんどんどんどん経済効果があらわれて、昭和三十五年から五十年までが大変な経済繁栄の時代。そのころに、日本を東京都だけ売ってもアラスカからチリまで買えるというような大変な、土地の問題というのは、この山ばかりの国が、どういう計画を立てるか、それと、狭いところにたくさんの密集地がある、それから過疎がある、それがどんどんバブルとなって積み上げられていった経済情勢の中で、すべてそれを含めていわゆる日本の経済力だと錯覚を起こしたところに問題があったんじゃないかと私は思います。
そうかといって、予算を積み上げてもらって実施をしようとすると、それに対して反対運動がある。それでとんざしたことが今度は逆に日本の経済力を落とす結果になって、それがバブルの崩壊につながっていったというような思いがございますので、二十一世紀、改めていろいろなことを見直すときが来ているんじゃないか。
お互い頭を冷やして、そして、日本のいわゆる国土形成の中で、私は国土庁長官もやっておりますが、そういう経済の再生に向かって、小渕内閣も経済新生、こう言っていますけれども、それは国土を見直すことから、どこをどういうふうに活用していくことがいいのか、それから私権をどういうふうに考えていったらいいのか、公共の福祉とそれから私権の関係というものを整理して、どういうふうに協力をしていっていただいたらいいのかというようなところを整理していかないとだめなんじゃないかと思っております。
この発言だけを見る →そうかといって、予算を積み上げてもらって実施をしようとすると、それに対して反対運動がある。それでとんざしたことが今度は逆に日本の経済力を落とす結果になって、それがバブルの崩壊につながっていったというような思いがございますので、二十一世紀、改めていろいろなことを見直すときが来ているんじゃないか。
お互い頭を冷やして、そして、日本のいわゆる国土形成の中で、私は国土庁長官もやっておりますが、そういう経済の再生に向かって、小渕内閣も経済新生、こう言っていますけれども、それは国土を見直すことから、どこをどういうふうに活用していくことがいいのか、それから私権をどういうふうに考えていったらいいのか、公共の福祉とそれから私権の関係というものを整理して、どういうふうに協力をしていっていただいたらいいのかというようなところを整理していかないとだめなんじゃないかと思っております。
小
小島敏男#8
○小島分科員 中山建設大臣には質問の通告をしていなかったんですけれども、御丁寧に答弁していただきましたことを心から感謝して、質問を終わります。
どうもありがとうございました。
この発言だけを見る →どうもありがとうございました。
萩
山
山口泰明#10
○山口(泰)分科員 自由民主党の山口泰明でございます。我が元県会議長であります小島先輩の後で大変光栄でございます。
実は、私の選挙区の坂戸市を中心とするところは昔から大変水害の出るところでありまして、今から六十年ちょっと前に入間川水系改修工事期成同盟会というのをつくりまして、初代の会長が私の母方の祖父でありました。そんな思いもありまして、昨年八月に予期せぬ大変な集中豪雨がありまして、私の選挙区も多大なる被害が発生いたしました。
特に被害の激しかった坂戸市赤尾地域、百三十軒ぐらいが床上浸水になったのですけれども、その後の荒川工事事務所、また関東地方建設局、建設省河川局の皆様の本当に早急な対応によりまして、越辺川と飯盛川の合流付近の河川改修事業、直轄災害関連緊急事業というんですけれども、約二十七億の事業費の決定がなされ、来月の二十一日には起工式も予定をされており、近隣住民の皆さんも大変これで安心し、またこの対応を大変喜んで、地域を代表して私は心よりお礼を申し上げたいと思います。
そこで、今後の事業状況と、これらの対応策によってこのような災害は再び発生しないと考えますけれども、その御見解をお伺いしたいと思います。
この発言だけを見る →実は、私の選挙区の坂戸市を中心とするところは昔から大変水害の出るところでありまして、今から六十年ちょっと前に入間川水系改修工事期成同盟会というのをつくりまして、初代の会長が私の母方の祖父でありました。そんな思いもありまして、昨年八月に予期せぬ大変な集中豪雨がありまして、私の選挙区も多大なる被害が発生いたしました。
特に被害の激しかった坂戸市赤尾地域、百三十軒ぐらいが床上浸水になったのですけれども、その後の荒川工事事務所、また関東地方建設局、建設省河川局の皆様の本当に早急な対応によりまして、越辺川と飯盛川の合流付近の河川改修事業、直轄災害関連緊急事業というんですけれども、約二十七億の事業費の決定がなされ、来月の二十一日には起工式も予定をされており、近隣住民の皆さんも大変これで安心し、またこの対応を大変喜んで、地域を代表して私は心よりお礼を申し上げたいと思います。
そこで、今後の事業状況と、これらの対応策によってこのような災害は再び発生しないと考えますけれども、その御見解をお伺いしたいと思います。
竹
竹村公太郎#11
○竹村政府参考人 お答えいたします。
昨年八月の豪雨によりまして、この地域沿川の方々に大変な浸水被害が発生いたしました。それと、堤防の破損四百五十メーター、漏水六百五十メーター、河岸の洗掘二百九十メーターと大変な災害に遭ったわけでございますが、私ども、治水課の担当官を九月には現地に査定に入らせまして、昨年末に、事業費二十七億円、内容は、原形復旧十五億円、もう一つは、関連事業としましては、越辺川から飯盛川へ逆流を防止するための水門、十二億円ということで、直轄河川災害復旧事業を採択したところでございます。
先生からただいまお話がありましたように、本年三月中に工事着手のために現在発注の手続中でございまして、三月中にはすべての工事に着手し、速やかな復旧整備を行って、同じような災害が来ても再び被害がないような状況にしたいというようなことで鋭意頑張っていくつもりでございます。
この発言だけを見る →昨年八月の豪雨によりまして、この地域沿川の方々に大変な浸水被害が発生いたしました。それと、堤防の破損四百五十メーター、漏水六百五十メーター、河岸の洗掘二百九十メーターと大変な災害に遭ったわけでございますが、私ども、治水課の担当官を九月には現地に査定に入らせまして、昨年末に、事業費二十七億円、内容は、原形復旧十五億円、もう一つは、関連事業としましては、越辺川から飯盛川へ逆流を防止するための水門、十二億円ということで、直轄河川災害復旧事業を採択したところでございます。
先生からただいまお話がありましたように、本年三月中に工事着手のために現在発注の手続中でございまして、三月中にはすべての工事に着手し、速やかな復旧整備を行って、同じような災害が来ても再び被害がないような状況にしたいというようなことで鋭意頑張っていくつもりでございます。
山
山口泰明#12
○山口(泰)分科員 このような工事期間中に昨年のような集中豪雨が起こる可能性もあるんじゃないかと思うんです。その辺は万全にしていただけると思うんですけれども、もし工事中にそのようなことが起きた場合、どのような対応を考えているのかもお聞きしたいと思うんです。
この発言だけを見る →竹
竹村公太郎#13
○竹村政府参考人 ただいま御説明いたしました越辺川と飯盛川の合流点に関しまする工事は、少なくとも一年かかります。ということは、ことしの梅雨から夏、秋にかけて再び出水が十分考えられるわけでございます。
このため、今年度の工事中の災害防止ということで、仮締め切りをきちんと設け、越辺川から飯盛川へ逆流を防止するだとか、越辺川の土のうを去年の水害の水位まできちんと積んでおくだとか、越辺川と飯盛川の仮締め切りをしてしまいますと飯盛川の内水が問題になりますので、この飯盛川の内水をきちんと越辺川に吐くようなポンプ車の出動等、関東地方建設局荒川上流工事事務所は工事中万全を期してこの工事に当たっていきたいと考えております。
この発言だけを見る →このため、今年度の工事中の災害防止ということで、仮締め切りをきちんと設け、越辺川から飯盛川へ逆流を防止するだとか、越辺川の土のうを去年の水害の水位まできちんと積んでおくだとか、越辺川と飯盛川の仮締め切りをしてしまいますと飯盛川の内水が問題になりますので、この飯盛川の内水をきちんと越辺川に吐くようなポンプ車の出動等、関東地方建設局荒川上流工事事務所は工事中万全を期してこの工事に当たっていきたいと考えております。
山
山口泰明#14
○山口(泰)分科員 ありがとうございます。ぜひその方向でよろしくお願いをいたします。
また、坂戸市におきましては、高麗川が、ふるさとの川整備事業の認定をいただきました。高麗川は関東有数の清流であり、この清流を維持するため、また地域住民の憩いの場として大変地元の皆さんも期待をしております。
この事業を進めるに当たっては、地方自治体が主役で取り組んでいくことになっておりますけれども、その実施について国としての役割をお伺いしたいと思います。
この発言だけを見る →また、坂戸市におきましては、高麗川が、ふるさとの川整備事業の認定をいただきました。高麗川は関東有数の清流であり、この清流を維持するため、また地域住民の憩いの場として大変地元の皆さんも期待をしております。
この事業を進めるに当たっては、地方自治体が主役で取り組んでいくことになっておりますけれども、その実施について国としての役割をお伺いしたいと思います。
竹
竹村公太郎#15
○竹村政府参考人 私ども治水事業は、地域の安全ということはもちろんでございますが、川というのは限りなく貴重な環境空間という認識のもとに、河川管理者である建設省と周辺市町村が一体となって川づくりに向かっていきたいという考え方に立ってございます。そのために、御質問の高麗川におきましては、ふるさとの川整備事業を、私ども、坂戸市と一体となって実施していこうということを考えております。
現在、根幹的な治水事業は建設省において実施しております。具体的に申しますと、築堤とか高水敷の整備でございます。現在、進捗状況は、用地が五三%、築堤が一一%ということで、これから本格的になるわけでございますが、建設省が根幹的な治水事業として整備した例えば高水敷の上につきましては、坂戸市の方々のさまざまなアイデア、知恵を、または希望をこの河川空間の整備に入れていきたいということで、市民と坂戸市、建設省が一体となって市民会議の設立を予定してございます。こういう市民会議の中で出たさまざまな地域の希望または要望等については、十分対話をしながら河川整備に当たっていきたいと考えております。
この発言だけを見る →現在、根幹的な治水事業は建設省において実施しております。具体的に申しますと、築堤とか高水敷の整備でございます。現在、進捗状況は、用地が五三%、築堤が一一%ということで、これから本格的になるわけでございますが、建設省が根幹的な治水事業として整備した例えば高水敷の上につきましては、坂戸市の方々のさまざまなアイデア、知恵を、または希望をこの河川空間の整備に入れていきたいということで、市民と坂戸市、建設省が一体となって市民会議の設立を予定してございます。こういう市民会議の中で出たさまざまな地域の希望または要望等については、十分対話をしながら河川整備に当たっていきたいと考えております。
山
山口泰明#16
○山口(泰)分科員 ぜひその方向でよろしくお願いしたいと思います。
次に、昨年二月の分科会でも質問をさせていただきました首都圏中央連絡自動車道についてお伺いいたします。
私は、埼玉県比企郡川島町というところに住んで、そこから国会へ通っているわけでありますけれども、毎朝六時過ぎに自宅を出て首都高速五号線に入ってきますと、必ずと言っていいほど渋滞にひっかかります。これは建設省の統計でありますけれども、全国で年間に発生する渋滞による損失は年間十二兆円とも言われており、時間にして国民一人当たり年間四十二時間にも及ぶと言われております。
渋滞緩和策としてITS等の推進も重要な事業とは考えておりますけれども、やはり道路整備等の基盤整備が一番重要だと私は考えております。渋滞の緩和により、経済効果も上がり、他方、環境面でも大きな効果が期待されると私は考えております。
現在、国、地方とも莫大な借金を抱えておりますけれども、一部政党は公共工事は悪と考えておりますが、私は、それは明らかに間違った見解であると思います。首都圏における道路整備等は、防災の面から見ましても今後取り組んでいかなくてはならない重要な課題であると言えます。その中においても特に首都圏中央連絡自動車道は、首都へ流れ込む交通の分散、産業活力の向上など重要な役割を果たすものであります。
私の尊敬する全国知事会長の土屋埼玉県知事は、県内一時間道路網構想を公約に掲げており、県内どこにでも一時間以内で移動が可能といったものをつくり上げようとしております。経済効果等については先ほども申し上げましたけれども、私もその一翼を担って取り組んでまいりたいと考えております。このようなことを申し上げていいのかわかりませんけれども、国会移転等に費やす予算よりも、首都機能を強固なものにして、災害に強い町、そして住みよい町にしていくことが何よりも私は重要であると考えております。
そういった面から見ましても、首都圏中央連絡自動車道は最重要課題であります。全区間における進捗状況と、全事業の完成年度につきましては二十一世紀初頭と伺っておりますけれども、具体的な完成年度の目標についてお伺いしたいと思います。
この発言だけを見る →次に、昨年二月の分科会でも質問をさせていただきました首都圏中央連絡自動車道についてお伺いいたします。
私は、埼玉県比企郡川島町というところに住んで、そこから国会へ通っているわけでありますけれども、毎朝六時過ぎに自宅を出て首都高速五号線に入ってきますと、必ずと言っていいほど渋滞にひっかかります。これは建設省の統計でありますけれども、全国で年間に発生する渋滞による損失は年間十二兆円とも言われており、時間にして国民一人当たり年間四十二時間にも及ぶと言われております。
渋滞緩和策としてITS等の推進も重要な事業とは考えておりますけれども、やはり道路整備等の基盤整備が一番重要だと私は考えております。渋滞の緩和により、経済効果も上がり、他方、環境面でも大きな効果が期待されると私は考えております。
現在、国、地方とも莫大な借金を抱えておりますけれども、一部政党は公共工事は悪と考えておりますが、私は、それは明らかに間違った見解であると思います。首都圏における道路整備等は、防災の面から見ましても今後取り組んでいかなくてはならない重要な課題であると言えます。その中においても特に首都圏中央連絡自動車道は、首都へ流れ込む交通の分散、産業活力の向上など重要な役割を果たすものであります。
私の尊敬する全国知事会長の土屋埼玉県知事は、県内一時間道路網構想を公約に掲げており、県内どこにでも一時間以内で移動が可能といったものをつくり上げようとしております。経済効果等については先ほども申し上げましたけれども、私もその一翼を担って取り組んでまいりたいと考えております。このようなことを申し上げていいのかわかりませんけれども、国会移転等に費やす予算よりも、首都機能を強固なものにして、災害に強い町、そして住みよい町にしていくことが何よりも私は重要であると考えております。
そういった面から見ましても、首都圏中央連絡自動車道は最重要課題であります。全区間における進捗状況と、全事業の完成年度につきましては二十一世紀初頭と伺っておりますけれども、具体的な完成年度の目標についてお伺いしたいと思います。
大
大石久和#17
○大石政府参考人 お答え申し上げます。
環状道路、特に圏央道の重要性について御指摘、御質問でございます。
昨今、外郭環状道路の埼玉区間が供用いたしまして後、やっと多くの方々に環状道路の機能というものが御理解されるに至ったというように考えてございます。先生御指摘の圏央道、首都圏中央連絡自動車道は、この外環道路のさらに外側に関東の大環状を構成しようという、東京都心よりおおよそ四十キロないし六十キロの位置に計画されております延長約三百キロメートルの、首都圏機能を分散、分担し得る機能を持つ高規格幹線道路であると認識しておりまして、現在建設省と日本道路公団においてその整備を進めているところでございます。
また、圏央道は、埼玉県の長期ビジョンの県内一時間道路網構想を支える基幹道路としても位置づけられておるところでございまして、建設省では、環状道路新時代を標榜し、環状道路による都市機能の再編を企図したいと考えているその重要路線でございます。
昭和六十年度に東京都八王子市から埼玉県鶴ケ島市間の延長四十キロメートルを事業化し、以降、調査熟度が高まった区間から順次事業化を図り、現在、総延長二百三十八キロメートルを事業化しておるところでございます。
これまでに、東京都青梅インターチェンジから埼玉県鶴ケ島ジャンクション間の延長約二十キロメートルを供用したところでありまして、今後、事業化区間については早期整備を図るとともに、現在調査中の区間につきましては早期に事業計画の策定を推進し、計画の固まった区間から順次事業化について検討していく予定であります。
今後とも、地元皆様の御協力、御理解を得て順次整備を進め、西側区間を今後十年以内の供用を目途に優先的に事業を推進するとともに、圏央道全体について、二十一世紀初頭の供用を目途に事業を促進してまいりたいと考えております。
この発言だけを見る →環状道路、特に圏央道の重要性について御指摘、御質問でございます。
昨今、外郭環状道路の埼玉区間が供用いたしまして後、やっと多くの方々に環状道路の機能というものが御理解されるに至ったというように考えてございます。先生御指摘の圏央道、首都圏中央連絡自動車道は、この外環道路のさらに外側に関東の大環状を構成しようという、東京都心よりおおよそ四十キロないし六十キロの位置に計画されております延長約三百キロメートルの、首都圏機能を分散、分担し得る機能を持つ高規格幹線道路であると認識しておりまして、現在建設省と日本道路公団においてその整備を進めているところでございます。
また、圏央道は、埼玉県の長期ビジョンの県内一時間道路網構想を支える基幹道路としても位置づけられておるところでございまして、建設省では、環状道路新時代を標榜し、環状道路による都市機能の再編を企図したいと考えているその重要路線でございます。
昭和六十年度に東京都八王子市から埼玉県鶴ケ島市間の延長四十キロメートルを事業化し、以降、調査熟度が高まった区間から順次事業化を図り、現在、総延長二百三十八キロメートルを事業化しておるところでございます。
これまでに、東京都青梅インターチェンジから埼玉県鶴ケ島ジャンクション間の延長約二十キロメートルを供用したところでありまして、今後、事業化区間については早期整備を図るとともに、現在調査中の区間につきましては早期に事業計画の策定を推進し、計画の固まった区間から順次事業化について検討していく予定であります。
今後とも、地元皆様の御協力、御理解を得て順次整備を進め、西側区間を今後十年以内の供用を目途に優先的に事業を推進するとともに、圏央道全体について、二十一世紀初頭の供用を目途に事業を促進してまいりたいと考えております。
山
山口泰明#18
○山口(泰)分科員 私の選挙区であります関越自動車道坂戸鶴ケ島インターから二五四バイパスの川島インター、また東北自動車道までの進捗状況がわかれば詳しくお聞きしたいと思うのです。
この発言だけを見る →大
大石久和#19
○大石政府参考人 圏央道の埼玉県区間約五十九キロメートルのうち、鶴ケ島ジャンクションから川島インターチェンジ間につきましては、平成元年度に事業化、平成四年度から用地買収に着手し、現在用地買収を促進するとともに、平成十一年十月に起工式を実施し、川島インターチェンジにおいて工事に着手したところであります。
今後とも、地域の皆様方の御理解を得まして、平成十六年ないし十七年ごろの供用を目指し整備を進めているところでありますが、さらなる早期供用に向け、できれば平成十六年を目標に最大限の努力をしてまいりたいと考えております。
この発言だけを見る →今後とも、地域の皆様方の御理解を得まして、平成十六年ないし十七年ごろの供用を目指し整備を進めているところでありますが、さらなる早期供用に向け、できれば平成十六年を目標に最大限の努力をしてまいりたいと考えております。
山
山口泰明#20
○山口(泰)分科員 そこで、先ほど小島議員からお話がありましたように、平成十六年に埼玉国体が開かれるわけであります。これは小島議員の選出区であります熊谷が中心なわけでありますけれども、私の坂戸を中心にソフトボールの会場にもなっているわけであります。
そうしますと、やはり川島インターまで圏央道が、平成十六年、今十六、七年、できれば十六年というお話がありましたけれども、これをぜひ十六年の国体に間に合わせていただくよう、やり手と言ったら大変失礼ですが、力のある大石局長の御答弁をぜひもう一度お聞きしたいのです。よろしくお願いします。
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大
大石久和#21
○大石政府参考人 建設省といたしましては、今申し上げましたように、平成十六年度に供用できるように最大限の努力をいたしたいところでございますが、何分、地域の皆様方の御協力、御理解をどうしても得なければならない部分がございます。こういった御協力ないしは予算の措置状況等がこの十六年に間に合うように準備が整うことを期待するものでございます。
建設省といたしましては、それに向け最大限の努力をしたいと思います。
この発言だけを見る →建設省といたしましては、それに向け最大限の努力をしたいと思います。
山
山口泰明#22
○山口(泰)分科員 わかりました。
それでは私も、地域の人、用地買収の面では最大限協力をしていきたいと思いますので、ぜひ埼玉国体までということでお願いしたいと思います。
先ほどちょっと触れさせてもらいましたけれども、ITSの推進、党の中でも綿貫道路調査会長ですとか藤井局長、いろいろ勉強会も開いております。このITSの推進で、特に料金自動収受システム、ETCについては、何か海外に比べて少し日本はおくれているのではないかなというふうに見受けられるのですけれども、今後の推進状況と導入等はどのような経過になっているか、わかる範囲でお答えいただければありがたいのでございます。
この発言だけを見る →それでは私も、地域の人、用地買収の面では最大限協力をしていきたいと思いますので、ぜひ埼玉国体までということでお願いしたいと思います。
先ほどちょっと触れさせてもらいましたけれども、ITSの推進、党の中でも綿貫道路調査会長ですとか藤井局長、いろいろ勉強会も開いております。このITSの推進で、特に料金自動収受システム、ETCについては、何か海外に比べて少し日本はおくれているのではないかなというふうに見受けられるのですけれども、今後の推進状況と導入等はどのような経過になっているか、わかる範囲でお答えいただければありがたいのでございます。
大
大石久和#23
○大石政府参考人 ITS、なかんずく自動料金収受システム、ETCについての御質問でございました。
ITSは、二十一世紀の自動車と道路を規定する全く新しい画期的な技術革新だと思いますが、その中でもETC、自動料金収受システムは、道路利用者の方々に大変わかりやすいサービスができるということで、重点を置いて整備しようと考えているものでございます。
現在は、東関東自動車道等、千葉地区を中心とする首都圏の道路公団及び首都高速道路公団の主要な料金所五十四カ所で平成十二年の春にサービスを開始するべく努力をいたしておるところでございますが、平成十二年度末までには首都圏でのサービス拡大に加え、東名、名神高速道路、東北自動車道、山陽自動車道、九州自動車道、阪神高速道路等、約五百八十カ所にサービスを拡大する予定でございます。
平成十一年十一月の経済新生対策におきまして、平成十四年度末までに、全国約九百カ所の料金所でETCを導入する整備目標が示されたところでございます。これは、平成十年度末の道路関係四公団の料金所の数が全体一千百カ所であるということを考えますと、そのほとんどでETCを導入する目標が定められたところでございまして、この整備目標に向けて努力をしていきたいと考えてございます。
我が国のETCは、各国で既に導入されておりますETCのシステムとかなり違っておりまして、一枚のカードで事業主体が違う全国の有料道路を通ることができるというシステムでございます。各国のシステムは有料道路ごとにシステムが異なっておりまして、その互換性がないということからいろいろ不便なことが起こっているということを聞いてございますが、そういったことをあらかじめ払拭したシステムでございますし、また、不正使用や個人情報の保護に対して高いセキュリティーを課した画期的なシステムであると自負しているところでございまして、このシステムが一日でも早く整備されまして、国民の皆様方の便利な道路利用に役立てるよう努力したいと考えております。
この発言だけを見る →ITSは、二十一世紀の自動車と道路を規定する全く新しい画期的な技術革新だと思いますが、その中でもETC、自動料金収受システムは、道路利用者の方々に大変わかりやすいサービスができるということで、重点を置いて整備しようと考えているものでございます。
現在は、東関東自動車道等、千葉地区を中心とする首都圏の道路公団及び首都高速道路公団の主要な料金所五十四カ所で平成十二年の春にサービスを開始するべく努力をいたしておるところでございますが、平成十二年度末までには首都圏でのサービス拡大に加え、東名、名神高速道路、東北自動車道、山陽自動車道、九州自動車道、阪神高速道路等、約五百八十カ所にサービスを拡大する予定でございます。
平成十一年十一月の経済新生対策におきまして、平成十四年度末までに、全国約九百カ所の料金所でETCを導入する整備目標が示されたところでございます。これは、平成十年度末の道路関係四公団の料金所の数が全体一千百カ所であるということを考えますと、そのほとんどでETCを導入する目標が定められたところでございまして、この整備目標に向けて努力をしていきたいと考えてございます。
我が国のETCは、各国で既に導入されておりますETCのシステムとかなり違っておりまして、一枚のカードで事業主体が違う全国の有料道路を通ることができるというシステムでございます。各国のシステムは有料道路ごとにシステムが異なっておりまして、その互換性がないということからいろいろ不便なことが起こっているということを聞いてございますが、そういったことをあらかじめ払拭したシステムでございますし、また、不正使用や個人情報の保護に対して高いセキュリティーを課した画期的なシステムであると自負しているところでございまして、このシステムが一日でも早く整備されまして、国民の皆様方の便利な道路利用に役立てるよう努力したいと考えております。
山
山口泰明#24
○山口(泰)分科員 ありがとうございました。
ぜひその方向で一日も早くそういったことができるよう、よろしくお願いいたします。
これも昨年と全く同じ質問で申しわけないんですけれども、関越自動車道のインターチェンジは、東松山の先は花園になってしまいまして、東松山と花園の間に小川嵐山インターチェンジの建設を今計画しているわけでありますけれども、その推進状況と周辺の整備状況についてお伺いしたいと思います。
というのは、嵐山工業団地という、これは県の企業局がやったところでございますけれども、そこを買うときに、このインターができるという条件で企業も買っていまして、その辺ちょっと企業の方から、泰明ちゃん、今どうなっているんだかよく聞いておいてよと、事業主からもこういうお話があったものですから再度お聞きしたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
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これも昨年と全く同じ質問で申しわけないんですけれども、関越自動車道のインターチェンジは、東松山の先は花園になってしまいまして、東松山と花園の間に小川嵐山インターチェンジの建設を今計画しているわけでありますけれども、その推進状況と周辺の整備状況についてお伺いしたいと思います。
というのは、嵐山工業団地という、これは県の企業局がやったところでございますけれども、そこを買うときに、このインターができるという条件で企業も買っていまして、その辺ちょっと企業の方から、泰明ちゃん、今どうなっているんだかよく聞いておいてよと、事業主からもこういうお話があったものですから再度お聞きしたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
大
大石久和#25
○大石政府参考人 関越自動車道の小川嵐山インターチェンジの御質問でございます。
このインターチェンジは、高速道路の沿道における工業団地の開発事業の収益により整備を行ういわゆる開発インターチェンジであり、平成四年一月に整備計画が策定され、平成五年七月に施行命令を出したところであります。
関連する工業団地開発につきましては、平成六年に用地分譲が完了するなど順調に進捗しており、インターチェンジの早期整備について地域の期待は大きいものと認識いたしております。
現在、用地買収を鋭意進めているところでございまして、この平成十二年度には工事に着手できるものと考えてございます。今後とも地域の皆様方の御協力をいただきながら、平成十四年度供用を目指して整備を進めてまいりたいと考えております。
この発言だけを見る →このインターチェンジは、高速道路の沿道における工業団地の開発事業の収益により整備を行ういわゆる開発インターチェンジであり、平成四年一月に整備計画が策定され、平成五年七月に施行命令を出したところであります。
関連する工業団地開発につきましては、平成六年に用地分譲が完了するなど順調に進捗しており、インターチェンジの早期整備について地域の期待は大きいものと認識いたしております。
現在、用地買収を鋭意進めているところでございまして、この平成十二年度には工事に着手できるものと考えてございます。今後とも地域の皆様方の御協力をいただきながら、平成十四年度供用を目指して整備を進めてまいりたいと考えております。
山
山口泰明#26
○山口(泰)分科員 ありがとうございました。
最後になりますが、国道の四〇七号線、これは坂戸から東松山へかけての区間でありますけれども、やはり特に朝が非常に混雑をしております。通勤時間が計画的にならないということでいろいろな方から苦情もあるんです。その区間についての新しい路線が完成しますと、国道二百五十四号線との連絡もスムーズに進み、非常に利便性が上がるわけでありますけれども、この辺の進捗状況についてもお伺いしたいと思います。
この発言だけを見る →最後になりますが、国道の四〇七号線、これは坂戸から東松山へかけての区間でありますけれども、やはり特に朝が非常に混雑をしております。通勤時間が計画的にならないということでいろいろな方から苦情もあるんです。その区間についての新しい路線が完成しますと、国道二百五十四号線との連絡もスムーズに進み、非常に利便性が上がるわけでありますけれども、この辺の進捗状況についてもお伺いしたいと思います。
大
大石久和#27
○大石政府参考人 埼玉県内の一般国道四百七号におきましては、現在、東松山バイパス及び日高バイパスの二カ所で補助事業を促進いたしております。
まず、東松山バイパスでございますが、これは東松山市下野本から坂戸市片柳間の交通混雑解消を目指した延長四・八キロの四車線道路でありまして、昭和五十八年度から補助事業に着手し、これまでに延長二キロメートルの暫定二車線で供用いたしております。
現在、東松山市下野本から上野本間の延長一キロメートルにつきまして、平成十二年度早期に供用を図るべく工事を促進しておりまして、残る区間につきましても、土地区画整理事業との調整を図りながら用地買収を促進しているところでございます。
また、日高バイパスにつきましては、日高市森戸新田から高萩間の交通混雑解消を目指した約一・九キロメートルの四車線道路でありますが、昭和六十三年度から補助事業に着手し、平成四年度から、用地の完了した一部区間の工事に着手いたしております。用地買収は約九五%完了いたしておりますが、むさしの団地内道路との交差協議が未完了のため、現在その協議成立に向け努力しているところであります。
両バイパスとも、地域の御協力を得て早期に供用が図られるよう埼玉県を支援してまいりたいと考えております。
この発言だけを見る →まず、東松山バイパスでございますが、これは東松山市下野本から坂戸市片柳間の交通混雑解消を目指した延長四・八キロの四車線道路でありまして、昭和五十八年度から補助事業に着手し、これまでに延長二キロメートルの暫定二車線で供用いたしております。
現在、東松山市下野本から上野本間の延長一キロメートルにつきまして、平成十二年度早期に供用を図るべく工事を促進しておりまして、残る区間につきましても、土地区画整理事業との調整を図りながら用地買収を促進しているところでございます。
また、日高バイパスにつきましては、日高市森戸新田から高萩間の交通混雑解消を目指した約一・九キロメートルの四車線道路でありますが、昭和六十三年度から補助事業に着手し、平成四年度から、用地の完了した一部区間の工事に着手いたしております。用地買収は約九五%完了いたしておりますが、むさしの団地内道路との交差協議が未完了のため、現在その協議成立に向け努力しているところであります。
両バイパスとも、地域の御協力を得て早期に供用が図られるよう埼玉県を支援してまいりたいと考えております。
山
山口泰明#28
○山口(泰)分科員 今、私もるるいろいろ質問させていただきましたけれども、本当に埼玉県は、東京の隣、しかし革新県政が二十年も続いたものですから大分この道路行政も含めておくれております。特に、今度大宮へ関東地方建設局が移りました。局長さんを初め各部長さんも、行って見れば、こんなに埼玉県の道路事情は悪かったか、こう思うと思いますので、別に埼玉県を早くやれというわけではありませんけれども、経済効果も考えて、ぜひその点をおくみいただいて、今後埼玉県にも御支援をいただければと思います。
時間がちょっとありますので、質問通告はなかったのですけれども、済みません、中山大臣に。
二〇〇一年に、今度は建設省、運輸省、いろいろ一緒になって国土交通省、こうなります。私は、私がお世話に、お世話になっているという言葉はいけないかもしれませんけれども、やはり建設省が大好きなわけであります。ですから、一緒になっても建設省のよさを、いろいろ新聞には書かれておりますけれども、ぜひいい意味で残していただきたい。そのことを含めて、二〇〇一年に国土交通省になるわけですけれども、大臣の基本的なお考えでもあれば最後にひとつお聞かせをいただきたいと思うんです。よろしくお願いいたします。
この発言だけを見る →時間がちょっとありますので、質問通告はなかったのですけれども、済みません、中山大臣に。
二〇〇一年に、今度は建設省、運輸省、いろいろ一緒になって国土交通省、こうなります。私は、私がお世話に、お世話になっているという言葉はいけないかもしれませんけれども、やはり建設省が大好きなわけであります。ですから、一緒になっても建設省のよさを、いろいろ新聞には書かれておりますけれども、ぜひいい意味で残していただきたい。そのことを含めて、二〇〇一年に国土交通省になるわけですけれども、大臣の基本的なお考えでもあれば最後にひとつお聞かせをいただきたいと思うんです。よろしくお願いいたします。
中
中山正暉#29
○中山国務大臣 全く私見でございますけれども、運輸省と建設省という名前をおろして、国土交通省という、よくそういうところまで話がついたなと思いますが、国土交通という、建設省の道路と交通の連絡というのは割に余り話し合いができていなかったようでございまして、私はそういう意味で、国土交通省になったら交通機関と道路というものを一体化して考えられる、大変な効果があるのではないかと。それからまた北海道開発庁も一緒になって、省庁再編だけで四百三十億ぐらいの費用がかかるということでございますから、そういう多額の費用を使ってこれからその省庁再編成に入る。
そこで、私も地方議会の出身なものでございますから、ちょっと地方との関係というのを考え直すときが来たのではないかと。三千三百十九とか二十五とか、市町村の数が多過ぎる。それから四十七の都道府県がある。東京は、国と特別行政区と市町村というものの三重構造になっている。そして過密と過疎がある。そういうものを、国土交通省となったときには、私は地方の大改革をしなければいけないんじゃないかと。
国は一府十二省庁になって、地方はそのままで、山ほど地方自治体があって、そしてなかなか行政の一貫性がない。車でいえば片側だけが小さな車輪になっていて、地方という大きな車輪が、地方分権にふさわしい地方ばかりだといいのですが、私は、あながちそういう形にはなっていないと。ですから、本当に真剣に道州制案みたいなものを取り上げて、電力会社は九つ、JRは、債権の処理の会社が一つありますけれども、大体六つでございます。
この日本列島、アメリカでいえば二十六分の一しかない。カリフォルニアと同じ大きさのところに、これだけ大きな地方組織がそのまま統合されずに、中央だけが組織として小さくなって、いわゆる能力、権能が一定化していない地方に地方分権というのがなると大混乱が起こるんじゃないか。
むしろ地方制度、だれが言い出すんだという問題があります。地方の議会から言うのか、だれが言い出すんだ。日本国憲法と一緒で、その改正案をだれが提議するんだということが決まっていない。国会が出すのか、内閣が出すのか、だれが出すのか決まっていないという悲劇と同じように、地方制度というのはだれが発案するのかという、そこへ私どもは積極的に入っていかなければ、二十一世紀はうまくいくんじゃないかという期待とともに、地方と中央の分断が起こって、二極化が起こってくるのではないか。
石原知事の外形標準課税の問題なんかも含めていろいろな問題で地方との対立が起こることを何とか避けていくために、早く妥協案、そういう地方と中央との調整機能をどう発揮するかという問題が残るんじゃないかと思っております。
この発言だけを見る →そこで、私も地方議会の出身なものでございますから、ちょっと地方との関係というのを考え直すときが来たのではないかと。三千三百十九とか二十五とか、市町村の数が多過ぎる。それから四十七の都道府県がある。東京は、国と特別行政区と市町村というものの三重構造になっている。そして過密と過疎がある。そういうものを、国土交通省となったときには、私は地方の大改革をしなければいけないんじゃないかと。
国は一府十二省庁になって、地方はそのままで、山ほど地方自治体があって、そしてなかなか行政の一貫性がない。車でいえば片側だけが小さな車輪になっていて、地方という大きな車輪が、地方分権にふさわしい地方ばかりだといいのですが、私は、あながちそういう形にはなっていないと。ですから、本当に真剣に道州制案みたいなものを取り上げて、電力会社は九つ、JRは、債権の処理の会社が一つありますけれども、大体六つでございます。
この日本列島、アメリカでいえば二十六分の一しかない。カリフォルニアと同じ大きさのところに、これだけ大きな地方組織がそのまま統合されずに、中央だけが組織として小さくなって、いわゆる能力、権能が一定化していない地方に地方分権というのがなると大混乱が起こるんじゃないか。
むしろ地方制度、だれが言い出すんだという問題があります。地方の議会から言うのか、だれが言い出すんだ。日本国憲法と一緒で、その改正案をだれが提議するんだということが決まっていない。国会が出すのか、内閣が出すのか、だれが出すのか決まっていないという悲劇と同じように、地方制度というのはだれが発案するのかという、そこへ私どもは積極的に入っていかなければ、二十一世紀はうまくいくんじゃないかという期待とともに、地方と中央の分断が起こって、二極化が起こってくるのではないか。
石原知事の外形標準課税の問題なんかも含めていろいろな問題で地方との対立が起こることを何とか避けていくために、早く妥協案、そういう地方と中央との調整機能をどう発揮するかという問題が残るんじゃないかと思っております。