吉村剛太郎の発言 (経済・産業委員会)
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○吉村剛太郎君 おはようございます。
自民党の吉村でございます。実は私は当委員会の所属ではございませんが、本日、特別の計らいをもちまして差しかえをしていただきまして出席させていただいておる次第でございます。
といいますのも、私は福岡県選出でございまして、かつて福岡県は全国の石炭の生産量の、最高時は恐らく七、八割を出炭しておったのではないか、このように思っております。それが、平成九年三月、我が国最大の炭鉱でございます三井三池鉱が閉山になりまして、福岡県に炭鉱が全くなくなったわけでございます。
かつて全国的に約九百を超す、恐らく千弱の炭鉱があっただろう、このように思っております。我が福岡県におきましても、かつては二百近い山があったわけでございますが、それが平成九年三月をもって全くなくなったということ、これは大変、我々石炭を守ってきた県民にとりまして、ある意味では感慨無量なものがあるわけでございます。
戦前、戦中、戦後、日本の産業を、なかんずくそのエネルギーを支えてまいりました石炭でございます。特に、筑豊地区、それから筑後大牟田地区、福岡県には二つの大きな産炭地があったわけでございます。筑豊地区の石炭がその当時の八幡製鉄所に供給をされて、そこで重工業に貢献をしてきたという歴史、日本の経済の屋台骨を背負ってきた石炭産業がまさに今終息しようとしておるわけでございます。
しかしながら、いろいろな資料を見ておりますと、今日、我が国のエネルギーの一六%は石炭に負うところがあるということでございまして、一六%といいますとまだまだ相当のウエートだな、こんな感じがするわけでございます。
そういう中で、いよいよ石炭産業といいますものが北海道の太平洋炭鉱、そして長崎の池島炭鉱、この二つを残すのみとなったわけでございまして、きょうはそれぞれ北海道の峰崎先生、加藤先生、大分では梶原先生あたりも若干関連があるかな、佐賀の陣内先生も若干関連があるかな、このように思っておりますが、おおむねまだ石炭を掘っておったのかなというような感覚をお持ちの方々もたくさんおられますし、我々国会議員仲間でもまだ石炭を掘っていたのか、こんな感じがするわけでございます。
きょうは、質問もさることながら、今日まで我が国のまさに経済を背負ってきた、エネルギーを背負ってきた石炭の今日までの果たしてきた大きな役割。そして、石炭から石油へとエネルギーがかわりまして、石炭産業といいますのがだんだんと縮小になっていった。その間のそれぞれ関連をされた方々の御苦労、そしてまさに今、あと二年で石炭対策といいますものが終息をしようとしておりますこの今日、ぜひ国民の方々、また国会議員の方々にも、石炭といいますものの存在をぜひ御理解を賜りたい、このような気持ちできょう出席をさせていただいた次第でございます。
そういう中で、まず通産大臣にお伺いしたいと思いますが、エネルギー、今日、環境問題も含めていろいろとエネルギー問題が論議をされておる次第でございます。クリーンエネルギーということの重要性。しかしながら、一方ではあのジェー・シー・オーの事故がありまして、本当に産業を支えるエネルギー問題というのは大変大きな課題だな、このように思っておる次第でございますが、まず基本的に我が国のエネルギー政策といいますもののこれからの展望といいますか課題、そして大臣のお考えをお聞かせいただければと、このように思います。