吉村剛太郎の発言 (経済・産業委員会)

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○吉村剛太郎君 ありがとうございます。
 ところで、先ほど申しましたように、我が国経済の屋台骨を育ててまいりました石炭も、昭和三十七年、石油の輸入自由化に伴いまして大きな変革を迫られたわけでございます。そして、今日まで九次にわたりましていろいろと石炭政策を打ってきたわけでございますが、昭和三十八年からでございますから、もう四十年近い間いろいろの施策を打ってきたわけでございます。
 我が県、私の福岡県は、そのような次第で日本の石炭産出の大きな分野を背負ってきた。それがエネルギー革命によってだんだんと縮小せざるを得なくなった。実は私が昭和五十年、福岡県議会に初めて当選をさせていただいたとき、今日でもしかりでございますが、やはり県政におきます最大の課題は産炭地対策ということであったわけでございます。
 産炭地をめぐりますと、ボタ山の姿、それから炭住ですね、炭鉱に働く方々がずっと長屋に住んでおられた。それが年々離職をされて、また地域から去っていかれて、その長屋が本当に寂れてきて、最終的には長い長屋の中に二、三軒しか住んでいない、あとは荒れ放題だというような惨状、そういう姿を目の当たりにしてきたわけでございまして、そういう苦労を経ながら、今申しましたように石炭対策といいますのが平成十三年度で終息をしようということでございます。
 私は、自民党の石炭特別部会でもいろいろと関連の方々と論議をし、また当局とも打ち合わせしながら、今度の関連法案、終息へ向けての関連法案については、地元の方々ともいろいろと意見を聴取しながらやってまいりました。ある意味では、欲を言えば切りがない、欲を言えば切りがありませんけれども、いろいろと地元の意向、それから今日までの経過、現実を酌んで、まあまあの対策を講じてくれたなと、このように思っておりまして、地元の一人としては敬意を表したい、このように思っている次第でございます。しかしながら、今後、うまく平成十二年、十三年で終息をさせながら、その後五年間で激変を緩和しながら自然に終息をさせていくという形であるわけでございます。
 そういう中で、いろいろと課題もあろうかと、このように思う次第でございますが、この円滑な石炭政策の終息に向けての政府としての決意といいますか、お考えといいますか、それについてお聞かせいただければと、このように思います。

発言情報

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発言者: 吉村剛太郎

speaker_id: 408

日付: 2000-03-23

院: 参議院

会議名: 経済・産業委員会