平野貞夫の発言 (憲法調査会)
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○平野貞夫君 前回の自由討議に引き続きまして意見を述べさせていただきます。
第一点は、憲法制定権、改正権は国民にあるということをこの調査会の基本姿勢にすべきだと思います。
御承知だと思いますが、国会には憲法制定権の権限はございません。最終的には国民投票で承認するという憲法の仕組みになっておりますので、私たちは国民の判断の材料を提供するということだと思います。
ということから考えますと、今国民が現憲法に対してどのような認識、理解をしているかということを的確に知る必要があると思います。もちろん調査会のあり方、進め方も含めてのことでございます。そのため、広く国民から意見を聞く、国民と意見を交換する機会をつくっていただきたいと思います。例えば、スタートとしましては、大学生だとか若者を対象にして各界各層にわたる人たちと率直な意見の交換が必要だと思います。そういうことを一つスケジュールの中に入れていただきたいと思います。
第二点でございますが、前回の調査会の審議の報道についてちょっと意見を述べておきたいと思います。
おおむね誠実に報道していただいたと思いますが、実は私の関係で、ごく一部に極めて国民に誤解される報道がございましたので、それをこの機会に申し上げておきたいと思います。
一つは、これは単なるミスかもわかりませんが、二月二十日ごろ共同通信が出しました記事で、私の名前を挙げて、「現在の憲法は衰退している。」という括弧書きの記事がございますが、私は憲法は衰退しているとは言っておりません。我が国、日本が衰退しているということを言ったわけでございまして、非常にこれは国民の皆さんから反論がございましたので、誤解を解いておきます。
それから第二点は、これは単なるミスじゃなくて非常に計画的意図があったんじゃないかと思いますが、二月十九日の朝日新聞の社説で、私の申し上げたことを引用していただいたことは大変光栄でございますが、それを引っ張って、「平野氏はこう述べ、まず憲法制定過程の調査を求めた。」と。これは事実でございます。「米国からの「押しつけ憲法」論を前面に出す意図がのぞく。」と。勝手に私の心をのぞいております。私は、取材でもあれば別ですが、全く五五年体制のときの改憲論、護憲論をやるつもりはございません。
私は、小学校六年のときに憲法が制定、公布されたんですが、そのときに「われらの日本」という新憲法施行記念国民歌というのを学校の先生に教わった、歌ったことを記憶しております。私たちの世代は、それなりに今の憲法に何だかんだ言っても一つの思い出、愛着というのを正直持っています。
ただ、私がその制定過程をなぜ知りたいかということは、実はGHQの第一次構想といいますか第一次案の中に、憲法に直接規定すべきだという意見で、十年間憲法改正を禁止する、そして十年後、日本人の手で憲法をつくっていきゃいいじゃないかということを憲法に規定しようとしたわけです、GHQは。私は戦争に負けたら押しつけられても仕方がないと思うんです。だから戦争をやっちゃいけないんです、特に負ける戦争をやっちゃいけないんです。したがって、私はGHQはある意味で賢明だったと思うんです。それをやめて、改正規定を非常に厳しくして、そして日本に民主主義が定着するまでは改正させないよという政治的圧力をかけたようなんです。
私は、十年後以降、この憲法をGHQは日本人の手で改正することを期待したのを放置した日本の政治の怠慢、これを問題にしたいんです。これは、恐らくイデオロギー、政治論抜きに委員の皆さん了解していただけることだと思うんです。決して私は五五年的な改憲論者ではない。昨年亡くなりました、私非常に親しかったんですが、元社会党委員長の山花貞夫氏が創憲という言葉を委員長のころやりまして、これは社会党の中で消えちゃったんですが、むしろ私たちはそういう意味で、改憲、護憲だけじゃないんです、創憲という意見があるということ。
それから、もう一つだけ言わせていただきたいんですが、国会運営については憲法というのは実定法なんです。
私は三十三年間国会事務局にいまして、人によっては三十、私は二十ぐらいだと思いますが、国会運営に対して、憲法の言葉の規定の疑義や解釈のわからない部分が、不明な部分があるんです。大変国会運営に困っているんです。しかも、例えば法律案の再議決とか予算、条約の自然成立なんかについては学説も分かれ、一つ状況によっては政治が混乱する要素があるんです。
こういうことを、運用解釈、制定過程の中で客観的に各委員が憲法の問題点を理解する、認識するということが私は大事だということを前回申し上げたわけでございまして、朝日新聞の社説は、社論ですから、これは私は非常に責任が重いと思うんですよ。私の言うことを引っ張って国民に誤解を与えて、そして一種のムードをつくろうというマスコミのやり方には私は本当は抗議を申し込みたいんです。私も昨年の通信傍受法の絡みで三浦編集局長から抗議文を受けている立場でございまして、けんかするつもりはございませんが。
以上、報道のことをかけながら私の意見でございます。