憲法調査会

2000-03-03 参議院 全56発言

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会議録情報#0
平成十二年三月三日(金曜日)
   午前十時四分開会
    ─────────────
   委員の異動
 三月一日
    辞任         補欠選任
     大脇 雅子君     田  英夫君
 三月二日
    辞任         補欠選任
     阿南 一成君     森田 次夫君
     直嶋 正行君     藤井 俊男君
     田  英夫君     大脇 雅子君
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    会 長         村上 正邦君
    幹 事
                久世 公堯君
                小山 孝雄君
                鴻池 祥肇君
                武見 敬三君
                江田 五月君
                吉田 之久君
                白浜 一良君
                小泉 親司君
                大脇 雅子君
                扇  千景君
    委 員
                岩井 國臣君
                岩城 光英君
                海老原義彦君
                片山虎之助君
                亀谷 博昭君
                木村  仁君
                北岡 秀二君
                陣内 孝雄君
                世耕 弘成君
                谷川 秀善君
                中島 眞人君
                野間  赳君
                服部三男雄君
                松田 岩夫君
                森田 次夫君
                浅尾慶一郎君
                石田 美栄君
                北澤 俊美君
                笹野 貞子君
                高嶋 良充君
                角田 義一君
                藤井 俊男君
                簗瀬  進君
                魚住裕一郎君
                大森 礼子君
                高野 博師君
                橋本  敦君
                吉岡 吉典君
                吉川 春子君
                福島 瑞穂君
                平野 貞夫君
                椎名 素夫君
                水野 誠一君
                佐藤 道夫君
   事務局側
       憲法調査会事務
       局長       大島 稔彦君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○幹事補欠選任の件
○日本国憲法に関する調査

    ─────────────
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村上正邦#1
○会長(村上正邦君) ただいまから憲法調査会を開会いたします。
 幹事の補欠選任についてお諮りいたします。
 委員の異動に伴い現在幹事が一名欠員となっておりますので、その補欠選任を行いたいと存じます。
 幹事の選任につきましては、会長の指名に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
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村上正邦#2
○会長(村上正邦君) 御異議ないと認めます。
 それでは、幹事に大脇雅子君を指名いたします。
    ─────────────
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村上正邦#3
○会長(村上正邦君) 日本国憲法に関する調査を議題といたします。
 前回、二月十六日の調査会では、今後の本調査会の進め方や憲法をめぐる諸問題について委員の皆様から貴重な御意見を拝聴いたしました。
 その中で、今後の本調査会の進め方としては、二十一世紀の日本の国のあり方をどう考えるのか、憲法と現実の間にどのような乖離があるのかといった幾つかの視点が提起されました。また、具体的なテーマとして、憲法の制定過程、第九条や安全保障の問題、平等原則、環境権を初めとする基本的人権の問題、教育の問題、二院制や地方自治の問題などさまざまな御提案がありました。
 本日は、このような前回の論議を踏まえ、これまでに出された意見に対する質問、反論など皆様の忌憚のない活発な熱のこもった論議を会長として心から御期待を申し上げ、今後の調査会の方向性を見出していきたいと存じます。
 本日の進め方といたしましては、まず各会派から一名ずつ御意見をお述べいただいた後、委員相互間で自由に、あなたのこのような発言についておれはこう考えるがどうだと、ひとつ大いに議員間の論議をいただきたいと存じます。
 なお、御発言は着席のままで結構でございます。
 それでは、御意見のある方は順次御発言を願います。鴻池祥肇幹事。
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鴻池祥肇#4
○鴻池祥肇君 発言の機会をいただきましてありがとうございます。自由民主党の鴻池祥肇でございます。
 二月十六日のこの調査会におきまして、我が党からそれぞれ意見が出されました。ほぼ同じような私も意見でございまして、特に参議院は一致団結した自由民主党でございますので、重ねての発言になるかもしれませんがお許しをいただきたいと思います。五点に絞って発言をさせていただきたいと思います。
 まず、この憲法が施行されてより約半世紀という節目というものを重点的に考えなければならない。これは憲法がつくり上げてきた戦後憲法体制というものをトータルに振り返る絶好のポイントであると思います。どこでありましても五十周年というものが節目でありますように、憲法もやはり五十年は総括のポイントであると思います。制定過程の検証も大変大事なことだと思います。これは白浜委員よりの御発言にもございました。
 冷戦も終わりました。そして、かつての連合国が掲げておりました正義あるいは文明という大義名分というものも色あせてきた現状ではないかと思います。いわゆる連合国は正義であった、日本は悪であった、こういう単純な図式から、自由な歴史的な検証が今行われていいときであると思います。
 重ねて申し上げれば、戦前が悪であった、戦後がイコール善であるという一方的な前提、観点にとらわれない問題の分析が必要ではなかろうかと思います。
 二点目には、国民世論の進み方というものを基本に考えなければならないと思います。
 世論調査によれば、国民の改憲志向というのは大変多くなってきております。この世論を無視できないと私は考えます。改憲の発議権は国会にしか与えられておりません。その国会が国民世論を無視してサボタージュすれば、国民はその重大な国政参加の機会の一つである国民投票にすらたどり着けない。これは国民の権利を絵にかいたもちにするものであると思います。国会議員は国民の負託を受けているという立場を忘れるべきではないと思います。
 もちろん調査会は改憲案をつくるためのものではないということも承知をいたしております。しかし、調査の結果、憲法に問題があるという結論になったら速やかに改憲作業に入るべきであります。立法府の調査にはおのずとそれなりの特色がある。それはあくまでも立法を前提にした調査だということであります。また、それゆえに、調査には政治の時宜に応じためり張りといったものがあっていいのではないか。先日の御議論の中にも、ただ五年間というのではなく、議員の任期、政治状況などを勘案しつつ中間報告というものも必要ではないかという意見が出ておりましたけれども、私はこれについて賛成でございます。
 三点目には、憲法三原則についてであります。
 これを強調するのは自由ではございますけれども、余りにも漠然とした議論ではなかろうかと思います。例えば、平和主義と言いますが、そこには自衛隊の存在はどう位置づけられるのか。国民主権と言いますが、それは天皇の存在を根本的に容認してのものなのか。人権と言いますけれども、それは国家の存立、公共の福祉という問題といかなる関係に立つのか。各政党、論者によってはそれぞれの解釈が異なるものと思われますけれども、そうしたあいまいな状態を明確化すること、むしろこの点を明確にするためにまず三原則こそ調査のテーマにすべきではないかと思っております。
 四番目に、憲法と現実の乖離という問題について申し上げたいと思います。
 今日我々が直面している現実の問題は、悠長な議論をいつまでも待っているような問題もあります。少なくとも立法府としては即刻結論を出さなければならない問題もございます。その意味で、そうした議論には緊急性にふさわしい一定の優先度が与えられるべきではなかろうかと思います。
 私は、以下、そうした観点から緊急度が高いと考えられるテーマについて申し上げたいと思います。
 一つ、我が国の安全保障と憲法の問題、二つ、自由、人権の問題と国民の価値観の混乱の問題、三つ目、今日の状況に有効に対応し得ない政治システムの問題。
 最後に、何を守るかという問題について申し上げたいと思います。
 先ほど申し上げた憲法三原則を守るというのも一つの立場でもあろうかと思いますけれども、我が国の歴史、伝統は守らなくていいのでしょうか。二十一世紀は国民のアイデンティティーが問われる世紀になると言われておりますけれども、この憲法は余りにもこの問題に無理解ではなかろうかと思います。二十一世紀の国の形を論ずる、これは大変大事なことであると思いますけれども、それは空中に楼閣を築くようなものであってはならないと思います。歴史、伝統の護持、継承を離れてそれは成らないということもあわせて強く申し上げておきたいと思います。
 以上でございます。
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村上正邦#5
○会長(村上正邦君) 石田美栄委員。
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石田美栄#6
○石田美栄君 民主党・新緑風会、石田美栄でございます。
 憲法制定後五十四年間の間に何回かの、多分四回大きな憲法議論の波があったと思います。その中で、今回のこの波は、相当長い間を経て憲法議論、憲法を見直してみることへの国民一般の大方の理解が進んできた結果だろうというふうに考えます。
 前回の一九五七年から一九六四年の間、七年かけての憲法調査会は、設置形態も今回のとは異なり、結果としては研究会報告となったようであります。しかし、今回の立法府に憲法調査会が設置されたことの意味は非常に重大だと思います。ですから、おのずとある方向性があり、この調査会は大変責任あるものと考えます。
 戦後、日本の平和と繁栄をもたらした日本国憲法については、私は大方の人が評価していると思います。とりわけ女性にとっては、性別によって差別されないの一言が女性の地位向上にどのように効力を発揮してきたかということは、本当に私自身もありがたいと思ってまいりました。
 しかし、五十年以上を経た今、大きな時代の変化もあって、憲法の大部分の普遍的なもの、理想とすべきことと相まって、現実との乖離を感じざるを得ませんし、現実に十分に対応するには欠けているところもあるということも否めない現実だと考えます。またさらに、二十一世紀のこの国の形、日本の将来展望をもしっかりと踏まえた上でその礎である国の憲法をこの際見直してみるということは非常に重要なことであります。
 憲法議論は絶えずありましたし、今論点は出尽くしているのかもしれませんが、この二〇〇〇年という節目の年に始まって、だれもが国の将来に幾ばくかのあるいは大いに不安を抱いている国が曲がり角にあるとき、国会の中に公式の場、この憲法調査会の場で、この際できる限り多くの一般国民と総結集の議論を共有することに努めて、国民の理解と関心、関与を深めていくことが非常に重要であると考えます。
 したがって、この調査会は、ある程度しかるべき経過、時間が必要であろうと思われます。しかし、過去にもう既に多大の実績がありますので、それを踏まえて効率的にやるべき部分と、時間をかけてしっかりと議論しなければならない部分を見きわめて進めていくべきだというふうに考えます。
 非常に何といいますか全体を網羅したようなまとめのような意見でございますが、以上でございます。
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村上正邦#7
○会長(村上正邦君) 白浜一良幹事。
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白浜一良#8
○白浜一良君 前回の本調査会で、私ども基本的な考えは述べました。現憲法の三原則、普遍的原理であるということと、憲法九条を堅持するということ、その上で幅広く憲法を論じていこうと、こういう基本的立場を述べたわけでございますが、前回の総括的な皆様方の御意見を伺いましてちょっと所感を三点にわたって述べたいと、このように思います。
 一つは、現憲法の制定過程、GHQが大きな影響を持ったというのは、これは事実だろうと思います。しかし、その過程があるから自主憲法というのは私は間違いだと思います。少なくとも、戦後五十年、この憲法が現実社会の中で生き続けたわけでございます。特に九条に関して申し上げましたら、さきの大戦の反省といいますか、二度と戦争というのはあってほしくないという、そういう国民感情が強くあったのはこれは間違いない事実でございまして、ですから、制定過程に問題があるから自主憲法と、こういう拙速な議論は私は余り正確じゃない、このように思うわけでございます。
 二点目に申し上げたいことは、とはいえ、戦後五十数年たちまして時代も大きく変わりました。いわゆる現憲法には明確に規定されていない新しい理念もあるのは事実でございます。たびたび皆様方から御発言されたような、例えば環境権であるとかプライバシー権であるとか、そういう新しい理念が必要だということもございますし、また二十一世紀のいわゆる国際社会における新しい日本のあり方という観点でいえば、現憲法のままでいいのかというそういう議論も当然でございまして、私は、そういう意味では幅広く憲法を議論していく、そういう時期ではないか、このようにも考えているわけでございます。
 それから、三点目に申し上げたいことは、これは拙速であってはならないということでございまして、国の形と憲法は一体であるという、こういう観点から申し上げますと、やはり世論の支持がなければ憲法を論ずることはできないわけでございまして、その意味では、本調査会が会長のもとで国民とともに憲法を論じていこうという、そういう方向性を示されたことを私は正しいと思いますし、各界各層の意見交換の中でどのように国民に支持が広がっていくか、世論形成がなされていくかというそこが一番大事であって、拙速であってはならない。
 前回の議論を通しまして要約的にこの三点を申し上げておきたい、このように思います。
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村上正邦#9
○会長(村上正邦君) 小泉親司幹事。
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小泉親司#10
○小泉親司君 憲法調査会の運営について、前回に引き続きまして発言をさせていただきます。
 まず、調査の進め方の問題ですが、先日の憲法調査会で、調査期間について、議員の任期を理由に五年先のことについては責任持てないというような発言がありました。期限を切った審議期間の発言でありました。しかし、この調査会は、憲法の広範かつ総合的な調査を行ってその結果を議長に報告するという任務でありますから、議員の任期を理由に期限を決めて調査を行うという性格のものではないというふうに思います。調査会規程では報告書の提出に期限を付していないというのはこの理由からだというふうに思います。
 また、改憲、論憲、護憲というそれぞれの立場が報道されておりますけれども、私、それぞれの立場はともかく、この調査会はあくまでも憲法の広範かつ総合的な調査を行う機関だということをきちんと明確にすることが必要だということを申し上げておきたいというふうに思います。
 次に、何を調査するかの問題ですが、私は、調査会が、憲法の広範かつ総合的な調査という趣旨から、憲法の基本原則について議員間の活発な討論を行って、調査会として主体的に何を調査すべきであるのか、その点をまず優先して明確にすべきだというふうに思います。
 私たちの基本的態度はさきの調査会で橋本委員が明確にしておりますけれども、さきの調査会での他の委員の発言でも、そして現在の当調査会の発言でも、国民主権、恒久平和主義、基本的人権などのいわゆる基本的な憲法の原則について広く学識経験者などから意見を聴取する必要があるのではないかという発言がありました。
 憲法九条を中心とする恒久平和主義は、世界でも冠たるもので、これを国際的に広く明らかにする必要があると思います。基本的人権の問題についても、フランス革命の人権宣言に明記されたようないわゆる市民的、政治的権利だけではなくて、社会的な権利、経済的な権利も基本的人権の内容として大変詳細にうたわれているのが現憲法の特徴であるというふうに思います。こういう実態をそれぞれ広範かつ総合的に調査することが基本的な憲法調査会の大事な仕事であるというふうに思います。
 国民とともに議論するということで、各界各層から意見を聞いたらどうかというようなことが具体化されようとしておりますけれども、私はこれについて、一体調査会が何を調査するのか明確にしないまま意見を聞くのは時期尚早だというふうに考えております。
 次に、制定過程の問題についてでありますが、さきの調査会で、現憲法は占領中の国の主権がない時代あるいは大幅に制限されている時期に国際法に違反して制定されたものだという発言がありました。憲法を調査する機関で、現憲法が占領下の日本で結ばれたことを理由にして国際法違反だということを断じることは、憲法は無効と言うのに等しいもので、その憲法を調査するというのは明らかに矛盾した議論に帰結するものだというふうに思います。
 これらの議論は学界でも今日認められていませんし、この意図は調査会を改憲論の足がかりにする議論と言わざるを得ない。それどころか、現憲法は軍国主義とファシズムを打ち破った世界の平和的、民主的な世論と日本国民の平和志向を反映したものであって、進歩的なものだというふうに思います。
 しかも、日本はポツダム宣言を受け入れて降伏して、そこに明記された原則を実行する国際的責務を負ったということでありまして、この種の議論から見て、国際法とはヘーグ陸戦条約を指しているというふうに考えておりますけれども、そこに明記された占領中というのは、交戦中の占領下と解すべきであることは既に通説であります。
 私は、制定過程の問題について調査という場合、検証するべき事実として、改憲論がどこから始まったのか、その源流に迫る歴史的調査もあわせて提起したいというふうに思います。
 私は、アメリカのロイヤル陸軍長官が当時の国防長官に対して憲法施行の翌年の四八年に報告した「日本の限定的軍備」という文書を入手しましたが、この文書では、今や将来の防衛のための日本軍を容認する立場で新憲法の修正を達成するための調査が行われるべきだと提案して、改憲を公然と主張しています。ここにアメリカからの改憲論の源流があるのであって、やはりこういったアメリカの公文書などについての掘り下げた調査を行って、改憲論がどのようにして提起されたのか、歴史的調査を当調査会でも行うよう提案をしたいというふうに思います。
 以上であります。
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村上正邦#11
○会長(村上正邦君) 大脇雅子幹事。
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大脇雅子#12
○大脇雅子君 第一回のフリートーキングを集約いたしますと、憲法における主権在民と民主主義、平和主義及び個人の尊厳と基本的人権保障の原則は、憲法に内在する人類の普遍的価値であるということが多くの委員の意見によって確認されたと思います。
 多くの委員から現憲法の制定過程についてさまざまな意見が出されているので、それについて意見を述べたいと思います。
 憲法の調査においては、現憲法の形式上の制定過程のみを調査しても、その本質的部分を理解することはできません。
 岩倉具視を団長とする遣欧視察団報告書「特命全権大使米欧回覧実記」は、大国のみならず小国の調査もして鋭い洞察を加えています。明治維新のリーダーたちがこの国の形をどうしようとしたか、明治憲法はどのように制定されたかも見るべきでありましょう。
 他方、植木枝盛の「東洋大日本国国憲按」等、自由民権運動を全国的に展開した民衆のこの国の形への思いはどうであったか。
 私擬憲法はおよそ六十八案あったと言われております。そのような無名の民間憲法草案にも先駆的内容を持ったものが多く存在いたしました。ぜひとも調査の中で発掘し、研究すべきでありましょう。近代日本の出発点においてもう一つの日本をつくろうとした民衆の伝統と歴史の経験を引き継ぐ必要があると思います。
 その後の歴史の中で、日本は覇権を求めて軍事大国として列強の一員となり、敗戦に至ったのでありますが、大正デモクラシーも視野に入れて、我が国の立憲君主制と議会制民主主義の変遷プロセスを明らかにし、貴重な歴史の教訓を我々は求めるべきであると思います。
 現憲法制定誕生過程においても、憲法研究会の「憲法草案要綱」や高野岩三郎「日本共和国憲法私案要綱」、社会党を初めとする各政党の新憲法草案や私擬憲法草案等は、これまでの自由民権論の水脈を受け継いで国家を超えた多様な各国憲法を参考にしております。日本の民衆の伝統を踏まえて二十一世紀の国の形を論ずることが重要であると思います。
 二十一世紀の国際社会における日本のあり方を問うべきだという意見が出されております。この場合、国際社会の動向を踏まえ、我が国の理論的、実践的努力の成果を踏まえて検討が加えられるべきであると思います。
 例えば、憲法前文と憲法第九条を考察いたしますと、簗瀬委員も憲法前文の重要性を指摘されておりますが、憲法が存在することによって日本は軍事力や武力という軍事価値を重視しない文化、国民の気風を育ててきたと思います。そして、憲法施行五十年を経て、平和的生存権という人権の理論を紡ぎ出してきました。
 平和的生存権とは、戦争や軍事力によって自己の生命や生活を奪われない権利で、徴兵を拒否する権利も含み、国の交戦権を否認して統治権を制限する権利としての意味を持ちます。十九世紀は自由権的基本権、二十世紀は社会的生存権、二十一世紀の人権はまさに平和的生存権であると思います。
 憲法は、国際条約の平和への権利を先取りし、核の時代に戦争という選択肢がなくなった今、平和的共生のための基本的指針として国際的に現実性を持つようになったと思われます。これは、日本の歴史の中で培われてきた非戦や軍備撤廃の思想的伝統が胚として内にはらんできた思想でありました。
 グローバル化しつつある社会や人間関係を地球規模の枠組みでとらえ直すとき、国連における国際社会の政策目的も、今やヒューマンセキュリティー、つまり人間の安全保障を中心に据えた紛争の予防と平和の構築が提案されております。
 アメリカでも、チャールズ・オーバビー博士は憲法九条の会を結成して運動が続けられております。アジア太平洋における平和と軍縮会議のマニラ大会においても、日本国憲法九条を守る決議がなされております。ハーグ平和会議における各国議会は日本国憲法九条に倣い政府が戦争することを禁止する決議を行うべきというアジェンダ等、国際社会において我が国の憲法はその現代的意義が生かされつつあります。
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村上正邦#13
○会長(村上正邦君) ほぼ時間が参っておりますが。
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大脇雅子#14
○大脇雅子君 はい。
 冷戦の中を生き抜いてきた平和憲法は、今、護憲を超えて世界へ発信されるべきものと思われます。これを布憲論と呼ぶ学説もあります。
 最後に、きょうはひな祭りです。九条改悪を許さない女たちの集いで朗読された高良留美子の詩を朗読したいと思います。
 世界に広がっていけ
 わたしたちの憲法
 それは世界平和のさきがけ
 生命の芽
 泥の海をこえて
 新しい世界の到来を告知する
 オリーブの一枝
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村上正邦#15
○会長(村上正邦君) 平野貞夫委員。
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平野貞夫#16
○平野貞夫君 前回の自由討議に引き続きまして意見を述べさせていただきます。
 第一点は、憲法制定権、改正権は国民にあるということをこの調査会の基本姿勢にすべきだと思います。
 御承知だと思いますが、国会には憲法制定権の権限はございません。最終的には国民投票で承認するという憲法の仕組みになっておりますので、私たちは国民の判断の材料を提供するということだと思います。
 ということから考えますと、今国民が現憲法に対してどのような認識、理解をしているかということを的確に知る必要があると思います。もちろん調査会のあり方、進め方も含めてのことでございます。そのため、広く国民から意見を聞く、国民と意見を交換する機会をつくっていただきたいと思います。例えば、スタートとしましては、大学生だとか若者を対象にして各界各層にわたる人たちと率直な意見の交換が必要だと思います。そういうことを一つスケジュールの中に入れていただきたいと思います。
 第二点でございますが、前回の調査会の審議の報道についてちょっと意見を述べておきたいと思います。
 おおむね誠実に報道していただいたと思いますが、実は私の関係で、ごく一部に極めて国民に誤解される報道がございましたので、それをこの機会に申し上げておきたいと思います。
 一つは、これは単なるミスかもわかりませんが、二月二十日ごろ共同通信が出しました記事で、私の名前を挙げて、「現在の憲法は衰退している。」という括弧書きの記事がございますが、私は憲法は衰退しているとは言っておりません。我が国、日本が衰退しているということを言ったわけでございまして、非常にこれは国民の皆さんから反論がございましたので、誤解を解いておきます。
 それから第二点は、これは単なるミスじゃなくて非常に計画的意図があったんじゃないかと思いますが、二月十九日の朝日新聞の社説で、私の申し上げたことを引用していただいたことは大変光栄でございますが、それを引っ張って、「平野氏はこう述べ、まず憲法制定過程の調査を求めた。」と。これは事実でございます。「米国からの「押しつけ憲法」論を前面に出す意図がのぞく。」と。勝手に私の心をのぞいております。私は、取材でもあれば別ですが、全く五五年体制のときの改憲論、護憲論をやるつもりはございません。
 私は、小学校六年のときに憲法が制定、公布されたんですが、そのときに「われらの日本」という新憲法施行記念国民歌というのを学校の先生に教わった、歌ったことを記憶しております。私たちの世代は、それなりに今の憲法に何だかんだ言っても一つの思い出、愛着というのを正直持っています。
 ただ、私がその制定過程をなぜ知りたいかということは、実はGHQの第一次構想といいますか第一次案の中に、憲法に直接規定すべきだという意見で、十年間憲法改正を禁止する、そして十年後、日本人の手で憲法をつくっていきゃいいじゃないかということを憲法に規定しようとしたわけです、GHQは。私は戦争に負けたら押しつけられても仕方がないと思うんです。だから戦争をやっちゃいけないんです、特に負ける戦争をやっちゃいけないんです。したがって、私はGHQはある意味で賢明だったと思うんです。それをやめて、改正規定を非常に厳しくして、そして日本に民主主義が定着するまでは改正させないよという政治的圧力をかけたようなんです。
 私は、十年後以降、この憲法をGHQは日本人の手で改正することを期待したのを放置した日本の政治の怠慢、これを問題にしたいんです。これは、恐らくイデオロギー、政治論抜きに委員の皆さん了解していただけることだと思うんです。決して私は五五年的な改憲論者ではない。昨年亡くなりました、私非常に親しかったんですが、元社会党委員長の山花貞夫氏が創憲という言葉を委員長のころやりまして、これは社会党の中で消えちゃったんですが、むしろ私たちはそういう意味で、改憲、護憲だけじゃないんです、創憲という意見があるということ。
 それから、もう一つだけ言わせていただきたいんですが、国会運営については憲法というのは実定法なんです。
 私は三十三年間国会事務局にいまして、人によっては三十、私は二十ぐらいだと思いますが、国会運営に対して、憲法の言葉の規定の疑義や解釈のわからない部分が、不明な部分があるんです。大変国会運営に困っているんです。しかも、例えば法律案の再議決とか予算、条約の自然成立なんかについては学説も分かれ、一つ状況によっては政治が混乱する要素があるんです。
 こういうことを、運用解釈、制定過程の中で客観的に各委員が憲法の問題点を理解する、認識するということが私は大事だということを前回申し上げたわけでございまして、朝日新聞の社説は、社論ですから、これは私は非常に責任が重いと思うんですよ。私の言うことを引っ張って国民に誤解を与えて、そして一種のムードをつくろうというマスコミのやり方には私は本当は抗議を申し込みたいんです。私も昨年の通信傍受法の絡みで三浦編集局長から抗議文を受けている立場でございまして、けんかするつもりはございませんが。
 以上、報道のことをかけながら私の意見でございます。
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村上正邦#17
○会長(村上正邦君) 水野誠一委員。
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水野誠一#18
○水野誠一君 前回あるいは今回の各委員からの専門的な意見陳述を伺っておりまして、かなり具体的提案がなされているということでございますので多く申し上げることはないんですが、幾つか感じている点を申し述べたいと思います。
 憲法とは、皆さんおっしゃるとおり、まさにその国の形を示すものでありますし、その意味では国の歴史や文化を反映したものであるべきだと思っております。すなわち、憲法においては基本的人権など人類共通の基本理念、これは別として、いわゆるグローバルスタンダードだけにとらわれるべきものではない、こう思います。
 終戦直後に、敗戦国日本が、アメリカによってつくられた草案を短期的な、短時間の翻訳と審議で受け入れた経緯ということを考えても、日本の文化が十分に反映され尽くしているとは言いがたい、何か無機質な感じがするというのは私だけではないのではないかと思います。とはいえ、もちろん少なくとも今までは、この憲法が日本の平和主義、あるいは民主主義、あるいは基本的人権意識を確立する上で大きな機能を果たしてきたことも事実であります。
 しかし、制定から五十年たった現在、国内での憲法の役割、あるいは日本自体の国際的な役割、あるいは日本を取り巻く国際的な環境が大きく変化をしてきているという中で、改正をも視野に入れた見直しをするのは当然のことであると感じています。無論、九条などの議論もタブー視すべきではないと思いますが、先日お隣の佐藤委員からも出ましたが、八十九条の私学助成問題など、非常に細かい問題における矛盾点をも洗い出していくことも重要な作業になると思っております。
 また、第三章の「国民の権利及び義務」においては、さまざまな権利の列挙があるわけでありますが、その義務については、教育の義務、勤労の義務、納税の義務程度しか書かれていない。これもいかがなものかと感ずるところはあります。勤労する権利と同時に義務があるというふうに書かれておりますが、また、教育を受ける権利があると同時に保護する子女に教育を受けさせる義務があるというふうに書かれておりますが、それと同様、権利を主張する裏には必ず社会に対して果たすべき義務があるはずであります。
 昨今はこの権利意識ばかりが肥大化して義務が忘れられていることが多いというふうに感じますが、そういう時代であるからこそ、国民の権利とは一体何かといった議論も重ねるべきだと思います。
 とは申せ、余りいたずらに神学論争あるいは建前の手続に時間をかけ過ぎることは許されないと思います。現実問題に即した活発な論議を積極的に行い、それを広く公開していくべきであります。それと同時に、ある一定の期間目標を決めていくべきだというふうにも考えております。
 また、参議院らしいという視点からいけば、党利党略にとらわれるべきではない。開かれた委員各位の個人的な意見を重ね議論をしていく、ここに期待をしていきたいと思います。
 昨今、政治不信の状況ということが言われるわけでありますが、こうしたタブーなき開かれた議論がなされること、そして国民の意識を高めていくことによって、政治の信頼回復に積極的にこの会の活動を役立てていくべきだと思っております。
 以上です。
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村上正邦#19
○会長(村上正邦君) 佐藤道夫委員。
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佐藤道夫#20
○佐藤道夫君 前回も申し上げたことでありますけれども、憲法改正の論議というのは、どうしても憲法の三原則なるものを中心とした観念論、抽象論に陥りがちである。学者の研究会あるいは学会での討議ならばそれはそれで結構なのでありましょうけれども、ここはまさしく唯一の立法機関である国会の、憲法の運用に携わっている国会の中での議論でありまするから、やっぱり地に足をつけた議論、一つ一つの条文について一体これはどうなっているのか、余りにも運用と憲法の規定が違っているのではないかとか、そういう観点からの実務的な議論が望ましいと思うわけであります。
 前回も二、三の例を挙げましたけれども、改めてもう一度申し上げておきたいと思います。
 最初は、前文なのでありますが、これは五十年前に書かれた言葉でありまして、もう内外の諸情勢は全く違っておる。二十一世紀も間近という段階に、この前文をこのまま後生大事に抱きかかえていっていいのかどうか、議論されるべきであろうと思います。
 それから、憲法がつくられたころから、元首に関する規定がないという指摘がありました。元首、この規定を置くべきかどうか、置くとすれば元首は天皇なのか内閣総理大臣なのか、この辺もやはり議論をされるべきでしょう。
 それから、何といっても第九条。第九条は、皆さん方御承知のとおり、陸海空軍その他の戦力は保持しないと、こうなっております。自衛隊はあれは戦力ではないのかと、すぐこういう議論になってきます。やはり現実との乖離が余りにも甚だしいのが第九条、これをどうすべきかということも真剣に議論さるべきでありましょう。
 それから、二十条の政教分離に関する規定、「いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。」と、こう書いてありますが、歴代の政府の見解なるものは、これは国が宗教団体に政治上の統治権、これは警察権とか課税権などを言うようですけれども、それを与えることを禁止しているんだと、こういうことを言っておりますけれども、条文を読んでみなさい。三歳の児童でも、そんなことは書いてない、「いかなる宗教団体も、」、主語は宗教団体ではないのかと。もし政府の見解でいきたいというならば、この二十条もきちっと政府の見解に沿った文言に改めるべきだろうと思います。
 それから次は、二院制の問題で、現行憲法上、一院が衆議院、二院が参議院と、こういうことになっております。参議院のあり方についても憲法上考える余地はないのか。一院である衆議院が政党政治と、こういうことになりますれば、衆議院を補佐する、監視する参議院は、むしろ政党政治の枠から離れて個人中心のものにすべきではないのか、こういう考え方もあろうかと思います。大いに議論して結構だろうと思います。
 それから次は、憲法は「行政権は、内閣に属する。」、内閣は国会に対して連帯して責任をとると、こういうことを書いてありますが、独立行政委員会なるものがしきりとつくられまして、行政に民意を反映する、その代表例が公安委員会なんですけれども、今予算委員会でも盛んに議論されておりますけれども、小渕総理は、何と何と、警察行政については指揮監督権がないと、こういうことを言っておる。当たっているのかどうか知りませんけれども、一体、内閣から独立した行政機関がいつの間にでき上がったのか、警察は裁判所と同じように独立なのかどうか、この辺も大いに議論されてしかるべきであろうと思います。
 それから、今話にも出ましたけれども、八十九条の、公の支配に属さない教育に関する事業には公金を支出してはならないと言いながら、私学助成に何千億という金が出ている。学者はひきょうですから、全然こういう議論はしないんですよ、学界から追放されますからね。そして、宗教団体に金をやるということになると大騒ぎをして、憲法違反だ何だと、こう騒ぎ立てる。一体どうなんだろうか。もう少し虚心坦懐に議論をすべきではないのか。どうしても私学助成が必要だというならば、憲法の規定を削除すればよろしいわけですから、それだけの話です。
 それから、今、直接民主制、この前の吉野川の可動堰の話もそうでありまするけれども、大変高く国民は評価しておって、何でもかんでも言うならばもう国民投票にかけろと、直接投票制度にかけろと、こういうふうなムードもあるようですけれども、果たしてそれでいいのかどうか。もしそれならば、どの範囲まで国民投票にかけるということもきちっと憲法上明らかにしておくべきではないのか、こういう気がいたします。
 最後に、改正規定です。憲法の改正規定、大変厳格にでき上がっておりまして、簡単にはいかないようになっている。そのために過去五十年、改正も考えられはしましたけれども実行には移されなかったということもあるので、改正規定がこういう硬直した形でいいのかどうか、その辺も我々としてやっぱり議論してみたい、こう思っております。
 以上でございます。
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村上正邦#21
○会長(村上正邦君) 各会派一巡いたしましたので、これからは自由に意見交換を行っていただきたいと存じます。
 あらかじめ御意見のある委員は事務局に申し出がありましたので、発言順序は、会長の専権でございますのでお許しをいただきまして指名をさせていただきます。
 では、角田義一委員。
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角田義一#22
○角田義一君 私は、ごく簡単に、今までの議論を聞いておりまして、感想めいたことを申し上げたいと存じます。
 私は、やはり日本の憲法の前文、特に政府の行為によって再び戦争の惨禍が国民に及ばないようにするために、主権が国民にあるということを確認をしてこの憲法を制定をするという前文のここのくだりは、非常に大事なくだりだと思います。
 俗に平和憲法平和憲法と、こういうふうに言っておりますが、何で平和憲法なのかということになりますと、やはり歴史的な経過を踏まえて、政府に戦争をもう一度やらせないという大変な縛りをかけている憲法でありまして、私は、日本国憲法の本質はそこにあるというふうに思います。
 したがいまして、平野先生後から弁明があると思いますけれども、あえて誤解を、私は揚げ足をとるとかそういうんじゃなくて、先ほどのちょっと、負ける戦争をやっちゃいかぬということでいうと、逆に勝つ戦争ならやってもいいかということになるんで、そんなことを先生は考えていないと私は思いますけれども、要するに戦争をやらせないということでこの憲法はできておる。そのための主権在民であり、そして恒久平和主義であり、基本的人権の尊重というのはもう一体となっております。
 したがいまして、今後調査会を進めるに当たりまして、主権在民の問題であるとか、あるいは恒久平和の問題であるとか、基本的人権のありようについて、五十年の歴史を顧みて検証するということは私は必要だと思いますし、そのことに何の異論も私自身はございません。
 ただ、今の憲法はそういうものであって、その精神で今日五十年間やってきた。営々と我々が営んできて、そして戦争もなく、いろいろこれは理由があると思いますけれども、戦争もなく、しかも経済的な繁栄も今日享受している。
 ただ、御案内のとおり、この五十年の間にいろいろ精神的な衰退もあると思います。しかし、それは憲法のせいでは私はないと思う。別の原因でこういう今日の悲惨な非常に嘆かわしい状態があるわけであって、それはそれで別の観点からメスを入れていけばいいのであって、それを憲法のせいにするのはいかがかというふうに私自身は率直に思います。
 それから二番目は、私はこれは白浜委員と基本的には同じ考えでありますが、憲法の制定過程について、いろいろ御議論があるし、また問題があったということは私は否定もいたしません。しかしそれは、いうところの押しつけ憲法であったから憲法を改正すべきであるというような短絡的な議論にはとても賛成できない。営々として今日まで五十数年間、この憲法のもとで我々は営んできた、営々と営為を重ねてきたわけでありまして、そのことについてはやはり私は自信と確信を持ってもいいというふうに思っております。
 もし、この制定過程を問題とするのであれば、当時の民衆はその憲法に対してどういう反応を示したのか、そこに調査の焦点を絞るべきである。当時の方々はもう七十を恐らく越えておると思いますから、そういう七十を越えた今日健在の庶民の声というものをむしろ私は重要視してこの調査会では聞くべきであって、もちろん学者先生の意見を聞くなとは申しませんが、むしろ民衆の生の声をこの国会で聞くべきだ。その方が私どもの方針を間違うことはないというふうに私は思っております。
 それから三番目でありますが、これは多くの先生の方から御指摘がありましたけれども、私どもはアジアがこの今の日本の衆参における憲法調査会の成り行きをどう見ておるか、これを忘れてはならないと思います。
 あの新ガイドラインのときにも、かなり中国を初め、朝鮮を初め、東南アジアの人たちは非常に懸念を表明をいたしました。いい悪いは別でありますけれども、自由民主党が単独政権をとっておったときにどういうことをアジアの民衆に向かって言ってきたか。日本は平和憲法があるから軍事大国にならないと言い続けてきたんですよ。これは国際公約であります、ある意味では。このことを忘れてもらっちゃ困る。
 だから、今、恐らくアジアの民衆なりあるいはアジアの政府高官なりは、この日本の今の衆参の憲法調査会はどういうふうになっていくのだろうかといって私は非常に関心を持っておると思う。
 したがって、今後の調査の過程において、例えば各国の駐日大使がどういうふうな考えを持っておるかというようなことを率直に私は意見を聞いたらよろしいと思います。場合によったら、この調査会も中国や朝鮮や東南アジアに委員を派遣して、今、どういう、日本国憲法に対して彼らが持っておるかというようなことも私は率直に聞いたらよろしいと思っております。
 そのことを絶対私は忘れてもらっては困る。もしまかり間違ったことになりますと、私はアジアの民衆から日本が孤立をするということを非常に恐れておりまして、今後の調査会においても、その辺の視点をぜひひとつ忘れないでいただきたいなというのが私の強い望みであります。希望であります。
 それから、最後になりますけれども、憲法と現実との乖離とかいうことがいろいろ問題になっております。
 私は、佐藤先生がおっしゃったように逐条でやっていくのがいいかどうか、ちょっとその辺はこれからの課題になると思いますけれども、やはり実証的に、現実的に検証するということを私は否定もしませんし、大事だというふうに思っております。非常に実践的な立場でこの辺は議論をしてもらっていいし、どうしても法律では賄い切れないのか、憲法に手をつけなければどうにもならないのかというようなことを議論していただければいいのではないかと思っております。
 と同時に、この調査会は決して憲法の改正を発議する調査会ではないということですね。このことだけは銘記をして、皆さんの心の底にすとんと置いておいてもらいたいと思うんです。
 もしそのことがあるとすれば、恐らくこの調査会は発足しなかったと思うんですよ。私自身は体を張って抵抗しましたよ、そういうことになれば。ど座ってでも何ででもやってくれという話になったと思うんです。しかし、政治的な妥協の産物として、この調査会は憲法の発議権はないんだということでおさまって議論をしているんですから、そのことだけはぜひ腹の底に置いていただかないと、誤った方向になるのではないかということを最後に申し上げて、私の最初の意見発表にさせていただきます。
 以上です。
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村上正邦#23
○会長(村上正邦君) 会長から一言言いますが、この調査会の目的ははっきりいたしておりますので、余り挑発的な発言は慎んでもらいたい。はっきりしているわけですから、発議権はないということは。そのことをひとつ頭に入れて、各委員、御発言を願いたい。
 次には、谷川秀善委員。
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谷川秀善#24
○谷川秀善君 自由民主党の谷川秀善でございます。
 前回の調査会、またただいまの各党の代表の委員の方々からいろいろと御意見が出されましたが、大別をいたしますと、護憲、論憲、改憲、いろいろ御意見はさまざまでございますし、また調査期間につきましてもいろいろさまざまでございます。
 そこで、今の憲法が制定されて五十数年たつわけでございますが、どうも日本人の中には憲法は不磨の大典というような考え方がありまして、改憲論議をすることは悪であるというような風潮があったわけでございますが、やっと国会の中で正式に論議できる調査会が設置されたことは、大変私は意義深いことだというふうに喜んでいるわけでございます。
 というのは、憲法改正の発議は国会でしかできないということになっているからであります。この調査会は議案提出権がないという申し合わせになっていることは承知をいたしておりますけれども、そうかといって、五年もかけてだらだらと論議を行っていては、私は本当に現在の国民の期待にはこたえ得られないのではないかというふうに思っております。
 憲法というのは、法定されていようと慣習法であろうと、人間が社会生活を営む上で最低限保障されなければならない、また守らなければならない社会的なルールでありまして、国家生活をする際の国家運営のマニュアルにすぎないと私は考えておるわけでございます。我々国民がこの国の主権者であり、その主権者である国民がこの国をどう使いこなしていくかが問題なのであります。
 政治の責任は国民に自由で豊かな生活を保障することでございまして、そのために国家権力機構があって、それを政治家を含む公務員がどう使いこなしていくか、その使い方の約束マニュアルが憲法だと私は考えております。
 したがって、護憲、論憲、改憲と目くじらを立てて論議するのではなく、現在の社会状態、国際情勢を見て、それに合っているかどうかということを自然体で論議すべきであろうというふうに私は考えております。
 まず、改憲論自体が違憲だという意見がございますが、日本国憲法自体が第九十六条でちゃんと改憲手続を規定しているわけであります。これはすなわち、この憲法をつくった人々の意思が、この憲法は完璧でない、不磨の大典でないということを示しているものであります。
 法というのは、憲法であれ一般法であれ、あすのことを論議してきょうつくっているわけであります。つまり、原則として、法は将来適用されるもので過去に適用されないし、もし過去にさかのぼって適用されるということになれば大変なことになり、人権問題となるわけであります。何が起こるか見たことのない将来のことについて相談してつくって、あす以降適用するという性格のものですから、必ず不完全なものであり、時代時代に応じて改正する必要があるわけであります。
 そのために九十六条が存在しているわけでございますから、改憲論議をすること自体、決してやましいことでなく、むしろ政治家としては、この国をきちんと発展させていく責任を持つためにも改憲論議をしなければならないというふうに私は考えております。国民に幸福な生活を保障する国家を運営していく道具としての憲法を日々点検をし、修繕をし、モデルチェンジをしていく、これは我々政治家の責任であります。過去の検証も大事だとは思いますが、いろいろ資料、書物も出回っていますので、それぞれ各自で勉強することとして、早速具体的な検討に入るべきだと思います。
 そこで、来年七月には平成七年選出議員が改選期を迎えるわけでありますから、それまでに一応第一次調査をまとめてはいかがかと思っております。それをもとに第二次調査をして、第一次調査で各党が出されました意見書を中心に論議をし、一致点、相違点を整理すれば、国民の皆様にも調査会の審議経過がよく見えると思います。
 憲法については、改正案を審議する場合、衆議院に優越性はありませんので、それぞれ独自で審議する必要があると思います。意見の取りまとめにつきましては、会長さんの方で衆議院とよく調整をお願いいたしたいと思います。
 また、調査する項目につきましては、前文を含めて全項目を調査すべきであろうというふうに考えております。
 以上、私の意見を申し述べました。
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村上正邦#25
○会長(村上正邦君) 会長から発言をいたします。
 この調査会設置に関する申し合わせというのがございまして、これは議運委員会理事会においての申し合わせでありますが、「調査期間は、おおむね五年程度を目途とする。」と。これはもう決まっていることでございますので、これまた言わずもがなのことでございますが、それを頭に入れて論議を進めて、このことについてああだこうだと言うことはむだなことだと。しかし、中間報告の取りまとめをどうするかという議論は大いにやっていただきたいと思います。
 北岡秀二委員。
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北岡秀二#26
○北岡秀二君 ありがとうございます。
 先ほどからいろいろお話が出ておるわけでございますが、私は、この憲法問題に関して一番大きな問題というか我々が大きな問題と思っているものは、今の日本の国の現状のゆがみだろうと思うんです。
 先ほどから改正論についていろいろ云々されていらっしゃいましたが、皆さん方も聞かれたことがあるだろうと思いますが、数年前に中国の当時の首相がオーストラリアへ行かれたときに、日本の国が三十年先にはあるかどうかわからないというようなお話をされた云々という話を私は聞いたことがございます。
 実際かどうであるかの問題は別にして、先ほど申し上げました今の日本の国の最近の世相あるいは社会現象等々を拝見させていただいておりまして、大変なゆがみが出てきておるんじゃなかろうか。そのあたりの中に、今まで議論がございました憲法の現実との乖離、私はこれも当然だろう、そのとおりだろうと思いますし、現実との乖離があるがゆえに、今の現実社会でのゆがみというのは私は当然の結果として今の姿になっておるんではなかろうかと思う次第でございます。もうそういう意味で憲法を改正すべきだと思うわけでございますが、何が欠けているかという部分で私なりに申し上げさせていただくと、憲法改正の流れの中で、私はいろんな部分で危機管理思想が決定的に欠落をしておるんじゃなかろうかというふうに感じる次第でございます。
 その危機管理思想という部分の中で、私なりに解釈を申し上げますと、二点あるだろうと思います。
 まず第一点は、平常時の中での危機管理。これはもう今までの議論の中に出てまいりました、何でもありの権利あるいは何でもありの自由というのが社会の中で非常にいびつな姿を醸し出しておる、混乱の要因になっておる。そういう状況の中で、ある程度の自由の規制、ある程度の権利の規制というのも当然なければいけないんじゃなかろうかというふうに感じますし、従来から言われておりますとおり、公共の福祉と権利、自由の関係がまだまだあいまいな点に、前段に申し上げました平常時の中での危機管理というのが十分に私は図られていないがゆえに、今のいびつな社会というのもでき上がっておるように感じる。
 その第二点は、第二点というかもう一つの危機管理、これはもう一般的に言われておる国家社会が危機的な状況が訪れたとき、すなわち、例えば阪神大震災にまさるような大きな地震が起こったとき、あるいはこれはもう想定の範囲で起こり得ることだろうと思うんですが、我が国に石油が全く入らなくなったとき、さらには、いろんなことが想定できるだろうと思うんですが、非常事態が起こったときに、じゃ国をどういうふうにして治めていくんだというような条項も一切ない。
 ある意味では九条の解釈についても同じことが言えるだろうと思うんですが、仮にですよ、仮に我が国が侵略戦争をされるような、入ってこられたときに、あるいは国家の主権が侵されるようなことがあったときに、防衛の問題を含めて、今までは法的に拡大解釈をしながらやってきたわけでございますが、そういった面での、前段に申し上げた平常時の危機管理、危機的な状況の、非常事態における危機管理という観点における危機管理思想が現憲法に入っていないがゆえに、私は、それがすべてではないと思いますが、いろんな現状の今の日本の国の社会を見たときのゆがみというのが即あらわれてきているんじゃなかろうかということを痛切に感じておる人間の一人でございます。ぜひともこのあたりは検証をしていただき、いろいろ議論を深めていただきたいなというつもりでいっぱいでございます。
 加えてもう一点申し上げさせていただきますと、先ほどからいろいろお話のございますとおり、日本の国の歴史、文化、そのあたりが欠落をしておる。これはもう国際社会がこれからどんどん進行していく中で、皆さん方共通して思っていらっしゃるだろうと思いますが、必要なことはアイデンティティーを持つこと、アイデンティティーがなければ本当の意味での国際的な同化というのはできないというふうに私は感じておるわけでございます。そういう観点においても、歴史、文化の扱いというのをこれから憲法の中でどういうふうに我々は入れていくというか、加味していかなければならないというのも大きなテーマの一つであるように感じるわけでございます。
 総論としては、私は以上のような所信、感想を持っておりますので、発表させていただきました。
 以上でございます。
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村上正邦#27
○会長(村上正邦君) 高野博師委員。
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高野博師#28
○高野博師君 二点、自分の意見を述べたいと思います。
 一つは、憲法と歴史総括についてでありますが、先ほども戦前は悪で戦後は善だといった単純な認識は改めるべきではないかといった趣旨の御意見もありました。
 そこで、憲法を議論する際に、歴史的な視点あるいは歴史観というのは非常に重要ではないかと思います。現憲法の歴史的な制定過程を調査することも大切であると思いますが、より広範により深く我が国の現代史を総括する中で、明治憲法、そして現行憲法の位置づけをすべきではないかと思います。当然、制定過程も含まれると思います。一度きちんと歴史の総括をした上で、特に戦前、戦後あるいは戦争そのもの、その総括をした上で、将来の国家像を考えて憲法を議論すべきではないか。歴史の二面性という点からすれば、客観的な総括は極めて難しいとは思いますが、避けては通れないのではないかと思います。正しい歴史認識、歴史観なくして客観的な憲法の議論というのはできないのではないかと思います。
 もう一つは、二十一世紀の新しい人権についてお話ししたいと思います。
 一つは、先ほども個人的な自由権と社会的な生存権について言及がありましたが、現憲法の人権規定というのは、いわばフランス革命以来の西欧個人主義の古典的な人権が主体であります。これらの諸権利というのは、自己決定能力を有する者が自己責任で自己完結的に実現する権利であります。
 それでは、自己決定能力がない者、喪失している者、あるいはそういう機会を奪われている者の権利はどうなるのか。例えば、自己決定能力のない子供の権利はどうなのか。また、高齢化社会を迎えての、例えば痴呆症にある高齢者の場合はどうか。さらに、病人とか知的障害者の権利というのはどうなのか。施設に入っている者、あるいは受刑者といえども権利を有しているのではないか、そしてそれはどういう権利なのかということであります。
 これらの人たちはいずれも一個の人間としての独立の主体性を持っている。つまり、人間としての尊厳を実現する権利を有しているはずであります。子どもの権利条約が規定している子供を権利の主体者ととらえた意見表明権はその最たるものでありますが、その本質は人間関係を形成する権利であります。
 二十一世紀に連なる最も新しい権利と言われる人間としての尊厳を実現する権利についても、ぜひこの場で議論をしていただきたいと思います。この権利についてもし憲法に盛り込むことができるとすれば、画期的な、世界の少なくとも形式上は憲法上は人権先進国という評価がされるのではないかと思います。
 以上です。
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村上正邦#29
○会長(村上正邦君) 北澤俊美委員。
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