中島健の発言 (憲法調査会)
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○参考人(中島健君) 慶應義塾大学法学部法律学科三年の中島でございます。
それでは、意見を述べさせていただきます。
私が思いますに、今日求められる憲法論議とは単に憲法にまつわる議論をするということではなく、憲法が実現しようとしている正義や理想それ自体を再検討する立憲的な議論であると思います。そして、憲法の理念がなぜ政治に生かされていないのかというたぐいの議論、これは通常の国会審議や裁判所に担当していただくべきことではないかと存じます。
一例を挙げますと、私が現行憲法中特に疑問に感じますのが、前文や九条に象徴されます憲法平和主義であり、今や我々は九条の憲政史上の役割について事実に基づいた正しい認識が必要であろうかと存じます。
と申しましても、これは押しつけだから問題だということではありませんで、一見美しい理想が並べられている憲法平和主義の時代的あるいは国際政治的経緯を想起せよということであります。例えば、戦後我が国が成功したのは平和憲法のおかげで戦争に巻き込まれなかったからだという俗耳に入りやすい議論がございますが、私には真実は全く異なるように思われます。
すなわち、国際政治を力、利益及び価値の三つの体系によって構成されているとしますれば、戦後我が国が国際社会の中で発展し得たのは、在日米軍と自衛隊という力によって戦争を抑止し、さらに幸運にも自由貿易体制による恩恵を受けられたからにほかなりません。戦後、先進国による侵略戦争が減ったのも、安定した秩序の方が利益を生み、侵略が経済的に引き合わなくなったことが最大の原因であって、人類が戦争は悪であるといった高邁な道徳に目覚めたからではございません。
国際政治の要素としての力の意義があたかもないかのように見せかけ、我が国が国際秩序の形成に主体的に関与する余地を与えない現行憲法は、我が国が米国の庇護下にあった冷戦時代にのみ妥当する歴史的条文であります。
しかるに、今日、冷戦終結後十年がたとうとしておりますが、九条は普遍的価値であり、日本を戦争から守ったという錯覚が依然続いておるように思われます。そもそも、人間は理性的動物であると言われますように、理想それ自体は現実と独立して存在することはできません。
私が憲法調査会に期待いたしますのは、憲法という理想像の政治的、歴史的背景を謙虚に認識した上での、我が国が国際秩序の形成に主体的に関与しなければならない新時代にふさわしい憲法を模索するタブーなき立憲的議論であります。
以上で終わります。
御清聴ありがとうございました。