武見敬三の発言 (憲法調査会)

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○武見敬三君 それでは、エスマン氏の予定原稿を読み上げさせていただきます。
  一九四六年二月に連合国最高司令官総司令部民政局所属の人たちが日本国憲法を起草する任務を受けたが、彼らは当然のことながら政府についての米国的な哲学や経験に影響されていた。米国での憲法という概念は、国民の基本的権利と自由を守り、常に変化する社会のニーズを満足させるために十分な権限を政府に与え、政治的秩序の安定と継続性を保障する、立憲政治の憲章である。憲法は何十年、何百年という長期間にわたって存続するよう意図されたものであるから、政府の生きた憲章として、制定された当時には予想されなかったような状況の変化にも対応できるような柔軟性を持たなければならない。
  当時、私は新憲法起草のために選択された方法には反対を表明した。権威主義的な明治憲法に取ってかわる民主主義を鼓舞する新しい政府の憲章が必要ではあったが、私は民主主義的考えを持つ日本の学者とオピニオンリーダーが新憲法起草の仕事に参画し担うことが重要だと考えた。それができないことには、新憲法は外国から押しつけられたものと見られ、占領時代が終わった後には存続できないと考えたからだ。当時の私は総司令部の中では若い下級将校だったために、私の反対意見は簡単に退けられた。しかし、その後の展開で私の考えが間違っていたことが証明された。すなわち、日本国民の大多数はマッカーサー昭和憲法を自分たち自身のものとして受け入れ、熱心にこれを擁護してきた。その理由は、憲法の条文がぎこちないものであったにもかかわらず、彼らの真の政治的願望を表現しているからである。
  当時、私と私の同僚が日本政府の高官から頻繁にかつ厳しく受けた警告は、日本の大衆は民主的政府を運営するまでには成熟してもいなければ、そのような教育も受けていないということ、それに必要な教育を施すには少なくとも一世紀はかかるということ、そして民主主義体制を性急に設立しようとすれば、その意図が善意なものであっても何らかの災難につながるということであった。私たちは、こうした警告を真剣には受けとめなかったし、日本国民の政治的成熟度と健全な判断に対して私たちが抱いていた尊敬の念が正しいものであったことが十分に証明されてきている。
  どの憲法でも同様だが、昭和憲法にも個々の条項が盛り込まれている。しかし、何よりも重要なのは憲法に生命を吹き込んだ基本的原理である。これらの原理は、憲法の条文を将来の新しい課題や変化するニーズに対応させるための指針である。私は昭和憲法には九つの指針が含まれていると思う。
 一、日本国は主権者たる国民が選挙された代表者を通じて国会で発言し、行動する立憲君主国である。これらの代表者は定期的に、選挙によって自由に選ばれる。
 二、行政権は総理大臣を長とし、すべて文民によって構成される内閣によって行使される。内閣は国民の代表者に責任を負い、常に衆議院の過半数の信任を得ていなければならない。
 三、すべての個人に与えられた信仰、表現、結社、集会等の基本的人権は不可侵のものであり、政府によって保護されなければならない。
 四、すべての人々は法のもとに平等である。人種、信仰、性別、民族、門地によるいかなる差別も不平等な取り扱いもあってはならない。
 五、法の支配が常に優先し、何人も、法の定めによらない限りは生命、自由もしくは財産を奪われ、またはその他の刑罰を科せられない。裁判官は政治的影響に一切左右されることなく、憲法と法律を適用しなければならない。
 六、政府は社会福祉、社会保障及び公衆衛生を促進し、学校教育を無償で、義務として、かつ平等に提供しなければならない。
 七、国会の具体的承認なしに税を徴収したり、支出を行ってはならない。
 八、地方公共団体は可能な限り最大限の自治権を持たなければならない。
 九、日本は二度と再び侵略的軍事行動を起こさず、平和を愛する諸国の国際社会に積極的に参画する。
 五十五年近くも前に総司令部民政局で昭和憲法の起草に尽力した人は私たちを含めて数少なくなってしまったが、彼らがもう一度一堂に会することができるならば、彼らが最も重要だと考え、後の日本政府に求めたものは、啓蒙された民主主義政府のためのこれらの原則であったということに全員が賛成するだろう。これらの指針としての原則が尊重される限り、日本国民と政府が将来直面するであろう問題は憲法の条文によって十分に対応できるであろう。
 それならば、憲法を新しい時代に即したものにし、将来の世代に効率的に役立つようにするにはどうすればよいのか。個々の条文を超えたり、国家の基本的制度を変更するためには正式な憲法改正が不可欠になることもある。私の国でも、奴隷制度の廃止、婦人参政権の採択、大統領の三選禁止のような場合には憲法改正が必要であった。また、日本で総理大臣または大統領を直接選挙で選出しようとすれば、これは国家体制の変更であるから、同じく憲法の正式な改正が必要となる。しかし、日本でも我が米国と同様、正式な憲法改正の手続は煩雑で、国民の大多数が改正を必要だと考えても、団結した少数派によってこれが阻止される嫌いがある。
 そこで、憲法を変化する状況に適合させる一般的な方法は、上記の指針としての原則に照らして、新しい状況にふさわしいようにその条文を解釈することである。米国ではこうした方法によって、連邦政府が航空機の運行規制、インターネットでのプライバシーの保護、化学的物質からの環境の保護というような二百年前の憲法起草者には考えられなかったような新しい問題を解決してきた。五十五年前に昭和憲法を起草した人たちも、憲法の解釈によって政府が必要なことを行い、国際的義務を果たせるのだということを知っていた。
 憲法が具体的権限について明記していなくても、政府は憲法の条文から合理的に導き出せる行動をとることができる。したがって、すべての国家が自己防衛のための権利を持っているとの理由から、国会と裁判所が第九条の解釈を通じて自衛隊を認知したのは正しいことだったと私は考える。同様に、憲法前文に、「いづれの国家も、自国のことのみに専念してはならない」と規定していることは、国際平和と秩序の恩恵を大きく受けている日本が、国連の平和維持及び平和強制活動に応分の金銭的、物質的、そして軍隊を含む人的貢献をすることを義務づけられていることを意味する。
 ここで私が思い出すのは、一九四六年当時の私の同僚たちは、欧州とアジアで六年間にわたる悲惨な戦争を経験してきたばかりの人たちだったということだ。彼らは核戦争を恐れ、人類が過去の教訓から国際協力を通じて戦争をなくすることを希望し、戦後の日本が平和を愛する諸国と力を合わせて国際平和の維持に積極的に参加することを望んでいた。彼らが、日本による国連平和維持及び平和強制活動への参加を禁止したり制限したりするような条項を憲法に挿入しようとしたとは考えられない。
 この憲法調査会に次の三つのことを言い残しておきたい。
 一、一国の憲法は、国民の選ばれた代表者が慎重かつ十分な討議の末に国家のために必要だと考える政策または行動を促進するためのものであり、これらを妨害したり阻止するためのものであってはならない。
 二、新たな課題に直面し政策を変更するための最も一般的かつ実践的な方法は、憲法の条文とその底流となる大原則に基づく合理的な解釈によるべきである。正式な憲法改正は最後の手段として残すべきである。
 三、一九四六年に民政局にいた人たちは、新しい国連について楽観的な希望を持っていた。国際協力の必要性を強く感じていた。さらに、日本が国際社会に復帰したら、国連が主宰する国際平和と秩序の維持のための活動に主導的役割を果たして参画することを彼らは希望していた。
 以上でございます。(拍手)

発言情報

speech_id: 114714184X00720000502_015

発言者: 武見敬三

speaker_id: 849

日付: 2000-05-02

院: 参議院

会議名: 憲法調査会